半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第三話:宝石魔術師、二人『後編』

 

 

 聖杯戦争、それは魔術師同士の殺し合い。あらゆる願いを実現せしめるという伝説の願望器『聖杯』を巡り、選ばれた七人の魔術師が最後の一人になるまで争う戦いの儀式。

 

 そして、この聖杯戦争が単なる魔術儀式には収まらない要因がある。それが『サーヴァント』、過去・現在・未来を問わずに偉業を成し、崇拝の対象となったことで通常の時間軸から切り離され、世界の外側に座する英雄たち。

 人間などよりも遥かに高位の存在である彼らは、聖杯により七つのクラスに分けられて現界する。これは強大に過ぎる彼らへの枷であり、同時に世界のシステムを欺くための処置である。それほどまでの大規模な術式を構築し実践することにより、サーヴァントたちは集うのだ。彼らもまた、かけがえのない願いを魂に宿して。

 

 

 

 

「そろそろ本題に入りましょうか、リーゼロッテ嬢。まさか世間話をするために我が遠坂を訪れたわけではないでしょう」

「そうですね、ミスター遠坂。紅茶も冷めてきたことですし、大事な大事なお話を致しましょう」

 

 

 ここは遠坂邸の当主室。

 魔術的に貴重な骨董品が並べられ、それでいて古臭くないセンスの感じられる部屋となっている。そして部屋の主たる時臣の正面、骨董品のソファーに浅く腰掛けているのは金髪赤目の少女。青い細身のドレスは年頃の少女らしい膨らみかけた身体を緩やかに主張し、仄かに魔力の香る金髪と赤い眼が何とも妖しい雰囲気を発している。

 

 ちらりと少女の隣、ソファーの横にて直立している存在へと時臣は目をやった。身に纏うは深緑の軽鎧、槍のごとき鋭い眼差しと鍛え上げられた鋼の肉体、それらと反する爽やかな風のような雰囲気を纏った美丈夫がそこにいた。

 その威風はまさにこの世ならざる存在だった。時臣とて、初めて目にした際には思わず身がすくんだものだ。協力者に対して失礼だと思うが、アサシンなどとは霊的な密度が違う。

 

 

「良いサーヴァントを呼び寄せたようですね。『三大騎士クラス』を外様のマスターに埋められるとは、御三家としては頭が痛いところです」

「まだセイバーとアーチャーは残っているのでしょう? そう気にすることではありませんよ。まあ、お急ぎにならないと私の友人あたりが先を越してしまうかもしれませんが」

「ほう、ご学友も参戦しておられるのですか。さすがは時計塔、優秀な魔術師に溢れているようだ」

「そうですね、分野によっては大成するかもしれない人です。まあ、彼の聖遺物で呼び出すサーヴァントは『ライダー』が妥当かもしれませんが」

 

 

 サーヴァントのクラスには大まかに分類して、『当たり』と『外れ』がある。そのなかで特にマスターが好んで召喚を狙うのが『三大騎士クラス』と呼称されるサーヴァント。このクラスに当てはまる人物は、生前において高潔な武人である可能性が比較的に高く、マスターを裏切るリスクが多少なりとも低いと考えられている。反対に『アサシン』や『キャスター』が優先して召喚されない理由には単たる戦闘能力の偏りだけではなく、こういった事情も影響している。

 召喚したサーヴァントが裏切らない、彼らと確固たる信頼関係が築けるなどと甘い考えを持つマスターはそういない。少しでもマシな人選を行うくらいの警戒は当然だ。

 こほん、と時臣が咳払いをした。

 

 

「申し訳ない、また話が脇道に逸れてしまったようだ。さて今度こそ尋ねましょうか、貴女が遠坂の工房に足を踏み入れた理由を」

 

 

 魔術師の工房とは部外者にとって、すなわち処刑場に等しい。時臣は計りかねていた、何のために自分の工房へと目の前の令嬢が訪れたのかを。

 それゆえに時臣は少女の口から語られる言葉に全神経を集中させていた。一体どんな企みを抱いてきたのかを内心では期待すらしていた。そして、彼の期待通りにリーゼロッテの発した言葉によって心の底から驚愕させられることになる。

 

 

 

