サムライガールの幼馴染みは王様を目指す   作:ボルメテウスさん

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蒼機龍 Case1

 家というものは、油断するためにある。

 

 外では警戒する。学校では面倒を避ける。戦場では判断する。宇宙警察案件では、何が起きてもだいたい最悪の一歩手前くらいには見積もる。

 

 けれど、家では違う。

 

 靴を脱ぐ。鞄を置く。息を吐く。肩の力を抜く。そういう場所だ。人間が人間の形に戻るための場所、と言ってもいい。まあ、俺の場合、人間の形から金銀の宇宙刑事になったりするので、戻るものが若干ややこしいのだが。

 

 その日も、俺は普通に帰ってきた。

 

 普通、という言葉が最近かなり怪しくなっている気はする。天使の過激派を逮捕したり、ネガエモルギアを封印したり、ギャバン・キングとして商店街やら学校やらを飛び回ったりした人間が言う普通とは何か。哲学の授業で扱ってもいい難題だ。

 

 だが、少なくとも玄関で靴を脱ぐ俺は普通だった。

 

 制服の襟元を緩め、鞄を肩から下ろす。廊下の奥から、紙をめくる音がした。

 

「……おかえり」

 

 リビングから、絶花の声。

 

 小さい。けれど、ちゃんとこちらへ向いている声だ。

 

「ただいま」

 

 俺が返すと、絶花は本から顔を上げた。

 

 テーブルの上には湯気の立つマグカップ。中身はたぶんココアか何かだろう。絶花は両手でそれを包むように持っていた。人見知りで、話すのが得意ではなく、表情の変化も大きくない。それでも、俺には最近、少しだけ分かるようになってきた。

 

 今の顔は、安心半分、疑い半分。

 

 いや、疑いの比率が少し多いかもしれない。

 

 

「この前みたいに、急にいなくならない?」

 

「今日は予定なしだ。少なくとも俺の方にはな」

 

「予定はなくても、事件は来る」

 

「嫌な学習してんな」

 

「太郎のせい」

 

「俺のせいにすんな。事件が勝手に来るんだよ」

 

「でも、太郎は行く」

 

 そこだけ、絶花の声が少し沈んだ。

 

 責めているわけではない。止めたいわけでも、たぶんない。ただ、事実として言っている。

 

 俺は行く。

 

 文句を言いながら。

 

 面倒だとぼやきながら。

 

 それでも必要なら、出て行く。

 

「必要ならな」

 

「……うん」

 

 絶花はマグカップへ目を落とした。

 

 その横顔に、まだ不安が残っている。知らなければよかったとは言わないが、知ってしまった以上、もう知らなかった頃には戻れない。

 

 秘密というものは、一度開いた扉みたいなものだ。

 

 開けたら最後、同じ閉じ方はできない。

 

 俺は鞄を置いて、リビングへ入ろうとした。

 

 その瞬間、足が止まった。

 

 部屋は普通だった。

 

 窓は閉まっている。カーテンも揺れていない。家具の位置も変わっていない。絶花の座っている椅子も、テーブルの上のマグカップも、何もおかしくない。

 

 おかしくないものばかりが並んでいるのに、部屋の空気だけが一つ、ズレていた。

 

 においではない。

 

 音でもない。

 

 もっと薄いものだ。

 

 人がいた場所に残る熱のようなもの。あるいは、気配を消そうとした者が、消しすぎたせいで逆に浮いてしまう違和感。

 

 俺は視線だけを部屋の奥へ向けた。

 

 影の濃い場所。

 

 棚と壁の間。

 

 そこに、誰かがいる。

 

「……太郎?」

 

 絶花が俺の変化に気づく。

 

 俺は手で制した。

 

「後ろに下がってろ」

 

 絶花は、すぐに動いた。

 

 こういう時に無駄なことを聞かない。前線に出るタイプではないが、状況を読む力はある。俺がギャバン・キングだと知ってから、絶花はただ怯えるだけではなくなった。怖がりながら、動くべきところで動くようになった。

 

 それが少し、ありがたい。

 

 そして少し、嫌だった。

 

 慣れてほしくないことに慣れていくのを見るのは、あまりいい気分ではない。

 

「……出てこい」

 

 俺は影へ言った。

 

 返事はない。

 

「気配消すのが上手すぎて、逆に気持ち悪い。人の家で忍者ごっこすんな」

 

 影が動いた。

 

 音はほとんどなかった。

 

 そこに男が立っていた。

 

