違う道を行くことを決めたライザがもうすぐやってくる旅立ちの日に備えてアンペルさんへの贈り物を作る話。エンディング少し手前くらいの時系列。

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繋がるシグネットリング

 爪先に秋の気配がまとわりついて少し早く目が覚めた。

 日中はまだまだ暑い日が続いているけれどまだ日も昇らない朝方は水辺からの涼しい風が入り込んでくる季節になってきたみたい。

 ゆっくりと夏が終わっていく。

 身じろぎで起こさないようにそっと同衾する人の寝顔を覗くと起きているときよりあどけない表情に思えた。

 比較的温暖な島だけど寝巻きなしに寝られる時期はそう長くないのかもしれない。

 そう思ってから心の中で苦笑が漏れた。

 当たり前のようにこんな日々が続くと思ってしまったらしい。もうすぐお互い別々の道を歩くために旅立つというのに。

 またしばらく会えなくなるね。

 旅立ったら次に会えるのは何ヶ月、何年後だろう?

 自分で決めたというのにこのあどけない表情を見たら決心が揺らぎそうだ。

 こちらに同行したらいいとアンペルさんは言った。なんなら昨夜も睦言に混ぜ込んでいた。あたしひとりで旅立たせるのは心配だからと。

 でもあたしは島の問題が片付いた今だからこそ未来へ繋がる道を自分で切り開いて自分で見つけたい。それは各地の遺跡を回るアンペルさんたちとは違う道になる。

 この道はどこかで交差していて同行した先にもあるかもしれない。だけどそれはまず自分で探して見つからなかったときの代案にしたい。

 

「ライザ……?」

 

 気付かないうちに微かに身じろぎをしたのか隣のアンペルさんも目を覚ましてしまったようだ。

 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 

「あー……もう少し寝ておいたほうがいい。昨夜も遅かったのだから。ほらもっとこっちに」

 

 あたしを閉じ込めるように伸ばされた腕の中に収まり温もりを分け与えるように抱きしめられる。

 少し冷えた肩がほんわりと温かい。

 

「寝不足はあたしだけの責任ですかねぇ?」

 

「おや、日の高いうちは嫌だと言うから加減しているのに」

 

 おっと藪蛇。

 

「幸いまだ日は高くないし目も冴えてきた。昨夜の続きをこれからしようか」

 

「……このままだとやだって言っても逃がしてくれないくせに」

 

 逃げる気も断る気も起きないけどね。最近この温もりがすっかりあたしの体に染み込んでしまってるから。

 

 

 

 次に目を覚ましたとき日は随分と高くなり窓から眩しい光が射し込んでいた。

 お互い残りわずかな時間を名残惜しんでいるとはいえ随分と爛れた生活リズムに慣れてしまったな。旅立った後に独寝ができるか不安になる。

 ベッドの中にアンペルさんの姿はなく、隠れ家の中にもいないようだ。買い出しにでも行ったのかな?

 ちょっと遅くなってしまったけどあたしもそろそろ活動開始しよう。グズグズしてるとすぐに夜になってしまう。

 

 ここしばらく続けていた旅の準備もいよいよ大詰めだ。

 道中使用するテント型の簡易アトリエと軽量化アイテムバッグはもうできている。今までと違ってみんなで分担して運べないから過去の錬金術士たちがどういう装備で旅をしたのか調べてみたけどなかなかアイテムが多彩だったね。

 色々ヒントをもらって便利そうなアイテムを再現できたから野宿になってもなんとかなる装備になったと思う。

 中には再現が難しい道具も沢山あったけど。どうやって動力を得るのか全く検討もつかない自動でアトリエに戻る押し車とか。でもこれもあたしが作ろうとしてる道具の参考にちょっとなったよ。

 座標無しに世界を越えることはできなくても、決まった座標さえあれば引き寄せ合うことは可能だよね?

 

 材料は多分問題なし。出来上がりは小さいけどコストはかなり高めなんだよね。宝石をいくつ使うことになるやら。

 竜素材もエリキシルも惜しみなく。だって仕方ないよ。希少な素材を沢山使って簡単には作れないようにしたい。

 例えばあたしの未来の弟子がレシピを知ってもそうそう手を出せないくらい。

 世界を変えてしまう力があるものだしね。

 

 あたしの錬金術士としての始まりは本当に簡単な調合だったな。あの頃には考えられないような調合を今しているけど、最初の気持ちは今も続いている。

 少しの緊張と不安と大きなワクワクと期待、錬金釜の中にはあたしの知らない世界が広がっていた。きっとこれからも、ずっとそう。

 それを教えてくれたアンペルさんがいつしかあたしの一番大事な人になっていた。受け入れてもらった想いは膨らみ続けて、離れがたくていつまでも一緒にいたいと願っている。

 だからずっとお世話になってきた錬金釜に祈る。

 旅立つあたしの願いを叶えて。

 遠く離れてもいつでも大事な人がそばに居ると思いたいんだ。

 

 

 

 夕方くらいにアンペルさんが隠れ家に戻ってきた。どこに行っていたのか気になるけど近くの遺跡くらいならフラッと行ってしまう人だしわざわざ聞くこともないか。

 

「おかえり」

 

「ああ、ただいま。なにか調合してたのか」

 

「うん色々と。そろそろ旅立ちも近いからね」

 

 あたしの言葉に困ったように笑う。

 最初に旅に同行しないと告げたときと同じ笑い方だ。

 

「あのねアンペルさん。さっき作ったばかりでみんなには内緒で受け取ってほしいものがあるの。リラさんにはすぐバレちゃうと思うけど」

 

「なにか旅に関するものか?」

 

 日記の置いてあるデスクの上にコトリ、コトリと出来上がった道具を置く。

 

「これは……指輪?」

 

「繋がるシグネットリングっていうの。あたしとアンペルさん専用のセットだよ」

 

 アンペルさんは片方を手にとり、じっとシグネットリングを見つめる。この指輪に内包されてる力に気付くかな?

