半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第四話:剣槍激突

 

 白波が寄せては返し、脚に付いた砂粒を浚っていく。

 その何とも冷たく、気持ちのよい感覚にアイリスフィールは子供のようにはしゃいでいた。故郷であるドイツを出発してから既に丸一日以上、その間に彼女が経験したことはこれまでの短い人生において格別なものであった。見知らぬ街、数えきれない人々が行き交い、雪に覆われない冬の大地がある。新鮮な感動は彼女の胸を満たし、更なる好奇心を沸き立たせていた。そのためアイリスフィールは夜空の下で白銀の髪を靡かせて、今も裸足で海へと踏み込んで波と戯れている。

 

 

「ふふっ、本当に外の世界は楽しい所ね。そう思わない、セイバー?」

「はい、そうですね。現代の世界というのは興味深いものだと私も思います」

「ねぇ、セイバーはこっちに来ないの?」

 

 

 何度も「セイバー」「セイバー」と呼び掛けてくる姫君へと困ったように笑うのはスーツ姿の凛々しい少女。短いポニーテールのように後ろ手に纏めた美しい金髪と、透き通る光を讃えた緑眼、そして騎士の剣を思わせる清涼な雰囲気を纏った人外の者。

 彼女こそ『セイバー』のサーヴァント、聖杯戦争に集いし七騎の英霊の中でも『最優』と謳われる剣の騎士。此度の戦いにおける最有力候補だった、当然のこととしてその実力は折り紙つきだ。

 

 

「アイリスフィール、風邪をひいてしまっては不味い。そろそろ海から上がってください。拠点に帰り、湯浴みをして身体を温めましょう」

「もう、セイバーは生真面目過ぎるわ」

 

 

 頬を膨らませる女性の名前はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。誇り高き孤高の魔術一族、アインツベルン家の製造したホムンクルスにして、セイバーのマスターである衛宮切嗣の妻。彼女は聖杯戦争に参加する夫の身代わりとして、セイバーのマスターのふりをしながら敵を誘き寄せる役割を担っていた。

 そのため二人には魔力供給などの相互関係はない。しかし、仮のマスターとはいえセイバーとの相性自体は暗殺者スタイルの切嗣よりは良好だった。二人の間柄はまるで姫君と、それを護る騎士といったところだろう。

 

 

「うーん、やっぱりイリヤにも見せてあげたいわ。切嗣にお願いしておきましょうか、聖杯を手に入れた後でイリヤを海に連れて行ってあげることって。うん、とっても素敵ね」

「しかし、それなら貴女が直接連れて来てあげれば良いのでは?」

「…………そうね、そうかもしれないわ」

 

 

 急に黙り込んでしまったアイリスフィールにセイバーが怪訝な顔をする。何かおかしなことを口走っただろうか、と自らの発した言葉を頭の中で繰り返す。しかし思い当たらない。悩んでいると、いつの間にかアイリスフィールはセイバーの傍にまで近づいて来ていた。黒い手袋の上に白魚のように華奢で色白な手が重ねられる。

 

 

「ねぇ、セイバー。貴女も一緒にどうかしら?」

「いえ、私は…………わかりました、少しだけですよ」

 

 

 どうやら遊ぶ相手が欲しかったらしい。

 理知的な頭脳と子供のように純粋な心、その二つをアイリスフィールは持っている。セイバーとしても、彼女のことが嫌いではない。それに、今は仮とはいえ彼女の騎士なのだから少しばかり遊びに付き合うのも義務というものだろう。故にセイバーは靴を脱ぐために屈もうとした。

 

 その時だった。全身が総毛立ち、自身の誇る『直感』スキルが最大音量で警告を打ち鳴らす。一歩先に死神の鎌が掲げられたかのような絶望的な『死』の気配が頭の中に叩き込まれた。

 

 

「ーーー危ないっ、アイリスフィール!!」

 

 

 瞬間、飛来したのは黄金の彗星。

 遥かな遠方から闇を切り裂き、音を置き去りにして呪いの刃が迫り来た。常人ならば反応すら許さぬ超速、それに反応できたのは、やはり自らの誇る『直感』スキルのおかげに他ならなかった。ギリギリのタイミングで武装を引きずり出し、アイリスフィールを護らんと全力でもって『それ』に向かって大地を蹴った。

 

 

「っーーーくぅっ!?」

 

 

 見えない剣が『それ』を受け止める。まるで大砲が着弾したような轟音が炸裂し、衝撃が腕の筋肉を走り、足元では地面が爆散した。それだけの威力を、流石は最優のサーヴァントたる少女は防ぎきり『それ』を弾き飛ばす。

 

