半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第六話:覇道の主、原初の王

 

 

 戦場から遠く離れた遠坂邸。

 階段を下りた先にある古めかしい地下室。歴史的にも貴重な魔術用具に囲まれながら、遠坂時臣は椅子に腰かけていた。何十年も昔に使用されていたモデルの通信機から、綺礼の声が狭い空間に響く。

 

 

『ーーー以上が、アサシンによる報告になります。我が師よ』

 

 

 弟子からの報告を聞いた時臣は満足そうに頷き、ここにはいない少女へと小さな拍手を送る。まるでオペラを鑑賞した後のごとくに、紳士的な様子で役者へと賛辞を述べた。

 

 

「見事だ、リーゼロッテ嬢。まさかアインツベルンの陣営と互角に渡り合い、更には衛宮切嗣を退けるとは思わなかった。…………いや、私はそれを期待していたのかもしれないな」

 

 

 あの出会いから数日、時臣の意識からリーゼロッテが消えた日は一日たりともなかった。それほどに少女との出会いは新鮮で、心地よい驚きを内包したものだったのだ。そして今、リーゼロッテの奮闘に対して「期待通り」だと喜びすら感じていた。

 

 衛宮切嗣は死んでいない。黒煙を振り切って、部下らしき女性に支えられ退却する男がアサシンにより目撃されている。少なくないダメージを負ったようだが、あの爆発に巻き込まれて五体満足で脱出できること自体が信じがたい事実だ。流石は『魔術師殺し』というべきだろう。しかし、それよりも今はーーー。

 

 

「くくっ」

『どうなさいましたか、師よ』

「いや、済まない。これで二度目になるのかな、彼女のおかげで笑みが止まらないのは」

『…………申し訳ありません。未熟たる我が身では、あの少女の何が師を喜ばせるのか検討がつきません』

「ああ、気にしないで欲しい。これは一人の魔術師としての武者震い…………のようなものだ。まだ君は理解できなくて当然だ、綺礼」

「そういうもの、でしょうか」

 

 

 曖昧な返事をしている弟子を置いて、時臣は笑みが止まらない。若き魔術師が、あの衛宮切嗣を撃退した。倉庫街の一角を焼き払うという蛮行はセカンドオーナーとしては許しがたいが、それでも素晴らしいと時臣はリーゼロッテを称賛する。

 

 さらに基礎能力では格上であろうセイバーと互角に打ち合ったランサー、真名は不明であるものの生前は名高い英雄であったことは間違いない。なるほど、彼女たちは期待通りの主従であるようだ。

 そしてもう一組。

 

 

「…………征服王、イスカンダル。まさかリーゼロッテ嬢の言っていたご学友の呼び出したものが、規格外のサーヴァントとは驚かさせる。今の時計塔には私が留学していた頃とは比べ物にならないほど、若く力ある魔術師に溢れているのかもしれないな」

『如何なさいますか、師よ』

「そのままアサシンによる偵察を続けてくれ、ただし手を出してはならない。かの大王に暗殺者の刃が易々と届くとは到底思えない」

『承知しました』

 

 

 雷を司る神牛に牽引されたチャリオット。

 あんなものを操ることのできるのは『ライダー』以外に存在しない。全サーヴァント中でも最高の機動力を誇る騎乗兵。伝説の名馬から神の車駕に至るまで様々な物を宝具として現界するというクラス。イスカンダルということは、あのチャリオットはゼウス神への供物を略奪した『ゴルディアスの結び目』の伝説に基づいたものだろう。

 

 

「マケドニア王、アレクサンドロス三世。本来ならば、お会いできて光栄であると私は頭を垂れるべきなのだろうな」

 

 

 イスカンダルとはペルシアやアラビアに伝わる真名。

 この国の呼び方で口にするのならば、『アレクサンドロス三世』または『アレクサンダー大王』が適当であろう。紀元前という途方もなく古き時代において東方遠征を実行に移し、ペルシャ帝国・エジプト・インド・パキスタンと広大な国々を征服平定した男。ヘレニズム文化を生み出し、古代ローマへと繋がる歴史の道筋を創った大王。

