半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第九話:穏やかなる幕間

 ウェイバー・ベルベットは天才魔術師、になる予定の青年である。秘められた才能はロードクラスであり誰よりも偉大な魔術師になるかもしれない卵だ。もっとも、それを信じているのは彼しかいない。何せ、たった一人の親友からも「君が魔術師として大成するのは無理だよ」と言い切られてしまっている。その腹いせに聖遺物を盗んで聖杯戦争に参加してしまったことに後悔がないといえば嘘になるだろう。

 

 ともかくだ、そんな彼がわざわざロンドンから東洋の片田舎に来たのには理由がある。そして現在、冬木のどこかにあるマッケンジー家の二階でウェイバーはライダーへと怒声をあげていた。もちろん、ちっぽけな彼の怒りなど何処吹く風で征服王は涼しい顔をしている。

 

 

「ライダーッ、お前いい加減にしろよな! リーゼの前であんなこと言い放ちやがって!!」

「何を恥ずかしがっておる。そもそも事実であろう、貴様が余に聞かせた願いを忘れはせんぞ。『小娘を振り向かせたい』と雄々しい声で叫んでいたではないか」

「そ、それはお前が最初の願いを『くだらない』って一蹴したから…………つい、言ってしまったというか」

 

 

 違う、断じて違うのだ。

 わざわざ聖杯戦争に参加したのは、時計塔の連中にウェイバー・ベルベットの才能を認めさせるためである。決して唯一の友人に「無能」呼ばわりされて見返したいと思ったわけでも、あわよくば男として頼りになるところを見せたいわけではない。全てはライダーの誤解なのだ。

 

 

「あ、あれだからなっ。違うんだからな!」

「ふははっ、照れるでない。余の臣下にもそういった連中は大勢いた。まさに坊主と同じく身分違いの令嬢に恋をした者たち、奴らもその恋路を遂げるために手柄を欲しておったわい。ゆえに案ずることはない、この百戦錬磨のイスカンダルに任せておくがいい」

 

 

 その図体でライダーは恋のキューピッドにでもなろうとしているのだろうか。ちなみに恐ろしく似合っていない。おとぎ話の魔法使いどころか、良くてカボチャの馬車の従者だろうとウェイバーは辛辣な例えを思い浮かべていた。

 そんなことはお構い無しにライダーは語る。

 

 

「まずは余が聖杯を勝ち取る。そして、そのあとで貴様は輝かしい戦果を掲げて故国へ凱旋すれば良い、さすればあの娘も求婚に応じる他あるまい?」

「………………うん、そうですね」

 

 

 まさしくマケドニア流、雄々しき戦士の求婚。英国紳士たるウェイバーからすれば時代錯誤以外の何物でもない。どこの世界にマスターである魔術師の雁首を貰って喜ぶ女の子や、結婚を許す親がいるというのか。白けた表情のウェイバーを見て、ライダーが不思議そうな顔をした。そのせいで、とんでもない言葉が口から飛び出すことになる。

 

 

「何だ、不満か。それなら娘の寝屋にでも忍び込んで貴様の『男』で持って征服してしまえばよかろう。余のマスターともあろう者が何を迷っておる」

「ば、バカ! お、お前は正真正銘の大馬鹿か!!?」

 

 

 即座にその意味を理解したウェイバーが真っ赤になる。どうやらこういった話題への耐性はないらしい。そして己のマスターの純情すぎる反応に今度はライダーが白けた顔をしていた。「やれやれ」と呆れんばかりである。

 

 

「どこまでウブなのだ、坊主。その年で女と交わる喜びすら知らんとは…………まったく嘆かわしい」

「僕は魔術師だっ、そんな下らないことに浪費している時間はないんだよ!」

「余に仕えた者の中には魔術師もおったが盛んな奴が多かったぞ? 何でも魔力の補充にはせい…………」

「や、め、ろ!」

 

 

 この征服王、真っ昼間から堂々とセクハラ発言である。今はマッケンジー夫妻が家を空けているので良かったが、そうでなければ間違いなくウェイバーの怒声は一階まで響いて老夫婦に聞かれていただろう。

 ウェイバーとライダー。この二人、相性自体は悪くないのだが如何せん性格が違いすぎた。まだ歯車が噛み合うには時間がかかる。

 

 