 いつからいたのか分からない。いや、いたこと自体は今分かった。だが、どうやって入ったのかが分からない。鍵を破った痕跡もない。窓を開けた気配もない。足音も、呼吸も、存在の重ささえ、ほとんど消していた。

 

 黒い影をまとったような男だった。

 

 ただし、暗いだけではない。軽い。まるで壁と壁の隙間を風みたいに通るような、そういう軽さがある。殺気はない。敵意も薄い。だが、だからといって信用できる種類の人間でもない。

 

 目が、妙に静かだった。

 

 この手の目をした奴は、たいてい一度や二度ではない修羅場を抜けている。

 

「気づくか」

 

 男はそう言った。

 

「さすが、ギャバン・キングの運用者」

 

 絶花の肩がわずかに動く。

 

 俺は男から目を離さなかった。

 

「……誰」

 

 絶花が低く聞く。

 

「人の家に勝手に入る不審者だな」

 

 俺が答えると、男はわずかに口元を緩めた。

 

「急ぎの用件だった」

 

「不法侵入の言い訳としては三点だ。百点満点でな」

 

「厳しいな」

 

「採点される立場だって分かってるなら、まだ話はできそうだな」

 

 俺は一歩前に出た。

 

 絶花を背中側に置く。

 

 変身はしていない。だが、必要ならすぐにエモルギアを呼べる。ギャバン・キングになるまでの間に、この男が何をするか。そこを見誤ると、家ごと面倒なことになる。

 

「で、何者だ。返答次第じゃ、この場で叩き出す」

 

「風波駆無」

 

 男はあっさり名乗った。

 

「銀河連邦警察星間諜報部所属。コードネーム、ギャバン・ライヤ」

 

 ギャバン。

 

 その単語に、絶花が小さく反応した。

 

 俺は表情を変えない。

 

「名乗りだけなら詐欺師でもできる」

 

「もっと歓迎されると思ったが」

 

「玄関から来たら考えた」

 

「忍びとしては失格だな」

 

「住人としては合格だろ」

 

「確かに」

 

 風波駆無は、そこで初めて少しだけ笑った。

 

 薄い笑いだ。

 

 人をからかうようでもあり、こちらを値踏みするようでもある。だが、不思議と不快一辺倒ではない。こいつは自分が怪しまれていることを当然として受け止めている。そこに余計な怒りがない。

 

 面倒な相手だ。

 

 怪しいくせに、妙に筋が通っている。

 

「宇宙警察を名乗るなら、レオルドに照会する。妙な動きしたら、その前に殴る」

 

「構わない。疑われるのは承知している」

 

「なら話が早い。証明しろ」

 

 駆無は懐から小型端末を取り出した。

 

 動きに無駄がない。武器を抜く動作ではないと分かっていても、身体が反応しそうになる。絶花も身構えた。駆無はそれを横目で見て、少しだけ頷いた。

 

 悪くない反応だ、とでも言いたげに。

 

 端末に暗号署名が浮かぶ。

 

 見慣れないコードの羅列。

 

 だが、その中に一つ、俺にも分かる名前があった。

 

 弩城怜慈。

 

「弩城怜慈から預かった認証だ。あんたのところへ行くなら、これを見せろと言われた」

 

 俺は目を細めた。

 

「……弩城さんの署名か」

 

「知ってる人?」

 

 絶花が小さく聞く。

 

「まあな。面倒な装備を寄越してくる人だ」

 

「その言い方を弩城が聞けば、笑うだろうな」

 

「たぶん否定しねぇだろ」

 

 俺は通信端末を起動する。

 

「レオルド。起きろ」

 

『第一声がそれかよ。今度は何だ』

 

 通信の向こうから、不機嫌そうな声が返ってきた。

 

 寝ていたのかもしれない。悪いとは思うが、こっちは家に忍者がいる。睡眠の質より優先される案件である。

 

「不審者が家にいる」

 

『は?』

 

「風波駆無。ギャバン・ライヤを名乗ってる。弩城さんの認証持ちだ」

 

 通信が、一瞬黙った。

 

『……待て。今、弩城怜慈の認証って言ったか?』

 

「ああ。確認しろ」

 

 俺は駆無の端末データを転送する。

 

 レオルドの通信音声の向こうで、端末操作の音が細かく続いた。いつも文句を言うわりに、こういう時の切り替えは早い。眠気も不機嫌も後回しにして、実務に入る。

 

 そこがレオルドだ。

 