 

 人類史において、彼ほどの偉業を成した英雄はそういない。そしてサーヴァントの強さとは、彼らが生前に築いた伝説と召喚地における知名度の高さによって決定される。ならば、この島国においても知らぬ者のいないイスカンダルがどれ程強大なサーヴァントであるのかは想像するまでもない。

 

 

「これでもまだ『バーサーカー』と『キャスター』が控えている。…………どうやら第四次聖杯戦争もまた、一筋縄ではいかないらしい」

 

 

 次々と現れる強敵たち。

 それでも時臣は余裕の態度を崩さない。征服王を、セイバーを、ランサーを纏めて敵に回そうとも勝利を確信できるだけの『切り札』が彼にはある。長い年月を掛けて探し求めた聖遺物を使って召喚に成功した『最強のサーヴァント』が時臣の駒なのだ。負けるわけがない、その未来が見えない。

 

 

「すまない、リーゼロッテ嬢」

 

 

 思わず、謝罪の言葉を述べる。

 それは圧倒的すぎる戦力を手中に収めた故の慢心。されど、それは当然の感情であった。尋常な方法に頼ったのでは、時臣の『アーチャー』に勝てる者など存在しないのだから。

 

 

『師よ、アーチャーが動きました』

「ああ、わかっている」

 

 

 魔力ラインを通して伝わってくる。サーヴァントの集いし戦場へと『原初の王』が出陣したのだ。ギシリ、と時臣は背もたれに深く腰掛ける。そして大粒のルビーが嵌め込まれた自慢の杖を少し残念そうに弄んでいた。

 

 

「彼の王を目にして、よもや私を卑怯などと罵らないで欲しいものだ。…………願わくば我らが再会の機会に恵まれんことを、リーゼロッテ嬢」

 

 

 ゆらゆらとランプが薄明かりを放つ地下室で、遠坂時臣は祈るように呟いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 黒煙が上がる倉庫街。

 消防車の一台も駆けつけず、一般人の騒ぎも起こっていないのは、リーゼロッテの用意した遮音結界が最低限の働きをしている証拠だろう。衛宮切嗣の狙撃を過剰なまでに妨害し、周囲一帯を吹き飛ばした少女。リーゼロッテはライダー主従へと掠れる声で呟いた。

 

 

「なかなか良いタイミングで来たね、ウェイバー。あはは、君にしては容赦がないよ。…………今の消耗した私なら、君でも殺せる可能性があるかもしれないね」

「ーーーっ!? 何を言ってんだっ、そんなことするか!!」

「まあ待て、坊主」

 

 

 立ち上がろうとして、再び崩れ落ちる少女。

 それを見た瞬間、ウェイバーはリーゼロッテの元へと駆け出そうとチャリオットの淵に脚を掛けた。しかし戦場において、マスターがサーヴァントの傍を離れるなど自殺行為だ。

 それゆえにライダーはマスターの蛮勇を押し留める。肩を掴み、チャリオットの中へと引き戻す。ここならば防御フィールドが働いているため、それなりに安全だ。

 

 

「お、おいライダー!」

「小娘の傍にランサーがいる以上は心配あるまい、ナイト役はヤツに託しておくがいい。悪いが、余はやることがあってだな」

 

 

 尚も抗議するウェイバーを視線で諌め、ライダーは二騎のサーヴァントへと向き直った。セイバーとランサー、いずれも素晴らしい決闘を魅せてくれた騎士たち。その実力も、真正面から斬り合う心意気も、ライダーとしては実に気に入った。

 故に、征服王は「この二人を欲しい」と所望する。聖杯戦争の後に控える『世界征服』を成し遂げるための盟友として。

 

 