 黄金の輝きを放つ『槍』が数メートル以上の距離を飛んでいく光景を見たセイバーは、何という投擲だと驚嘆した。そのまま鎧姿になり、アイリスフィールを庇うように前へ出る。彼女の視線の先には先程の槍を拾い上げる騎士の姿があった。

 

 

「ほう、やはり見事なものだな。俺の全力での投擲を苦もなく弾き返すとは、それでこそセイバーだ」

「貴様、サーヴァントだな。このような形での不意討ちとは、よほど血気盛んな戦士だとお見受けする」

「すまん、つい手が滑ってな。しかし必ずお前なら防ぎ切ると確信しての一撃だ、願わくば恨んでくれるな」

 

 

 目の前で佇んでいたのは、深緑の軽鎧を身につけたサーヴァントだった。その両手には一対の槍、真紅と黄金の輝きを秘めた魔刃が握られている。間違いなくランサー、七騎の中でも『最速』を謳われる槍の騎士。その近接戦闘力はセイバーと並ぶとも勝るとも言われている強力なクラスだ。

 

 

「アイリスフィール、決してそこを動かないように」

「う、うん。わかったわ」

 

 

 ランサーとの距離は八メートル程度だろうか、セイバーは一切の油断なく剣を構える。この間合いならば、おそらく一瞬で彼は詰めてくる。チリチリとした緊張感の中で砂浜を踏み締める。

 しかし、どこか虚しそうな表情をした後で不意に槍兵は背中を向けた。

 

 

「もし俺と戦う気があるのなら、追ってくるがいい。我らが全力で刃を交えても良い戦場を俺のマスターが準備している。無論、ここで引いても構わんがな」

「なっ、待て!!」

 

 

 それだけ言い残すとランサーは地を蹴った。

 そのまま凄まじい速さで遠ざかり、暗闇の中へと溶け込んでいく。あれだけの投擲をしてくる相手をここで見過ごすわけにはいかない、とセイバーは追跡を決断した。それにアイリスフィールの話を信じるなら切嗣も近くに来ているはずだ。

 

 

「アイリスフィール、奴を追いますよ!」

 

 

 剣の騎士は姫君を抱えて、夜の闇へと跳んだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 冷たい夜風が吹き付ける闇の中でリーゼロッテはコンテナの上に座り込んでぷらぷらと脚を揺らしていた。

 

 

「ふんふんふーん。ランサー、まだかなぁ?」

 

 

 キャンディをくわえながら、金髪の少女は機嫌良さそうに鼻唄を歌う。リーゼロッテが腰かけているのは三段にも重ねられたコンテナの上、そこは十メートルを優に越える高さだった。当然、普通の子供ならばそこから落下すれば重傷は免れない。しかし魔術師たる少女からしてみれば、こんなものは危険の内に入るはずもない。

 

 

「結界は張ったし、宝石はセットした。保険として使い魔も巡回させている。………完璧じゃないかな、短時間で小さな『工房』を造り上げるなんて流石は私だね」

 

 

 むふふー、と自慢げにリーゼロッテは無い胸を張る。

 たった数時間でこの倉庫街は己の領域に変わった。幾重にも巡らされた結界、狙撃者対策のトラップと使い魔。それらは大量の魔力と宝石を注ぎ込んだ自信作だ、故に少女は蜘蛛のごとく待ち構える。これならば彼を援護するくらいはできるだろう、と淡い期待を抱きながら。

 

 

「おぉ、寒い寒い。…………ランサー、早く帰って来ないかなぁ」

 

 

 彼に巻かれたマフラーが夜風に靡く、それを少し赤くなった顔でリーゼロッテは口元に引き寄せる。すると鼻をくすぐる香水の匂いがした、これは彼のために買い与えたアイルランド製の上等な逸品だ。彼の自由に選ばせた香水は爽やかなウッディ系、シンプルながらも深く落ち着く彼らしい匂いだった。

 

 冷たい夜風に吹かれて、背中まで伸びた金色の髪が虚空に遊ぶ。その寒さにリーゼロッテは震えた。

 

 アサシンの脱落を受けて自分たちは動いたが、おそらくアサシンは脱落していないのは理解している。だからこそ真相を確かめなければならなかった、マスター殺しのサーヴァントが生存している中で無闇に動くのは恐ろし過ぎる。

 そして出来るなら友人の安否もだ。もし彼が無事に『征服王』を召喚できたのならば、まだ大丈夫だろう。しかし同時に、その場合はーーー。

 

 

「殺さなくちゃ、ね」

 

 

