あがりへの焦りが、前線から退く悔しさが。
そして愛する男と離れなければならない苦しさが、彼女を獣に変えた

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第1話

1917年。美しい我が祖国の、美しいラドガ湖畔にある町に、俺はいた。

 

俺は親の顔なんて見た事ない、気がついた時には1人だった。他人に優しくされた事なんて無かったから俺も優しくするとかは考えなかった。

 

だから周りからも疎まれ、それが更に孤独感を加速させて非行に走った。

そんな時だ、とある女の子にボッコボコにされた。

それはもうボコボコに。

 

「私の部下にしてやる」

 

とか言ってくる小さな見知らぬ女の子にだ。あの時は痛かった……泣いて喚いても

 

「ラッセ!お前が部下になるまで殴るのをやめない!」

 

とマウントを取られて殴られた、それも狼の耳を生やした

"ウィッチ"の女の子に。歯が抜ける程に。

それが俺、ラッセ・ヤッカネンの運命の始まりだった。

 

それからウィッチの女の子、"アウロラ・E・ユーティライネン"の部下として荒れながらであるが青春を送り、スオムス陸軍に入隊。

一兵卒として辺境の基地でブラブラしている所を、アウロラに文字通り捕縛されガリア外人部隊に連行され強制入隊となった。

 

気がつけば、あれよあれよと激戦に次ぐ激戦。特にヒスパニア戦役では、ネウロイのビーム輝く中をアウロラと共に戦い抜いた。

 

そして1939年、祖国スオムスに危機と聞きいて居ても立っても居られなかった俺はアウロラの手を取り帰国。

スオムス陸軍第12師団第34連隊第6中隊の……何故か伍長として復隊した。

とても良い笑顔のアウロラが言った

 

「上層部の連中を脅してお前を下士官にしてやった。これからも私の従兵として働け」

 

と言うセリフを、俺もとても良い笑顔で受け入れコッラー川の防衛に参加。

アウロラにスオムスウォッカのヴィーナを無理やり飲まされたり、ネウロイの攻撃の中、アウロラの座るロッキングチェアを一晩中揺らしたり等。

 

あれ?ネウロイよりもアウロラの方が怖かったな……

 

ま、まぁ、様々な激戦を乗り越えた。

その後も共にベルツィレの地上支援として主にニパを回収し、502統合戦闘航空団でもニパ達ブレイクウィッチーズを回収しつつミロラドヴィッチ作戦に参加。

無事に生き残り、やーっと一息つけると思ったらアウロラの

 

「祖国に再びネウロイが迫っている。着いて来いラッセ!」

 

の一言に飛び起きて再びスオムス陸軍に復帰。

イハンタラ国境付近の、最戦線の再中央でネウロイ共をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……

しているアウロラをサポートしつつ奮戦、祖国防衛を果たした。

 

そして俺達は、しばらくの間基地で待機を言い渡されたのである。

 

そんなある吹雪の晩のことだ。基地の外れにある小屋に来い、と。俺はアウロラに呼び出されたのだ。

 

「アウロラ大尉、ラッセ・ヤッカネン伍長です。入ります」

 

吹雪の中をガチャリとドアを開けて小屋に入ると、パチパチと薪の弾ける音と暖かな空気が俺を包む。

暖炉のそばには、こちらに背を向けてヴィーナを飲む灰色の髪をした美女な野獣。

俺の昔からの上官、アウロラ大尉が佇んでいた。

 

「来るのが遅いぞラッセ」

 

「無茶を言わんでください大尉、哨戒中にこっそり抜けて来たんですから」

 

「……今はアウロラと呼べ、固いのも無しだ」

 

「しかし大尉」

 

「上官命令が聞こえないのか!ラッセ・ヤッカネン伍長!」

 

ヴィーナの入ったスキットルを勢いよくテーブルに叩きつけ、こちらに振り返った彼女。

酔っているのか顔が火照り、色白の肌に可愛らしい朱色のコントラストが映えている。それだけじゃない、アウロラが恥ずかしそうに顔を逸らしてモジモジとしている。

 

酔って無茶なことを言ってくるのは日常茶飯事である。しかし普段は見せない、どこか女らしい顔に思わずドキリとしつつ、俺はヘルメットを脱ぎライフルと共にテーブルに置く。

 

「分かった!分かったよアウロラ。堅いのは無しだな?」

 

「ふふん。そうだ、それでいい。ラッセ、お前は私の最初の部下だからな、私の言う事を良く聞いてくれる」

 

「そりゃ何年の付き合いだと思ってんだ。ガキの頃からアウロラの部下だよ」

 

