半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第十一話:聖なる怪物

「ぅ、ぅうん‥‥‥‥どこだよ、ここ?」

 

 

 ここは冬木の外れにある洋館。

 ちょっとしたスポーツが出来そうなくらいに広い芝生の庭園と、真っ白な外壁を持つ上品な建物。真っ赤なカーペットの引かれた二階の客室にて、目を覚ましたウェイバーはベッドから起き上がる。滞在しているマッケンジー夫妻の家ではない、明らかに資金がかかっている部屋であった。棚に飾ってある硝子細工のゴーレムを眺めながら、魔術師の少年は大きなアクビをする。

 

 

「あー、そうか。昨日はリーゼの奴と合流してそのままアイツの拠点に来たんだったなぁ」

 

 

 ベッド脇に置いてあったスリッパを履いて、光の漏れるカーテンに手をかける。見下ろした庭には自立型の宝石トラップ、外壁には切断タイプの結界が埋め込まれているのが分かった。ひとたび発動したなら侵入者は丸焦げのグリルか、ハンバーグの材料にされるに違いない。実に容赦のないリーゼロッテらしい工房である。

 

 別段、あの友人に加虐趣味があるのではなく、秘奥を持つ魔術師にとっては自身の工房とはこうでなければならない。侵入者を確実に処分することが最重要であるのだ。故に相手の工房に訪れるというのは、魔術師にとってはかなりの覚悟と相手への信頼を求められる。それはウェイバーとリーゼロッテとの関係においても例外ではない。

 

 

「僕とアイツは一応、敵対者だからな。ある程度は警戒しておかなけりゃならない‥‥はずなんだけどなぁ」

 

 

 ウェイバーが見つめるのは、部屋にあるもう一つの寝具で熟睡しているサーヴァント。ぐっすり眠っていた自分が言えたことではないが、この男も大概である。脱ぎ捨てられた革鎧やマントは、ちゃっかりクローゼットに掛けられていた。そして半裸で豪快なイビキを上げるライダーは、決して広くないベッドを大の字で征服している。

 

 

「まあ、リーゼだし大丈夫か。普段のアイツは油断の欠片もないけど、たまにポンコツになるし」

 

 

 のんびりと少年は友人の名前を口ずさんでいた。

 金色の髪と赤い瞳を持つ少女、時計塔にてウェイバーを受け入れてくれた唯一の存在。用心深く容赦なく、人の常識よりも魔道を追及する、実に魔術師らしい魔術師である。

 しかし近づいてみると意外に臆病で、人間らしい甘さもある少女。きっとそれを知っているのは時計塔ではウェイバーくらいだろう。もちろん恐ろしいほど冷たい面があるのも知っている、自分などでは比べものにならない実力があることも。

 

 

「む、眩しいではないか小僧‥‥」

「もう朝だぞ、そろそろ起きろっての!」

 

 

 もぞもぞと動き出したライダーに悪態を突きながら、ウェイバーは笑っていた。サーヴァントの力を借りたとはいえ、ようやく友と同じ高さに立てたのだ。同盟を結ぶというだけのことだが、それは少年にとって少しばかり特別な意味が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、まずは聖杯を手に入れた後の分け前の話といこうではないか!!」

 

 

 開口一番、そう言い放ったのはライダーだった。

 ランサーが調理した朝食を済ませた後、談笑するマスター達を視界に捉えながらの一言。天井にぶら下がったシャンデリアが揺れるほどの雄々しき声、革製ソファーに沈みこんだ巨体と相まって、凄まじい威圧感がある。すでに交渉は始まっているのだろう。そんな王にリーゼロッテはおずおずと問いかけた。

 

 

「いや、最初に話し合うのが聖杯の分配って……貴方の実力を信頼していないわけじゃないけど、気が早いんじゃないかな?」

 

 

 紅茶を片手に呆れた表情を見せる少女。

 そして彼女の傍に直立しているランサーは無言だ。部屋の内装や二人の服装と相まって、その様子はウェイバーの目からは古風な令嬢と騎士のように見える。一切のスキがない。ここはとりあえずライダーに任せておこうと思う。

 

 

「まずは強敵への対抗策とかを語るべきじゃないのかな、大王さま?」

「分かっておらんな、小娘よ。まずは我らが略奪するモノ、その分配を決めておかねば勝利の後に待っているのは仲間割れである。それではおちおち背中を預けてもおれんだろう?」

「あらかじめ聖杯の分け前を決めて、お互いが納得していたらトラブルも減る……ということだね。もちろん聖杯が分配できるマジックアイテムならの話だけど」

 

