半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第五話:闇夜の閃光

 

 

 ーーーずいぶんと楽な相手だ。

 

 闇夜に紛れながら、衛宮切嗣は氷のような無表情でそう思った。コンテナの上で狙撃銃を構える彼の眼下では二騎のサーヴァントが鍔迫り合いを繰り広げてる。鋭い剣撃の音が響いたかと思えば、アスファルトとコンテナが人外の腕力と技能で持って粉砕される光景が視界に飛び込んでくる。

 

 セイバーとランサー、まさに英雄らしい英雄たちは真正面からお互いの誇りを懸けて戦闘を開始した。セイバーの見えない剣筋を最初の一振りから看破し、その双槍にて裁き続けるランサー。真名は不明だが、騎士王と互角に渡り合う彼が実に厄介な敵だということは明らかだった。

 

 

「…………聞こえるか、舞弥。ランサーのマスターをここで仕留める」

 

 

 部下に指示を出した切嗣、そのスコープに入り込むのは少女の横顔。

 

『リーゼロッテ・ロストノート。時計塔の名門一族の令嬢であり、その後継者と噂される学生。陽気な性格で社交性が高く、時計塔での評判は上々。結界魔術に長け、一族に受け継がれる宝石魔術を使いこなす秀才』

 

 部下からの下調べはそんなところだった。そこから推察するに、どうやら魔術師としての実力はかなりのものらしい。並の魔術師では彼女に傷一つ付けられないだろう。

 

 しかし切嗣からするならば、リーゼロッテは非常に狩りやすい『獲物』の一匹に過ぎない。今もサーヴァントの戦いを、堂々と姿を晒して見守っている姿は無防備にも程がある。

 

 この辺りに張られていた結界は彼女に悟らせることなく、一部を解体した。地雷のように設置された宝石も、切嗣は難なく回避した。

 短時間でここまでの工房を造り上げたことには驚愕させられたが、それだけでは足りない。この程度では衛宮切嗣を止められはしない。バラバラに砕かれた結界と宝石を冷たい目で見下ろして、魔術師殺しは易々と狙撃ポイントに到着していた。

 

 

『切嗣、起源弾は使用しないのですか?』

「宝石魔術は、宝石に込められた術式と魔力が独立しているんだ。全てが一工程で完結した使い捨ての魔術、そこに起源弾を撃ち込んでも効果は薄い。少なくとも即死させることは難しい」

『しかし、後々に遠坂時臣を仕留める際の練習台になるのでは?』

 

 

 非情なことを告げる舞弥。

 しかし切嗣にとっての難敵は遠坂時臣と言峰綺礼。この二人の同盟を崩さない限り、自分たちの勝利はあり得ない。ならば宝石魔術師たる時臣を打倒するまでの小手調べとして、あの少女に起源弾を撃ち込み効果を検証することは有効な実験であるはずなのだ。

 

 

「いや、起源弾よりも狙撃で仕留めた方が確実だ。遠坂時臣とて聖杯戦争終結まで遠坂邸に引きこもるわけもない。こいつも遠坂も基本的には狙撃で仕留める」

『了解しました』

 

 

 別段、出し惜しみをしているわけではない。切嗣としては、この戦いで残り全ての起源弾を使い尽くしても構わない。もはや切嗣の願いを果たす方法は、後にも先にもこの聖杯戦争以外にありえない。故に全身全霊を持って全ての敵を排除し、聖杯を奪取する。そのためには手段など選ばない。いや、魔術師殺しとして今までも敵を殺害する際に手段を選んだことなどなかった。これからも同じことだ。

 

 

「………どうやら自分の周囲に結界を施しているようだな。だがその程度なら無問題だ。こちらで対応する。舞弥、君は待機しておいてくれ」

 

 確かに現代魔術だけならば、ここまでの遠距離からリーゼロッテの防壁を撃ち破るのは困難だろう。しかし、人を殺すことに特化した近代兵器ならば可能だ。

「どいつもこいつも、科学を軽視し過ぎているな」と切嗣は魔術師たちを嘲笑する。まずは胴体、それで動きを止めて二発目で頭を撃ち抜く。それで終わりだ。ぐっ、と切嗣は引き金に力を込める。

 

 

 その時だった。

 コツン、と何かが降り立った音がした。狙撃体勢のままで視線だけを素早く動かし、その発生源を目視する。切嗣から少し離れた場所に着地したのは、一羽の鴉だった。真っ黒な翼を揺らしながら、カンカンとコンテナを鳴らして切嗣へと近づいてくる。金属質な輝きが全身から放たれていた。

 

 

「ーーーー!!?」

 

 

