タイトル通りで、ネムノキの結婚話です。
有料限定のため、見送った無念さで一気に書き上げてみました。

副題は

~遥かなるヴァージンロード~

それではどうぞ!

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このお話は、害虫の脅威が去った世界でのお話です。


JBネムノキを諦めた人たちへ捧げるお話

 此れは、遥かなる未来 とある選択をした騎士団長と、一人の花騎士の、泡沫(うたかた)のお話

 

 

 

 

 弦楽器が奏でる甘く賑やかな調べの中を、二人の女性が静かに歩を進める。

 一人は白を基調とした男性向けの礼服に身を包みながら、女性であることを示す胸のふくらみは豊か。装いとの矛盾を蠱惑的にも俗にも下品にもせず、毅然としたオーラでのみドレスした凛とした女性、ネライダの首魁、カルダミネ・リラタ。

 一人はベールをまとった花嫁姿の女性、ネムノキだ。フリルをふんだんにあしらった可愛らしいデザインのウェディングドレスは、小柄で華奢な彼女の可憐な魅力をより一層強調していた。純白ではなく、裾に向かうにしたがってうっすらと青みを帯びた色合いは、水気を帯びた白紫の髪と、流れるように一体化しているかのよう。水の妖精が嫁入りする姿だと説明すれば、信じる子供も多くいるに違いなかった。

 

 花嫁の手を引き、エスコートしてきたカルダミネ・リラタは、会場中央へ登壇すると、そこで待っていた新郎――『元』騎士団長へと、ネムノキを引き渡した。

 

「おぉ、眠り姫様。今ここに、新たに夫婦とならんとする二人が訪れました」

 

 牧師を務めるのはスパラキシス。普段のおちゃらけた様子は微塵も見せず、粛々と勤めている。

 

「新郎よ。あなたは新婦を

 病める時も 健やかなる時も

 富める時も 貧しき時も

 妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

 

「はい。誓います」

 

 団長は万感の想いをたった一言に込めて誓った。

 そう、これはセレモニーの、仮初の挙式ではない。正真正銘の、二人の結婚式だった。

 

「新婦よ。あなたは新郎を

 病める時も 健やかなる時も

 富める時も 貧しき時も

 夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

 

「はい。誓います」

 

 ネムノキもまた、涼やかな声を凛と張って応えた。

 

「よろしい。それでは眠り姫様の前に、誓いの証となる口づけをかわしなさい」

 

 新郎新婦が向き合い、新郎が新婦のベールを上げた。

 見慣れた顔。何度も見つめた顔。かつての女王でもなく。今は一介の花騎士でもない。

 化粧で大人びてはいるが、まだわずかにあどけなさを残した少女の顔。頬にわずかに赤みがのぞいた、ネムノキのはにかみ顔がそこにあった。

 少しの間をお互いに見つめ合い、そして合図もなく同時に、ネムノキは背伸びをし、団長は彼女の肩を抱き寄せた。

 

 そして、二人が夫婦になろうという、その時――!

 

 

――――バタァン!!

 

 

 神聖な静寂を誰かが引き裂いた。

 両開きの入場口が突然開け放たれ、参加者の注目が一つに集まる。

 

「何者だ!?」

 

 クローブが、ホルムショルディアが即座に詰めたが、会場の驚愕と敵意まざりの視線を一身に受けるべき何者かは、そこにはいなかった。

 

「逃がすな!追いなさい!」

 

 カルダミネ・リラタの号令を受け、クローブとホルムショルディアは外へと駆けてゆき、一拍遅れてパピルスも続いた。警備にあたっていた他の衛兵らも、会場に異変はないかを順次巡回しはじめた。

 

「いま、足音とか聞こえた……?」

「誰かマジシャンでも呼んでいた、とかはないですよね」

「え、サプライズ演出じゃないの? 違うの」

「不審者だよ不審者!英雄か、あるいは王族を狙って来たんじゃないのか」

「あれじゃないか、ひょっとして害虫の幽霊とか!」

 

 場が騒然とするなかで、団長はネムノキをより強くかばうように抱き寄せ、害虫に相対してそうしていたように、鋭く周囲を見回していた。

 

「警備に任せても大丈夫だとは思うが……無事かネム?……ネム?」

 

 そこで団長は異変に気付いた。おそらく、他の人は気づかないだろうが、はっきりと異変と断言できる、ネムノキの様子の違いがあった。

口元を手で押さえ、頬には一筋の涙を溢れさせ、潤んだ瞳はまっすぐに、開け放たれた入場口を見ていた。

 何かあったのか? そう声をかけようとしたが、ネムノキは呼びかけにすぐに気づいて、すっと自身の涙を指でぬぐった。

 

「ごめんなさい、胸がいっぱいになった所に音がして驚いたものですから、涙があふれてしまったようです。お化粧、崩れちゃいましたね」

 

 何かを誤魔化した、と感じたが、深くは追及しないことにした。もし、何かに気づいて、それが本当に危機のあるものだったら、すぐに話してくれるはずだ。この件は落ち着いてからゆっくり話を聞けば大丈夫そうだと、団長は判断した。

 

 その後、会場に変化はなく、誰かを追っていったネライダの3人も、何の痕跡も得られずに戻ってきた。そもそも、扉が開け放たれた時に誰かを見たという目撃情報もなく、突風か扉の立て付けが悪かったのではないかという話にまとまり……念のため警備に回る者を増やして式は再開された。

