急遽、佃製作所の敷地内に大きな建屋が造られた。実験用のヴァンツァーを運び入れるためだ。新型クロウ改良プロジェクトはその建屋の中で行われる。
セキュリティーも開発室より一段と厳しくなった。出入り時にファイナのチェックが必要なのは変わらないが、扉を開けるには専用のカードキーではなく網膜による生体認証に変更された。
建屋内にヴァンツァー用の配線や制御盤を設置したり、開発室から機材を運び込んだりと、実験用のヴァンツァーを受け入れる態勢は着々と進められた。
そしていよいよ、その日を迎えた。
ヴァンツァーを乗せたトラックが佃製作所の敷地内に入ってきた。荷台はシートで覆われており、一見ヴァンツァーが乗ってるとは分からない。
プロジェクトメンバー全員が見守る中、最大まで開けられた建屋の大シャッターをくぐり、トラックが入ってきた。
「いよいよですね」
美月が隈崎に話しかけた。
「ああ」
「実験用ヴァンツァーってどんなのでしょうね?」
「さぁ、私もよく知らないんだ。サカタが『あまり詳しくは言えない』って、どんな機種なのか教えてくれないからね……」
トラックの荷台のシートが自動で巻き上げられてゆく。
「⁉」
そこに居た一同、皆唖然となった。荷台に乗っていたのはヴァンツァーではなく数個のコンテナだったからだ。
真っ先にファイナが、トラックの助手席から降りてきた男に駆け寄った。男の方もファイナへ数歩歩み寄り、
「ニルバーナのファイナ・シルキアさんですね。私、サカタインダストリィでTYPE11の開発に携わっている者で、グライコフといいます」
と、他の者に聞かれないよう小声でファイナに話しかけた。
「いったい、このコンテナは何ですか?」
ファイナもまた小声で返す。
「TYPE90Xから第三者に渡しても問題ない部品だけ抜いて持ってきたんですよ。聞いていません?」
「話が違います!サカタさんからは『一部部品を外した状態でTYPE90Xを貸して頂ける』と聞いてました。これではヴァンツァーではなく単なる部品ですよね!」
「同じようなもんでしょ……言葉の綾ですよ」
「これでは、TYPE11のクロウの改良は難しいと言わざるを得ません!」
「フッ、たぶん大丈夫ですよ……」
グライコフは、遠くで二人のやり取りを見守っている佃製作所のメンバーに目をやった。そのグライコフの挙動を見たファイナが、
「たしかに、佃製作所の技術者は優秀ですが、さすがにこれでは……」
と、抗言したのだが、グライコフは、
「それにね、TYPE11のクロウは昨年納品していただいたものでも、運用上問題なく十分いけるんです。それをまたドリスコル大尉が……。だいたい、サカタもニルバーナの職員も、大尉の顔色を窺い過ぎなんですよ」
と少しイラつき気味に反論してきた。そう言われるとファイナも閉口するしかない。
「そういう事なんで、早くコンテナ降ろしてもらえますか。簡単に説明しますんで……」
グライコフに急かされ、クレーンでコンテナが降ろされた。佃製作所のメンバーもコンテナの周りに集まってくる。
開けられたコンテナの中身は、まるでリバースエンジニアリングされたような状態でヴァンツァーの部品が詰め込まれていた。
一応、ある程度は部位ごとに分けられていて、グライコフが「ここにあるのは、上腕の部品です」とか「脚部のショックアブソーバー関係はあっちにまとめてあります」とか説明してくれたのだが、それでも大雑把な把握しかできない。
面倒くさそうに説明を終わらせたグライコフは、
「あとは、何か聞きたいことががあったら、連絡ください」
とファイナに告げ、空のトラックに乗り帰って行った。
余談だが、このグライコフという技術者は、最後のTYPE11と共にU.S.N.に連れ去られ、その後逃亡し、2102年にアロルデシュで起きた軍クーデターのさなか、アロルデシュ首都ダカでO.C.U.陸防軍情報部員《リーザ・スタンリー》にTYPE11を引き渡し、直後U.S.N.の諜報員に暗殺されることになる。今から12年後の話ではあるが……
「これは難解なパズルを解くことになったな……」
コンテナの部品を見て隈崎が言った。
「済みません、『どうしても外部に出せない部品は外して渡すので、足りない部品は佃製作所で補完するように』とは聞いていたのですが、まさかこんな状態だとは……」
ファイナが頭を下げた。
「ファイナさんが謝ることじゃないですよ。サカタが、貸してくれるヴァンツァーに関して詳しく言ってこない時点で、こんなことだろうとは思っていましたし……」
そこへ、隈崎と一緒にコンテナの部品を見ていた五代が、
「これ、サカタのTYPE90系ですね」
と2人の会話に入ってきた。
「五代君、これ、見ただけで分かるのか?」
隈崎が驚いたように返す。ファイナも驚嘆の表情だ。
「ええ、まぁ、90式の開発には少し携わっていましたから」
「そうか!それは心強いな」
「しかし、足りない部品がざっと3割ぐらいあります。それをこちらで何とかしないと……」
「ま、やれるだけのことをやるしかないさ。所詮無茶振りなんだから……五代君、組み立ての段取り立てるの手伝ってもらえるかな」
隈崎は、そう五代に声を掛け、事務室に入って行った。
「分かりました」
と五代が後に続く。
(よく五代は、TYPE90系統のヴァンツァーだと見抜けたわね。TYPE90Xと知っていた私でさえ、部品を見ただけじゃ何だか分からないのに……)
ファイナはそう思いながら、事務室に向かう二人の姿を見ている。
「ファイナさん、どうしたんですか?」
声を掛けてきたのは美月だ。