「部下……そうだ、お前は部下だ。私だけの部下だ、まぁ座れ」

 

何を今更と思いつつ促されるまま、暖炉の前に出されたイスに座った。

そのままアウロラと向かい合って座った事で気付いたが、アウロラからかなりのアルコール臭が漂っている。

 

これはかなり前から飲んでいるな。

 

座ってからも変わらずにヴィーナを飲み続けるアウロラが目線を逸らして話す。

 

「その……だな!つ、月が綺麗だな」

 

「いや、外は吹雪だ。月なんて見えないぞ?」

 

「あ、いや!これは扶桑の言葉らしくてな……エイラが教えてくれたんだ!」

 

「エイラかぁ、元気にしているかな?」

 

アウロラの妹。エイラの事を思い出し、統合戦闘航空団でも変わらずに元気にしているかを思っていると、なんだか慌てていたアウロラが不満気な顔をして俺を睨む。

 

もはや慣れてしまったアウロラの不満顔に何が原因か頭を巡らせていると不意に彼女が口を開いた。

 

「……私といる時に他の女の事を考えるのは止めろ。今は私と話しているんだ、私だけとな」

 

「他の女って、エイラだぞ?可愛い妹じゃないか。それに先に言い出したのはアウロラの方だ」

 

「もう一度言う、他の女を考えるのを止めろ。何度も言わせるな、女性と話している時のマナーだ」

 

「まったく、そりゃ悪かったな。あいにくと育ちが悪いもんでね。ずーっと誰かさんと一緒に駆けずり回ったおかげかね?」

 

「そうか……んふふ。そうだな、お前と私はずーっと一緒だものな……」

 

茶化すように俺が言うと、先ほどとは打って変わってご機嫌な顔になるアウロラ。

一体何が喜ばしいのか分からんが……昔から割と直ぐに機嫌が変わるので気にしない。

 

「なぁ、私達が出会って何年か……覚えているか?忘れたとは言わせんぞ」

 

「あぁ?そりゃ俺が12の時、6歳のアウロラの部下になったから……もう15年だな。うん」

 

「そうだ、15年だ。15年の付き合いなんだよラッセ。お前とは銃やユニットよりも長い間、背中を預けてきた仲だ」

 

改めて振り返ると数奇な運命だと思う。

6も離れた女の子にボコボコにされて、その女の子に連れられて戦場を駆けた。

 

いつしか女の子は祖国スオムスのように美しい女性へと成長し、俺も同じく成長して、戦場にもネウロイにも恐怖を感じる事は無くなった。

 

ここでふと思い出した。アウロラはもう20を過ぎている。どうもウィッチにはウィッチで居られる期限があるらしく、それが20だと聞いた。

 

ここしばらく様子がおかしいのはこれが原因だろうか?

 

「なぁアウロラ、今もそうだが最近様子が変だぞ……ウィッチの期限とやらが近いからか?」

 

「……それもある。今では昔ほどの魔力も無い。先の国境防衛戦が、私の陸戦ウィッチとしての最後だろうな……」

 

15の時から銃を手に取り、ピクニック気分で戦場に行っていた彼女からすれば、この期限がどれほど辛く苦しいことか。

 

生き甲斐を奪われる。いや、アウロラだと人生を奪われる様な物だろうか。

 

「そうか……辛いな」

 

「あぁ、辛いさ……ずっと一緒に居たお前が1番分かっているだろう?」

 

「分かってるよ。15年、ずーっとアウロラと一緒に居た。アウロラを支えてきた」

 

アウロラがスキットルを傾け、勢いよくヴィーナを飲む。苛立ちや不安感を飲み込むように。

 

「でもなアウロラ、悪い事ばかりじゃ無いと思うぞ?もし軍を抜けたなら朝から好きなだけヴィーナが飲める!どうだ、最高じゃないか?」

 

「確かに……悪くは無いか?」

 

「まぁ、今と変わらん気がするがな!」

 

そう言って俺が笑うと、アウロラも釣られて一緒に笑う。

戦場で勇ましくネウロイ共を殲滅していたモロッコの恐怖も、内面はただの女の子。

 

そんな普通の事を一緒に戦場を駆けて忘れていたようだ。それがおかしくて俺のバカ笑いに拍車をかける。

 

「そうだなぁ、人生の先輩として1つアドバイスだ。祖国スオムスのことわざに"勇気ある行動が結果に繋がる"ってのがあるだろう?……これだな」

 

「ほぅ、大尉の私に説教とはなぁ。ラッセ・ヤッカネン伍長?」

 

