半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第十六話:心の在り方は天秤に似て

「お迎えに上りました、我が乙女よ」

 

 

 その夜、アインツベルンの森に奇怪な声が木霊していた。

 聖杯戦争の舞台となった冬木市、その郊外に広がる広大な森林地帯はその全てがアインツベルン一族の所有物である。冬木のセカンドオーナーたる遠坂家のように、地の利を持たないアインツベルンが対策の一つとして考案した『森そのもの』を結界として機能させた空間。

 つまり一歩でも足を踏み入れようものなら、たちまちにアインツベルンから補足されるのだ。攻撃性こそリーゼロッテの結界に比べれば希薄であるものの、守りにおいては非常に優秀な結界といえる。

 そんな敵陣の真っ只中に現れたのは、ランサー主従から受けた傷の未だに癒えぬキャスターであった。

 

 

「おおっ、どうやら自らお見えになるつもりはないご様子。よろしい、ならば不肖このジル・ド・レエ、及ばずながら貴女の元へと参上致しましょうぞ。この『貢物たち』もまた必ずや貴女のお気に召すことでしょうからっ!」

 

 

 ハーメルンの笛吹き男を知っているだろうか。

 ネズミの被害に悩まされていたドイツのある街にやってきた一人の男。彼は「報酬と引き換えにネズミを街から退治しよう」と提案した、そして街の人々から約束を取り付けると不思議な笛の音色によってネズミを一匹残らず街から連れ出した。しかし人々は約束を守らず報酬を渡さなかったことから、物語は急変する。それに激怒した男は再び演奏を始め、街中の子供たちを連れ去りったのだ。そして二度と戻ることはなかったという。以上が、グリム童話にて語られる話の顛末である。

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥‥下衆め」

 

 

 森を抜けた先に、此度の聖杯戦争におけるセイバー陣営の本拠地である城が存在する。プライドが高く、歴史を誇る一族、その長の性格を表したかのような古めかしい西洋式の石城は極めて壮大だった。

 その城の一室にて、セイバーは拳を砕けんばかりに握りしめる。男装の少女の瞳には、マスターであるアイリスフィールの用意した水晶玉が映っていた。

 そこには映っていたのはキャスターと、彼に率いられるように暗い森の中を歩く大勢の子供たちの姿。ふらふらと酔っ払ったような足取りは宙から糸で操られている人形のよう、間違いなくキャスターの魔術の影響下にあるのだろう。

 

 

『キャスターのサーヴァントは聖杯戦争とは無関係の殺戮を繰り返している』

『一般メディアでは既に大勢の少年少女が行方不明として報道されている』

『教会の見解では、その何割かはすでに殺害されている可能性が高い』

 

 

 昨日、教会から伝えられた言葉が脳裏をよぎっていく。

 まるで古くから語られる笛吹き男のごとくに、キャスターは子供たちを親元から引き離した。そこに正当な理由はなく、あるのは巨大な悪意のみ。水晶玉から見渡せるのが全員ではあるまい、すでに一体何人を犠牲にしたのだろうか。想像するだけでも胸のうちから熱い怒りが噴き出すのを感じる。騎士の剣にかけて、この悪を見逃すわけにはいかない。

 そして、あの双槍の騎士とて、信念は同じとしているはずだ。セイバーは同盟を持ちかけた際のランサーの言葉を思い出す。

 

 

 ーーー悪いが、お前たちと同盟を組むことは出来ない。主のご学友であったライダーのマスターと違って、お前のマスターは信頼できない。だが、

 

 

 同盟の提案はあっさりと跳ね除けられた。

 他ならぬ彼によって、自分たちの陣営としての協力体制を築くことは拒否されたのだ。端正な顔を苦渋で歪め、ランサーはセイバーへと答えを告げている。あの瞳からは「己のマスターを最優先に守る」という覚悟だけが見て取れた。

 あの時、セイバーはそれ以上何も言えなかった。自らの仕える主を護ることもまた騎士として、貫き通すべき誇りの一つなのだから。

 

 

