半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

13 / 20
第十三話:遥かなる道のりに

「…………やっぱり、リーゼの奴は強いな」

 

 

 庭園で繰り広げられる戦いを、二階の窓から覗いていたウェイバーはどこか悔しげに呟いた。戦闘時間はわずかに数分だっただろうか、それだけで勝負の行方はほぼ決定づけられている。リーゼロッテの戦術は効果的にキャスターの宝具を封じ込め、処刑結界は使い魔たちを切り刻んで掃討を終えていた。

 

 そして鮮やかな手並みを見せたのはマスターだけではない。あの槍騎士もまた一級品のサーヴァントなのは間違いない。二階という高所から見下ろしているというのに動きは追えず、深緑の影が風のように海魔を切り裂いていった。更にそこからマスターとの連携攻撃に繋げていくのだから、呆れるしかない。

 信頼関係に裏打ちされた彼女たちの連携は、未だライダーに振り回されるばかりのウェイバーには届かない境地にある。

 思わず脱力して壁にもたれかかるしかなかった。

 

 

「ははっ、分かってはいたけど、こんなに差があるのかよ…………ちくしょう」

 

 

 ロードではないとはいえ、ロストノート家は名門中の名門一族である。受け継いできた魔術刻印も、積み重ねてきた秘術も、その身に宿る魔力量も、全てがウェイバーなどとは比較にならない。その上でサーヴァントの扱いも上手いとくれば隙がない。

 これでは自分はいつまで経っても、あの少女にはーーー。

 

 

「うむ、今の貴様では勝ち目はあるまい。まさに匹夫が巨象に素手で挑むようなもの、夜襲だろうが奇襲だろうが坊主の腕では小娘には万に一つも通用せん」

「っ、そんなことは分かってるっての!!」

 

 

 覇気に満ちた声が心に突き刺さる。

 それはウェイバーの隣で同じように庭園を見下ろしていたライダーのものだった。艶のある革鎧と真紅のマント、そして二メートルを超える体躯を持つ大王。自身が召喚したサーヴァントにして、人類史に燦々とその名を輝かせる英雄の中の英雄。

 マケドニア王、イスカンダルは何気ない様子で残酷な真実を告げていた。

 

 

「何を憤ることがある小僧、貴様は重々承知の事実であろう。余とて驚いておる、まさか小娘がここまでの腕であったとはな。ふふん、これはランサー共々、必ずや余の臣下に加えてやらねばなるまいて!」

「お前そればっかりだな!?」

 

 

 呑気なことを口にする征服王。

 しかし決して大言ではない。とりあえずの聖杯の分け前は決定し、ここから先はリーゼロッテ達と共に戦うのだ。いずれは彼の在り方にランサーやリーゼが魅せられることもあるかもしれない。ライダーならば大丈夫だろうという、ぼんやりとした予感もあった。この男は不可能の一つや二つは成し遂げてしまうだろう。

 

 それに比べて自分はどうだとウェイバーは項垂れる。いくら吠えたところで暗示の魔術さえ満足に使えず、赤点の弱小魔術師である。リーゼロッテのことを密かにライバル認定してはいるものの、他者からしたら失笑モノなのは間違いない。

 

 

ーーー何故あんな奴がリーゼロッテ嬢の傍に?

ーーー甘い汁を狙っているに決まっているだろう

ーーーちっ、身の程知らずのハエめ

 

 

 事実として時計塔にいた頃にかけられた言葉はどれも辛辣だった。そんな記憶がよみがえり、急速に戦意が衰えていくのを感じる。

 

 

「ーーーつまりだ」

「う、わっ!?」

 

 

 そんな少年の肩をライダーは力強く掴み、満面の笑みを向けた。

 

 

「つまり貴様はこの聖杯戦争の間で成長せねばならんということだ。あの小娘に並び立ち、あまつさえ打倒できる程にな」

「…………え?」

「何を呆けておる、そういうことであろう。なぁに心配するでない、人間だれしもこういった試練にはよく会うものよ。貴様だけの苦しみではないぞ?」

 

 

 その一言は日の光のように、暗い海に沈みかけていたウェイバーの精神を照らし出す。わずかに少年の瞳へ炎が戻ってきたのを見届けた後、顎髭を擦りながらイスカンダルは続ける。

 

 

「イッソスの戦いは知っておるな? あの時、余とて宿敵ダレイオスに必ず勝てるなどとは思っておらんかった。幾度となく敗走の危機に直面し、あまつさえ多くの信頼する家臣たちを討ち取られたのだ」

 

 

 アケメノス朝ペルシアの王、ダレイオス三世。

 三メートルを超える巨躯、十万の兵を難なく統率するカリスマ性、そしてペルシャ一帯の財宝から生み出された潤沢な資金力。如何にマケドニアが強国であろうとも、かの国の王はまさに巨象であったろう。

 そんな不滅の軍勢をこの男は打ち破り、やがて大陸を東へ東へと遠征し人類史でも最高峰の偉業を成すに至ることになる。

 

 

「良いか、勝てぬと思った相手と出会った時こそが覇道への第一歩である。我らは届かぬからこそ挑むのだ、海の果て空の果てまで叫ぶのだ。ーーーその夢と野望の全てをかけてッ!!」

 

 

 萎れたウェイバーの心に征服王の炎が燃え広がっていく、ナーバスに沈んでいた精神が一瞬の内に叩き起こされる。

 そうだ、自分とリーゼロッテとの戦いはまだ始まってすらいない。それなのに何を諦める必要があるというのか。若き魔術師は自らの胸に確かな熱を感じていた。

 