「あ、いや、五代さんって優秀だなぁ、と思って」
「ほんと、そう思いますよ……」
美月は続けて、
(私と同じ大学を出た先輩とは思えないですよ)
と、思わす喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。五代が、学歴のことはあまり触れてほしくないようだったのを思い出したのだ。
「さぁ、私たちも早速仕事に取り掛かりましょう。まずは手分けして、もっと細かく部品の仕分けをしてください。どの部品なのか分かるモノは今からリストに入力しておくように」
ファイナが、残ったメンバー全員に檄をとばした。
ヴァンツァー組み立ての作業は、思いの外順調に進んでいた。無理難題を押し付けられたメンバーの士気はさぞかし下がっているだろうと思いきや、みんな以外に楽しそうに打ち込んでいる。部分的なパーツや部品を造る作業よりも、一つの完成体を造る方が、技術者としてはやり甲斐があるのかもしれない。
だがそれより、要因として大きいのは五代智の存在である。彼が的確に部品を見定め、「この部品は、どこどこの部位の、何々の部品だと思います。だから、こうこうこの様に設置して下さい」などと、実に見事な指示を下していた。また、欠損している部品に関しても、「この部品が抜けているので、こんな部品を造ってもらえませんか」と具体的に図面を引いて提示してくれるのだ。さらには、「ここは、オリジナルそのままよりも、こうした方がもっとよくなるんじゃないですか」などと独自の改良案を出してくることもあった。
この五代の活躍は、美月はもとより、隈崎やファイナも舌を巻くほどだった。
それでも、見知らぬ部品一つ一つから一体のヴァンツァーを組み上げるのは容易ではない。ヴァンツァーが完成するには約1ヶ月を要した。2090年2月中旬である。
この、佃製作所が組み上げたヴァンツァーに対し、ファイナは驚愕した。バラバラの状態から、足りない部品を補完して完成させられるとは思ってなかったというのもあるが、元となったTYPE90Xを知っている人間からすると、同じ部品を使ったヴァンツァーとは思えないぐらいシルエットが異なるのだ。左腕に、佃製作所が造ったTYPE11用のクロウが装着されているので、左腕の前腕が体に対し不釣り合いに大きい。まあ、それはクロウの実験用機体なのでしょうがないとしても、脚部が逆関節に曲がっていたり、背中から頭部のセンサー群にかけて半ドーム状の形になっていたりと、TYPE90Xの面影は完全に無くなっていた。
(でも、どことなく、TYPE11《レイヴン》に似てるかも……)
そんな印象も持ったファイナだったが、実は、彼女を最も驚かせたのはこのヴァンツァーの外観ではない。
(もしかしたら、総合的なポテンシャルは元のTYPE90Xよりも上なのでは⁉)
と、思わせる性能面であった。
いや、ファイナよりももっと驚いたのは、サカタとニルバーナの技術者たちであろう。このヴァンツァーが出来上がるまでの工程やデータ・概要等は、当然ファイナによってサカタインダストリィとニルバーナ機関にも送られていたのだが、彼らもバラバラの部品からヴァンツァーを組み上げられるなど半信半疑だったに違いない。それを、単に組み上げるどころか、ほとんど別物に仕上げ、しかもオリジナルを超えようかという性能にまで高めたのだから……
完成したヴァンツァーを前にして、プロジェクトメンバー全員が集まってヴァンツァーを見上げていた。黒光りしたボディと肢体は、どこか昆虫や甲殻類を思わせる。
「《T175》、サカタインダストリィではこのヴァンツァーをそう呼んでいるわ」
ファイナが誰に言う訳でもなく発した。
「サカタのヴァンツァー命名規則に準じて、似たように付けられたんでしょうかね」
美月がファイナに聞いた。
「それもあると思うわ、社内向けのカモフラージュとしてね。でも《T》の意味はTYPEではなくTSUKUDA(ツクダ)だそうよ」
「じゃぁ、175っていう番号は何でしょうかね?サカタの170系なんて聞いたことないですし、系列としては90系に属する筈なんですけど……」
と言ったのは五代である。
「単に《蝗(イナゴ)》の語呂合わせだろ、《佃》だけにね……」
隈崎が苦笑混じりに答えた。
「なるほど、《イナゴの佃煮》ってことか」
「言われてみれば、このヴァンツァー、たしかにバッタっぽいですもんね」
美月がそう言ってククッと笑った。
日本人じゃないファイナはこの話の意味が分からないようだ。
「『イナゴノツクダニ』とは何ですか?」
と隈崎に訊いてきた。
「これですよ」
隈崎がタブレットにイナゴの佃煮の画像を出し、ファイナに見せた。
それを見たファイナは「キャッ!」と少女のような悲鳴を上げ画面から目をそらした。この時代、昆虫食はかなり普及しているものの、昆虫の姿のままで食するのは、まだ抵抗を感じる人も多い。
「食べたいなら買ってきましょうか?」
美月が意地悪そうに言った。
「結構です!」
建屋内にプロジェクトメンバーの笑い声が響く。
生成AIでヴァンツァー『T175』のイメージ画像を作成してみました。
AIが作ったので所々左右の感じがおかしいですけど、まぁ、あくまでイメージということで…
【挿絵表示】
なんか《レイヴン》というよりは《エクルビス》や《リブギゴ》みたいな印象になってしまいましたが、まぁ、大まかなイメージとしてはこんな感じです。
本当は、装甲の黒もしくは紺色がもっと濃いのですが、色を濃くし過ぎると、せっかくAIが描いてくれたディテール(筋彫・モールド)がつぶれてしまうので、少し抑えてあります。