半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

15 / 20
第十五話︰それぞれの思惑

『これほどまでの多重術式を一つの宝石に収めるとは素晴らしい。それでこそ私が直々に指導した弟子なだけはあるな、ミス・ロストノート』

 

 

 時計塔、鉱石課の教室にロードの声が響いていた。

 この世界において、誰もが『平等』に得られるモノは非常に少ない。生まれも環境も、家族も友人も、はたまた人生という時間でさえ個々によって長さも重みも異なってくる。そう、ウェイバー・ベルベッドが喉から手の出るほどに欲した才能なんてものは最たるものだ。

 大教室の壇上にて講釈を垂れている男の名は、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。魔術の総本山、この時計塔を支配する十二人の『君主』の一人。ウェイバーにとっては雲の上の上、背中にロケットエンジンを付けたとしても届かない存在だ。そして、

 

 

『ふふっ、お褒めに預かり光栄ですわ。これからも我らが鉱石課と大恩ある貴方のために精進させていただく所存です』

 

 

 そんなケイネスの隣で優雅に一礼してみせた生徒。

 紺色のドレスに身を包み、まばゆい金髪と紅い瞳が印象的な少女は自分の友人である。見た目は貴族の令嬢そのもので実力も人脈も培っている名門の跡取り、自分などとは比べ物にならない時計塔の有望株だ。煌めく星のごとくに、ウェイバーはその輝きに手を伸ばし続けている。

 少女の名は、リーゼロッテ・ロストノート。ケイネスのような目標ではなく、他の大勢のような有象無象の連中でもない。ウェイバーが生涯において初めて、越えたいと思った好敵手だった。

 それは、かれこれ半年も前の記憶となる。

 

 

 

 

 

「うぅ‥‥‥‥くそっ、リーゼの奴ぅぅ!!」

「何だ小娘の采配が不満なのか、坊主?」

「あったり前だろっ。なんだよ、アイツは僕に『戦うな』って言ったんだぞ!!」

 

 

 そんなこんなで聖杯戦争に挑んだウェイバーだったが、今は潜伏先のマッケンジー宅で不貞腐れていた。ちなみに彼のサーヴァントであるライダーはチャンネル片手に煎餅を齧っている。上半身には『大戦略』とデカデカ書かれた大陸が印刷されたTシャツ、下はよくある紺色のデニムだ。目一杯大きなサイズを注文したはずが、あまりにもライダーが筋肉質過ぎるのでどちらもピチピチである。その姿には、ここ数日見せていた征服王としての威厳は欠片も感じられない。

 

 リーゼロッテに付き従っていた騎士の姿を思い出し、これが自分のサーヴァントなんだなとウェイバーは内心でため息をついた。実力は間違いなく最高クラス、精神的にも心強い、それでも何か違う。もっとこう、マスターを崇めてくれるサーヴァントが良かったかもしれないと思えてしまう。

 

 

「おおっ、これは良いなっ! コイツならダレイオスと再戦することになっても、奴の不死軍団を空から一方的に蹂躙できようぞ!!」

「言っとくけど、ソレもメチャクチャ高いからな」

「それは分かっておるわい、そのうちに資金を略奪してだな。いや、そもそも実物を直接頂いた方が早いではないか。ぐわははっ、何だ簡単ではないか!」

「一人で碌でもない方向へ漂着するのは止めろよ!!?」

 

 

 どうやら戦闘機をお気に召しているらしい征服王。

 十機ほど購入して、聖杯戦争を征した後に待ち受ける『世界征服』の戦力にする気満々である。だが、その少年のように輝く眼差しから察するに、ただ単に世界征服のことを考えているだけではないらしい。子供がそういったプラモデルに嵌まるのと同じ要領なのかもしれない。

 

 

「まあ、それは置いといてだ。坊主、貴様はあの小娘が何故あんなことを口にしたのかは理解しておるな?」

「『わたしと対等に語り合いたいなら、まずは生き残ってみなよ』、つまり僕はまず戦うんじゃなくて生き残ることに専念しろってことだよ。アサシンのこともあるし、何より僕は戦わない方が戦力になる」

 

 