「よし、ここは余と坊主で花街に繰り出そうぞ。女の一人や二人抱き寄せれば男としての度胸もつくであろう!」

「そんな金銭的余裕はないっての」

「む、それならば資金を得るところから始めるとするか。なあに、小一時間もあれば集まるから安心するがいい」

「言っておくけど略奪は駄目だぞ?」

「…………え?」

「え?」

 

 

 残念そうに座り直すライダー。

 ともかく花街へ行くのは中止になったらしい。この数分でどっと疲れたウェイバーはとりあえず胸を撫で下ろした。そうしていると「そういえば」とポケットから『ソレ』を取り出した。

 

 

「何だ、ずいぶんと珍しい宝石を持っておるな。それほどの魔力を宿したモノは余もあまり見たことがないぞ」

「これはアイツからのプレゼントだよ。万年金欠の僕には到底買えない代物さ」

 

 

 ウェイバーの掌に乗っかっているモノ。

 それはリーゼロッテから誕生日のプレゼントとして貰った宝石のペンダントだった。ウェイバーの誕生石を嵌め込んだ高価な逸品で、『楽園の鳥の石』とされる赤いオパールを贅沢におしらえたモノだ。美しいファイヤーオパール、その宝石言葉は『不屈と情熱』。

 

 まさに徒手空拳、身一つで時計塔に殴り込んだウェイバーに相応しいプレゼントだった。彼女から贈られた勇気を与えてくれる言葉を内包するのは息を飲むような並外れた炎の色、ウェイバーはこの宝石を大事にしている。そして宝石自体は多大な魔力を持つ簡易的な魔術礼装でもあるのだ。

 

 

「ほほう、中々の上物だ」

「あっ、返せよ!」

「ケチくさい奴め、ほれ」

 

 

 ウェイバーの手から宝石をつまみ上げて、しげしげと眺めたライダー。マスターからの要請もあり、すぐに返却したが何やら興味を持ってしまったらしい。「ふむ」と少し考えて込んでから真剣な声色でウェイバーへと語りかける。

 

 

「もう一度尋ねよう、貴様は何のために聖杯戦争に参加した。何のために征服王イスカンダルを呼び寄せたのだ」

「あ、改まって何だよ?」

「良いから答えよ、貴様の野望は何ぞ」

 

 

 王の眼差しを真正面から注がれたウェイバーは言葉に詰まる。このサーヴァントに嘘は通用しないだろう。そしてウェイバーが彼女へ好意を持っていないと言えば嘘になる。しかし別に『そういった関係』になりたいから自分は聖杯戦争に参加したわけではない。

 ウェイバーは真っ直ぐに征服王を見つめる。

 

 

 

「僕はアイツに並び立ちたい、その未来が欲しいから聖杯戦争に参加したんだ。特別な想いがないといえば嘘になるかもしれない、それでも僕の願いは一つだ。アイツに勝ちたい」

 

 

 

 それは短くも澄み切った答えであった。

 名門出身である友に負けない威光が欲しい。リーゼロッテ・ロストノートの隣にいるのはウェイバー・ベルベットだと知らしめたい。そして、いつの日にか友を追い抜きたい。それがウェイバーの掲げる願いだったのだ。

 青年らしい、みずみずしい若さと真っ直ぐさに溢れた願望がそこにはある。ライダーが満足気に破顔した。

 

 

「よくぞ言った、余のマスターはそうでなければなぁ。…………それで、あわよくば小娘をどうしたい?」

「そりゃあできれば…………って、何を言わせんだよ!!」

「ぐははっ、貴様もノリが良いではないか!」

「さすがに慣れるっての!」

 

 

 冗談を仄めかして笑うライダー、それにわざと振り回されるウェイバーもまた顔を赤くしながらも楽しそうに言い争っている。

 

 正史において、最高の主従とされたライダー陣営。やはりこの時間軸においても二人は相性が良かったらしい。彼らがランサー陣営と合流するのはこれから数時間後のこととなる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 太陽の高く昇ったお昼下がり。

 リーゼロッテとランサーは公園のベンチに座っていた。そこは昼間だというのに人の気配がしない上に、ちっぽけな噴水が唯一の特徴であるような寂れた場所だった。ランサー主従はそこで少し遅めの昼食を取っている。

 

 

「ふわぁ、美味しそう!」

「主よ、熱いので気をつけてください。」

 

 

 それは冬木の商店街で購入した大判焼き。フワフワした黄金色の体表を割ってみれば、甘く蒸した小豆餡が顔を出す。そして一口食べると舌を上品な甘さが包み込んでくる和菓子であった。リーゼロッテはこの大判焼きをとても気に入った。