 その鳥は良くできた模造品だった。それを認識した瞬間、切嗣は全力でその場からの離脱を開始した。『火』のマナが渦巻くように鴉を包み込む、熱を帯びた空気が膨張していく。その鳥の中心には赤と緑の宝石が埋め込まれていた。

 

 

「くそっ、『固有時制御(タイムアルター)二重加速(ダブルアクセル)』!!」

 

 

 切り札の一つをここで使用する。固有結界の体内展開により、自身に流れる時間のみを操作し加速する。単純計算で二倍、そのままの速度で十メートルを越える高さのコンテナから飛び降りる。着地すると同時に頭上で宝石が炸裂し、思わず舌打ちをする。

 

 

 切嗣は知らなかったのだ。

 リーゼロッテ・ロストノートが衛宮切嗣を、今回の聖杯戦争における『最大の敵』だと認識し切嗣を中心とした対策を用意していたことを。それは他でもない彼女の従者からのアドバイスによってのモノだったが、『魔術師殺し』は他の誰よりもリーゼロッテから警戒されていたのだ。

 

 

「ーーーーっ、ここも、か!!」

 

 

 いつの間にか地面にも宝石が転がっていた、蜘蛛の巣のごとくに一つ一つの宝石に『引き寄せ』の魔術が施されているのを切嗣は感じとる。おそらく使い魔が敵を発見した瞬間から、そこに宝石が集結するように術式を構築していたのだろう。この周辺の結界はそのための起点だったのだ。

 

 

「こいつは食わせ者だ」、久しぶりに感じる死線の気配に切嗣が苦々しげに呟いた。そして宝石同士の属性により何倍にも増幅された爆発が夜の闇を焼き払う。

 

 

◇◇◇

 

 

 連鎖的に上がる火柱に、セイバーとランサーの決闘が中断させられる。闇夜を赤く染め上げる炎は火薬を次々と放り込まれるように何度も爆発を繰り返す。それを眺めながら、リーゼロッテは険しい表情で呟いた。

 

 

「この程度で彼を倒せるなんて思ってないけど、指の一本でも吹き飛ばせたなら儲け物かもしれないね。…………無理だろうけど、さっ!」

 

 

 魔術回路を起動し、その一帯に埋め込んでおいた宝石を一斉に起爆する。一際大きな爆発が起こった、コンテナが玩具のように空中を舞い、近代兵器による爆撃が起こっているかのような熱風が頬を撫でる。

 

 

「まあ、後々に監督役と教会連中に恨まれるかもだけど。どうせ魔術協会(ウチ)と仲悪いし、いいよね。…………けほっ」

 

 

 リーゼロッテの起源は『隔絶』と『同調』。奇しくも衛宮切嗣の『切断』と『結合』に似通ったソレは、結界を造り上げることや個々の術式を繋ぐことに適している。そして、それは家系に伝わる宝石魔術と組み合わせることで絶妙なシナジーを発揮するのだ。特に魔術結界を造る工程だけは、時計塔のロード階級にすら劣らないとリーゼロッテは自負している。

 

 しかしその実、丹念に造り上げた結界は囮であり、本命は宝石(ばくだん)を練り込んだ使い魔。この聖杯戦争における最も厄介な敵は、衛宮切嗣だとリーゼロッテは考えている。切嗣に対して、戦闘経験でリーゼロッテは大きく劣る。もし真正面からの決闘ともなれば、ほぼ確実に殺されるだろう。

 それ故に彼との戦いにおける挑戦者は自分であり、頂に君臨する王者は切嗣。やり過ぎなくらいが丁度いい。きっと魔術師殺しは大した怪我もなく生還するはずなのだ、少なくともリーゼロッテの認識上の衛宮切嗣はそういう化け物だ。

 

 

「げほ、げほっ。『もうひとつ』も確認できたし、今夜の作戦は大成功だね。…………っ、結界への魔力供給を遮断する」

 

 

 自分を囲んでいた狙撃対策のための結界を解除する。

 魔力を使い過ぎたかもしれない、身体の芯が発熱しているかのように熱く汗が噴き出してきた。サーヴァントの維持と結界の構築、その二つは決して軽い負担ではなかったらしい。

 

 しかし、目的は果たした。

 魔術で強化した視界の隅に霞んでいたのは黒いローブに身を包んだ暗殺者のサーヴァント。あらかじめランサーに「見張りに適した場所」を訪ねておかなければ、絶対に発見できなかったであろう。アサシンの気配遮断スキルはそれほどのモノだ、これは確かめておいて良かったとリーゼロッテは胸を撫で下ろした。

 

 

「な、何をしたの?」

「…………けほけほっ。お、お気になさらず」

 

 