『暗号署名、照合開始……おいおい、マジか。本物だ。改竄なし』

 

「弩城さん本人?」

 

『署名パターン一致。しかも、ギャバリオンドルネードの非公開制御データと照合が取れてる。一般の宇宙警察関係者じゃ触れねえ領域だ』

 

 ギャバリオンドルネード。

 

 この前届いた、あの人工竜型支援ユニットのデータ。まだ太郎とレオルドしか確認していない。少なくとも、三大勢力側には出していない。

 

 その非公開制御キーと照合が取れる。

 

 つまり、目の前の不審者は、少なくともただの不審者ではない。

 

 上等な不審者だ。

 

 余計に面倒だな。

 

「弩城さんの名前を出して偽物だったら、逆に大した度胸だったな」

 

「本物で安心したか」

 

「敵じゃない可能性が上がっただけだ」

 

「疑り深い」

 

「人の家に侵入した忍者を即信用する方がどうかしてるだろ」

 

『そこは同意だな』

 

 レオルドの声が割り込む。

 

『で、その忍者野郎は何しに来た』

 

「犬に忍者野郎と呼ばれるとはな」

 

『犬じゃねえ』

 

「そこは全員通る道だ」

 

「……やっぱり犬に見える」

 

 絶花がぽつりと言った。

 

『絶花まで言うな』

 

 通信越しのレオルドが、本気で傷ついたような声を出した。

 

 少しだけ空気が緩む。

 

 だからといって警戒を解くつもりはなかったが、少なくとも今すぐ殴る必要は薄れた。

 

 俺は椅子を指した。

 

「座れ。立ったまま忍者されると落ち着かねぇ」

 

「忍者される、という言い方は初めて聞いた」

 

「俺も初めて言った」

 

 駆無は素直に椅子へ座った。

 

 ただ、座り方が普通ではない。背筋は崩れず、足の置き方も逃げにも攻めにも移れる位置。日常の中に戦闘の準備を隠している。

 

 風波駆無。

 

 顔立ちは整っているが、柔らかい印象はない。刃物を布で包んで持ち歩いているような男だ。普段は見えないが、触れば切れる。そういう種類の人間。

 

「改めて名乗る。風波駆無。銀河連邦警察星間諜報部所属。ギャバン・ライヤとして動いている」

 

「宇宙警察にも、忍者がいるの?」

 

 絶花が問う。

 

「忍者が宇宙にいても不思議ではない」

 

「不思議だろ」

 

 俺とレオルドの声が、ほぼ同時に重なった。

 

 駆無は少しだけ肩をすくめる。

 

「風波流忍術は、潜入と情報収集に向く。星間諜報部には便利だ」

 

『説明は分かるが、納得は別だな』

 

「つまり、レオルドが解析担当なら、お前は潜入担当か」

 

「近い。偵察、救出、撹乱、隠密戦。正面から殴るより、裏口を開ける方が得意だ」

 

「俺に足りない部分だな」

 

『自覚あったのかよ』

 

「正面から殴った方が早い時もある」

 

「早いが、助ける対象が壊れる時もある」

 

 駆無のその一言で、部屋の温度が少し下がった。

 

 正しい。

 

 嫌な正しさだった。

 

 俺は黙る。

 

 正面突破で勝てることはある。けれど、勝てても守れないことがある。相手を倒すことと、助けたい相手を無事に帰すことは、同じではない。

 

 前章で散々学んだことだ。

 

 救助。

 

 結界剥離。

 

 逮捕。

 

 面倒な順番を踏んだからこそ、助けられたものがある。

 

 駆無は、それを最初から言葉にした。

 

 ますます面倒な奴だ。

 

 俺は腕を組んだ。

 

「本題に入れ」

 

 駆無は端末を操作した。

 

 空中に、ひとりの男の顔写真が表示される。

 

 優しげな美青年。

 

 柔らかな髪。

 

 整った目元。

 

 見る者によっては、品があると言うのだろう。見る者によっては、気品があると感じるのだろう。

 

 俺には、嫌な顔に見えた。

 

 整いすぎた笑みは、時々、空っぽの器に見える。

 

「ディオドラ・アスタロトを知っているか」

 

「アスタロト家の悪魔か。名前くらいはな」

 

『上級悪魔、アスタロト家の次期当主候補。表向きの評判は悪くねえが……まあ、表向きはな』

 

 レオルドが補足する。

 

「悪い人?」

 

 絶花が聞く。

 

「まだ断定する段階じゃない。だが、名前の出方が嫌だな」

 