「セイバー、そしてランサーよ。余は貴様らのことをいたく気に入った! そこでだ、余に聖杯を譲り渡して盟友として世界を手中に収めるつもりはないか。さすれば余と共に、この世界に覇道を敷く勇者として再び名を刻めるであろう!!」

「相変わらずだな、征服王」

「無礼な…………『相変わらず』とはどういうことだ、ランサー?」

「気にしてくれるな、セイバー」

 

 

 空気を揺るがす大声量。

 それは端的に言うならば、スカウトだった。ランサーを除いた一同は困惑の色を隠せない。突然現れて聖杯を譲れだの、臣下になれだのと宣言した大男。別段、この問い掛けを無視して斬りかかっても文句はいえまい。それでも律儀なセイバーは苦々しげに応答した。

 

 

「論外だ。私は祖国を救うために聖杯戦争に参加した。征服王、お前の野望と私の願いは相容れない。…………それに私とて王だ、誰かの臣下に付くなど赦される道理もない」

「おおっ、貴様も王であったか。されど余は『大王』でな、『王』を従えるのは馴れておる。ゆえに、貴様の考えが変わるまでゆるりと待とう。…………さて、ランサー。貴様はどうだ?」

 

 

 迷惑そうな顔をするセイバーから視線を外し、ランサーを探す。すると、深緑の騎士は己のマスターを助け起こしていた。

 戦闘が一時的に中断したとはいえ、敵に背を向けるなどサーヴァントとしてあるまじき行為だった。躊躇なく背後から攻撃するような者がいれば、無防備な背中を斬り捨てられていたかもしれない。堂々とした立ち振舞いにライダーが「ほう」と感心する。

 

 マスターは赤い顔でランサーに抱き抱えられていた。そして、その体勢のまま不安そうな表情でリーゼロッテは口を開く。

 

 

「ら、ランサー。『臣下になれ』なんて妄言、早く断ろうよ。それから令呪を使ってここを脱出すれば…………ランサー?」

「…………征服王よ。たった今、顔を合わせたばかりの男に『仕えよ』などと申し込まれても俺には判断ができん。故にしばらくお前という王の器を見定める時間が欲しい」

「ちょっ、ランサー!?」

 

 

 リーゼロッテが驚愕する。

 自分に聖杯を捧げると約束したランサーが、別のサーヴァントの臣下になることを了承しているようだったからだ。抗議のためにバタバタと暴れるが、がっちりと抱えられていて動けない。

 

 

「ほう、つまり余と肩を並べて戦いたいと?」

「そういうことになるな、そちらとしても異論はあるまい?」

「ふむ、その方が坊主にも好都合か。…………よし、余も前向きに考えておく! ランサーよ、貴様も約束を違えるでないぞ!!」

 

 

 再び、ライダーとランサーを除いた者たちが固まっていた。会話の中身を真面目に考えるのならば、『同盟』のための下準備を行ったようにしか見えなかった。しかも、お互いのマスターを除け者にしてサーヴァント同士で話を纏める。こんなことが過去の聖杯戦争において、果たしてあっただろうか。

 

 

「ら、ランサー?」

「ご安心を、我が主。アレは信頼できる男です。少なくとも今、戦う必要のある相手ではありません」

「それも、戦士の勘なの?」

「…………そうですね」

「ならいいや、後で説明はしてもらうから」

 

 

 少しだけ不機嫌そうにしながらも、暴れるのを止めてリーゼロッテは従者の腕に身体を預ける。そして、ぼんやりとライダー主従の方へと顔を向けると友人がライダーに突っかかっているのが見えた。何やら顔を赤らめているが、どうしたのだろうと不思議に思った。

 

 

「…………セイバー、すまぬ」

 

 

 その時、ランサーはセイバーに小さく謝罪の言葉を放っていたのだが、疲労に蝕まれていたリーゼロッテは気がつけなかった。セイバーがその言葉を聞き届け、「気にするな」という風に首を振ったことにもだ。

 

 

