半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第十七話:魔術師殺し

 ーーー主よ、我が身勝手な願いを受け入れていただき心から感謝致します。ですがもし、セイバーのマスターと遭遇した場合は必ず令呪でこのディルムッドを呼んでくださいますよう。あの男は『』です。

 

 

 ここから離れる前、ランサーはそう言っていた。

 子供たちを救うためにリーゼロッテの結界が不可欠で、だがランサーとしては主を危険に晒したくない。あの時の彼はそんな葛藤が見てとれた。

 森林の冬風に豊かな金髪を靡かせて、リーゼロッテは残り少なくなった手持ちの宝石を取り出した。それを指の間に挟み込み、牽制のつもりで切嗣に見せつける。一発一発が人間を丸ごと蒸発させるだけの威力を持った魔術礼装だ。

 

 

「意外だな、お前はサーヴァントを呼ばないのか」

「私がランサーを呼べば、貴方もセイバーを呼び出すでしょう? そうなればお互いに令呪の無駄打ちですし、キャスターの相手をするサーヴァントがいなくなってしまいます。それは私たちにとって厄介事にしかなりえませんわ」

 

 

 令嬢としてのリーゼロッテは微笑んだ。

 ここで自分がランサーを呼べば、きっと切嗣はセイバーを呼び出すだろう。サーヴァントはサーヴァントでしか倒せない、切嗣とてそんなことは理解しているはずなのだ。だとしたら二人がここに呼び寄せられ、キャスターが解放されてしまうことになる。ただでさえ生贄を半分奪われたことでご立腹、目を離せば何をするのかわかったものではないあのサーヴァントをである。それは御免だ。

 そしてそれ以上に、もしランサーとセイバーがここで衝突すれば間違いなく子供たちが巻き込まれてしまう。それはランサーの精神衛生上よろしくない。

 

 

「私こそ意外です、高名な魔術師殺し様。貴方のことですから遠距離からの狙撃で、私を仕留めに来ると思っていたんですのよ?」

「ここは木が多すぎて狙撃に向かない、お前はそれを見越して森から出なかったんじゃないのか。良く現代兵器について学んでいるらしいな。倉庫街のことといい、どうしてお前は初めから僕をマークしている?」

「ふふっ、私には優秀なアドバイザーがいますからね………わひゃぁっ!?」

 

 

 重々しい金属音と炸裂音。

 キャリコM950Aから吐き出された無数の弾丸が、結界を叩き鳴らす。上部のマガジンから装填されていく弾丸が次々と自動小銃から吐き出され、透明な結界には細かい傷がいくつも付けられていく。

 あまりの衝撃に可愛らしい悲鳴をあげてしまったリーゼロッテ。不意打ちなんて優雅じゃないと、場違いな想いを胸に反撃を開始する。

 

 

「Ein KÖrper(灰は灰に) ist ein KÖrper(塵は塵に)!」

 

 

 あらかじめ仕込んでおいた宝石を発動させる。

 夜の闇を切り裂き、破壊的な炎を纏った魔力が渦が切嗣を挟み込むように炸裂した。人一人を落命させるのに十分すぎる熱が周囲を覆い、そしてそのまま夕焼け空のような焔とともに爆発する。

 対魔力を持っていなければサーヴァントにさえ通用するであろう一撃だ。本来なら人間相手に使うようなものではないが、加減はしないつもりだ。相手は魔術師殺し、こちらの天敵のような存在なのだから。

 そしてリーゼロッテはさっきの悲鳴ですでに砕け散っていた令嬢としての仮面を脱ぎ捨てる。

 

 

「私はまだ君と戦うつもりはないよ。見ての通り、私はこの子たちを助け出しに来ただけさ……ここは見逃してくれないかな?」

「それはサーヴァントから離れたマスターを見逃す理由になり得るのか?」

「人助けだと思えば、ね」

 

 

 紅蓮の炎へ少女は微笑んだ。

 ここまでやっておいてどうかと思うが、今の爆炎ごときはリーゼロッテにとって開幕の狼煙のようなモノだ。周囲への被害を省みなければ、この辺り一帯を丸ごと爆破できるのだから。まあ、それをやれば自分も吹き飛んでしまうのでやらないが。

 それにしても当たり前のように返事が来るあたり、やはり避けられたらしい。そして再びの銃声、今度は正面からではなく横っ腹から銃弾がばら撒かれる。トタン屋根に降り注ぐ雹(ひょう)のごとく、鋼の雨粒は結界をけたたましく打ち鳴らす。だが所詮は魔術の恩恵なき攻撃だ、その全てを当然としてリーゼロッテの結界は跳ね返していく。

 

 

「ぅ、お姉ちゃんっ、あの人もバケモノなの?」

「ひぃぃうぅぅ……!」

「こわ、こわいよっ、お父さんっ!」

 

 

「あー、もうっ、仕方ないなぁ!」

 