 

 年季の入ったウッドテーブルを挟んで、ライダー陣営とランサー陣営は向かい合う。こちらからは征服王イスカンダル、あちらはリーゼロッテが話し合いの席についている。時計塔ではウェイバーを言い負せてばかりだったが、そんなリーゼロッテも征服王の前では単なる小娘らしい。『大王』が会話の主導権を早くも握っている。

 

 

「まずはここにいる各々の抱く願い、その強さを確認しておこうではないか。それから聖杯を使う優先順位を決めてしまえば、とりあえずは良い」

「まあ、それくらいなら良いよ。願いの内容まで教えるつもりはないけどね」

「ならば、まず‥‥」

 

 

 ふいに、ウェイバーの顔を征服王が覗き込んだ。別に自分に願いなど無いのだが、どういうつもりだろうか。

 

 

「ついては小僧、貴様たっての願いである『背を伸ばしたい』についてなのだが…………すまんが後回しで構わんか?」

「僕はそんなこと願うって一言も口にしてないからな!!」

 

 

 背丈を伸ばしたいというのは、マスターの低身長に目を付けたライダーが勝手に言い出したことだ。ウェイバーとしては成長期はこれからと信じているし、そんなものに聖杯を使うつもりはない。

 そもそも『勝利』が欲しいのであって、万能の願望器とやらに託すような野心はないのだ。それを理解し、にんまりと笑ったライダーが視線をランサーへと移す。

 

 

「と、いうわけでこちらは余の願いだけで充分だ。ランサー、貴様はどうだ?」

「俺には聖杯に託す望みはない。騎士としての忠節を主に捧げる。それが全てだ、征服王」

「ほう、現界してまで忠節に拘るか。ますます気に入ったわい。やはりセイバー共々、お主は余の幕下に加えてやらねばならんな。しかし、そうなると譲れぬ願いがあるのは余と小娘だけか?」

「そうなるね。願いがマスターとサーヴァントて一つずつ叶うなら、何とか争わずに済むかもしれないか……やれやれさ」

 

 

 リーゼロッテは脱力したようにソファーに身体を沈めていた。これならお互いに戦う必要はないと安心したのだろう。ウェイバーとしても友人の命を奪うようなことはしたくないので同じ気持ちである。

 そもそもこの少女を越える手柄が欲しくて参戦したのだ。どんな形であれ、リーゼロッテが命を落としてしまっては意味がない。そんなことを考えているウェイバーへと少女から手が差し伸べられた。

 

 

「ひとまず私たちは同盟関係、だからよろしくね。頼りにしてるよ、ウェイバー」

「あ、ああっ、よろしく頼む!」

 

 

 握手を交わすと妙に胸が高鳴った。

 リーゼロッテが頼りにしているのが自分ではなくライダーの方なのは分かっている。それでも対等な関係として見てもらえたことが嬉しくないわけではない。リーゼロッテが間接的にしろ、魔術師として自分を頼ってきたのは初めてなのだ、必ず戦果を上げて見返してやろう。決意を込めるように細い少女の手をぎゅっと握りしめた、リーゼロッテは首を傾げているが少年にとっては重要な意思表示である。

 

 

「それじゃあ、戦略会議を始めようか。私たちがこれまで他の陣営について調べておいた情報、その全て‥‥とは言わないけど多くを信頼の証として貴方達に提供するよ。ランサー、よろしく」

「畏まりました、主よ」

 

「…………お、おいっ、これって!?」

「ほお、随分と手が早いのぅ」

 

 

 深緑の騎士が取り出したのは紙束。

 テーブルに広げられたそれらには、複数のマスターとサーヴァントに関する詳細が描かれていた。驚くべきことに今回の討伐対象でたるキャスターの『真名』と『宝具』までが記されている。あまりにも手回しが早い。そしてウェイバーはキャスターの正体を知り、もう一度驚くことになる。

 

 その真名はジル・ド・レェ。

 百年戦争において、聖女ジャンヌ・ダルクの右腕として戦ったフランス軍元帥。数々の栄誉と伝説を成し遂げ、ジャンヌと共に『救国の英雄』とまで称えられた人物である。そんな男がキャスターのクラスを得て、市街地で虐殺を行っているというのだ。彼の騎士としての側面からは考えられない話、聡明なウェイバーはすぐに別の可能性を見出だした。

 

 

「……ってことは召喚されたのは『そういう時期』のジル・ド・レェなんだな?」

「流石に理解が早いね、ウェイバー。そう今回、呼び寄せられたのはジャンヌ亡き後のジル元帥、つまり救国の英雄じゃなくて『聖なる怪物』の方なんだろうさ」

 