 ともかく、ライダーの乱入によって決闘は流れた。

 ランサー陣営は疲弊しているが、まさか同盟の話がちらつく相手に対してセイバーが追撃を仕掛けられるはずもない。そんなことをすれば、ランサーとライダーという二騎のサーヴァントを纏めて敵に回すことに繋がり兼ねない。

 

 セイバーとランサー、両名はお互いに真名を明かさず。風の魔力により隠蔽された宝剣と、呪符で封印された魔槍は真価を発揮させられることはなかった。

 されど、ランサー陣営はアサシンの存在を、セイバー陣営はランサーの技量とライダーの真名を確認した。初戦の結果として十分なのかは異論があるだろうが、悪くはない戦果だった。もっとも、衛宮切継の負ったであろう傷は勘定されていないのだが。

 

 ともかく、これで今宵の戦闘は終わりになる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下らぬ話は終わったか、雑種ども」

 

 

 

 

 はずであった。

 

 

 

 

「なっ、セイバー!!」

「ら、ライダー!!」

「ランサー!!」

 

 

 その瞬間、空気が変わった。

 一切の音が止み、夜風が凪ぐ。カチリと、まるで歯車が狂ってしまったかのように世界が静まり返る。リーゼロッテの張っていた遮音結界が砕け散り、『何か』が近づいてくる。あまりの異常を感じ取って、それぞれのマスターが己のサーヴァントの名を呼んだ。彼ら彼女らを襲ったのは根元的な『恐怖』であった。

 

 

「あそこか」

 

 

 誰かが呟いた。

 戦場を見下ろす電灯の上に、黄金の粒子が渦巻きサーヴァントの形を構成していく。やがて、その男は姿を現した。

 

 

「この我を差し置いて、『王』を自称する輩が二匹も沸くとはな」

 

 

 

 遠坂時臣のサーヴァント、『アーチャー』。

 それは人の形を保ちながらも、人間から逸脱した異貌を誇るサーヴァントであった。

 

 逆立った髪は神秘的なまでの黄金。その身に纏うのもまた、この世界全ての光を凝縮したかのような輝きを放つ金色の甲冑。そして彼自身から放たれるのは、あまねく万民を平伏させる圧政者の威光。

 まさに『太陽』か、それに類する『最上位』たる何かの化身。絶対的な格の差を、否が応にも感じさせるサーヴァントが君臨していた。

 

 リーゼロッテやアイリスフィール、ウェイバー達はその輝きから目を反らせない。それだけではない、全身を釘付けにされたように動きを封じられている。その代わりにそれぞれのサーヴァントたちが油断なく、アーチャーを見据えていた。

 

 そんな光景を鼻で笑ったアーチャーは、ゆっくりと戦場を俯瞰していく。まずはライダー、続けてセイバー、そして最後にランサーへと視線を移す。その表情は退屈極まると言わんばかりのものだった。しかしーーー。

 

 ピタリ、とその真紅の眼差しが一点で止まる。

 

 

「ほう、貴様」

「な、何なのさ」

 

 

 リーゼロッテを視界に入れた瞬間、アーチャーの表情が僅かに歪む。そこにあったのは、嘲りと哀れみを込めた瞳だった。

 

 

「これは愉快、そして不快極まる贋作があったものだ。しかし人間とはそうでなければな、天へと手を伸ばしては神の怒りによって裁かれる。人の歴史とは、そうした愚かしさの積み重ねであった。………………そうは思わぬか、半人の小娘よ」

 

 

 その紡がれた言葉を理解できる者は、ここに何人いたであろうか。しかしアーチャーは、『原初の王』ギルガメッシュは愉悦に口元を歪ませた。それは、やがて神父やセイバーがもたらすモノには到底及ばぬ程度の遊びにも似た感情。されどギルガメッシュは確かな興味を示してしまったのだ。

 

 

 

 ーーーリーゼロッテ・ロストノートという少女へと。

 

 

 

 


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