 駆無は静かに頷いた。

 

「あいつがネガエモルギアを所持している可能性がある」

 

 空気が変わった。

 

 絶花の表情が曇る。

 

「……また、あれ?」

 

「ああ。面倒なやつだ」

 

『ネガエモルギアの流通経路が残ってたか。天使連中だけで終わらねえとは思ってたが、よりによってアスタロト家かよ』

 

「証拠は?」

 

 俺が聞くと、駆無は画面を切り替えた。

 

 反応データ。

 

 場所。

 

 時刻。

 

 感情波の種類。

 

「まだ断片だ。だが、ディオドラの周辺で、天使事件の残滓とは別系統のネガエモルギア反応が確認されている。しかも反応の性質が違う」

 

『違う?』

 

「怒りや正義感ではない。罪悪感、信仰の傷、孤独、依存。そういう感情に寄っている」

 

 俺は眉を寄せた。

 

「……気色悪いな」

 

 思わず出た言葉だった。

 

 前回の天使たちは、歪んだ正義を燃やしていた。

 

 今回の反応は違う。

 

 もっと湿っている。

 

 もっと粘ついている。

 

 誰かの傷口を指でなぞり、痛むかどうかを確かめて笑うような、そういう嫌悪感があった。

 

 駆無は次のデータを出す。

 

 名前。

 

 アーシア・アルジェント。

 

 絶花が小さく息を呑んだ。

 

「ディオドラは、教会出身の少女に執着している」

 

 俺はすぐに言った。

 

「アーシアか」

 

『アーシア・アルジェント。元教会所属。現在はグレモリー眷属。治癒系神器所有者。過去に教会から追放されてる』

 

 レオルドの声も低い。

 

「ディオドラは、信仰心や罪悪感を弄ぶタイプだ。ネガエモルギアとの相性が悪すぎる」

 

「信仰の傷、追放された過去、仲間への不安……燃料だらけだな」

 

『最悪だな。あいつがアーシアの過去を突けば、ネガエモルギアは簡単に食いつく』

 

 絶花が不安そうに俺を見た。

 

「アーシアさん、危ないの?」

 

 危ない。

 

 そう断言するにはまだ早い。

 

 だが、危なくないとは言えない。

 

 俺は少しだけ言葉を選んだ。

 

「危ないかもしれねぇ。だから先に調べる」

 

「先に行かないの?」

 

「行きたい気分ではあるが、ここで突っ込むと向こうの餌になる。天使の時と同じだ」

 

『珍しく学習してるじゃねえか』

 

「うるせぇ」

 

 レオルドの茶々を流しながら、俺は駆無を見る。

 

「それで、お前は何をしに来た。情報提供だけなら通信で済む」

 

「ディオドラの周辺には、普通の通信を信用できない妨害がある。こちらの動きも読まれている可能性があった」

 

『だから家に侵入したと?』

 

「最短だった」

 

「最短と礼儀は別物だぞ」

 

「次からは玄関を使う」

 

「次がある前提かよ」

 

 駆無は悪びれない。

 

 悪びれないが、ふざけてもいない。

 

 そういうところが余計に掴みにくい。

 

「弩城怜慈からも言われている。ギャバリオンドルネードの件も含めて、あんたとは連携しろと」

 

「弩城さん、余計な人脈まで送り込んできたな」

 

『余計かどうかはともかく、情報は有用だ。忍者は気に食わねえが』

 

「犬は忍者が苦手か」

 

『犬じゃねえって言ってんだろ』

 

「仲悪い?」

 

 絶花が首を傾げる。

 

「多分、相性は悪い」

 

「連携に支障はない」

 

『その自信がもう気に食わねえ』

 

 相性が悪いというより、役割が違いすぎるのだろう。

 

 レオルドは現場を整理し、盤面を固定する実務屋だ。駆無は盤面の外から忍び込み、鍵を開ける実務屋。片方は地図を広げる。片方は地図にない道を歩く。

 

 ぶつかりそうだが、噛み合えば強い。

 

 噛み合うまでが面倒そうだ。

 

 絶花が俺を見る。

 

「太郎、行くの?」

 

「まだ行かねぇ。まず調べる」

 

「嘘じゃない?」

 

「今はな」

 

「今は?」

 

「必要なら行く」

 

 絶花は黙った。

 

 その沈黙には、もう無知の不安だけではない。知っているからこその不安があった。

 

「ギャバン・キングで?」

 

 俺は否定しない。

 

