半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

14 / 20
第十四話︰騎士の誇り

 

 殴る、殴る。

 ひたすら分厚いコンクリートに拳を叩きつける狂気のサーヴァント。今回の聖杯戦争にて最弱の筋力値E、それでも激しい殴打は床にヒビ割れを蜘蛛の巣状に走らせていく。凄まじい気迫であった、まるで生涯をかけて相手を呪い潰さんがばかりの怨恨であった。

 キャスターのサーヴァント、ジル・ド・レイは己の築いた工房にて怨嗟の声を張り上げる。

 

 

「オ、オォォォォォッ、神はどこまで我々の邪魔をするというのかァッッ!!!」

 

 

 不気味なローブは所々が切り刻まれ、そこから露出しているのは血の通っていない骨のように青白い肌。これはリーゼロッテから負わされたダメージの一部である。結界の刃は確かにキャスターへと届いており、その身を裂いた。それがジル・ド・レイにとって許せない屈辱だったのだ。

 セイバーを見てジャンヌ・ダルクの復活を信じ込み、聖杯に選ばれたと錯覚しているキャスター。彼はそんな自分に反抗した全てが憎らしいと思えてならない。

 男の表情は狂気に満ち満ちており、まともな意思疎通が出来そうには見えず、暴れまわる彼を言葉にて止められる者はいない。そう、マスターがまともな人格者であったのなら不可能だったろう。

 やんわりとキャスターの肩に手が置かれた。

 

 

「だーいじょうぶだって、旦那」

「り、龍之介?」

 

 

 そこには満面の笑みを浮かべたマスターの姿。シリアルキラー、雨生龍之介の顔には残念そうな雰囲気など欠片もなかった。元々、キャスターがランサー陣営の拠点を襲撃したのは龍之介がリーゼロッテに興味を示したからである。作品の材料、その候補の一つとしてランサーのマスターを欲したのだ。

 言ってみれば、今回の失敗で一番の失望をするはずの人物だ。しかし龍之介の精神状態は相変わらず絶好調の有頂天、天井知らずのハイテンションである。

 

 

「誰にだって上手くいかない時はあるって。特に旦那はジャンヌって愛しの相手と再会できそうで、昨日までツキまくってたんだからさ。ちょっと今日までで運を使い過ぎてただけだよ」

「おお、我がマスター‥‥‥。あなたは簡単なお使いすら失敗した私へ失望すらしないというのですか?」

「あったり前じゃん。何事にも失敗は付きもの、挑戦することにこそ意義がある。旦那が教えてくれた言葉だろ。一度くらいの敗走がなんだっていうんだよ」

「龍之介、あなたは‥‥」

「それにさ、『コイツ』を試せて今の俺はすっげえハッピーなんだ。何の変哲もない一般人の俺にも魔術ってヤツが使えちまったんだぜ、それって超クールじゃん!」

 

 

 龍之介がかざした手の甲。

 そこには二画に数を減らした令呪が刻まれていた、一画が消失しているのはキャスターの危機を動物的な直感で感じ取り使用したからだ。その結果として、キャスターはまんまとリーゼロッテの張った結界を通過して工房へと強制転移することになった。それからは先ほどのとおりに暴走し続けていたわけであるが、今は割愛するとしよう。

 

 

「それにさ、旦那。まだ聖杯戦争ってヤツは始まったばかりなんだろ。なら、いきなりメインディッシュやデザートにありついても後がつまんないじゃん‥‥‥‥ほいっ、と」

 

「グゥ、ゲェェェアアアッッ!!!!?」

 

 

 シリアルキラーは血塗れの両手で『何か』を弾く。その瞬間、地獄の底から上がってきたような絶叫が工房を埋め尽くす。元気だそうぜ、と龍之介はその声を景気の良いBGМ代わりにキャスターを励ましていく。手元には黄色と白、そして赤と黒が混ざったような細長い『何か』。見る者の目玉が半分潰れていたのならギターの弦のようにも見えなくもないソレ。

 

 

「ァ、ヴォッッッ、ギィァィッッ!!!?」

「んー、もっとリズミカルに!」

 

 

 それは街中から拐われた子供たち、その腹から引きずり出された内臓だった。テーブルに固定されたそれを、シリアルキラーはベーシストのように指先で弾く。死にはしない、キャスターによって掛けられた治癒魔術が子供を死なせない。その一方で苦痛の一切は減らされることなく、子供は激痛に呻くのだ。