 再開された式はつつがなく進行し、祝いのパーティーも大いに盛り上がった。

 騎士団関係者やナズナらのみでなく、王侯貴族も多く参列した式では、新郎新婦も代わる代わる訪れ訪れられの挨拶の波濤と乾杯のお酒に、へとへとになるまで笑い交わした。

 

 

 いつ陽が落ちて、いつ家路についたのか、団長は覚えていられなかった。

 

 

 だから団長は、自分がふたたびヴァージンロードの終着点に一人立っていることにも疑問を抱かなかった。

 

 あたりは歓声と拍手と、甘く賑やかな弦楽器の調べに包まれている。

 無人の式場の入場口からは、フリルをふんだんにあしらった、ともすれば妖精とも見間違えそうな可憐な花嫁姿のネムノキが、礼服の男性に手を引かれ、静かに歩いてくる。

 一歩一歩、歩んできた過去を確かめるように、ともすれば一回目よりも時間をかけて。

 一歩、また一歩と近づいてくるたびに、周囲の音も静かになっていった。

 

「あなたは……?」

 

 ネムノキが近づいてくるにつれ、エスコートする男性の容姿も明らかになる。

 礼服のデザインそのものは、カルダミネ・リラタが着用したものと同じだった。当然胸のふくらみはなく、代わりに肩幅があった。体格は、団長と比べて線が細く武人には見えないが、それでも文官よりは鍛えているように見えた。丸眼鏡の奥にたたえた細めの目も口元も微笑みをなし、柔らかい物腰の印象がある。

 

「父です」

 

 隣でネムノキが答えた。なぜかベールが厚く、その表情は見えなかった。

 ネムノキの父は、花嫁を新郎に引き渡すと、その足で牧師の位置についた。

 

「ネム」

 

 予想よりも低く、予想よりも優しい声で、牧師は娘を呼んだ。

 

「あなたは新郎を

 病める時も 健やかなる時も

 富める時も 貧しき時も

 夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

 

「はい。誓います」

 

 ネムノキの返事に、牧師は満足げにうなずいた。

 

「新郎よ。あなたは娘を

 病める時も 健やかなる時も

 富める時も 貧しき時も

 妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓ってくれますか?」

 

「はい。誓います」

 

 この状況に少しの戸惑いはあったが、それでも団長は淀みなく誓った。

 牧師はやはり満足げにうなずいた後、団長の目をじっと見つめてきた。

 

「娘を、よろしくお願いします」

「必ず、幸せにします」

 

 ネムノキが、こちらを見た気配があった。

 

「よろしい。それでは世界花の前に、誓いの証となる口づけをかわしなさい」

 

 新郎新婦が向き合い、新郎が新婦のベールを上げた。

 見慣れたはずの顔、何度も見つめてきた少女の顔は、初めて見る美しさがあった。

 瞳を潤ませ、頬に一筋の涙をこぼしながら、ただ真っすぐにこちらの瞳の奥を見つめている。

 そのまぶたがすっと伏せられると、団長は肩を抱き寄せた。

 誓いの口づけを終えると、ネムノキは腕を絡め、体を寄せてきた。

 ネムノキの父の見送りを背に受け、二人は一歩ずつ、バージンロードを歩きはじめる。

 

「父がいたんです」

 

 数歩のところで、ネムノキが口を開いた。

 

「信じてもらえないかもしれませんが、あの時、入場口が開いた時、そこに父の姿があって、笑って、くれていたんです」

 

 ネムノキの声は、次第に上ずったようになっていった。

 

「だから、あなたと勝ち取った平和を、あなたと歩んでいく幸せを、父にも見てほしくなって、それで、わたくしは、こんな夢を! だからっ、あなたと父が、言葉をかわした事が嬉しくって! それはわたくしではなかったから!」

「信じるよ」

 

 団長はもう一度ネムノキを抱き寄せ、その背を優しくさすった。

 

「お父さんはいたんだよ。誰かがいた痕跡もなかったし、扉も不具合はなかったらしい。だから、そうじゃないと説明がつかないだろう?」

 

 ネムノキは言葉を出せず、涙をぬぐいながら何度もうなずいた。

 

 団長はヴァージンロードを振り返った。その先は、もうほとんど夢の白にのまれて消えかかっていたが、ネムノキの父が、ハンカチで目元を押さえている姿がうっすらと見て取れた。

 

(幸せにします、必ず)

 

 見送る彼女の父親に、もう一度心で誓うと、ネムノキがきゅっと強く抱き返してきた。

 あぁ、夢で思った事は筒抜けになるんだった。

 団長は少し恥じらいながらも、ネムノキを抱きしめ、そして体を離した。

 

「さぁ、行こう」

「……はい、あなた」

 

 帰りのヴァージンロードを二人は歩き始めた。

 おそらくは、目覚めが近い。もう、会場はウェディングドレスのような白に覆われて見えなくなってしまっている。やがて白が二人を包み、足元の赤が見えなくなっても、お互いの姿が見えなくなっても、二人は歩き続けた。

 腕に温もりが繋がっているから。道はなくとも『未来』へ向かって、どこまでも、どこまでも……

 




ネムノキパッパのボイスイメージは速水奨さんです 異論は受け付けます


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