 

 

「…………美味しい、美味しいよコレ! ねっ、ねっ、ランサーもそう思うよね?」

「はい、素晴らしい風味と食感ですね、リーゼロッテ様」

 

 

 

 ランサーもたい焼きを半ば感動した様子で口に運んでいた。ブリテンも大概だが、当時のアイルランドの食事情も厳しかったのかもしれない。

 ちなみに本来ならば魔力を潤沢に補給されている彼に食事は必要ない。マスターから「誰かと一緒に食べた方が美味しいでしょ?」という申し出を受けたので同席させてもらったのだ。とはいえ、座っているのは公園のベンチなのでランサーが畏まる必要など欠片もないのだが。

 

 

「私、聖杯戦争が終わったらこの国に住もうかなぁ。食べ物が美味しいことはポイントが高いよ、それに比べて我が母国はねぇ…………昔からあんな感じだったのかな」

「そうですね、彼の騎士王が生きた時代などは特に悲惨であったかもしれません」

 

 

 ブリテンの料理は不味い、いや不味いモノが多いとされている。寒冷で痩せた土地からは良い作物が採れず、それでも日々の食卓を彩っていたはずの郷土料理の数々は産業革命によって失われた。おまけに大陸の諸国との仲が悪かったので、外から料理が伝わることも稀であったのだ。パイ料理やヨークシャー・プディングなどの美味でまともな料理もあるのだが、全体的に壊滅しているのがブリテンの食事情である。

 

 

「まあ、それはそれとして今後の対策を考えないとね。一番厄介そうなアーチャーの真名がランサーにもわからないんだし」

「…………申し訳ありません。奴の使った宝具は一つ残らず記憶しているのですが、いずれもアーチャーの真名に辿り着けそうなモノはありそうもなく」

「うーん、それが逆に『答え』なのかもしれないね。全てがデコイではなく本物で、全てがアーチャーの真名に繋がったヒント。だからこそミスター遠坂はアーチャーを令呪を消費させてまで撤退させたのかも」

 

 

 大判焼きを子供のように頬張りながらも、リーゼロッテの思考は巡り続ける。大量の宝具を持ち歩いていることから、アーチャーがどこかの暴君であったことを想像するのは容易い。そしてあの『神性』は半人半神の証、おまけにリーゼロッテの見立てではアーチャーは『半分以上』が神に属している英霊のはずだ。

 

 

「…………なら、それなりに数は絞れるかもね。高すぎる神性を持つ王であり、大量の宝具を所有していても可笑しくない伝説を背負う大英雄。何人か心当たりはあるものの、まだ確証は持てないけど」

「いえ、十分でしょう。聖杯戦争の序盤でここまで情報を揃えられたのならば上々です」

「一番手っ取り早いのは『対神宝具』を持つサーヴァントと手を組むことなんだけどね。神性があるアーチャーには効果抜群で、神性がないランサーには大して効果がない。こんなに同盟相手に相応しいサーヴァントはいないよ、後のことを考えると」

 

 

 聖杯を勝ち取れるのは一組のみ。

 もし仮に同盟関係を結んだとしても、やがてはお互いに雌雄を決しなければならない。ならば後々に始末しやすい相手を選ぶのは当然だ。しかし、運命はそう上手くは運ばない。

 

 

「ランサーの記憶には『対神宝具』を持つサーヴァントはいなかったんだね?」

「…………残念ながら『対人』『対軍』『対城』、それが俺の知っているサーヴァント達が使った宝具の全てです」

「まっ、そっちの方が私としては安心なんだからさ。だから気にしないでよ、ランサー」

 

 

 責任を感じた表情に変わったランサーを励ますようにリーゼロッテが朗らかに笑った。ひょいっとベンチから立ち上がると金色の髪が風に靡く。

 

 

「となると私たちはキャスターを追い回しながら、アーチャーの正体を探るのが賢い選択だろうね」

「十分にご用心を、奴らは危険です」

「…………うん、わかってる。まさかキャスターが青髭なんて想像もできなかったよ」

 

 

 ランサーから聞いたキャスターの真名と、これから引き起こされる惨劇にリーゼロッテは思わず身震いをした。ここからは本当に血生臭い戦いになる。

 