 そしてそれは一人や二人だけでは、ない。

 

 

「こーんなにオードブルがあるんだ。まずはこっちを食べきってからじゃないと、メインディッシュやデザートには勿体なくて手を付けられないだろ?」

 

 

 壁一面に張り付けられ、吊るされた少年少女。いずれも年のいかぬ幼子たちばかり、彼ら彼女らは突然家族から引き離され、この地獄へと引きずり込まれた。そんな子供たちを指して天使のような笑みを浮かべる青年は間違いなく巨悪であった。

 

 英雄によって打破されるべき憎悪の対象、そんな存在が輝かしいサーヴァント達の集う聖杯戦争にてここまで非道な行いを続けている。

 

 それはこの上ない皮肉であった。悪道を正し、正義を成す騎士はまだ現れない。

 

 

◇◇◇

 

 

「あー、朝から疲れたよぅ‥‥‥」

 

 

 とてもやる気の抜けた声。

 新都の喫茶店でリーゼロッテは見るからに脱力していた。へにゃりと身体を折り曲げ、テーブルに頭から突っ伏す外国産の金髪少女。その情けない姿は他の客から大きな注目を浴びていたが、リーゼロッテ本人にはどうでも良いことだった。

 連日続いた戦闘ですっかり消耗してしまったのだ。魔力は回復したし体力も戻っている、しかし精神的な疲れはどうも取れていない。

 

 

「我が主よ、ご注文の品が上がったので店員から預ってきました。そのままではテーブルに置けないので顔をお上げください」

「んー?」

 

 

 頭上から降ってきた声に反応する。

 のっそりと起き上がると、目の前には黒いスーツを着込んだ長身の男性。その両手のグラスにはパステルカラーの鮮やかなアイスクリームが盛られていた。少しだけ活力が戻ってきた気がして、リーゼロッテは機嫌を取り戻す。

 

 

「ありがとう、ランサー」

「いえ、これくらいのことはサーヴァントとして当然のことです」

「それが当然なのはどうかと思うけどねぇ。ま、とりあえず向かい側にでも座ってよ。そのアイスクリーム、片方は君の分だからさ」

 

 

 キャスターによる襲撃から数時間後。太陽が空高く昇った空の下、ランサー陣営は遅めの朝食を取っていた。とはいえ、主にキャスターの使い魔のせいで食欲がまったくといっていいほど湧かなかったリーゼロッテ、頼んだのはアイスクリームだけである。

 以前に見た海魔は一匹だけだったので精神的にも問題はなかった。しかし今回は庭を埋め尽くさんばかりの大群、しかも不気味な主まで付いてくるオマケ付き。実に嬉しくないセットであった、あんなモノと戦闘をした後で平気に食事が出来るほどリーゼロッテは少女を辞めていない。

 

 

「しかし、ライダー達に加勢させればキャスターをあの場で仕留めることが出来たのではないでしょうか?」

「それは駄目、アイツにはしばらく泳いで貰わないと困るんだ。少なくとも私たちが『アーチャー』の真名か弱点を見つけるまではね」

「そう、ですか」

 

 

 複雑な表情を浮かべるランサー。

 まさに英雄らしい英雄、そんな性格をしているディルムッドは一刻も早くあのサーヴァントを倒すべきだと思っている。なにせ無差別に子供たちを誘拐し、『何らかの儀式』に使用している連中である。自らの誇りと騎士道にかけて、捨て置くわけにはいかない。

 それでもマスターに進言の一つもせずに控えているのは、前回の失敗が尾を引いているからに他ならない。そんな従者の姿を見て、金髪のマスターは微笑んだ。

 

 

「今更だけど、君は本当に伝承通りの英雄様だね。武略に富み、勇敢で高潔な心を持つフィオナ随一の戦士。今回のキャスター討伐にも本当なら、真っ先に飛び出していきたいんでしょ?」

「否定はしません、ですが優先すべきは大局です。せめて俺がアーチャーの真名を把握できていれば良かったのですが‥‥‥」

「うーん、あれだけ宝具をおおっぴらに使ってて正体不明っていうのも可笑しな話なんだけどねぇ」

 

 

 本来なら宝具はその英雄の『象徴』であるはずだ。

 例えば円卓物語にて語られる聖剣エクスカリバーはアーサー王、北欧神話にて名高い魔剣バルムンクはジークフリート。ディルムッドと同じケルト神話、その第一の時代アルスターサイクルでの最強の魔槍ゲイボルグはクーフーリン。