「アイリスフィール、今から私はキャスターを迎撃してきます。貴女はここを動かないように、直に切嗣が駆けつけてくれるでしょう」

「わかったわ。マスターとして貴女に戦場の加護があらんことを祈っています、セイバー」

「ありがとう。それでは、参ります!」

 

 

 窓を開け放ち、魔力を解放する。

 現代スーツは一瞬のうちに、円卓の王に相応しき白銀の鎧へと変わっていた。そして不可視の結界に包まれた聖剣を握りしめ、セイバーは自らを眼下の森へと投げ入れる。決して低くはないアインツベルン城からの降下、少女と違わぬ体格は風に煽られながら地面へと向かう。そしてスレスレの位置で魔力を噴射、そのまま勢いを殺すこともなく地面を踏み砕きながら深き森へと突入した。

 魔力放出、セイバーの持つスキルの一つである。全サーヴァント中でも屈指の魔力量を誇るアルトリアにこそ可能な、膨大な魔力をジェット噴射のごとく一気に放出する技能だ。

 荒々しくも流麗に、蒼の騎士王は闇に沈む木々を抜けていく。それは驚異的な速度であった。

 

 

「っ、間に合えばいいのですが……」

 

 

 キャスターがいたのはアインツベルンの森でも、比較的入り口に近いところだ。どんなに急ごうと自分が到着するには時間がかかる、それまで子供たちが無事でいる保証などどこにもない。

 平均的なサーヴァントならば、無抵抗の子供を落命させるのに一秒とてかかるまい。あのキャスターが何を考えているのかまでは分からないが、碌でもない魔術師が『何をしでかす』のかはある程度の想像はつく。そういう存在は自分の時代にも複数いたからだ。例えば、幾多の刺客を差し向けてきた魔女がそれに当たる。

 

 

「あそこかっ!」

 

 

 魔の気配を感じ取り、強く剣を握りしめる。

 身体を反転させ、魔力の噴射角度を調整。そして地面を抉リながら片足で踏みとどまり、そちらへとほぼ直角に近い角度で進行方向を変更した。

 たちまちに繁みを切り裂き、開けた場所に躍り出た碧眼の女騎士は『その光景』を視界に焼き付ける。

 

 

 ーーそこには地獄があった。

 

 

 罪無き幼子たちの亡骸、あってはならない暴威の爪痕、それらをごちゃまぜにした邪悪な戦場だった。無数の触手を持つ海魔たちが蠢いていた、子供たちが召喚術の贄にされていた。どす黒い液体に塗れた草木と鼻をつく死の薫りは、セイバーに蛮族に蹂躙された故郷を思い出させる。

 思わず眼差しは鋭くなり、怒りとも憎しみとも知らぬ感情が起伏する。そして惨状の中心、血と魔力の渦に身を浸してその男は佇んでいた。不気味なマントを鉄臭い風にはためかせているキャスター、青髭は自らの顔を手の平で覆いながら身体を震わせる。その様子は惨劇を起こしたことが愉快で堪らないというふうに、見えた。

 

 

「キャスター、貴様はーーーーっ!!」

 

 

 激昂のままに叫ぶ。

 義憤に任せ不可視の剣で海魔を数体まとめて薙ぎ払う。だが、返り血を浴びながら更に何匹か切り倒したところで『違和感』に気づいて立ち止まる。血の量が少なすぎるのだ、先ほどアイリスフィールの魔術で見た子供たちの数と合わない。その二倍は死が転がっているはずなのだ。残りの少年少女たちはどこにいる。

 キャスターが天を見上げて口を開いたのは、その瞬間だった。

 

 

「オ、オオオオオァァァァッ、この匹夫めがっ!!」

 

 

 海魔に護られながら堕ちた元帥は呪いを紡ぐ。

 自らの髪を引き抜き、口から泡を飛ばしながらキャスターは怒号をあげていた。よく見るとその姿は何かに切り刻まれたように傷だらけである。一体どうしたというのか。いや、その応えは考えるまでも無さそうだ。もう一騎のサーヴァントの気配を感じて、少女騎士はそちらへと背中を向ける。