 魔術師としての精神が研ぎ澄まされていく。もし友人といえども自分と対立するつもりならば、もはや友情の類いは通用しない。例え最愛の友であろうとも最善の策を持って、最大の暴力を持って叩き潰すだけだ。その未来へと思いを馳せ、「嫌だなぁ」とリーゼロッテはもう一度マフラーに顔を埋めた。ランサーからの念話が聞こえてきたのは、そんな憂鬱な時間の中だった。

 

 

『我が主よ、サーヴァントを捕捉しました』

「…………ああ、やっとなの? もう待ちくたびれたよぉ、早く帰ってきてランサー」

『………く、承知しました』

「何で笑ったのさ!?」

 

 

 リーゼロッテは気づいていなかったが、それは親鳥を待ちわびる雛のような声だった。それに今更気づいた少女は情けないと赤面し、場違いなほどに微笑ましい声色だったのでランサーは笑ってしまった。こほん、とリーゼロッテは仕切り直すように咳払いをする。

 

 

「それで敵は誰?」

『おそらくセイバーかと思われます。そして、そのマスターの特徴は白銀の髪と深紅の瞳、アインツベルンのホムンクルスに間違いはないかと。…………どうかご注意を、我が主』

「アインツベルン、となると『魔術師殺し』が組んでいる可能性があるよね。うん、念のために対物理防壁を強化しておくよ。ありがとう」

『では後程』

 

 

 要点だけ伝えるとランサーからの念話は途切れた。あとは彼が敵勢力をこの場所へと誘導してくれる、リーゼロッテの出番はそれからだ。また身体が震えそうになるのを何とか耐える、これから戦争が始まるのだから情けないところは見せられない。無様を晒せば敵につけこまれてしまう。

 よし、と気合いを入れ直していると空気を切るような音が鼓膜を揺らした。同時にガシャン、と自分の隣に誰かが着地する。

 

 

「早いね、ランサー」

「はい、お待たせいたしました。お変わりありませんか、我が主?」

「たかが数時間で変わるものなんて、私には何もないさ。君は心配性だね。ところで敵さんは、もう既に殺気むんむんなんだけど…………何かしたの?」

「…………軽く挨拶程度なら」

「ふぅん、まあいいや」

 

 

 見下ろす先にはサーヴァントとそのマスター。両者の視線は鋭く、まるで戦闘が既に始まっているかのような緊張感が漂っていた。ランサーが何か仕掛けたのは間違いないだろう。それを意に返さず、リーゼロッテはコンテナの上から飛び降りた。

 

 

「『Es ist gros(軽量) Es ist klein (重圧)』」

 

 

 落下の際の重力を軽減し、まるでスロー映像を見るかのように低速で地面へとリーゼロッテは降り立った。一切の音を立てず、ドレスを揺らしもせずに着地した姿に、アイリスフィールが警戒感を強める。基本的な動作だったとはいえ、魔導書に載っているお手本のごとく見事な重力操作だったからだ。そして、そんな彼女へとリーゼロッテはドレスの裾を摘まみ上げて、貴族らしく華麗に優雅に一礼する。

 

 

「こんばんは、アインツベルンのマスターとセイバーのサーヴァント。私の名はリーゼロッテ・ロストノート、こちらはランサー。此度は聖杯戦争に参加する栄誉を得たこと、誇りに思いますわ」

「…………それはどうも、こちらこそ刺激的なお出迎えに感激して言葉もないわ。ロストノートの令嬢さま」

 

 

 アイリスフィールの真紅の瞳がリーゼロッテを睨み付けた。それをまた、見つめ返すのも真紅の輝き。その交差だけでお互いに、相手をただの人間ではないと読み取った。油断なく相手の出方を伺う二人の魔術師、しかし、魔術師たちの緊張感など従者たちにとっては関係がない。

 

 

「お下がりを、我が主」

「ここから先はサーヴァントである私の役目です」

 

 

 ランサーとセイバーが己のマスターを庇うために前へ進み出る。月光に煌めくのは呪いの槍、夜風に揺らめくのは不可視の剣。古より伝わりし伝説を形にした人類の至宝たる『宝具』を振りかざし、二人の騎士は相対する。全ては己の掲げる願いのために、己のマスターのために、槍と剣の英雄は今ここで刃を交えるのだ。

 

 

 

『盛り上がってきたわい!』

『師よ、あの娘が倉庫街にて交戦を』

『お手並み拝見といこうか、リーゼロッテ嬢』

『舞弥、狙撃位置へ急いでくれ』

 

 

 この戦いを俯瞰する観客たちをも巻き込んで、聖杯戦争第一戦の幕は切って落とされる。

 

 

『あいつ、大丈夫だよな…………?』

 

 

 たった一人だけ、少女の身を案じる少年の声は誰の耳に届くこともなく夜の決闘は始まった。

 

 


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