 

 恐怖でパニックを起こしそうな幼子たち。

 無理もない。先ほどまでキャスターに捕らえられて、ようやく解放されたばかりなのだ。まだ助け出したリーゼロッテのことさえ信頼しきれていない、そこに銃声をバラ撒く黒服の男が現れては恐怖でおかしくなっても仕方ない。むしろ成人でも頭がおかしくなるに違いない。

 それはともかく結界内で暴れられでもしたら迷惑だと、袖口に隠しておいた小粒の宝石を子供たちの結界へと放り投げた。小さく呪文を唱えるとそれが砕け散り、子供たちの悲鳴が聞こえなくなった。

 

 

「一時しのぎの遮音結界だけど、これくらいの雑音は防げるだろうから静かにしててね。大丈夫だからさ」

 

 

 物理結界の上から被せるように別の結界を発動させ、たちまちに同化させる。切嗣からの攻撃に気をやりながらリーゼロッテはその作業を完了させていた。結界に長けた魔術師だからこその芸当である。

 やれやれと肩を落とし、少女は未だに弾丸を叩きつけてくる魔術師殺しへと呆れたような視線を向けた。

 

 

「言っとくけど私の結界に穴はない。いくら鉛玉をぶつけたところで、この物理障壁に脆弱な部分はどこにもないよ。それこそ衛宮切嗣、君のためにデザインした結界なんだからさ」

「……どうやらそうらしいな。まるで装甲車を相手にしているようだ」

「ふふんっ、もっと悔しがっても良いんだけどねぇ」

 

 

 得意気なリーゼロッテだがランサーからの助言が無ければ、ここまで物理に特化した結界など用意しなかっただろう。魔術に対する防御がほとんどない、それこそ現代兵器に対応した障壁など準備してくるわけがないのだ。あくまでも聖杯戦争は『魔術師』による戦いなのだから。

 

 恐らく前回のランサーのマスターは、馴れない現代兵器との戦いによって不覚を取ったのだろうと予想する。しっかりと対策を施してやれば何とかなるもの、こちらからは攻めずにこのまま防御に徹するとしよう。それならランサーの戦いが終わるまでは持ちこたえられそうだ。

 その甘い考えこそが、戦闘経験の浅さを物語っていることに少女は気づけない。そのスキを突くように、魔術師殺しは『それ』を取り出していた。

 

 

「ーーーだが、僕にとってはお前がそこを動けないと分かっただけで十分だ」

 

 

 ガコン、と嫌な音がした。

 キャリコを手放した切嗣の手に握りしめられているのは、先程とは別の銃器。現代兵器に疎いリーゼロッテは『その銃』がどんな怪物的な性能を持っているのか分からなかった。それは非常にシンプルな構造をした大型の拳銃ともいうべきもので、少ないパーツの交換だけで様々な弾種を使用できるようになる、元々は競技用に作られたとされる銃。それは今や『大口径のライフル弾』が発射できるようにされていた。

 直感から何かを感じ取り、咄嗟に身を翻した少女へと暗殺者は無慈悲に引き金を引く。

 

 

 ーーーですがもし、セイバーのマスターと遭遇した場合は必ず令呪でこのディルムッドを呼んでくださいますよう。あの男は『危険』です。

 

 

 それこそ衛宮切嗣が魔術師殺しと言われる所以、その理由の一つ。彼自らが法外な改造を施した魔銃、その名はトンプソン・コンテンダーという。

 

 

 

 ガラスを叩き割ったような音が、夜の闇に鳴り響く。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その光景を見た時、まるで騎士道物語のようだと吐き捨てた。拐われた子供を救い出すために敵の陣地へと踏み込んだ双槍のサーヴァント、そして金髪赤目のマスター。全員とはいかなかったが、自分の目の前で連中は殺される運命にあった幼子らを見事に助け出したのだ。

 彼らには既に一度、手札を攻略された経験があることを鑑みても実に実に鮮やかな手並みだった。

 

 多くの命が救われた、しかも掛け値無しの悪党の手からである。教義の対立、権力間の紛争、下らない国家のプライド、そんなものは一切存在しない。ただただ胸のすくような『正義』がそこにあった。それが堪らなく気に食わない。かつての自分を、そして『あの少女』を思い出させるような彼ら主従の振る舞いをジル・ド・レェは激しく嫌悪した。

 

 

「ォォオオオオオオオッ! 空虚な神よ、無力な天上の主よっ、貴方はまた私にこのような恥辱を与え給うのか!!」

 

 

 魔力を流し込み、宝具をフル回転させる。

 友の声に応えた螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)が唸りをあげ、海魔を活性化させていく。彼の人生における失望と神への絶望、その二つを内包したともいえる怪書はそれ自体が強力な魔力炉である。奇代の錬金術師、プレラーティーが作成したソレは魔術師としての素養のないジル・ド・レェを一介のキャスターとして機能させるに余りあった。

