半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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予告通りに切嗣さん外道タイム。
苦手な方はご注意ください。


第十八話:理想の果てに至る者

 ここまでやるかと、切嗣は心の底で呟いた。

 

 まず鉛玉の返礼に贈られたのは、人間を丸ごとローストどころか炭に変えてしまう火力の宝石。二重加速により、どうにか回避したがもう少しで消し炭になるところだった。正直なところ、辺り一面を吹き飛ばしてきた倉庫街の時といい、この少女は自分に対してあまりにも容赦がない。あそまで火力がなくても自分は死ねる、それはもう間違いなく。当たるか当たらないかの違いであり、もはや威力の問題ではない。

 しかし今、

 

 

 ーーー視界には倒れ伏したリーゼロッテの姿があった。

 

 

 金髪を土に汚しながらうつ伏せになって動かないランサーのマスター。仕留めたのか、という期待は浮かんでこなかった。そもそも『当たっていない』のに死ぬはずがないのだ。

 ゆっくりとリーゼロッテがドレスから土埃を払いながら立ち上がるのを、切嗣は呆れた様子で見送った。すると口元を引き攣らせて魔術師の少女は恨みがましい視線をぶつけてくる。

 

 

「……ここまでの威力とは恐れいったよ、大したものだね」

「いや、その台詞はおかしい」

 

 

 リーゼロッテは無傷だった。

 その様子を確認して、ツッコミを入れた切嗣は焦げ付いた地面を革靴で踏みしめる。クモの巣状にひび割れた障壁、その一枚を越えた先で弾丸は止められていた。

 予想はしていたのだが、やはり結界は『多重式』だったらしい。流石の愛銃も物理特化の防弾障壁を何枚も破壊することは出来ない。音から推測するに一枚から二枚程度を砕いたところでコンテンダーの銃弾は力尽きたのだろう。

 凄まじい堅牢さである、ここまでの守護壁は封印指定の魔術師を除けばまず出会うことのないレベルだ。それなのにコイツは何故飛び退いたのだろう、そっちがよく分からない。また無駄に警戒させたのかと予想する。

 

 

「コイツは正面から向かっても破れないな。動く工房を相手にしているとでも認識を改める必要がありそうだ」

 

 

 しかし、何でまたここまで自分は警戒されてしまっているのか。これがアサシンのマスター、言峰綺礼に対してならまだ分かる。最近まで代行者として数々の魔術師を血溜まりに沈めていた男だ。それに比べて切嗣が魔術師殺しとして活動していたのは九年以上も前、この年若い魔術師が詳しく知っているはずもない。

 何度記憶を洗ってもロストノート家の人間を殺害した覚えはないし、ましてこの少女に関わった記録もない。あずかり知らぬ所で親か兄妹でも爆殺してしまったのだろうか。

 

 

「もう一度だけ問おう。お前は一体、何者だ?」

「私は単なる魔術師さ、私はね」

「……私は?」

 

 

 何世代にも渡り、研鑽を積み続ける魔術師は己の秘術に誇りを持っている。それを現代兵器で打ち負かされるという事実は、彼らに大きな困惑を与えるはずだ。それなのにリーゼロッテの赤い瞳には動揺が欠片も映っていない。

 ようやく切嗣も気づく。リーゼロッテもまた言峰綺礼と同じく、常道から外れた厄介な敵であるのだと。

 

 

「……やはり、お前はここで仕留めるべき相手らしい」

「やれるものならやってみなよ。護りに関してだけは、どのマスターにも私は負けやしないから」

 

 

「ーーーっ、っ!」

「ーーーーーぅ!!」

 

 

 少女の背後では震えている大勢の子供たち。

 音を遮断されているためこちらの会話や戦闘音は聴こえないようだが、鬼気迫る空気は伝わっている。どの少年少女も目に涙を浮かべていた、そしてその原因の一旦は自分にあるのだろう。

 不意に愛娘のことを切嗣は思い出す。イリヤスフィール、あの子は切嗣にとって自分の命などより数千倍は大切な存在である。あの娘を失うなんてことは考えるだけでゾッとする、それくらい愛している娘なのだ。そんな少女と、目の前で泣きじゃくる子供たちとが重なっていく。かつての自分にはなかった親心というモノなのだろう。

 舌打ちをしてから撃鉄を叩き落とす。

 

 

「っ、君は一体何を………!?」

「やはり、こちらの結界は本人用よりはお粗末らしいな。助かった」

 

 