「お、おいおい!堅いのは無しじゃなかったのか!」

 

俺をからかって少し満足したのかアウロラが微笑む。

一通り笑った彼女は何かを決心したのか、戦場に立った時よりも真面目な顔で俺に向き直り俺を見つめた。

宝石の様な瞳が美しく煌めき、俺は目が離せない。

 

「私も、勇気を出そう。ラッセ・ヤッカネン。私のものになれ、私と共に来い」

 

「はい?いや……言ったろう、俺はもう12の時からアウロラの部下だって」

 

「違うッ!」

 

金属製のスキットルがアウロラの手でくしゃくしゃに潰れ、漏れだしたヴィーナがアルコール臭を撒き散らす。

 

「ラッセ、私はお前を……私はラッセと共に生きたいんだ!あの時からずっと思っていた。お前と一緒に生きたいと、お前と一緒に死にたいと……6歳の時!ラッセ・ヤッカネンを見た時からずっと!」

 

「アウロラ……」

 

「私の居場所は戦場とお前のそばだった!お前と離れたく無かった……だから士官学校を中退して、お前をさらってガリア外人部隊に入った!お前と戦場を駆ける時、それが私の幸せだった。ラッセが居て私が居る……それが幸せだったんだよ」

 

堰を切ったように言葉を放つと、肩で息をするアウロラが俺に詰め寄る。

 

涙を流す彼女を見れば、薄紫色の瞳が沼地の様にドロドロとして俺の視線を離さない。

 

「俺じゃアウロラに劣っちまうよ。アウロラは今や救国の英雄だ、引く手数多だろうさ」

 

「違う!違う違うッ!私は戦場しか知らない……今更お前以外と一緒になっても……馴染めるものか!普通の生活なんて!酒に溺れて、人知れず死ぬのがオチだ……」

 

「知らないなら知れば良いんだ。大丈夫、アウロラなら出来る。今はウィッチの期限が近くて不安定になってるんだ、な?新兵がよくなる病気みたいなモンさ。だから……」

 

「誤魔化さないでくれ!私はお前が、ラッセが良いんだ。頼む、私と……お願いだ……」

 

アウロラが俺の胸で泣いている。その姿はモロッコの恐怖でも、救国の英雄でもない。ただの少女のようだ。

 

いや、実際アウロラはただの少女だ。

これが普通の女の子なら?俺も多少の戸惑いはあるだろうが受け入れるだろう。

 

だが彼女が望もうと望まないとアウロラ・E・ユーティライネン大尉と言う肩書きが着いて回る。

安易な行動は……許させれない。

 

「大尉、今は休んでください。大尉は今、精神的に不安定になっているんです。だから……冷静になってください」

 

「やめろ、やめてくれ!そんな冷たい言い方を……私を受け入れてくれ!」

 

「大丈夫、大丈夫です大尉。落ち着いて」

 

アウロラはぺたりと座り込み、大粒の涙を流して泣きじゃくった。

 

ここは基地から離れた小屋、加えて外は空も見えない吹雪。彼女の泣き叫ぶ声が他の者に聞かれる事は無いだろう。

なのに……俺は他人に聞かれることの無いように、あるいは俺自身が聞きたくなかったのかアウロラを抱きしめた。

 

俺だって本音を言えば、アウロラと共に生きたい。

 

だが彼女にはまだ軍でやる事が残っている、世界は未だにネウロイの戦火が燻っているのだ。俺の身勝手な行動でアウロラを軍から連れ出す訳にはいかない。

 

「落ち着きましたか?大尉」

 

「……あぁ」

 

「そうですか、それは良かった。大丈夫、大尉なら上手くやれますよ」

 

「私は血と硝煙にまみれた女だぞ?」

 

「いいえ大尉。大尉は祖国スオムスのように美しい女性です、少なくとも私はそう思っていますよ」

 

「そうか……お前は私を、美しいと思うのか」

 

力強く抱き返してくるアウロラの頭を撫でる。15年も彼女の部下として生きてきたが、こんなにも弱々しい姿は見たことがなかった。

 

もう少しだけ、俺の本音を言っても良いだろう。

 

「それに血と硝煙にまみれた女が好きな変わり者だって、世の中探せばいますよ」

 

「お前のような……か?」

 

「ええ。私のような、です」

 

「そうか……そうだな。ふふふ、ラッセのような……か」

 

うつむいていて顔は見えないが、もう泣き声は聞こえず肩も震わせていない。

俺は泣き止んだアウロラを立たせる。

 