「ミスター遠坂、私と同盟を組みませんか?」

「っ……………これは、驚いた。まさかそのような申し出を受けるとは夢にも思いませんでした」

「私たちが手を組めば、他の参加者など有象無象に過ぎないでしょう。全ての参加者を平伏させた後で、ゆっくり私と貴方とで決闘を行いませんか?」

 

 

 わずかに、されど明白に動揺を見せた時臣。

 金髪の少女から持ち出されたのは、自分たち以外のサーヴァントとマスターを狩り尽くすまでの同盟関係だった。もし、時臣がこの申し出を受けるのならば七組中、三組のマスターが同盟を組んだことになる。そして『最強のサーヴァント』を呼び出す以上、その後に控えるであろうリーゼロッテとの決戦に時臣が勝てる可能性はかなり高い。つまり、この申し出を受ければ時臣の勝利はますます確定的なものとなるだろう。もはや衛宮切嗣とて恐れる相手ではない。しかしーーー。

 

 

「申し訳ない、リーゼロッテ嬢」

 

 

 はっきり言おう、論外だ。

 時臣は聖杯戦争のために幾多の年月を費やしてきた。そして完成したのは監督役さえも手中に収めた完全なる盤面だ。必勝の戦略に今更、不確定な要素は入れてはならない。下手に手の内を明かせば足元を崩されることになる、ましてや監督役との共謀や弟子との共闘を今日会ったばかりの相手に話せるわけもない。

 それ故に、賢明なる魔術師である時臣はリーゼロッテの申し出を断った。紅茶に口をつけて、時臣は目をつむる。それは拒絶の表れである。

 

 

「そう、残念です」

「重ねて謝罪しましょう、リーゼロッテ嬢。せめて貴女とは魔術師としての誇りを懸けた戦場にて出会えることを願っております」

「こちらこそ、その際には是非ともこの若輩の身にご教授をお願い致しますわ。私とランサーは逃げも隠れもいたしません………ふぅ」

 

 

 残念そうに立ち上がるリーゼロッテ。

 どうやら話は終わりのようだ。時臣もまた来客を見送るためにソファーから立ち上がる。そして、ふと気まぐれに時臣はある質問をリーゼロッテへと投げかけた。

 

 

「失礼、不躾な質問をお許しください。リーゼロッテ嬢、貴女は何のために聖杯を求めるのですか?」

 

 

 これは本当に気まぐれだった。

 あそこまで相手の工房内に堂々とした態度を貫いた少女に興味を持っていたのかもしれない。それとも少しでも多くの情報を集めて後々の戦術に役立てようという無意識の判断故なのか。それは時臣にはわからなかった。

 ぴたりとリーゼロッテは動きを止め、ルビーのような輝きを押し固めた真っ赤な瞳で時臣を見つめた。それはおそらく先天的な魔眼。生まれる前に調整を受けたのか、一族の特異体質なのかは不明だが厄介な代物には違いない。何らかの魔術効力を秘めた眼光が時臣に注がれている。

 

 

「聖杯戦争に参加したのはもちろん『根源』に至るため、元よりそれ以外の願いなど我ら『シュバインオーグの弟子』には不浄なモノでしかありませんわ」

「…………素晴らしい」

 

 

 迷いなき少女の答えに遠坂時臣の声は震える。

 それは感動、だった。もはや『根源』を目指す者が久しく絶えた現代において見つけた若き魔術師。時臣の瞳は自身が打ち倒すに相応しき好敵手を見つけた喜びに満ちていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 遠坂の屋敷を後にした二人。

 道端の駄菓子屋で購入したお菓子を食べながら、リーゼロッテはランサーと歩いていた。パリパリとスナック菓子の軽快な音が響き、また楽しそうに新しい包みを開けていく。先程までの凛とした雰囲気は何処へやら、すっかり気の抜けた少女にランサーが苦笑する。

 

 

「よくもまあ、あそこまで堂々と嘘をつけましたね」

「あはは、確かに嘘ついちゃったね。今の私は『根源』なんて目指してないのにさ。それに引き換え、本当にミスター遠坂は魔術師の鏡だよ」

 

 

 金髪赤目の少女はころころと笑う。

 嫌みではない、リーゼロッテは遠坂時臣を『魔術師』として心から評価していた。その崇高な魔術師としての精神は時計塔に君臨するロード階級にすら勝るとも劣らない。こんな島国にいるのが惜しい人材だ。