 信じられないといった表情の少女。

 切嗣の弾丸はあろうことか『背後の子供たち』を狙っていた。元々が対キャスターのために張られていた結界が砕け散る。しかも魔術対策のモノは残り、物理障壁のみが消滅したのだ。それはつまり子供たちの動きを制限するものが無くなったということである。

 

 

「あ、ちょっ、みんな落ち着いて!!」

 

 

 リーゼロッテの叫びも遅かった。少年が一人、この場から逃げ出そうと結界の範囲から出てしまった。銃撃戦と魔術戦、その二つを肌で味わわされて尚、生き残ろうとする本能に従った少年を誰が責められよう。何とか両親の元へと帰りたいと願った子の想いを。

 しかし結界から抜け出て数歩、そこで少年は自らの身体をかき抱くようにして立ち止まる。

 

 

「ーーーーあ、ガァァぁァァオオァァァ!!?」

 

 

 見開かれた両眼、喉がはち切れんばかりの悲鳴。

 少年に続こうとしていた子供たちが凍りついたように固まる中、彼の身体が弾けた。そして卵から雛が孵るように、或いは寄生虫が宿主から這い出てくるように、少年の身体を喰い破って現れたのは海魔だった。

 そのグロテスクな光景を、魔術師殺しは冷徹に観察していた。

 

 

「そこの幼児たち、恐らくはキャスターによって生贄の術式を体内に仕込まれているな。お前の結界がなければすぐにでも海魔が体内から出て来るということか」

「そこまで分かってて何やってるのさっ、このまま教会に連れて行って解呪しなきゃならなかったのに!!」

「他の子供は放っておいていいのか?」

「くっ、このっ、………動くなぁぁぁ!!」

 

 

 必死の呼び止めも虚しく、次々と化け物に成り果てていく幼子たち。

 ある者は最初の海魔に恐れをなして、ある者は他の子供が逃げる様子につられて、リーゼロッテの守護から離れていく。切嗣によって物理結界は失われ、魔力のない子供たちでも結界を越えることが出来るようになってしまった。

 このままではランサーとの約束が守れない。彼の誇りに制限をかけてまで今回の作戦を立てたというのに自分が下手を打ってどうする。焦る気持ちを飲み込んで、まだ結界内に残っている子供へと『魔眼』を掛けて眠らせる。そして海魔を寄せ付けぬように、リーゼロッテは簡易な物理結界を構築させていく。

 こちらへ襲い掛かってくる個体は宝石にて焼き払う。距離が近い、紫色の体液に全身が濡れる。ヘドロのような不快で酷い匂いだ、それでも気にしている余裕はない。

 結界に魔眼に宝石、突然の自体にリーゼロッテは魔術回路の殆どを起動させていた。

 

 

 

 ーーーああ、信念やら誇りを持った相手を仕留めるのはこんなにも容易い。

 

 

 

 そんな少女の奮闘を切嗣は冷笑する。

 子供を守るために少女は切嗣に意識を割けていない。トンプソン・コンテンダーを防いだことで優先順位を下げたのだろう。ますます格好の獲物である、わざわざ見逃す理由はどこにもない。

 ここでこの少女を仕留めれば、ランサー陣営とライダー陣営の同盟は崩壊する。そしてライダーのマスターが本当にリーゼロッテの学友であるならば、友の死に動揺するに違いない。ライダーを仕留める足掛かりになるかもしれないのだ。

 だが、リーゼロッテを倒せば残りの罪の無い少年少女を皆殺しにすることにもなるだろう。

 

 

「世界平和と数人の命、そんなものは天秤に掛けるまでもないことだ」

 

 

 銃を構えたまま、切嗣は右腕を胸の内ポケットへと差し込んだ。指先に触れたのは冷たい金属の感触、『コレ』を叩き込むことが出来れば勝敗は決する。切嗣によって法外な改造をされたコンテンダー、その真価は単なる威力ではない。それ以上に魔術師に致命的となる一撃が、あるのだ。

 

 コンテンダーに『本命』を装填する。

 魔術に長けた相手ならば現代兵器にて始末する。狙撃に爆殺、夜襲に毒殺、何一つとして相手の土俵にては勝負をせず、外道の法にて命と誇りを踏みにじる。衛宮切嗣はそれを最短にして最善の戦法であると確信している。

 狙いは直線、魔術師の少女を守る結界。貫く必要はない、ただ防御してくれさえすればそれでいい。相手の魔力に干渉し魔術回路を組み替える猛毒、対象が『より多くの魔力を消費している時』に打ち込めば最大の殺傷力を発揮する魔弾。そのために子供を狙ったのだ。この世界に六十六発しか存在せず、うち三十七発がすでに使用されている切嗣固有の魔術の結晶。