 リーゼロッテから聞いた話では、アサシンは未だに消滅していない。情報収集を行いつつ、虎視眈々とマスターを狙っているらしい。つまりは聖杯戦争の監督役であるはずの教会が遠坂に寝返っていたということになる。恐ろしいにもほどがある事実である。教えてもらっていなければ、いつ首を暗闇から飛ばされていてもおかしくなかった。つまり一つ目はライダーの傍から離れるなというアドバイスだ。

 ライダーが真面目な顔で質問を続ける。

 

 

「貴様が戦わない方が良いとはどういうことか」

「その方が牽制になるからだよ」

「ほう、坊主はそこまで読んでいたか」

 

 

 この聖杯戦争において、サーヴァントの真名を隠すことは相手への牽制そのものになり得る。いかに自分がサーヴァントが強力であろうとも、相手の真名が不明では迂闊に手が出せない。思わぬ宝具を隠している可能性があるうえに、そもそも相性の悪い伝承を持つ英雄であることも珍しくないからだ。

 

 その原理をリーゼロッテはウェイバーに当てはめた。

 

 征服王イスカンダルという途方もなく強大なサーヴァントを召喚したにも関わらず、時計塔にはこれといった実績のない学生。この状況で遠坂を始めとする各陣営はウェイバー・ベルベッドというマスターをどう取るか、答えは『不気味な存在』である。何せ実力を測ろうにも資料がない、それだけなら無名の魔術師で済むが、イスカンダルという絶大な輝きがそれを許さない。

 もしかしたら実力を隠した食わせ者かもしれない、その一点の迷いが彼らを押し留める。

 

 

「僕は謂わば『ジョーカーかもしれないカード』を気取っていればいいんだよ。それで時間を稼げる、多分だけどリーゼの奴はアーチャーと戦うことを見越して同盟を持ちかけてきたんだろうしな」

「ぐ、わはははっ。坊主、貴様は意外と頭が回るではないか。ひょっとしたら魔術師よりも軍師の方が似合っておるかもしれんなぁ。励むが良い、さすれば余が世界征服に乗り出す頃にブレーンとして使ってやらんでもないぞ」

 

 

 豪快に笑うライダー。

 己のマスターの見事な洞察力が心底愉快だった。よもやここまで見抜かれているとは、あの小娘も思っていなかったに違いない。この少年は自身が思っているより、リーゼロッテという存在に劣っていない。いやその事実に気づいているからこそ、リーゼロッテの方もウェイバーを友人として扱っているのだろう。だとすれば、なかなか良い友人関係であると思う。心の奥底で認め合う相手というのは人生において希少である。

 とはいえ、せっかくの異性同士でおまけに身分違いとなれば面白い。このままではつまらないので、生前は多くの兵士たちのキューピット役となったこともある自分としては色々と弄るつもりだ。まずは二人を同じ風呂場にでも叩き込んで見ようかと思う。

 

 

「ふふんっ、面白そうだわい」

「変なこと考えてないだろうな‥‥ああ、そういえば一度だけなら僕が『本物』だと思わせる方法はあるんだよな」

 

 

 そう言って、ウェイバーが取り出した宝石。

 リーゼロッテから貰った、大粒のファイアーオパールは今日もまばゆいばかりの輝きを放っていた。膨大な魔力を秘めたコレは使い捨ての魔術礼装としても機能する。たった一度だけの切り札、もしかしたら使うこともあるかもしれない。

 そんな漠然とした予感を胸に、ウェイバーはそのペンダントを見つめていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ここまでは、順調だったとリーゼロッテは思う。

 

 倉庫外の戦いで判明したアーチャーの計り知れない実力、その対策としてキャスター討伐を理由にウェイバーとの同盟を組むことに成功した。そしてウェイバーには魔術師としての実力を隠すために、戦いを避けるようにも伝えておいた。冬木に来たばかりの頃に遠坂時臣へ、ウェイバーのことをそれとなく誇張して話したのも幸いした。これなら万が一、キャスターが早々に討伐されようともアーチャー陣営がすぐに攻めてくることはないはずだ。

 まあ、その代わりにウェイバーの実力を図ろうとアサシンあたりが接触してくるかもしれないが、それはそれで仕方ない。どのみち一時凌ぎの作戦なのだから、確実にうまくいくとは思っていない。