 彼ら彼女らの振るう得物はいずれも至高の幻想。現代では失われて久しい最上級の神秘そのものだ。それをサーヴァントたちは自らの現界と共に『英霊の座』から引き出して来る。使えばまさに一騎当千、しかし同時に自らの真名が割れてしまう難点を備えた絶対の切り札である。

 

 

「それなのに、あのアーチャーは使った宝具から正体が分からない。いや正確には『何人かの候補』までは絞れているんだけど、それ以上の決め手がない」

「真っ当なサーヴァントなら、あり得ない話です。前回の記憶でもそうでしたが、あの男はあらゆる意味で底が知れません」

「それでも神性持ちみたいだから『対神宝具』があれば真名なんて関係無く、空の彼方までぶっ飛ばせたかもしれないけどね」

 

 

 極論を言うなら、初めから弱点を突く方法があるなら真名をわざわざ調べる必要性はあまりない。特にあの黄金の王は高い神性を持っているので、それに合わせた宝具があれば手っ取り早かったはずだ。生憎とランサーにもライダーにも対神宝具はないので、こうして回り道をしているわけであるが。

 

 

「ふんふん、これも甘くて美味しいねぇ。おかげであのゲテモノ使い魔との一戦を忘れられそうだよ、これなら朝食もイケそう‥‥‥いや、まだ分からないかな」

 

 

 真面目な話をしている間でも、銀色のスプーンは止まることなくアイスの端っこを少しずつ減らしていた。もちろんディルムッドではなく、リーゼロッテのスプーンである。子供のように少女は甘味を食べ進める。そして、ある程度の量を口に放り込んでからリーゼロッテは視線を上げた。

 

 

「ともかく、私たちは積極的にキャスター討伐には加わらない。ただでさえ教会はミスター遠坂と協力関係にあるし、他のマスターからもトラップを仕掛けられる可能性がある」

「ええ、キャスターと相対している我々の背中を狙う輩は必ず出て来るでしょう」

「衛宮切嗣あたりは特にね」

 

 

 考えれば考えるほど、このキャスター討伐は危険に溢れている。

 少しでも頭の回るマスターなら、この機会を利用して他の陣営を葬る算段を練ってくる。狩りに興じるはずが、同じ狩人同士で首を狙い合う。この非常時に愚かなことだが、聖杯戦争に集まったのが人の道を外れた魔術師ばかりならば仕方ない。例え、それなりの正義感を備えた人物であっても万能の願望機を目の前にすれば目の色を変えるだろうが。

 そもそも今回の教会からの命令は「一般人の被害を止めること」ではなく「神秘の漏洩を防ぐこと」である。そして、リーゼロッテも一般人の犠牲をいちいち気にする性格ではない。

 深紅の魔眼が怪しげに瞬いた。

 

 

「ただし、今回みたいにあっちから仕掛けて来た場合やキャスターの拠点を発見した時は別さ。その時はライダー陣営と協力して、一切の手加減なく踏み潰す‥‥‥‥それで今は我慢してくれないかな、私の騎士様?」

「ご配慮感謝します、我が主よ」

「ごめんね、君の誇りを尊重すると言ったばかりなのに」

 

 

 こちらから討ちに行くことはないが、決してわざと犠牲者を増やすマネはしない。それがリーゼロッテとランサー、両者にとってギリギリ妥協出来るラインだった。

 

 

「あっ、こっちのチョコチップのアイスクリームもすっごく美味しいじゃないか!」

「そうですね。削った氷にハチミツを掛けるくらいしかなかった俺の時代では考えられない甘味です‥‥‥ふ、くくっ」

 

 

 スプーンをくわえながら、金髪紅眼のマスターは子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。つられるように黒髪の従者も苦笑する。気まずくなった空気を変えるために、リーゼロッテはデザートにはしゃぐ子供を演じることに決めたらしい。

 

 

「むぅ、場を和ませようとしたマスターを笑うなんてちょっと酷いんじゃないかな?」

「申し訳ありません。お詫びとしては難ですが、こちらの抹茶という味をご賞味ください」

「それなら許してあげましょうか。さあ、私にあなたのアイスを捧げなさいな」

 

 