 

「……礼は言わないからな」

「それでこそ、我がマスターである」

 

 

 そう言って大きな掌がウェイバーの頭を乱暴に撫でつける。

 

 この若き少年は一流の『戦士(魔術師)』にはなれないだろう、体躯にも恵まれず才能にも恵まれていないのだ。しかし『勇者』になら成れる素質がある、そう征服王は自らのマスターを満足そうに見下ろしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ーーーあまりにも呆気ない。

 

 

 リーゼロッテは失望したように結界の中身を見つめていた。死体に復活の気配はなく、粉々に切り刻まれた使い魔に動きはない。どうやら完全に宝具を封じ込めることができたらしい。ここまでは予定通り、計算違いがあるとすればたった一つだけ。

 

 

「キャスターには逃げられたみたいだね」

「残念ながらそのようです、我が主よ」

 

 

 ランサーが悔しそうに頷いた。

 血肉にまみれた結界の中からキャスターの姿だけが消えているのだ。逃さないよう丁重に隔離していたので、通常の方法では抜け出せない。そんなヤワな結界を張った覚えはない、ならばどうやって抜け出したのか。考えられる可能性は二つだけ。

 

 

「キャスターが逃走用のスキルか宝具を有していたか、それとも『令呪』を使ったのかだね。ランサーの記憶からはどうなのさ?」

「おそらくは後者でしょう、奴は以前の俺とセイバーとの戦いでも逃亡のために使い魔を犠牲にしていました。今更、別の宝具やスキルを所持している可能性は低いかと」

「へぇ、そうなるとリュウノスケとやらは意外と面倒くさいマスターかもね」

 

 

 教会からは、単なる連続殺人鬼だと聞いていたような気がしたが魔術師としての才能もあるのかもしれない。ランサーからの話ではリュウノスケというマスターについての情報はあまりない。念のために注意しておこうと、リーゼロッテは心に留めておくことにした。

 少女はまだ知らない。その連続殺人鬼の行っている悪魔的な所業を、そして『材料』として自身が狙われていることを。

 

 

「しかし主よ、何故ライダーには手を出させなかったのですか。奴の力を借りれば確実にキャスターめを討伐することができたでしょう」

「ここは私の工房だって知られているからね、今も他の陣営から監視されてるのさ。そんな中で晒す手札は少ない方がいい」

 

 

 遠坂時臣を始めとして、多くの魔術師がここを見張っていることにリーゼロッテは気づいていた。自分にしても遠坂邸などには常に使い魔を配置しているのだから当然だ。だからこそ既に戦法が知られているランサーと自分が表に出ることにした。それにライダー陣営にまだ戦ってもらっては困る。

 

 

「こんな所でライダー陣営を戦わせたら、ウェイバーが素人魔術師だってバレちゃうよ。せっかく遠坂に売り込んでおいたんだから、せいぜい利用しないとね」

「…………はっ」

 

 

 時計塔でのウェイバー・ベルベットは紛れもない劣等生。家系も弱小ならば実績もありはしない、言い方は悪いが魔術世界では見向きもされない程度の存在である。

 だが、そんな経歴の人間が最上級のサーヴァントである征服王を引き連れて聖杯戦争に挑んでいる。しかもリーゼロッテ・ロストノートとは友人関係にあることは時計塔の少なくない人間が認知していることである。

 

 

「ふふっ、まともな魔術師なら警戒するだろうね、不気味に思うかもしれない。たまにいるのさ、こういう得体の知れない人間がとんでもない爆弾だったなんてことは」

 

 

 コロコロと笑いながら魔術師の少女は屋敷を見上げていた。

 何もリーゼロッテは征服王の実力のみを頼みにして、ライダー陣営との同盟に踏み切ったわけではない。そのマスターである友人にも期待しているのだ。

 実力を隠すことによって、本来の実力以上に相手を威圧する。それがウェイバーに求める役割、彼にはただ『強者』を演じてもらえればそれでいい。

 

 

「しかし我が主よ、あのキャスターは無辜の民を虐殺します。ここで逃がしてしまっては……」

「…………ランサー、君の騎士としての在り方は私も好きだよ。でもここは譲れない。せっかくキャスターが逃げてくれたのなら予定通り、私たちはアーチャーに探りを入れる。ごめんね、君の騎士道に泥を塗るかもしれないや」

「いえ、出過ぎた真似をお許しください。我が槍はマスターの御身とともに……今度こそ」

 

 

 それっきりディルムッドは口を噤む。本心では一人でも多くの人々を救うことを望んでいるのだろう、騎士王という好敵手との再会もまた『正しい騎士』としての在り方へランサーを誘っている。

 だが今は『前回』とは状況が違うのだ。衛宮切嗣の存在もそうだが、何よりリーゼロッテというマスターとの良好な関係がある。セイバーとの決闘に自らが召喚された意義を求める必要はない。

 

 

「どうか思うままに策を巡らせてくださいますよう。このディルムッド・オディナ、最期の瞬間までお供致します。そして必ずや聖杯を貴女に、リーゼロッテ様」

「ありがとう、私の騎士様。出来ることならその輝かしい誇りに傷がつくこと無きよう、私は善処させてもらうとするよ」

 

 

 ここからが本番である。キャスターの宝具は各陣営に知られ、自分たちの同盟が成立したこともまもなく知れ渡るだろう。

 次はアインツベルンの森で大きな戦いがあるらしいが、どうなることやらとリーゼロッテは何ともなしに考えておくことにした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。