「ラッセ、もう一度だけ言わせてくれ。私はお前を、ラッセ・ヤッカネンを愛している、一緒に来て欲しい」

 

「……すみません大尉。やはりそれはできません」

 

「そうか……分かったよ」

 

少なからず自分も好意を持っている女性からの告白を断るのは罪悪感を感じる。

だがこれで良いんだ、ウィッチで無くなったからと言って軍の仕事が無くなる訳では無い。

それにアウロラにはもっと良い男がいる。

 

あぁ……でも。

 

アウロラの隣に、知らない男が居るのは嫌だなぁ。

 

「大尉、私は戻ります。哨戒中に抜け出しましたからね。大尉もご一緒に戻りますか?」

 

「いや、大丈夫。ありがとうラッセ、アドバイスをくれて」

 

「えぇ、外は吹雪いています。お気をつけて、私はこれで」

 

その光景を想像して込み上げる吐き気を何とか飲み込みヘルメットを被った。

 

もうアウロラは大丈夫だろう。彼女は強い、きっと分かってくれる。

 

俺はアウロラに背を向け扉に手をかけた。

 

「勇気ある行動が結果に繋がる……か。ありがとう、ありがとう」

 

「おかげで……決心ができたよ」

 

そんなアウロラの言葉が聞こえた瞬間、俺の視界が真っ白に染まる。だが吹雪く小屋の外に出た訳では無い。

 

何が起きたのか分からなかった。分かるのはまだ俺が小屋に居ること、仰向けに倒れていること。

 

"狼の耳と尾を出している"アウロラが俺を笑って見下ろして居ること。

 

そしてアウロラが持っている、ひしゃげて赤い液体が付いている暖炉用の火かき棒……

 

あれは血か?誰が血を流して……

 

痛い?……痛い。痛い!痛い!痛い!痛い!

 

「動くな、割れたヘルメットを外してやる」

 

「ありがとうラッセ、本当にありがとう。やはりお前以外の男は考えられない、無論ラッセと離れることもな」

 

「だから……勇気を出すことにした。お前と一緒になるために」

 

体が震えて脳が激痛を発する。チカチカと現実と一面の白が視界を交互に占領して気持ち悪い。

 

俺が殴られた?火かき棒で、アウロラに?

 

「あっがッ……あ"ぁ"ぁ"!!な……で、なん……で!!」

 

「こら動くな。ヘルメットが取りにくいじゃないか……ほら、取れたぞ」

 

「だ……い"ぃッ!大尉!」

 

「大尉じゃないアウロラだ。まったく、私だって女なんだぞ?名前で呼んで欲しい」

 

アウロラが俺に馬乗りになって、外したヘルメットを見せてきた。

固い鋼製のカールスラントヘルメットは無惨に砕けて、ベッタリと付いた俺の血が滴り落ちている。

当たり前だろう、いくら力が落ちていると言えどアウロラは陸戦ウィッチ。その荒唐無稽な強さは15年一緒だった俺がよく知っている。

 

そしてアウロラはおもむろにその滴る血を手に取ると、自らの顔に塗りたくった。

 

祖国スオムスの雪原のような白い肌を、赤黒い血が染める。

 

「しまったな、思わず魔力を出して殴ってしまった。だがまぁ……こうしてラッセの血の匂いを感じれるんだ♡悪い気はしない♡」

 

「だい"い"ッ!痛い!いだいィッ!!」

 

「ッ!!アウロラと呼べと言っている!」

 

アウロラが俺の胸ぐらを掴み上げ、拳を振るう。兵士として鍛え上げた肉体にウィッチの魔力が乗った攻撃は、迷いなく俺の顔にぶち当たった。

 

2、3発と振り下ろされた拳は俺の脳に更なるダメージを与えるには充分だ。

アウロラが返り血で染まる手を下げた時には、もう上下も分からなくなり、口から血を垂れ流す感覚と痛みが俺を支配する。

 

そんな俺をアウロラは笑みを浮かべて顔を近づけ……口が触れ合う。

 

「んッ♡……んぅ……はぁ♡……あむ♡ふぅ……ふぅ……♡」

 

アウロラが貪り喰らう様に俺の唇を奪った、使い魔である狼のように、執拗に、激しく。

痛みで動かない俺の唇と歯をその舌でこじ開けて、血で溢れかえる口内を啜り、舐め回して飲み込んだ。

 

薪の弾ける音に負けじと淫らな水音が小屋に響き、アウロラの狼の尾がブンブンと跳ね回る。

 

「ッ!!!っぷはぁ!はぁ……はぁ……ふふふ、アハハハ♡これがラッセの味かぁ♡ヴィーナよりも酔えるなぁ♡」

 