 やがて樹上から背後へと『その男』は涼やかな風を纏って舞い降りてきた。

 

 

「……全員というわけにはいかなかったが、息のあった人質は助け出した。あとは俺たちがコイツを追い払うだけだ」

「ああ、了解した。貴公の気高き行いにせめてもの賛辞を、ランサー」

「その言葉は俺には不要だぞ、セイバー。伝えたはずだろう?」

 

 

 そう言って、二人の騎士はお互いに背中を預け合う。

 

 

 ーーーお前のマスターは信頼できない。だが、俺たちは共に民草を救う使命を背負った騎士だ。ならば『戦場で出会った時にその背中を預け合う』くらいは約束しなければなるまい

 

 

 それがディルムッドの出した答えだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「まったく、やっぱりこうなっちゃうんだねぇ」

 

 

 戦場から少し離れた森の中で、リーゼロッテは軽い溜め息をついていた。ランサーによると前回の聖杯戦争ではキャスターが大勢の子供たちを引き連れ、アインツベルンの森に向かっていたらしい。そしてランサーが駆けつけるとセイバーとキャスターが交戦しており、そこに助太刀する形で戦いをとりあえずの勝利に導いたのだという。だが子供たちの救出には間に合わず、全員が海魔のために生け贄として解体されていたとも聞いている。

 

 

「まさか、屋敷でキャスターの宝具を分析していたのがここで役に立つとは思わなかったなぁ。ああ、この結界の中ならアイツの宝具で贄にされることはないから、君たちは安心しているといいさ」

 

 

 そう言って、リーゼロッテは目の前で震えている少年少女たちへと笑いかけた。周囲には対魔術と対物理の障壁が張り巡らされ、その四方には魔力循環のために宝石がセットされている。簡易テントのような結界だが、一時的な避難所としては悪くないだろう。助け出せたのは凡そ半数、自分たちにはそれが限界だった。

 リーゼロッテは残り少なくなった宝石をポケットへと仕舞い込む。まだ総数に余裕はあるものの、この人質たちを救い出すのに思ったよりも使いすぎてしまった。

 気をつけなければならない。万が一にでも宝石が尽きてしまえば、宝石魔術師は『弾丸の入っていない拳銃』に等しいのだ。

 

 

「ふふっ、そのときは銃身で相手を殴り倒せるように頑張ろうかな。私がそんなお転婆をしたら、ウェイバーも驚いちゃうだろうなぁ」

 

 

 青いドレスを揺らしながらステップを踏む。

 ここに自分たちがいることはウェイバーとライダーには知らせていない。彼らまで加わってしまえば確実にキャスターをこの場で仕留めてしまうだろう。まだそれは早すぎる、アイツにはもうしばらく泳いでいてもらわなければならないのだ。遠坂邸には既に何体もの使い魔を放っているし、どんな聖遺物を取り寄せたかについても時計塔の知り合いに調査を依頼している。聖杯戦争が始まるまでは見当も付かなかったが、直接姿を目にできたのはある意味で幸運だった。『王座にあった人物』で『半神半人』にして、『数え切れない宝具』つまり『財宝や付随する伝説』を持つ大英雄。ここまで揃えば候補はある程度まで絞られる。

 

 

「さて、一体何者なんだろうねぇ。最初は『太陽王』あたりをイメージしていたんだけど、ちょっと違うみたいだし。何としても、真名だけは把握しておかなきゃね」

 

 

 通常の方法ではディルムッドはあのアーチャーに勝てない。いやこの聖杯戦争に召喚されている他のサーヴァント達も、騎士王や征服王でさえも単騎では勝利を掴むことは出来ないだろう。そう思わせるだけの格があった、あれは規格外の存在だ。確実に弱点を突くか、もしくは生前の伝説から読み取れる情報を整理して攻撃への対策を練るしかない。

 

 その宝具から想像される財力と高い神性、そこから真っ先に候補として考えたのは『太陽王オジマンディアス』だった。エジプト新王国第十九王朝のファラオにして、最大最強を誇った破格の大英雄。古代エジプトの中でも、恐らくは最も偉大な王ともされる人物だ。彼ならあの規格外の実力も頷ける。しかし決定的な何かがアーチャーとは違うとリーゼロッテの本能が告げているのだ。

