半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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久しぶりの更新になります。


第十話:月下の同盟

 冬木の街、言峰教会。

 そこではひっそりと静まった暗闇の中、ろうそくの灯火だけが怪しく輝いていた。文明の光は最低限、ここは神に祈りを捧げる場であるのだから当然だ。聖水が満ちたように清らかな空気が漂っている。ここ冬木の街でこれほどまでに澄みきった空間は他にないだろう。

 その神聖とも不気味とも取れる空間の中でただ一人、この教会の神父たる言峰璃正は報告書を読み上げていた。

 

 

「ーー以上が今回のキャスターめが起こした蛮行の詳細である。アヤツは魔術の秘匿を考えず、己の欲望のままに血肉を貪っているようだ」

 

 

 朗々とした声は良く響き渡り、決して音量が大きいわけでもないのに聴衆の耳に突き刺さる。一日も絶やさぬ説法を心掛け、それを愚直に続けてきた神父の声である。これほど教会の番人に相応しい人物はいない。

 

 

「これらは決して赦してはならない。捨て置けば魔術協会と聖堂教会、双方の介入を招いて聖杯戦争は崩壊するだろう。それを防ぐために私は監督役として、諸君らマスターに『キャスター討伐』を願いたい」

 

 

 此度のキャスターは何を考えているのか、一般人の住居に侵入して幼い子供を拐っている。恐らく魔術の生け贄にするのだろうがこんな行為を放置しておけば、やがて魔術の領域が犯されるだろう。それは協会と教会という二大勢力の干渉を呼び寄せることに繋がる。

 そうなれば、聖杯戦争は終わりである。故に監督役である言峰璃正は動いたのだ。法衣の袖を捲り上げ、腕に刻まれた血のように赤い刺青を衆目に晒す。

 

 

「もちろん報酬は用意しよう。見事にキャスターを討ち取った者にはこれを進呈する。これは過去の聖杯戦争で脱落したマスターから回収した正真正銘の令呪である」

 

 

 蜘蛛の巣のごとくに璃正の腕を走っている全てが大魔術の結晶たる『令呪』であった。その数は十を超え、これだけあれば様々なアドバンテージをサーヴァントに与えることができるだろう。『空間転移』『急速回復』『宝具のバックアップ』など、その恩恵は計り知れない。

 にわかに教会内がざわついた。

 

 

「さて、私からの話は以上となる。諸君らマスターから何か質問があれば遠慮する必要はない…………もっとも質問は『言葉を口にできる者』に限るがね」

 

 

 柔和な笑みを見せる老神父。

 そんな彼の目の前には、四匹の使い魔たちが鎮座していた。ふくろう型のゴーレムは燭台に爪を立て、ネズミは椅子の下に注意深く潜んでいる。おぞましい羽音を鳴らす虫や、錬金術で出来た鳥もいる。いずれも人の言葉を介せるようには見えない。

 今は聖杯戦争の真っ只中である。例え中立地帯であろうとも、マスター本人が出向くなどあり得ない。誰もが警戒して使い魔を送り込んできたのだ、それは璃正の予定通りだった。

 

 

 

「なら私から質問するよ、言峰神父」

 

 

 

 たった一人を覗いては。

 言峰璃正は柔らかな表情を崩さないように、声の主へと視線を向ける。正直なところ、今この瞬間そのものが計算外だった。何故こんな妙なことになっているのかと内心は穏やかではない。

 

 

「何ですかな、リーゼロッテ嬢」

 

 

 真っ赤な瞳が正面から璃正を射抜いていた。闇に浮かぶランプの炎のように揺れる『赤』は魔性を感じさせて、心を乱そうと舌を這わせてくる。神父は気を高め、それらを払い除ける。

 教会の長椅子にちょこんと座っていたのはランサーのマスター、リーゼロッテ・ロストノート。言峰璃正が密かに通じている遠坂時臣が「面白い」と注目している相手である。

 何故、そんな魔術師が危険を犯してまでここにいるのか、この神父には理解が追い付かなかった。明らかにデメリットの方が大きいのだ。

 