 そして冬木のセカンドオーナーたる遠坂時臣、彼にしてみればキャスターは看過できない『悪』となるだろう。一般人を誘拐し、魔術で解体するなど誇り高きセカンドオーナーである彼が許すわけがない。つまり『キャスターが討伐される瞬間』まで、アーチャーとの全面対決を避けられる。少なくとも遠坂がサーヴァントをけしかけてくる可能性は低い。

 

 

「それまでにアーチャーの真名を突き止めて、その弱点を探せばいい。…………あり得ない話だけど、もし『弱点のない英霊』であったなら不味いだろうね」

 

 

 その場合はライダーや他のサーヴァントとの同盟によって討ち取る、つまりは力ずくで叩き潰すしかない。またはアーチャーを無視してマスターである時臣を倒すかだ。どちらも難易度は決して低くはないが、不可能ではないとリーゼロッテは結論づけた。

 

 そしてリーゼロッテはたこ焼きの包みを開けた。こちらも美味しそうだ。

 

 

「さて、ウェイバーが発見してくれることを期待して街中を闊歩していたわけだけど…………期待は外れたみたいだね、早めに同盟の話を纏めたかったんだけどなぁ」

「ライダーとの合流はなかなか困難かもしれませんね、お互いに敵を警戒している中では発見が難しいかと」

「まあ、それは何とかなると思う。ひとまず『片付け』が終わったら工房へ帰ろうか」

「アレですか」

「アレだね」

 

 

 

 今日一日、街中を歩き回って捕獲したアレを片付けておかなければならない。

 

 

「蛸みたいだね、うねうねしてるし」

「たこ焼きを食べている最中にその例えは止めてください、我が主」

 

 

 二人の目の前にあったのは、おぞましい魔力が封じ込められた結界の檻。その内部の狭い空間には蛸のような怪物三体が無理やり押し込められていた。グロテスクなヒトデと蛸を繋ぎ合わせたような『海魔』、こいつらはリーゼロッテたちが捕獲したキャスターの使い魔だ。

 

 どうやらこんな昼間からキャスターは人拐いをしていたらしく、見つけたついでに隔離しておいたのだ。あたりにも魔術の秘匿を蔑ろにしたキャスターの行為に、リーゼロッテは呆れて言葉すら出ない。

 

 

「裏通りだったとはいえ、太陽の出ているうちに一般人を襲うなんてね。なりたての死従だってもう少し上手く事を運ぶとおもうよ、本当にこんなのが英霊の端くれなの?」

 

 

 暴れ続ける化け物にも強力な結界はびくともしない。醜悪な化け物は内部で触手を叩きつけているが衝撃は外に一切伝わらない上に、あらゆる音すら遮断されている。完全に怪物たちは世界から隔離されているのだ。

 たこ焼きを片手にリーゼロッテが腕を振り上げる。

 

 

 

「じゃあ、死んでね」

 

 

 

 凍りつくような声だった。

 主の命令に従い、化け物の身体に何かが突き刺さっていく。それは『隔絶』の起源を活かす意匠が込められた魔力の刃。まるでミキサーに掛けられたように蛸の怪物が肉片にされていく。もし人間が入ったならば原型を留めないレベルでミンチにされるのは想像に難くない。リーゼロッテの『処刑用の結界』は生半可な殺戮を許さない、全ては必殺の術式だ。

 

 

「こんなもんかなっと?」

 

 

 魔力の壁が取り払われると、完全に磨り潰された魔物が液体状になって流れ出る。それを冷たく見下ろすリーゼロッテは魔術師としての表情だった。この程度ならば問題なく倒せそうだとキャスターの使い魔を評価する。

 

 

「主よ、キャスターの使い魔は死んだ個体を触媒にして増えていきます。決して奴との戦いでは俺の側から離れないように願います」

「ん、わかったよ。いざという時のための情報集めさ。基本的にキャスター討伐は君に任せるから安心しなよ」

 

 

 リーゼロッテは心配性なサーヴァントに苦笑する。ランサーは出来うる限りマスターの側を離れたがらない。おそらくは前回の聖杯戦争ではマスターの元を離れた際に『何か』があったのだろう。やりづらいと思うことも無くはない。

 

 しかし、それはそれで構わない。どのみちマスター単独でサーヴァントに勝てるわけもないのだから。

 

 

「さて、ウェイバーと合流しようか」

 

 

 残りのたこ焼きを平らげて、リーゼロッテは歩き出す。教会から各マスターへ「キャスター討伐」の指令が下されたのは、それから数時間後のことだった。

 

 


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