 とうとう膝から崩れ落ちたリーゼロッテ。

 一方のアイリスフィールは唖然とした様子で燃え上がる一帯を見つめている。セイバーもまた油断なくランサーを見据えているが、その顔には困惑の色がある。いや、次の瞬間には何かを感じ取ったかのように、その顔色は驚愕に塗り替えられた。

 

 

「これは、まさか!?」

「セイバー、どうしたの?」

「…………どうやら、彼女の本当のマスターは衛宮切嗣だったみたいだね。ランサーの読み通りだよ」

 

 

 魔力ラインからマスターの危機を感じ取ったのだろう。

 わずかに動揺を見せたセイバーの様子から、リーゼロッテはそう結論づけた。あらかじめランサーから聞かされていた予測で半信半疑だったのだが、流石は元戦士の勘だとリーゼロッテは感心する。ともかく、これで今夜の収穫は十分に過ぎた。もう頃合いだ。

 

 

「魔力も残り少ないし、あとは『コレ』を使って退却するだけだね」

 

 

 セイバーの主従は炎上する倉庫街の一角に気を取られている。今なら、わずかばかりの隙がある。絶好の好機を逃さないようにリーゼロッテは右手を掲げる。

 

 そこに刻まれているのは三画の令呪。

 これを消費して『全力を持ってマスターを連れて離脱せよ』とランサーへの魔力ブーストを掛けて脱出するのが作戦だった。惜しくはない、絶対命令権は三回もあるのだ、例えコレを使い切ったとしてもランサーは自分を裏切らないであろう信頼もある。ならば、通常二回までしか使用できない他のマスターと違って自分には余裕があるのだ。令呪がリーゼロッテの意思に反応して、赤い光を放つ。

 

 

「令呪を持って我が騎士に命じる!!」

「何!?」

 

 

 ようやくセイバーの主従がリーゼロッテに反応する。しかし、もう遅い。すでに発動の工程は完了している、ランサーもリーゼロッテの傍にまで待避しているのだ。

 だからだろう、「何とか生き残れた」とリーゼロッテは気を緩めてしまった。想定外の出来事とは、そういった瞬間に訪れるものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「AAAAlalalalalalaie!!!」

 

 

 突如として闇を揺らしたのは、勇ましい雄叫びと神の雷鳴。ここからはリーゼロッテにとっては予想外の、彼女の従者にとっては確定していた来訪者が現れる。

 令呪の行使を中止したリーゼロッテ、そしてセイバーたちの目にソレは映り込む。遥かな上空より来るのは、光輪を持って怒れる雷神のごとくに闇を切り裂き、稲妻の威光にて空を蹂躙する征服者のチャリオット。

 

 

「っ、ランサー!!」

「大丈夫です、我が主よ」

 

 

 意図も容易く自らの結界を破壊してきた乱入者に、リーゼロッテが焦ったように声を上げた。セイバーもまたアイリスフィールの傍にまで下がり、その侵入者から彼女を護らんと剣を構える。この場で落ち着いているのはランサー、ただ一人だった。

 

 そしてアスファルトを踏み砕き、雷を纏う古の戦車がセイバーとランサーを挟んだ位置で停止する。まるで決闘はここまでだと宣言するかのように。

 そのあまりの堂々とした登場に、セイバーだけではなく、アイリスフィールも魔術を組み上げて臨戦体勢へと移行している。残り魔力の少ないリーゼロッテも膝をついたままで宝石を取り出した。

 しかし、チャリオットの主はそんな彼女たちを一喝する。猛々しい益荒男の一声が大気すら制すると言わんばかりに響き渡った。

 

 

「控えよっ、王の御前であるぞ!!」

 

 

 

 それは赤いマントを羽織った筋肉隆々の大男だった。

 赤褐色の鎧の上からでも伺えるのは鍛え上げられ盛り上がった筋肉、丸太のように太く傷だらけの腕はこの人物が度重なる戦の中で生きてきた豪傑であることを表している。

 

 

「我が名は征服王、イスカンダル! セイバーそしてランサーよ、先の戦いは誠に見事であった。愉快痛快な決闘であった!! 貴様らの闘志に当てられ、ついでにマスターも乗り気であったのでな。余も駆けつけた次第である!!」

「お、おい、ライダー! 僕はここまでしろなんて言ってないぞ!?」

 

 

 まさに呆然、ランサーを覗く一同の反応はそれに尽きた。リーゼロッテの作戦の締めをぶち壊し、ライダー主従はここに参戦する。

 

 

「う、ウェイバー?」

 

 

 そしてリーゼロッテは最も会いたくなかったはずの人物との再会を果たすことになる。それは魔力が尽きかけているという、最悪のタイミングでのことだった。


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