2話目描こうとして思いつかなくて2年間眠ってた作品
小さい頃から時々、変なものを見た。他の人には見えないらしいそれは、おそらく、妖怪と呼ばれる物の類。
「んなつめぇー!!お前また名を返したなぁ!?どんどん私の友人帳が薄くなるではないかあ!私はお前のようにヒョロヒョロになった友人帳など欲しくはないのだ!おい!聞いているのか!おい!」
近くで先生のやかましい声が聞こえる。祖母であるレイコさんの遺品である友人帳。多くの妖の名が記されているそれから、昼夜関係なく訪れる妖に名を返す。そんな作業も最近では慣れたものだ。しかし、
「ふぅ。この倦怠感だけはどうにかならないもんか。なあ先生」
「知るか!そんなことしてるお前が悪いのだ!」
怒った様子で部屋の窓から出て行く先生。薄情者めと内心思うが、もう聞こえないであろうそれは口にすることなく寝転がっていた体勢を変える。窓から吹く風が髪を撫で、このまま寝てしまおうかと思った時。
コンコン。窓は空いてるのに律儀に窓を叩く音が聞こえ、
「あのー、夏目様。名を返して頂けると聞いたのですが…」
また妖が来訪する。
流石にこう連チャンだときつい。
「わかったけど、少し待ってくれないか」
一休みしてからまた名を返そう。そう思いまた目を瞑る。
しかし、ここ最近はトラブルに巻き込まれることも少なく平穏に過ごせている。
今でこそ少しは妖との付き合い方がわかってきたし、頼りになる用心棒もいるが、昔はそこらへんの勝手が分からなかった。だから平気で妖怪がいると主張したこともあるし、周りの目も気にせず逃げたり、怒鳴ったりもしていた。周りには見えていないと分かっていたはずなのに。
そんなだから友人と呼べる存在もおらず、引き取られる先々の家族には迷惑をかけてしまった。
だから、今いる友人、そして藤原夫妻には知られたくない。せっかく得た物を失うのが怖い。いや、もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。でも、やっぱりそれが原因で心配して欲しくないんだ。
…………ただ、友人と呼べる存在などいない思い出の中で、1人だけ鮮明に覚えている人がいた。あいつも、周りからは変わり者と言われていた。
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いつ出会ったとか、そういう細かいことは覚えていない。ただ、同じクラスになったことが始まりで、お互い話すことなんてなかった。
あの出来事までは。
パリンッ
「あっ!」
「あー!夏目が花瓶割ったぞー!また割ったー!」
「いけないんだー!先生にちくろうぜー!」
各地の親戚を転々とする中で、転校してきてから間もなくのことだった。
「ぼ、僕じゃっ!!僕じゃない!そいつが僕を困らそうとして!」
俺が指を刺した先にいたのはノペっとした顔のヘンテコな見た目の妖怪。変に付き纏われていい加減困っていた。
しかし、それは俺から見たらの話。俺を囲っていた彼等には当然見えるはずも無いものだった。
「まーたくだらねえ嘘ついてるー!」
「そいつってどいつだよ!適当なこと言うなよ嘘付き夏目!」
ついたあだ名は嘘付き夏目。各地を転々としてるのにみんな口裏を合わせたかのように俺をそう呼んだ。
「僕じゃないのに。僕じゃないのに!!」
必死に何か言っても彼等には届かない。すぐにこの場から走って去ってしまおうと思った時だったか。
「っくく。あはははは」
彼の声を聞いたのは。気持ちのいいくらい純粋な笑い声だった。多分ずっといたと思うけど、その笑い声を発するまで気にも留めなかった。
「な、何笑ってんだよお前」
「急に笑い出して気持ちわりー」
大笑いしたそいつをみて、彼等も少し引いているようだった。
一頻り笑った彼は目元を拭きながら口を開いた。
「いや、悪い悪い。ちょっとツボった。気を悪くしたんなら謝るよ」
薄く灰がかった髪色の彼は続けた。
「んでも、その夏目とか言う奴の言っていることはおいといて、夏目が割ったってのは違うぜ。俺花瓶が風で傾いて落ちるの見たし」
そんなはずはなかった。俺からしたら目の前のヘンテコ妖怪がやったのを見ているのだから。なんで彼が嘘をついているのか当時の俺には分からなかったが、ただ俺に悪意があるわけではないことは感じ取っていた。
「とりあえず先生呼んできてくれよ。花瓶踏んで血出たら病院行って注射だぜ?」
注射に顔を青くした彼等は速足で職員室まで行った。
俺は少しの間ぼーっとしていたが、灰色の髪をした彼と目が合うとハッとして駆け足でその場を去った。
そんなことがあってから、彼は良く俺の目に止まるようになった。そして気付いたが、彼とはかなり良く遭遇した。登下校も方向が一緒なのかよく被る。一見普通のクラスメイトの関係だが、彼は少し変わっていた。
俺が妖怪にちょっかいをかけられている所を彼は良く少し遠くから見ていた。妖怪は俺以外には見えていないはずだが、彼は決まって笑いながらこっちを見ているのだ。
一見馬鹿にしている様に見えるが、当時の俺にもその笑みに悪意が無いことはなんとなくわかっていた。
そんな日々が続いて行く中で、当時の俺はあることを思うようになっていった。
もしかして、彼には見えるのだろうか。自分に付き纏う"変な存在"が。自分以外は見ることができない"それ"が。彼には…。