 

「キャスターの討伐までマスター同士の戦いは控えるようにとのことですが、違反した場合に罰則はあるのでしょうか?」

「ふむ、特にはありませんな。ただキャスター討伐に余りにも非協力的であるのなら、令呪の配当に関して影響が出るかもしれません」

「そうですか、そうなるとマスター同士の協力も強制ではなく任意ということで?」

「そうなりますな」

 

 

 青いドレスを身につけた時計塔からの参戦者。豊かな金色の髪は滑らかで、細い身体つきも戦闘に耐えるものとは思えない。一流の拳士である璃正には、リーゼロッテは名家の令嬢といった印象を出ない。

 しかし、身に秘めているのは遠坂家と同系統の『宝石魔術』。下手な近代兵器を上回る攻撃力を持つ上、あの時臣が注目しているのだから油断ならない。

 

 

「ところでリーゼロッテ嬢、どうして自らここに? 失礼ながらマスターは全員、使い魔を送るものと想定しておりましたので」

「私はキャスターの使い魔らしきモノと交戦したんです。アフタヌーンもまだの時間に、裏通りで蠢いていて気味悪かったので切断して埋めておきました」

「……それは手が早いですな。未然に一つ厄介事を防げたこと、感謝しましょう」

「ええ、私も一刻でも早くキャスターを排除したいと思っています」

 

 

 冷たい眼差しが璃正を貫く。

 今のリーゼロッテはランサーを伴っていない、ここにサーヴァントは入れないため表で待機させているのだ。それにも関わらず背筋を寒くさせるだけの威圧感がこの少女にはあった。

 それでも鋼の精神を持つ璃正は、まったく怯まない。笑みを絶やさずにリーゼロッテの話の続きに耳を傾けていた。ピリピリと空気を震わせるマナの波、そこでリーゼロッテは思いもよらないことを口にする。

 

 

「あんな汚物が闊歩していたのでは、確かに私たちの聖杯戦争が穢されてしまう。それ故に私は確実にキャスターを葬れるように、ここでマスター達に『同盟』を持ちかけます」

 

 

 何を言っているのかと、璃正は絶句する。例えキャスターを討伐しようとそのあとは敵同士、故にマスター達は適度な距離を保ちながら戦う必要があるのだ。だから自分たち以外に手を組む陣営はいないだろう。リーゼロッテの一言はそんな璃正と時臣の予想を丸ごと打ち壊していた。

 

 

「どうしました、璃正神父。マスター同士の同盟なんて別に珍しい物ではないでしょう、過去も『今回』も」

「っ、それは…………」

 

 

 ルビーのような真紅を思わせる瞳に、一瞬だけ璃正は言葉を詰まらせる。頭の奥から漏れ出してきたのは、時臣と息子である綺礼との同盟関係。確かに聖杯戦争において、マスター同士が影で手を組むのは珍しいことではない。そんな当たり前の事実が脳内を巡り続ける。リーゼロッテと目を合わせて何秒経っただろうか、強靭な精神力を持って璃正は正気を取り戻す。

 

 

「今のは魔眼……ですかな?」

「さて、何のことでしょう。いずれにせよ貴重なお話をありがとうございます。それでは、私と同盟を求めるマスターは冬木大橋にてお集まりくださいませ。ああ、暗闇から迫る刃には気をつけないといけませんね」

 

 

 そんな神父の反応を確かめてから、リーゼロッテは出口に向けて歩き出していた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 初めて見た『彼』の瞳。

 そこに渦巻いていたのは憎悪と自己嫌悪、その異様さに用意した聖遺物が間違っていたのかと思ったほどだ。伝承では、主君との不仲はあれど仲間からの信頼厚く人望に長けた高潔な騎士だったのだから。

 

 

『俺の願いは、騎士としての忠節を主君に捧げたい。本当にそれだけなのです……!』

 