 

 

「変わりましたね、リーゼロッテ様」

「そうだね、ランサーに出会う前の私なら『根源』しか見えてなかった。きっと昔の私だったら今も『根源』を目指していたんじゃないかな。だから君のおかげで私は私になれたんだよ、ランサー。…………魅了(チャーム)にやられたのはアレだったけど」

「うっ、申し訳ありません」

 

 

 ここは大通り、道行く人々は愉快な兼ね合いを見せる外国人の二人組を珍しげに眺めている。

 特にブランドのスーツを着こなす見目麗しいランサーのせいで「モデルなのかな?」「ドラマの撮影?」などの声が聴こえてくる。げんなりと内心で思いながらも、ランサーは大通りを霊体化もせずに歩くことのできる現状に感謝した。

 

 

「どうしたのさ、ランサー?」

「いえ、まさか自分がこの国でこうして過ごすことができるとは想像だに出来なかったので………ですがマスター、本当によろしいのですか?」

「大した魔力消費じゃないから平気だよ。むしろ、この程度で魔力に不安を覚えられることがショックだねぇ」

 

 

 二人の周りには薄い結界が張られている。

 それはランサーの持つ『魅了(チャーム)』を抑えるための精神操作系の結界、お菓子を食べながら片手間にこんなモノを発動している己のマスターの技量はなかなかに優れたモノがある。神話の時代を生きたディルムッドの目から見てもリーゼロッテの魔術師としての実力は高いものだった。

 そんな従者からの敬意の視線には反応せずに、リーゼロッテはペロペロとお菓子で汚れた掌を舐めていた。子供のような仕草にランサーは「やれやれ」とハンカチを取り出した。

 

 

「ん、ありがと。…………それにしても、やっぱりミスター遠坂は言峰綺礼と繋がってそうだね」

「やはりそうなりますか」

 

 

 ハンカチを受け取りながらも、リーゼロッテの眼差しは鋭くなる。この推測に確たる証拠などない。せいぜいが灰色程度の疑い、されどリーゼロッテは確信した。あまりにも早く拒絶された同盟の誘い、手元にサーヴァントがいないにも関わらず自分たちを招いた行為からの予測、そして魔術師として鍛えてきた第六感が「黒」だと語りかけてくる。

 

 

「そうなるとミスター遠坂が三大騎士クラスのどれか、つまりはランサーを除いた『セイバー』か『アーチャー』を召喚するだろうから。弟子の言峰に求められるのは搦め手の『キャスター』か『アサシン』ってところかな?」

「…………見事な考察、であると思います。」

 

 

 大胆に、されどリーゼロッテは正確に候補を絞っていく。陰謀渦巻く時計塔で生き残ってきた以上はリーゼロッテは頭が回る。この予想自体は別に外れていても構わない、所詮は想像による決めつけに過ぎないのだから。しかし想定しておくことは重要だ、もし当たっていたのならば対応が迅速にできる。

 そんな彼女に対してランサーが感嘆の息を漏らした。

 

 

ーーーここまで、まさか一人でたどり着くとは。これは俺が口出しする必要はあまりないかもしれないな。ならば、あのことはもう少しだけこの身に秘めさせていただこう。

 

 

 ぶつぶつと考え事をするマスターを暖かな眼差しで見下ろしながら、ランサーはそう思っていた。今度こそ確固たる信頼関係を主と築けたのだ、余計な風波は立てたくない。それが自分の中で完結された勝手な感情だと理解している、それでも話したくないのだ。

 

 

『祖には、我が大師シュバインオーグ』

 

 

 何もかもに絶望し、地獄の釜に身を焼かれるばかりに思っていた自分を救い出してくれた声。世界の壁を破りたどり着いた奇跡、そんな彼女と出会ってから数ヶ月。

お互いにずいぶんと明るくなったものだと感心する。

 出会った当初のリーゼロッテは、まるでーーー。

 

 

「ランサー、これ辛いから要らない」

「俺に食べろということですか?」

「うん」

 

 

 気に入らなかったらしい袋を押し付けてくるマスターに、再び苦笑しながらそれを受けとる。

 

 受けた恩は戦場働きにて必ず返す、ディルムッドは『前回』にも増した決意を固めていた。

 

 

 


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