 その名はーーー。

 

 

「ーーーー起源弾」

 

 

 破滅をもたらす黄金の銃弾が、男の手元から飛び立った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「おーい、先生、先生ってばーー!」

 

 

 さっきから自分を呼ぶのは誰だと、睡魔に沈む意識の中で男は考えていた。時計塔で教鞭を取って何年になるのか、生徒を導いていく内にいつの間にかプロフェッサーだの何だのと呼ばれるようになった。ロードの一人にまで成り上がり、かつて少年時代に抱いていた野望は概ね達成したと言っていい。

 そんな自分に近づく者は生徒にも、同僚にも上層部にも数多い。だが今の声は知人の誰とも違っていた。机にうつ伏せになりながら首を傾げるという器用なことをやってのけた男は、不機嫌そうに顔を上げた。

 

 

「あ、やっと起きたね。おはよう先生、今日は何の授業をしてくれるの?」

 

 

 そこにいたのは燃え盛る赤髪をした少年。

 太陽のような笑みを貼り付けて、自分へと微笑みかけてくる姿からは随分と人懐っこい印象を受けた。そのままむくりと起き上がり、ボサボサの髪を押さえて男は部屋を見回す。時計塔の自室ではない、『とある事態』に巻き込まれて自分はここにいるのだった。その一連の流れをようやく思い出して深い溜め息をつく。

 

 

「すまん、少しばかり寝坊したらしい」

「気にしないでいいよ、昨晩も遅くまで魔術の研究をしてたんでしょ?」

「……いや、積みゲーの消化だ」

「あ、うん、そうなんだね」

 

 

 若干、引かれた気がしたのは勘違いではないのだろう。しかし仕方ないではないか、ここに来てからというもの毎日が働き詰めだったのだ。頼りないトップを常にサポートし、更に頼りない下っ端をサポートする。面倒くさいが自分しかいないから仕方なくやっている、そのあたりは時計塔にいた頃と待遇は変わらない。

 男はシワになってしまったシャツを隠すように上着を纏う、かつて目指した『あの王』と同じ色の赤いコート。それを着込んで椅子から立ち上がる。

 

 

「それでは授業を始めようか、アレキサンダー」

「うんっ、エルメロイ先生!」

 

 

 覇王の兆しをその身に宿した無垢なる少年、その名はアレキサンダー。あどけなさを残した風貌からは子供らしさを、そして情熱的な赤髪と赤い瞳からは聡明さを感じさせる。算術や兵術、馬術や哲学に至るまであらゆる才能に恵まれたマケドニアの王子。

 これが十年後にはあの征服しか頭にない筋肉ダルマになるのだから、時の流れとは恐ろしい。いや正しくは少年の持つ第二の宝具、『神の祝福(ゼウス・ファンダー)』の方か。まったく神とはいつの時代もクレイジーなものである。頭の沸騰した月の女神やら、倫理観が水平線の果てまでブッ飛んだ蛇の姉妹やら、ロクな連中がいない。

 ここに来てますます不信心が極まった気がする。

 

 

「今日は現代魔術についてだったな」

「うん……ねぇ、先生。前から思っていたんだけど『そのペンダント』って何なの? サーヴァントとして召喚されても持っているんだから、相当縁の深いものなんでしょ。赤い外套の人と同じ感じだったりするのかな」

 

 

 アレキサンダーが指差したのは、自分の胸元で揺れる大粒のオパールだった。ああ、そうか。説明は不要だと思っていたのだが、この姿の彼には必要だったのかと男は納得する。以前、彼には話したので失念していた、自分らしくないミスである。苦笑しながら男性、ロードエルメロイ二世は口を開く。

 

 

「そうだな、これは私のーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、坊主……そろそろ起きんか、貴様っ!」

「ぶべらっ!?」

 

 

 額に凄まじい衝撃が走って目を覚ます。

 そのまま後ろ向きに回転して、思いっきり戦車の角に身体をぶつけた。情けない悲鳴を上げてウェイバーは頭を押さえながらのたうち回る。そんな彼を見下ろしながらマント姿の大男、征服王イスカンダルは呆れた表情を浮かべていた。

 

 

「何だ、これくらいで飛ぶとはしょうがない奴だのぅ。もうちっと踏ん張れるように体躯を鍛えた方が良いぞ、あとは睡眠時間を増やしておけ。敵を探している時にうたた寝とは感心せぬからな」

