下町ヴァンツァー 【佃製作所2089~】   作:鹿羽 直之

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比較データ

 暫くして、慌てた様子のファイナが戻ってきた。

 隈崎、五代、美月が事の次第を話す。ちょっとした遊び心のつもりで、コクピットに入ったのだが、思いも寄らずT175が美月を搭乗者として認識してしまい起動してしまったこと。そして、原因を探るためT175を動かしてみたことを……

 もちろんファイナは3人を叱ったのだが、思ったより厳しくはなかった。ファイナにとって一番の問題は、

(T175が誤認証エラーを起こした原因は何か)

 である。搭乗者登録した者以外の人間を認証するエラーが発生することが発見されたのは、むしろ、思いがけない結果と言っていい。

 ファイナは開発を一旦中断させ、ニルバーナ機関本部の兼松に連絡を取るべく、個室ブースに入った。このブースは、誰にも聞かれないよう音が漏れないようになっているファイナ専用のブースで、ファイナがニルバーナ機関本部と連絡を取りあうため設置されたものである。

 ファイナはパソコンのオンライン回線を開くと、兼松を呼び出し、仔細を説明した。

 兼松は「ドリスコル大尉とドクター・ギルモアに上げておくから、指示があるまで待て」と言ったきり、その日は連絡をよこさなかった。

 返答があったのは翌日の午前である。

 例の個室ブースで、ファイナがパソコンのオンライン通話で兼松の話を聞いている。

「『このまま、続行せよ』というのがニルバーナ機関の総意だ」

 スピーカーから聞こえるその兼松の言葉に耳を疑うファイナ。

「?……このまま佃製作所にクロウの改良を続けさせるということですか⁉」

「そうだ」

「断固反対です。もし、バイオデバイスが悪さをして登録者の誤認証を起こしているとしたら、こちらでは調査しきれません。T175をニルバーナ本部に引き上げて徹底的に調べるべきです」

「登録者の誤認証ぐらいだったら軽微なエラーという判断だ。だから、しばらくはそっちで経過観察してくれ」

「『軽微なエラーのうちに徹底的に調べるべきだ』と言っているんです!。重大なエラーが起こってからじゃ遅いんですよ!。ここはニルバーナじゃなくて東京なんです。大きな誤作動が起きたら対応できません!」

 ファイナが珍しく声を荒げる。それでも兼松は表情一つ変えず、

「そうなると、T175が誤認証した対象者もニルバーナに連れくることになるが、できるのかね?」

「……」

「できないだろ。だったら、誤認証に関してはそちらでできる限り探ってもらうしかないと思うが……」

「しかしリスクが高すぎます。誤認証の対象者なしでも、やはりニルバーナ本部で調査すべきと考えます」

 兼松は困ったような表情をし、暫しの沈黙の後、

「ファイナ君、実を言うと、ニルバーナの技術者たちが興味を示しているのは、今やヴァンツァークロウだけではないのだよ」

 と、言ってよこした。

「どういうことですか?」

「T175そのものの実証データが欲しい、ということだ」

「は?」

「『あれは、いいヴァンツァーだ!是非今後の開発の参考にしたい』ってね……」

「そうだとすれば、尚更ニルバーナ機関で引き取って調た方がよいのではないですか?」

「それがだね……昨日、誤認証した人物が操縦したT175のデータがオンラインでこっちに送られてきたのだが、それを見たウチの研究員の中から『この機会に、比較対象のデータも採ってみてはどうか』という意見が出たらしい。要するに、平均的なスキルのパイロットをBD対応型ヴァンツァーに乗せ、君が乗った時のデータと比較してみたいのだそうだ」

「まさか!美月にT175を操縦させ比較データを取るということですか?」

「うむ、そういうことだ、もちろん『登録者誤認証の調査』という意味もあるし、表向きはその名目で通してくれとのことだ」

「危険すぎます!。部外者にBD対応型ヴァンツァーを扱わせるのは!」

「《佃美月》と言ったかね、T175が登録を誤認証した対象者は」

「ええ……」

「その者は、優秀な技術者なのかね?」

「?……いや、特段優秀という気はしませんが……それが何か?」

「ヴァンツァー乗りとしても並みの腕で、かつ、技術者としてもそれ程優秀ではない人間がBD対応型ヴァンツァーに乗ったとして、BDの秘密に気づく可能性はどのぐらいだと思う?」

「それは……ほとんどないと思いますが……」

「そうだろ、だったら、そんなに気にする程のことではないんじゃないかね?君は心配し過ぎなのだよ」

「そうでしょうか、私は、念には念を入れるべきだと思うのですが……」

「リスクが高いことは承知している。だが、そこを何とかするのが君の手腕だ。大変だと思うが、逆を言うと君にしかできない仕事だ。よろしく頼むよ」

 兼松がそう言った後、パソコンの通話モニターが一方的にブラックアウトした。

(ドリスコル大尉といい、ドクター・ギルモアといい、ニルバーナ機関の上層部は何考えてるの⁉。今は僅かな綻びかもしれないけど、それでBD計画が漏れでもしたら、それこそ終わりじゃないの!)

 そう叫びたくなる気持ちを抑え、ファイナが深い溜息をついた。

 

 T175が登録者を誤認証するエラーの調査のため、美月もT175を動かすことになった。だが実態はファイナのデータを比較するための一般サンプルとしてのデータ採取である。もちろん佃製作所のメンバーには知らされていない。

 そんなこととは露とも知らず、美月は上機嫌である。プロジェクト内では庶務・雑用みたいな仕事しかしていなかかったのが、大好きなヴァンツァーを動かす仕事ができるようになったのだから。気分はT175のサブ・テストパイロットである。

 

 2090年4月。

 ニルバーナ機関の強い意向で、もっと広い場所でヴァンツァーを動かしデータを採取するタスクが追加された。ここまでやらされると、さすがに訳が分からず、

「本当にヴァンツァークロウの改良が目的なのか?。ニルバーナ機関の意図は他にあるのでは?」

 と、勘繰る者も出始めたのだが、佃製作所としては従うことになった。

 佃製作所の建屋内を出て、ヴァンツァーを通常運用と同じ様に動かせる広いアリーナを貸し切り、外の人間を排除してデータを収集する。東京近郊では目に付く可能性があるので、T175をトラックに乗せ郊外まで輸送する。丸1日掛かりの作業である。

 もちろん美月も同行してファイナと同様にT175を動かすのだが、建屋内でT175を動かしていた時は、ファイナと美月の技量の差はそれ程顕著には感じられなかったのが、こうして広い場所で二人の操縦を見比べると、その差は歴然であった。

 ヴァンツァーの操縦には多少覚えのあった美月だったが、ファイナの操るヴァンツァーを見て自信喪失する程だ。

 美月と一緒に見ていた五代も、

「どこの軍隊でもエース級、あるいは特殊部隊でも務まるレベルだよ!」

 と、感嘆の声を漏らしたが、美月にとっては気休めでしかない。

 この、T175を建屋の外に持ち出してのデータ収集は、建屋内でのクロウ改良及び誤認証調査と並行して、その後も何度か行われた。そのため佃製作所の本件プロジェクトは、4月・5月と休む間もなく忙しい日々が続いた。

 そして6月に入り、あの日を迎える。

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