聞きたい。君にも見えているのかと。そんな思いが強くなっていったある日。
いつもの様に帰路についていた俺だが、困った事態が起きていた。
目の前には道いっぱいに身体を寝かす細長く黒い妖怪。目は真っ黒でどこか虚だった。ここを通るにはこいつを跨ぐ必要がある。が、脚がすくんで前へと踏み出すことができずにいた。
「なんだ嘘付き夏目。立ち止まって」
「今度は目の前に壁でもできたか?」
「ち、ちが!こいつが!」
「嘘ついてんじゃねーよ!」
「うぐっ!」
後ろの少年に突き飛ばされ、何歩か進んでしまう。が、なんとかその妖怪に差し掛かる前に止まれた。俺をからかっていた彼等は平気でその妖怪を超えて行く。見えないことがとても羨ましいと思った。
みんなが俺を横目で見て通り過ぎて行く。中にはヒソヒソと俺の悪口を言いながら通って行く人もいた。
しかし、その時だった。
「邪魔で通れないか。なに、帰り道は一つじゃ無いだろ。何も居ない道探してそこ通って帰ろうぜ」
肩に手を置かれ、そう話しかけてきた。ハッと声のした方を向く。
やはり、灰髪の彼だった。しかし俺は、今彼がいった内容が衝撃的だった。
「う、うん!」
彼と共に別の道を探すために引き返す。だが、とにかく話したかった俺は少し前を歩く彼を呼び止めた。
「ね、ねえ!ちょっと話さない?」
彼は快く了承した。
河川敷に並んで腰を下ろす。こんなに直接人と話すことは滅多に無く、同じ人を見つけた喜びと、経験の無さから来る緊張ですこしドギマギしていた。だが、それもやがては収まる。そして、
「あの…さ。君にも、その、見えているんでしょ?変なのが」
言ってしまえば少しは楽になった。後は返答を待つのみだった。俺の言った言葉をしっかり聞いた彼は、やはり懐疑的な表情などは一切せず、いつも見せる笑みを浮かべた。そして口を開く。
「いんや、まったく見えない」
唖然だった。
「な…んで。なんで!いつも笑って見てたじゃないか!さっきだって邪魔だから違う道探そうって言ってくれたじゃないか!!なんで!」
幼いが故の、勝手に期待して勝手に失望する心。相手からすれば、そんなものは知ったことではないのに。目元を覆って走り去ろうとした俺に、しかし彼は言った。
「だって、いつもお前が言ってるじゃないか、変なのがいるって。さっきだって"こいつが"って言ってただろ?」
動き出そうとしていた脚が止まる。さっきまですぐにでもここを去りたかったのに、今は縫い付けられたかの様に脚は動かなかった。
「だからいるんだろ。俺には見えないけど、変な何かがさ。嘘じゃないって、いつも言ってるじゃんお前」
思いを共有できる訳では無かったけれど、それでも、確かに俺はその時スッと心が軽くなった様な気がしたんだ。
彼には見えない。見えないけれど、信じてくれていたんだ。
「う、うぅ」
夕暮れの河川敷で声を出して泣いたのを覚えている。それと、日が暮れるまでただ無言で、あの笑みを浮かべて隣にいてくれた彼のことも。
ひとしきり泣き終えた俺は、目を擦りながら彼に聞いた。
「ねえ、名前なんていうの」
「え、お前知らなかったのかよ。同じクラスなのに」
「ご、ごめん」
「いやまあいいけどさ。俺の名前は川谷 耕作だ。かわたにでもこうさくでも好きな方で呼んでくれや」
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「おい!起きんか!夏目!」
ペシペシとオデコに軽い痛みが走る。目を開けると先生の顔が目の前にあった。
「先生?」
「なにが先生?だ!まったく怠けおって!自堕落な生活をしているとブクブク肥えていくぞ!ブクブクだブクブク!」
窓から射す光はすっかりオレンジ色だ。どうやらあのまま寝てしまったらしい。
「先生に言われたくない」
「なにおぅ!?私は肥えている訳ではない!フォルムが丸いだけだと何度も言っておるだろ!それに貴様!友人帳をほっぽり出し、窓は開けたままで居眠りとはどういうことだ!もしかしたら取られていたかもではないか!」
「悪かったけど、取られてないんだからいいだろ」
「そういう問題ではないわぁ!まったくお前は危機管理能力が低過ぎるのだ!正座しろ正座!第一お前は日頃から…」
説教を聞きながら先程みた夢を思い出す。懐かしい夢だった。もしかしたら、彼は当時から…
ピンポーン
呼び鈴がなり、下で橙子さんが出た音がする。細かい話の内容はわからないが、話は弾んでいる様だ。どうやら郵便などではないらしい。
少しして、下から誰かが階段を上がってきてる音がした。先生がまったく警戒をしていないので危険な妖怪ではない。まず妖怪かすら怪しい。やがて足音は部屋の前まで来て止まる。先生も話している声を聞かれない様に口を閉じた。そして、部屋の襖がスーと開く。
そこにいたのは
「いよう夏目!美味えスイカゲットしたぜ!橙子さんに切ってもらったから一緒に食べようぜ。っと、ついでにニャンコ先生も」
「川谷!」
「スイカ!?食うー!スイカ食う!スイカー!」
窓から拭いた風が風鈴と灰色の髪を揺らす。
友人などと呼べる存在はいなかった幼少時代。しかし、彼は確かに今は友人なのだ。いつから友人だったか、なんだか恥ずかしいからあまり考えないけど、少なくとも俺は、あの時から…