 

 百年戦争の末期、聖女ジャンヌはイングランド軍に捕らえられ火刑に処せられている。教義を否定され、誇りを汚された上での処刑であったと歴史は語っている。後々にジャンヌの意志を継いだ人々によってフランスは勝利を収めることになるが、勝利の影で精神的支柱だったジャンヌを失った男の人生は迷走していくことになる。

 

 それからの没落は悲惨なものである。

 フランス随一とまで称された財産の全てを享楽品の収集に消費し、精神の全てを黒魔術に傾倒させ、後に『数百から数千人』の子供たちを虐殺することになる。この時期の彼は、まさに悪魔のごとき男であっただろう。

 

 

「でも何でキャスターなんだ、元騎士であるジル・ド・レェが習得できた魔術なんて大したレベルじゃないはずだろ?」

「そこは錬金術師プレラーティが関係してるんだろうさ」

 

 

 リーゼロッテが無言で一つのガラス瓶をテーブルに置く。そして中身を見るようにウェイバーとライダーへと促した。小さな空間に押し込まれるように、ぐねぐねとうごめく何かがそこにいる。

 

 

「うげっ!?」

「ほう、これが奴の宝具の一端か」

 

「そう、私がぐちゃぐちゃに潰してやった使い魔の欠片だよ。ここまで潰せば本来なら召喚が解除されるんだろうけど、結界で囲んでキャンセルしてるのさ」

 

 

 それは昨日、リーゼロッテが街の散策ついでに発見しズタズタにしてやった海魔である。ほんの一部分、触手の先っぽだけ採取したのだが非常に不気味だ。うねうねと動いてはガラスにへばりつき、吸盤は呼吸するかのように脈動している。この使い魔はあきらかに普通の魔術師が使用するモノではなかった。

 

 

「錬金術師プレラーティ、彼‥‥いや彼女が持ち込んだのは『生贄』魔術だったんだろうさ。この手の術式なら、例え手順が稚拙でも大きな魔術行使が可能になるからね」

「‥‥代償を用意できれば、だろ?」

「そういうことさ、この街で子供を拐っているのも恐らくは魔術の生贄にするためかもね。ちなみにコレは使い魔自身を触媒とすることも出来るし、厄介だよ」

 

 

 

 そこまで口にしてからリーゼロッテは三人の同盟者たちを見回した。

 

 自身が召喚した騎士、ディルムッド・オディナ。

 学友であるウェイバー・ベルベッド。

 そのサーヴァント、征服王イスカンダル。

 

 戦力は十分でランサーの持つ未来情報もある。そういう面では、リーゼロッテ達は他のどの陣営よりも優位に立っているはずだろう。

 それでも油断は出来ない、一瞬の油断は自分の身をバラバラに引き裂くことになる。そしてキャスターを討ち果たした後に待ち構えるのは蒼のセイバーと黄金のアーチャー。いずれも最上位の強敵であることは間違いない。リーゼロッテもウェイバーも楽観視はしていなかった。

 

 

「主よ」

「‥‥うん、どうやらお客様のようだね」

 

 

 けたたましい警報が鳴り響いたのは、ちょうどその瞬間。瓶の中に入った怪物が喜び勇んで暴れまわり、ランサーが即座に宝具たる槍を空間から取り出す。次々と破られていくトラップを魔術回路を通して、リーゼロッテは把握する。

 何事かと立ち上がろうとしたウェイバーを掌で制して、赤い瞳の魔術師はカーテンのスキマから庭を覗きみる。そこにいたのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、お嬢さん」

 

 

 ぞわりと背筋をはい回る悪寒。

 ヒトデと蛸を合わせたように不気味な怪物、それらに宝石を飲み込ませては自壊させている男。爆発しては飛び散る肉片をさらに召喚の拠り所にして『使い魔』は増えていく。すでに庭は紫色の化け物に蹂躙され、埋め尽くされていた。

 

 

「リュウノスケの頼みですし、ジャンヌに会いに行く前の準備体操くらいなら良いでしょう」

 

 

 その怪異の中心、怪物に抱かれるように立っていたのはキャスターだった。僅かなスキマから自身を伺っていたリーゼロッテへと、恐ろしげなサーヴァントは優しげな表情で微笑みかけている。ギョロリと蠢く目玉は少女を生き物として把握しているようには見えなかった。

 

 

 

 

 早朝の冬木にて、聖杯戦争の第二戦目は始まることになる。

 

 

 


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