アウロラは血よりも紅く頬を染めて、俺から啜った血を味わう。それはもはやモロッコの恐怖と謳われた誇り高き軍人では無い。

獲物を前に抑えが効かない一頭の狼……いや、獣だ。

 

俺はアウロラに吸われて尚、口内に溢れ出る血を吐き捨てると、コロりと白い歯が床を転がった。

 

「なんだ、歯が抜けたのか……あぁ、ラッセに一目惚れして殴り倒した時も、こんな風に歯が抜けていたなぁ♡ふふふ……エイラの占いに頼らなくてもわかる。私達は運命で結ばれていたんだ♡」

 

「アウ……ロ……ラ……、アウ……ロラ」

 

「ふふん♡やっと名前で呼んでくれたか♡」

 

「なん……で、こ……んな……こと……」

 

狂気を宿した瞳で俺を捕え、ニタニタと笑みを浮かべるアウロラ。

まるで割れ物に触れるように、彼女は俺に触る。

 

その血に染まった傷だらけの指が頬を撫でる度に、恐怖で跳ねる俺を楽しそうに見ていた。

 

「何度も言っているだろう?私はラッセが好きだ。好きで、愛おしくて、欲しくて……今までは共に戦場に居るだけで幸せだったんだ、だが私はもうウィッチでは無くなる……あがりの時期だからな」

 

「色々と考えていたんだ、ラッセと居られるにはどうすればいいか。我慢する事や上層部を脅すことだって考えた。だがお前の言葉で吹っ切れた♡このまま襲って私のモノにする♡」

 

とてつもない痛みで意識を保つのも難しい、頭のダメージで体が痙攣して言う事を聞かない。

 

だが俺は言わなければならない、アウロラのためにも。

 

「だめ……だ、アウ……ロラ。こ……な、こと……」

 

祖国を救った英雄が、たとえ一兵士でしかない俺を暴行したとしても、上層部はおいそれと処罰をすることは無いと思いたい。

 

だが確実にアウロラの首を絞める事になる、そんな事にはさせたくない。

 

「早く……離れ、て。ア……ウロラ、だけ……でも」

 

「は?」

 

爪が頬の肉に突き刺さり、鋭い痛みが走る。

アウロラの長髪が、仰向けに倒れる俺に垂れ下がり灰色のカーテンを形成した。

 

髪のカーテンによって光が遮られ、むせ返る血の臭いで満ちた空間。

その中で妖しく、そして魔力によって確かに輝く彼女の瞳。

 

「何度も言わせるな」

 

アウロラの手が、頬に刺さっていた爪が、ゆっくりと上がってくる。

 

「ラッセ。お前が私を案じてそんな事を言っているのは分かる」

 

「な……ら……」

 

紅に染まった白い指が、目のふちを優しく撫でた。

 

「だがな。私はもう、自分の心に嘘をつくのは辞めた。私はラッセが好き、ラッセも私が好き、それでいいじゃないか」

 

顔から離れたアウロラの指が、真っ直ぐに俺の目の上に動いた。

その照準は俺の目に固定されている。

 

「それで……いいじゃないか」

 

「これが最後だ。私と一緒に来い。一緒に生きろ。ラッセ・ヤッカネン」

 

確かに、もう……いいじゃないか。アウロラの言う通りなんだ、俺だって2人で暮らしたい。

 

でも俺はアウロラと一緒に生きるに値するのだろうか?

親に捨てられ、非行に走り、疎まれて来た俺が……

 

アウロラの"普通の幸せ"に、俺はいるのか?

俺はアウロラに"普通の幸せ"をさせられるだろうか?

 

「だめ……だ。アウロラ……は、普通の……男と……普……通の、しあわ……せを」

 

「……残念だ」

 

今までの比じゃない激痛に、俺はようやく意識を手放せた。

 

 

 

───────────────────

 

「とまぁ、こう言う訳でアウロラと結婚する事になったから……おーいエイラ?聞こえる?」

 

「…………」

 

「エイラ?エイラ?まぁ、基地の方に詳しい事を書いた手紙を送っといたから見といてな。じゃ、これからアウロラと式について決めないと行けないから切るわ。勤務頑張れよ!」

 

「…ンナァ……」

 

ドーバーに面した501統合戦闘航空団の基地内。

 

放心して電話を聞いているエイラの手には手紙ともう1つ。

 

とても良い笑顔の姉と。同じくとても良い笑顔の、明らかに重傷者の、義兄となる男が写った写真が握られていた。


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