 まあ、詳しくは追々に調べればいい。そこまででリーゼロッテは思考を打ち切った。

 

 

「おねえちゃん、たすけてくれたの?」

「うぅ、ママどこ……?」

「こわいっ、またあのこわいのが、くるよ!」

「ぅぅぅ、ふぇぇっ」

 

「……さて、どうしたものかな。怖がらないでなんて言ったところで無意味だろうし、私は魔術の才能はあっても子守りの経験なんて無いからねぇ」

 

 

 赤い瞳は結界の中で震える子供たちへと向けられる。

 ランサーの希望で救い出したとはいえ、実に困ったものだと思う。記憶の操作や一般の人間への誤魔化しは教会が行うとしても、ランサーとセイバーの戦いが終わるまでは自分がこの子らを守らなければならない。

 端的に言ってしまえば実益がない。教会の示した報酬条件は『キャスターを倒すこと』であり、『子供たちを救出すること』ではない。こうして結界を維持しているだけでも魔力は食うし、リーゼロッテ本人の護りが薄くなる。魔術師の思考でいうなら、見捨てる道理はあっても助ける理由はないのだ。

 リーゼロッテはそんな己を自嘲する。

 

 

「なーんてね。君との約束は護るさ、ランサー。私に聖杯を、君に名誉を、それこそが私たちの結んだ契約なんだから」

 

 

 ニコリと精一杯の笑みを子供たちへと向ける。

 魔術師として、己はランサーから対価交換を持ちかけられた。本人にそのつもりはなくとも、確かに契約は結ばれたのだ。そして結んだ以上は出来うる限りとして守り続けよう。子供を助け出した理由など、それだけなのだ。決して慈悲やら正義によるものではない。

 背後からの足音に、そっとポケットに入れておいた宝石を指先で掴み取る。

 

 

「まるで『正義の味方』のような視線を向けられるのは居心地が悪いからね。魔術師なんてものは嫌われるくらいが丁度いい。……………君もそうは思わないかな?」

「それは僕には関係のないことだ」

 

 

 冷え切った瞳が振り向いた先にあった。

 その手には連射性に優れた銃器、ボサボサの黒髪に漆黒のスーツ、そして銃を握る手の甲にははっきりと令呪が刻まれている。実際に顔を見るのは初めてだったが、間違いない。彼こそがセイバーの本来のマスターにして、御三家が一つアインツベルンの切り札。かつては時計塔の上層部からも重宝されたという、最強の魔術師殺し。その名はーーーー。

 

 

「初めまして、衛宮切嗣」

 

 

 正史にて、ケイネスと切嗣が衝突したアインツベルン城から離れた森の中。本来とは違うカード、違う状況でセイバーとランサーのマスターは対峙する。

 リーゼロッテの背後にはキャスターの魔の手から助け出した子供たち、そんな彼らごと男はリーゼロッテに銃口を向けている。

 

 

 

 かつて正義の味方を目指した悲しき人物が、そこにいた。

 

 

 

 




「Fate/Grand Order」は面白いですね。
もしかしたら番外編で書かせてもらうかもしれないので、その時はよろしくお願いします。
一話読み切りとして考えているのは『サーヴァント入れ替えでお送りする王様だらけの聖杯戦争』と『孔明さんの絆クエストを下地にしたリーゼロッテどの思い出話(ルーンストーンのやつですね)』です。


以下は更に雑談となります、苦手な方はスルーしてくださいね。
ディルムッドと肩を並べてパーティー作りたいのに騎士王さん当たらない……お金を使ってないので当然ですけど。あと太陽の騎士さんやマハーバーラタ兄弟、白と黒の聖女さん欲しいです(切望)。
フレンドさんからお借りして、色々なサーヴァントを試してみるのも面白いのですが、やはり自分でも欲しくなりますね(汗)。恐らくそれが運営さんの狙いなのでしょうけども。皆さんも程々に楽しんでいきましょうね。

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