 

 そんな人物が何故、喉が張り裂けんばかりに慟哭しているのか理解が追い付かなかった。感情の濁流がパスを通じて流れ込み、狂おしい程に心を満たしていく。気がつけば唇が動いていた。

 

 

『分かったよ、ロストノートの名において誓いを受ける。貴方の忠節を受け取ろう』

 

 

 この瞬間からリーゼロッテとランサーの物語は始まったのだ。もう数ヶ月前のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 足早に言峰教会から遠ざかったランサー陣営はひとまずの休息を取っていた。ぶつぶつとリーゼロッテは不機嫌そうに言葉を紡いでいる。

 

 

「うん、あれは圧倒的に黒だね。監督役まで取り込んでいるなんて遠坂は隙がない、いっそチェス盤を蹴り落としてやりたい気分だよ」

「つまり教会が中立を破り遠坂に付いているということでしょうか、我が主?」

 

 

 魔力の漂う月の夜、目映い光と共に闇の中に浮かび上がっている冬木大橋にリーゼロッテは腰かける。真下にはこの地方都市に広々と横たわる大河が流れ続けていた。それを眺めながら、少女は飴玉をころころと舌の上で転がす。とても甘い。

 

 

「アサシンが脱落していないのに、マスターが教会に保護された辺りから怪しかったけどね。彼らが繋がっているのは間違いないさ」

「そう、ですか。俺が経験した聖杯戦争ではそこまで見抜くことはできませんでした……流石です、リーゼロッテ様」

「私はただ幸運だっただけだよ。あ、これも美味しいや。君も一つどう?」

 

 

 飴玉やチョコレートの袋を胸に抱きながら、金髪の少女は話を続けていた。先程は魔術師たちの会合ということで、気を張っていたが空気は抜けてしまったらしい。口調も崩れて、令嬢らしい言動もそこらの少女のように柔らかくなっていた。緊張感がない主にランサーは苦笑する。

 

 

「実は神父さんに魔眼を掛けてみたんだよね、深層に辿り着く前に跳ね返されちゃったけど。恐ろしいくらいの精神力だよ」

「よろしいのですか、監督役に手を出せば何らかのペナルティを負わされるかもしれませんよ?」

「それは無いよ、こっちが握ってる不正の可能性をチラつかせておいたからね。私たちを不利に扱えば、自分たちの破滅を招くってことくらい見通してくれるだろうさ」

 

 

 もし今回のことで罰則を下すなら、リーゼロッテはアサシンの生存を他のマスターに公表するつもりだ。そうなれば監督役の中立性は破られ、この聖杯戦争はますます混迷を極めるだろう。少なくともキャスターが暴れている現状では命取りである。つまりは脅しをかけてきたのだ。

 

 向こうも遠坂とつるんで反則をしているのだから、一度や二度の魔眼くらいは多目にみてくれないと困る。そんなリーゼロッテを見守りながら、ランサーは話を続ける。

 

 

「アーチャーとアサシンの同盟に対抗するために、こちらも同盟を結ぶのですね。しかし、ライダーはともかくとして他の陣営は集まるでしょうか?」

「そりゃ集まらないだろうね。御三家でもない、こんな小娘の提案に載るような物好きはそういないさ」

「なら、こんな大掛かりな魔術を施してまで何故ここに?」

 

 

 ゆらゆらと空間が歪んでいる。

 橋の周りを囲んでいる透明な壁は『人払いの結界』。初歩的な魔術ではあるが、ここまで巨大なものを構築できる魔術師はそういない。冬木大橋そのものを覆ってしまうとは、倉庫街もそうだったがリーゼロッテは『結界』に関しては抜きん出た実力を持っている。交通の要所だというのに、鉄橋には人の気配がまるでないという事実にランサーは改めて感心していた。

 

 

「しかしここまで見晴らしが良いと、どこから狙われるか予測が付きません。実際に今も何者かの視線を感じています、マスターが集まる目算がないのなら危険を犯す必要もまた無かったはずでは?」