「お、ま、え、の! 戦車の運転が荒すぎて気絶したんだろうがぁぁぁぁーーー!!!」

 

 

 月を見上げて夜風の中。

 ここは冬木市の上空だ、そういえば自分たちはキャスターを探して家を飛び出していたのだったと思い出す。好敵手、リーゼロッテに負けないようにと熱意に満ちて索敵に出たのだった。それを受けてなのかもしれないが、満面の笑みになったライダーが暴走。どこのバーサーカーかと思うほどのアクロバットな飛行を繰り返し、キャスターを探し回ったのだ。

 とりあえず月が足下に見えたあたりまでは記憶があったと思う。

 

 

「ぐわははっ、悪い悪い。余も久しぶりに興が乗ってな、家臣たちとのチャリオットレースを思い出してしまったわい!」

「絶対に周囲へ迷惑かけまくってただろ、それ」

「気にするでない。野の一つや山の二つ、そのうち再生しようぞ。何せ数百人でのレースだったからな、多少は仕方あるまいて」

「思ったより被害がデカイな!?」

 

 

 まあ、この大王のことだ。

 何だかんだで周囲の村々とも折り合いをつけたのだろう。暴君であって名君、好き勝手に生きながらも結果として周囲を巻き込んで幸せをもらたす大英雄。そんな男だから多くの者たちが忠義を捧げ、同じ夢を見た。燃えるような赤髪と瞳はサーヴァントとして召喚されて尚、情熱に溢れている。

 何故か、別の『誰か』と姿が重なった。こんな大男ではなく、自分と同じくらいの背丈をした少年の姿が瞼に浮かぶ。知識に貪欲で才能に恵まれた神童だった、そしてもう一人の男性。

 さっきの夢は何だったのだろうか、記憶はおぼろげで殆ど覚えていないがもう一人の男性は『理想』とする自分の姿に近いものがあった気がする。何にせよ、今の自分は前に進むまでだ。

 

 

 ーーーそのためにも、まずはアイツを越える。

 

 

 現在のウェイバーにとっての目標。まずはあの少女に、この聖杯戦争で少しくらいは追いついてやる。せめてその影を踏めるくらいには成長してやる。リーゼロッテ・ロストノート、今まではあの少女を目指して歩き続けてきた、いつの日にか肩を並べてやるのだ。

 その時にこそ伝えたい言葉もあるのだからと、何も知らない少年は息巻いていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「こんなものか」

 

 

 ポツリと言葉を零す。

 時間が止まってしまったかのような静寂、そんな闇の中へ切嗣は暗い視線を投げかけていた。周囲にはバラバラになった海魔の死体、宝石の火力で焼かれたモノと銃弾で仕留められたモノがある。そして食い散らかされたような子供たちの遺体、最後まで助けを求めるように延ばされた腕は途中で千切れていた。

 苦虫を噛み潰すように魔術師殺しは表情を歪める。そしてすぐにそんな自分を自嘲した。

 

 

「……はっ、同情なんて何様のつもりだ、僕は」

 

 

 憐れみの感情など許されない。

 この惨状を作ったのはキャスターではない、他ならぬ自分自身なのだ。木々の根は血に濡れ、地面には肉片が転がっている。いつの間にか自分は地獄に堕ちたのだろうか、世界を救ったあとなら構わないと思う。自分にはそれだけの罪があるのだから。

 そして重々しく切嗣は視線を上げた。

 

 

「ーーーーっ、っ!」

「ーーーーー!」

 

 

 目の前には、結界に囲まれた数人の幼子たち。

 海魔にならず、海魔に襲われずに生き残った者も少数ながらいたようだ。さぞ怖かっただろう、恐ろしかっただろう。キャスターの宝具の影響を取り除き、記憶を操作してもこの子たちは日常に戻れないかもしれない。だが聖杯があれば、それも解決できるはずだ。切嗣の願いは『世界を救う』ことなのだから。

 

 

「ぅ……ぐ」

「驚いたな、まだ意識があるのか」

 

 

 冷めた視線の先には水溜まり。

 青いドレスはどす黒く染まり、しなやかな手足は力無く地面に投げ出されてピクリとも動かない。全身を体液に濡らしながら魔術師の少女、リーゼロッテは倒れ伏していた。

 

 




Fate/Grand Orderネタを使わせていただきました。
ちなみに自分はディルムッドをサポート枠に入れていたりします。
今回は現役時代より心身共に衰えているということなので、切嗣さんに少し葛藤してもらいました。

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