 

「これは……」

 

「手紙を書いた後このシグネットリングで封をすると空間を越えてもう片方のシグネットリングのところに手紙がすぐ届くの。手紙の開封もこのシグネットリングがないとできないようになってる」

 

 手短にできることを伝えるとアンペルさんは目を見開いた。そうなると思った。

 手紙の運搬は商会や冒険者に頼らないといけないのに人を介さず即座に届けられる手紙なんて、人によっては喉から手が出るほど……奪い取ってでも欲しいものになる。

 アンペルさんもすぐにその危険性に気付いたようだ。

 

「そんな……即座に相手に渡る手紙なんて大変なことだぞ?」

 

「わかってるよ。だから内緒。リラさんならバレても人に言ったりしないでしょ」

 

 限定で絶対的な座標をお互いに持たせることで全く他者を介在させないし計算上は異界からでも近くに自然門があれば手紙を届けることができるはず。同じ世界に送るよりは時間がかかるかもしれないけど。

 

「それにこれはあたしとアンペルさんにしか使えないようになってる。失くしたり盗まれたりなんてことはないと思うけど念の為ね」

 

 調合の際にベッドに残っていたお互いの抜けた髪を入れてある。これであたしとアンペルさん以外がシグネットリングの機能を使うことはできない。

 

「……わかった。ありがたく受け取るとしよう。筆まめなほうではないが都度手紙で近況を知らせるように努力する」

 

「状況によっては手紙なんて書いてられないだろうからお互いできるときに送ろう。でも捕まっちゃったりしたらすぐに教えてね」

 

「ああ、ライザも弟子が男だったり妙に付き纏う男が現れたらすぐに知らせてくれ」

 

「あたしはアンペルさん一筋だよ? でも心配かけそうなことがあったら知らせるから」

 

 知らせたところであたしと違ってすぐ動けるわけじゃないと思うけど。

 

「なんというタイミングか神の作為さえ感じるが私からもいいだろうか」

 

「ん?」

 

「もらってばかりでは悪いからな」

 

 しゃらりと澄んだ金属音を響かせて首にかけられたのはネックレスだ。これは錬金術で作ったアイテム?

 

「お前ほど高度な調合は行えないがライザのために作ったネックレスだ。特別な機能はないし通常はただの装飾品だと考えてくれ」

 

「通常は、ね」

 

 首にかけられてしまったので目で確認はできないけど指先で触れてみる。えーっとこのネックレス、ちょっと雰囲気が鍵に似てる?

 周囲から影響のない程度の僅かなエネルギーを常時収集して貯め込んでるみたい。サイズのわりに貯蓄できるエネルギーはかなり多い気がするけどなにに使うんだろう?

 

「これは充分にエネルギーが貯まった状態でライザが助けを求めると音声を認識して擬似的な門を僅かに開くアイテムだ」

 

「えっ。予想より高度な調合してた」

 

「ライザのお陰で以前より腕は動くようになったからな。門を固定する技術もないし時間も一瞬だ。一度使えば壊れてしまう可能性が高い。恐らくお前が同じものを作ったらもっと高性能になるだろう」

 

「そんなことないよ。門を持ち運ぶって発想がなかったもん」

 

「私には簡易門が開くとわかるようになっている。そのときはすぐにライザの元へ駆けつけよう」

 

「なるべく使わないように気を付けるね」

 

 折角アンペルさんが作ってくれたものだ。使って壊れてしまったら悲しい。

 危険なことはなるべく避けて……こういうこと言ってると巻き込まれるかもしれないけど。そこは努力しよう。

 

「ふふっ」

 

「どうした? 急にニコニコと」

 

「お揃いの指輪をはめて、世界にひとつのネックレスをかけてもらって、ちょっと花嫁さんみたいだなって思ったんだ。指輪をはめる指は違うし服はドレスでもなんでもないけど」

 

「……次の邂逅のとき既にライザが未来を繋げられる弟子を見つけていたなら、もう私はお前を離さない。そんな余裕なんてなくなっているだろうからな」

 

 本当に、どうしてこんなにいとおしい。

 もっと早く好きだと気付けば良かった。

 そうすればもっと知らない表情を知れたかもしれないのに。

 

「あたしも楽しみにしてる。弟子なんてすぐ育っちゃうしね。あたしだってど素人から夏の間でそこそこの錬金術士になれたんだし」

 

「言っておくがそれは普通のスピードではないからな? 全く才能に無自覚な奴は」

 

 アンペルさんに近寄って胸板に顔を埋めながら抱きしめる。未来を想像したあたしは今かなりニヤけてしまっているから見えないように。

 

 ふと、神代の優秀な錬金術士たちの中には恋心から始まった人もいたのかもしれないと思った。繋がり合いたいと願って時空も世界も越えようと研究を始めたとか。

 恋をした今なら世界を越えたいと思う気持ちがわかる気もする。結果的に取り返しのつかない悪いことをしてるから真似したいとは思わないけど。

 

「あたしは必ずここに、アンペルさんの腕の中に帰ってくるよ。そのときリラさんがここにいてもあたし分のスペースは空けておいてね」

 

「言われなくとも空けておくさ」

 

 不確かな未来の確かな約束をしたからきっと笑顔で旅立てるけど、今はもう少しこうしていたい。

 どんなにそばに感じられる道具があったって本物には敵わないからね。




世界の繋がりはないけど資料としてソフィーやフィリスの道具が伝わってるといいな感。あの辺りの道具はかなり便利そう。

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