 わざとらしい貴族口調。

 気を使ってくれているのだろう、そんなマスターへとランサーは心の中で頭を下げた。リーゼロッテの手の甲には一画減った令呪、彼女はそれを倉庫街でランサーを強化するために使ってくれた。前回はマスターから「望まぬ戦いを強いられる」ために消費された令呪をだ。それだけでも今の状況は随分と良い方向に変わったものだと思う。

 さて、この国ではポピュラーらしい落ち着いた深い緑色のアイスクリーム。自分の鎧の色に似ていたので注文したのだが、なかなかに美味だった。それをランサーは少しだけ掬って、リーゼロッテの顔の前へと運んだ。

 少女の口元が小さくヒクついた。

 

 

「え、それ、マジなの?」

「どうかなさいましたか、我が主?」

「いや、その‥‥‥‥‥え、なんとも思わないの?」

 

 

 思わず素に戻るリーゼロッテ。

 いくら世情に疎い魔術師だとしても、これくらいは知っている。いや知識として持っていなくとも、神話にて『絶世の美男子』などと褒め称えられる青年に顔を近づけられれば、誰だって反応くらいするだろう。これは俗にいう「あーん」とやらではないだろうか、男女が逆であったならば。

 徐々にリーゼロッテの顔は真っ赤に染まり、深紅の瞳は可愛らしく揺れ動く。ついでに目立つ二人だ、周りのテーブルからの視線もかなり痛い。

 

 

「‥‥‥‥どうしました、主?」

「ぅ、うん。悪くなぃね、苦しゅうない。いやむしろ胸が苦しいんだけどさ」

「?」

「あー、もうっ。いいよ、私だってロストノート家の令嬢なんだから。覚悟を決めるさ!」

 

 

 意を決してスプーンに唇をつける。

 そして、時間が経って少しだけ溶けてしまったアイスクリームを口に含もうとした時だった。

 

 

「わぁ、素敵なお店ね」

 

 

 店の自動ドアが開き、新しい客が入ってきていたのだ。珍しい二人組の外国人はリーゼロッテたちと同じように、周囲の注目を集めて店内がかすかにざわついた。

 その瞬間、その二人に気づいたランサーの眼差しが鷹のように鋭くなり、リーゼロッテもまた巨大な魔力を感じて懐の宝石へと手を伸ばす。

 聞き覚えのある清廉とした声が、鼓膜を揺らしたのはほとんど同時だった。

 

 

「‥‥‥‥アイリスフィール、下がってください」

 

 

 そこにいたのは輝かしき男装の麗人と澄み渡る冬空の姫君。そのままスーツ姿の少女が一歩前に歩み出て、ランサーと向かい合った。

 全七騎のサーヴァントの中で最優とされ、円卓の騎士団において全ての騎士の理想像とまで囁かれたアルトリア・ペンドラゴン。

 そして全七騎の中で白兵戦においてはトップクラスの能力を持ち、栄光のフィオナ騎士団において最も高潔な精神を持つとも讃えられたディルムッド・オディナ。

 

 

「随分と早い再会となりましたね。ですが状況が状況である以上、貴方たちとこうして巡り会えたのはむしろ行幸というものでしょう」

「‥‥‥‥セイバー」

 

 

 初戦にて大きくお互いを意識することになった両陣営。英雄らしい英雄、此度の聖杯戦争において極めて真っ当な背景を持つサーヴァント二騎。すでに刃を交わした身、ならば実力は双方ともに認めあっている間柄。そして何よりも弱き者を助け、強きを挫かんとする『騎士道(りそう)』を良しとする精神性。

 どこか自分たちを信頼するようなエメラルドカラーの眼差しが注がれる。ランサーは人知れず自らの鼓動が早くなるのを感じていた。挨拶の続きとして彼女が何を口にするのかは分かりきっていた。

 

 

「相談があります、ランサーとそのマスター。この平穏な街で悪逆非道の限りを尽くす、他ならぬキャスターの討伐について私もまた騎士として黙ってはいられない」

 

 

 それは心正しき者、理想を体現する王の言葉。

 少なくともリーゼロッテとランサーの間では、キャスターの件は纏まっていた。こちらからは手を出さず、ある程度の犠牲者には目を瞑る。しかし、目の前の騎士王はそれを良しとはしないだろう。

 

 

「私も貴方たちに協力させて欲しいのです」

 

 

 正史ではお互いが出会ったこと、言葉を交わしたことこそが不運であった。そう語られた二人の騎士たちは、よりにもよってここで不意打ち的な再会を果たすことになった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。