「たぶんな」

 

 駆無が絶花を見た。

 

「彼女は知っているのか」

 

「少なくとも、お前よりは俺の事情を知ってる」

 

「全部じゃない」

 

 絶花がすぐに言う。

 

「全部話したら寝る時間がなくなる」

 

「逃げた」

 

「戦略的撤退だ」

 

「逃げた」

 

「二回言うな」

 

 駆無が少し笑った。

 

「なるほど。面白い関係だ」

 

「面白がるな。家庭内事情だ」

 

『家庭内に宇宙警察案件を持ち込んでる時点で、もうだいぶ面白いけどな』

 

「お前まで乗るな」

 

 絶花はマグカップを両手で持ったまま、じっと俺を見る。

 

「行く時は、言って」

 

「言える範囲ならな」

 

「言える範囲を広げて」

 

「注文が細かい」

 

「太郎が隠すから」

 

 言い返せなかった。

 

 隠してきたのは事実だ。

 

 正体を知られた今でも、全部を話しているわけではない。話せないこともある。話したくないこともある。どちらも言い訳になるが、どちらも本当だ。

 

 俺は息を吐いた。

 

「分かった。できるだけな」

 

 絶花は小さく頷いた。

 

 納得したわけではない。

 

 けれど、今日のところはそれで止めてくれた。

 

 俺はレオルドとの通信へ意識を戻す。

 

「方針は?」

 

『まずはディオドラの周辺反応を洗う。ネガエモルギアの所持が確定するまでは動きすぎるな』

 

「こちらは潜入で護衛と持ち物を探る」

 

 駆無が言う。

 

「俺は?」

 

『お前は表に出るな。ギャバン・キングが出ると向こうに警戒される』

 

「高校生としても出ない方がいいか」

 

『当然だ。ディオドラがアーシアに接触するなら、グレモリー眷属側の場になる。お前が不自然に出ると面倒が増える』

 

「俺は影から見る。必要なら合図する」

 

「忍者っぽいな」

 

「忍者だからな」

 

「宇宙刑事だろ」

 

「どちらでもある」

 

「面倒な肩書きだな」

 

「そちらも大概だと思うが」

 

 駆無の視線が、俺を見る。

 

 高校一年生。

 

 ギャバン・キングの運用者。

 

 宇宙警察案件の現場要員。

 

 確かに、俺も人の肩書きを面倒だと言えた義理ではない。

 

 レオルドが通信越しに締める。

 

『明日、ディオドラが表に出る可能性が高い。こっちは監視網を組む。駆無、お前は潜伏。太郎、お前は待機だ』

 

「待機が一番面倒なんだよ」

 

『突っ込まれるよりマシだ』

 

「否定はしねぇ」

 

 方針は決まった。

 

 即突撃はしない。

 

 調べる。

 

 見る。

 

 証拠を取る。

 

 前章と同じだ。

 

 怒りや嫌悪だけで動けば、ネガエモルギアの餌になる。

 

 分かっている。

 

 分かっているが、ディオドラの顔写真とアーシアの名前が頭の中で並ぶたび、胃の奥に嫌なものが沈んだ。

 

 場面は変わる。

 

 豪奢な部屋。

 

 柔らかな照明。

 

 高価そうな調度品。

 

 そこに、ディオドラ・アスタロトはいた。

 

 整った顔で、優しげに微笑んでいる。

 

 手元には、黒く濁った小さな結晶。

 

 ネガエモルギア。

 

 それは前章で見たものとは少し違っていた。

 

 怒りや正義の尖った熱ではない。もっと湿った、柔らかく粘るような脈動。傷口に垂らした甘い毒みたいな色をしている。

 

 ディオドラはそれを、光に透かすように眺めた。

 

「アーシア・アルジェント……哀れで美しい聖女」

 

 結晶が淡く脈打つ。

 

「君の祈りは、まだ痛むのかな」

 

 彼は微笑んだ。

 

 優しい笑み。

 

 だが、その優しさは、相手を温めるためのものではない。

 

 弱っているものを見つけて、触って、壊れ方を確かめるための笑みだった。

 

「もし痛むのなら、私が慰めてあげよう」

 

 黒い結晶が低く鳴る。

 

「君が、自分から堕ちたくなるように」

 

 その声は、夜の静けさに溶けていった。

 

 そして、次の面倒ごとはもう、こちらへ歩き出していた。

 

次回の王は

  • 妖怪王
  • 機械王
  • 怪獣王
  • 幻想王
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