 種別は『対軍』、その魔本は堕ちた救国の英雄に数十体もの海魔を同時に使役させる。

 

 

「だ、あァァァァァッ!!」

「ッ、オォォォォッ!!」

 

 

 だが、それを真正面から打ち破る影。

 男と対峙する二人の騎士、円卓の騎士王とフィオナの勇者は怒涛の勢いで海魔の悉くを切り伏せていく。暴風のごとき剣戟、軽やかな風のような槍技が深海の魔物を寄せ付けない。セイバーとランサー、共に近接戦闘において屈指のチカラを発揮するクラスである。その二騎が肩を並べて戦っている時点で、もはや白兵戦において他のクラスのサーヴァントが勝利を治めることは不可能に近い。

 悠々と最後の海魔を斬り伏せ、騎士たちは刃を外道へと煌めかせる。

 

 

「貴様の宗教観になど興味はないが、その行いは騎士として見逃せるわけもない。このまま貴様は我らに討たれろ、キャスター」

「待て、その前にコイツには工房の位置を吐いてもらわなければならんぞ、セイバー。まだ人質が捕まっている可能性がある」

 

 

 まさに一騎当千、一切の傷を負うことなく使い魔を全滅させた二騎はキャスターを睨めつけていた。戦況は圧倒的である。

 

 だがその一方でランサーの心中は複雑だった。その視線は自らの右腕へと注がれる。 

 

 未だに紐解かれぬ己の魔槍、これを使えばキャスターを仕留める事も可能だろう。あの怪書の致命的な弱点は一瞬でも魔力供給が途絶えれば、使い魔が全て消滅するところにある。魔力を断つチカラのある破魔の紅薔薇(ゲイジャルグ)はそれを成すことが出来るのだ。

 

 

「しかし……それでは」

 

 

 右手の赤槍を握りしめる。

 リーゼロッテからのオーダーは『キャスターを逃がすこと』。ランサーの知る聖杯戦争とは違い、無傷のセイバーであればキャスターをこの場で打倒する可能性がある。遠坂陣営を探るための時間を稼ぐためにもそれは防がなければならなかった。故に自分たちはこの戦いに干渉したのだ。そしてそれならばと、リーゼロッテの命令にランサーは自らの望みであった『子供たちを救うこと』を足し合わせた結果が今の状況だ。

 そして半数だけでも、子供たちの救出は成功した。本来なら一人も助からなかった状況からすれば、現状は以前より遥かに好転している。あとは主の命令通りにキャスターを上手く取り逃がせばいいだけなのだ。

 だが、胸の内にて燻ぶる想いは誤魔化しようもない。

 

 

「どうかしたのか、ランサー?」

「いや、すまん、何でもない」

 

 

 セイバーの問いに首を振る。

 このままキャスターを見逃せば、この男はまた惨劇を起こすだろう。最善を尽くすなら是が非でもここで討ち取らなければならない。しかし、それではリーゼロッテの作戦が足元から瓦解する。アーチャーに今のままで挑むことに成り兼ねないのだ。僅かでも主の勝率を上げるためには、この先に犠牲になるかもしれない罪なき民を見殺しにしなければならない。

 

 全てを望むのは贅沢にすぎるというのは分かっているし、サーヴァントとして最も優先すべき存在が誰なのかも痛いほど理解している。だがそれでも生前の英雄としての在り方がディルムッドの心を締め付けていた。それはサーヴァントならば誰しもが、それこそ英雄王でさえ逃れられぬ宿命なのだ。

 妙な違和感を感じたのは、そんな葛藤に身を苛まれていた時。

 

 

「ーーー主?」

 

 

 ざわめく魔力の奔流、わずかに淀んだ自分たちのパス。乱れは一瞬のことですぐに魔力供給は元に戻り、相変わらず身体を頼もしいくらいに満たしている。気のせいだろうか、ディルムッドはキャスターのことも忘れて不意に西の空を見上げた。

 リーゼロッテは子供たちを連れて、今頃は森の何処かで待機しているはずである。周囲に自分たち以外のサーヴァントの気配はなく、そして死を偽装しているアサシンは恐らくまだ表立って動くことはないだろう。ここで自分たちがキャスターを相手取っている以上、リーゼロッテを脅かすサーヴァントはいないはずだ。

 仮に『あの男』が現れたならば、すぐに自分を令呪で呼ぶように少女には伝えてある。奇襲となる狙撃もこの森の中ならば行えまい、真正面から来たとしても結界で足止めをすれば令呪を使うスキくらいはある。何も心配はいらないはずだ。

 

 

 それでも何か嫌な予感がする、そんな曖昧な感情をディルムッド・オディナは感じていた。

 

 

 

 

 




切嗣さん反撃タイム
次回は彼の覚悟が語られると同時に外道スタイルのターン、読み切りの時に書いていた予告が現実になりそうです。

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