 

 

 狙撃されようとマスターを護り抜く自信はある。

 フィオナ騎士団から逃れた後、ディルムッドは様々な刺客からグラニア姫を守護し続けたのだ。神代の弓使い達を討ち果たした経験は数知れない、今さら生半可な狙撃など恐れることもない。

 しかし、このマスターに無駄な危険を犯させることだけは断じて反対である。多少の魔術が使えるとはいえ、リーゼロッテは脆い少女の身なのだ。

 

 

「ランサーは心配性だねぇ。まあ、君のそういうところは嫌いじゃないよ。私がここに来たのは単なるメッセージなんだ、『私と合流したいなら冬木大橋まで来い』っていう個人宛のね」

「それは一体…………!」

 

 

 疑問符を浮かべていたランサーが槍を構えた。

 雲間から『何か』が近づいて来ているのだ。鷹のような鋭い視線で空を凝視するランサー、すぐ何者かの判別はついた。世界を割るような雷鳴を轟かせ、夜を切り裂いて飛来する暴君などそういるものではない。

 雷神ゼウスの稲妻を操るチャリオット、その嘶きが空を揺らした。

 

 

 

「AAAAlalalalalalaie!!!」

 

 

 

 そう、リーゼロッテが打った芝居は彼らをここに呼び寄せるためのもの。お互いに拠点が分からず、無闇に街を探し回ることもできないのなら派手に合流してしまえばいい。いつもなら慎重を期すのだが、この尋常ならざる聖杯戦争(ぎしき)の途中では仕方ない。一刻も早い集結が必須だったのだ。

 

 

「なるほど橋の周辺全てに『遮音結界』まで張っていたのは、あの男の登場を見越して……しかしこれは」

「いーのいーの、どうせ私が修繕費を出すわけじゃないし」

 

 

 呆れた様子のランサーを意図的に無視して、リーゼロッテは紅い征服王を迎える。お菓子の袋をひとまず仕舞い込み、ドレスの端を指先でつまみつつ優雅に一礼した。

 

 稲妻を纏いながら走る神牛、彼らに牽かれるチャリオットは乱暴に橋へと着地してコンクリートを踏み割りながらリーゼロッテ達の目の前で停車した。きっちりと橋の向こう側からこちらまで、車輪の跡と雷の焼け跡が刻まれている。焦げた匂いが辺りを漂う、何ともダイナミックな着陸であった。

 分厚いサンダルを鳴らし、戦車の主が己のマスターを抱えて台から飛び降りる。

 

 

「うむっ、余の出迎えご苦労、大義である!!」

「もっと普通に着陸できないのかよ、お前!!」

「そりゃあ無理だ、坊主。こやつらも余も細かいことは苦手だからな」

 

 

 白い煙が立ち登る中、そんなものは知ったことじゃないと満面の笑みで降り立った暴君。ランサーが同盟を組むように仕向けたサーヴァントである。今回はリーゼロッテがそれに乗ることにしたのだ。

 そして丸太のような大男の腕に抱えられて文句を口にしているウェイバー、大した度胸である。この短い時間で彼はイスカンダルがどういう性格なのか理解した上で、コミュニケーションを取っているように見えた。

 リーゼロッテはウェイバーの評価を上方修正する。

 

 

「お待ちしておりました。征服王、そして我が友ウェイバー。……いやー、私のメッセージが伝わったようで安心したよ」

「当たり前だ。あんな分かりやすい言葉を放たれて気づかないのは間抜けだけだっての、リーゼ」

「ふっふっふ、ひとまず私の拠点に移動しようか。そこで楽しい悪巧みを始めようよ、ウェイバー」

 

 

 時計塔を旅立って、ほんの数日間。

 それなのに懐かしい感じさえするのは何故だろう。月の女神が微笑む空の下、二人の若き魔術師は正式な再会を果たした。

 

 


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