 あとはキャスターを探すふりをしながら、アーチャーの真名を探る。それで良いはずだったのだ。それなのにーーー。

 

 

「ランサー、貴方も分かっているはずだ。あのサーヴァントは一刻も早く討たなければならない、こうしている間にも無辜の民の犠牲が増え続けてしまう。我々が手を組めば‥‥」

「いやしかしだな。セイバー‥‥」

 

 

 コポコポとメロンソーダをストローで泡立てる。

 そんなリーゼロッテの表情は不機嫌そのものであった。とんでもないタイミングで現れた騎士王によって、せっかく纏まったランサーとの妥協点が霧散してしまうかもしれないからだ。恐らくディルムッドはこの提案を無視できない、騎士である以上は『騎士王』の清廉なる言辞は魂にまで響くだろう。

 いや正直にいえば、妥協点がどうのだけではなく、ランサーが先程からずっとセイバーの方しか向いていないのもイライラの要因だったりする。

 

 

「そもそもセイバー、俺たちとの同盟など、お前はともかくお前の主が頷かないのではないか?」

「‥‥‥その口ぶりだと、やはり私のマスターのことは知られているようですね」

「そりゃ、君のマスターを倉庫街で爆破したのは私だからねぇ」

「そうですか、アレは切嗣を狙ったものでしたか」

 

 

 セイバーの視線が痛い。

 今回の聖杯戦争では、表面上はアイリスフィールがセイバーのマスターのように振舞っている。だが彼女の真のマスターは衛宮切嗣、孤高の魔術師殺し、現代でも最高峰の殺し屋である。要するにアイリスフィールは、切嗣の獲物を誘い出すための囮なのだ。

 あの男こそキャスター討伐において、ある意味で一番厄介な存在だ。教会の目がある以上、ある程度は遠坂や他の陣営はお互いに戦うことを避けるだろう。しかし切嗣は間違いなく、この機会に一人でも多くのマスター暗殺を計画している。

 しかしセイバーの返答は思いも寄らぬものだった。

 

 

「アイリスフィールに確認してもらったところ、切嗣は頷いたようです。私も令呪を使われない限りは貴方たちに剣を向けることはありません」

「私とランサーが油断したところを背後から狙い撃つんじゃないの?」

「そうでしょうね、あの男ならやりかねない」

「えぇぇ‥‥‥そこ、認めちゃうんだね」

 

 

 メチャクチャな話である。

 手は組むが銃口は向けたまま、そして油断したなら即座に撃ち抜く。セイバーとて令呪を使われれば、その場でリーゼロッテを切り捨てるだろう。そんなものは身内に爆弾を抱えているどころの事態ではない。あまりにもアッサリとしたセイバーに、ランサーでさえも怪訝な表情を隠せていなかった。

 

 

「ええ、ですが貴方たち二人は『そんな程度で』仕留められる相手ではないでしょう?」

 

 

 含みのある言葉だった。

 つまり騎士王は、それすらも許容した上で手を組むことを求めきている。他でもないこちらの実力を信頼しているが故に。これはもはや魔術師としての常識では測れそうもない、正直なところリーゼロッテとしてはお帰り願いたいのだが、己の従者は無視できない。

 

 

「ランサー、私たちの同盟をどうするのかは君が決めなよ」

 

 

 ケルト神話第二の時代フィニアンサイクルにて、神殺しの大英雄フィン・マックール率いる『栄光のフィオナ騎士団』。その中で多大なる戦果と人望を集め、実質的な副団長の地位にまで登りつめたとも語られるディルムッド・オディナ。状況の判断能力はそこらの魔術師の比ではないだろう。

 

 

「っ‥‥‥よ、よろしいのですか、我が主?」

 

 

 そんな己の従者へと、魔術師の少女は決定権を託すことにした。

 

 

 




少しだけセイバーさんと切嗣さんの関係を変化させています。
原作では無視する間柄でしたが、この物語では「言葉を交わさずともお互いの考えを理解できる」「その上でお互いの意見衝突を避けるために口を聞かない」という感じにさせてもらおうかと思っていますので、よろしくお願い致します。切嗣さんの対応に少し疑問を覚えた故となります、原作の通りの関係好きの読者さんはご注意くださいませ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。