男嫌いのオルシア姫は、あらゆる生物の声を聞く力を持つイーラス神に仕える巫女。ある日、星の谷間に異形の生き物が攻め込んできた。

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雷鳴る星の谷間

「また敵の稲妻が光ってる、もうすぐそこまで」

 

 ここは星の谷間。星の大河がいつも谷の上にあり、イーラス神の子供達を見守っている。

 

「ええ、でも大丈夫。西の砦にはサークルク王子がいます、負けやしませんよ」

 乳姉妹で侍女のゾーイはキッパリと言い切る。

 

「そうかしら」

私、オルシア姫は瞳を曇らす。嫌な予感がした。

 

 私の母はイーラス神に仕える巫女だった。

世界中のあらゆる生き物の声を聴く力を持ち、王や民達に告げ知らせ、幾度も国を救ったと言う。私にもその力は受け継がれた。

 

 母は、生まれる前の胎児の声さえ聞けた。

「生まれる前の赤ちゃんはね、自分の未来を神様から教えてもらって知ってるの。

生まれる時には忘れてしまうけれどね。

お腹にいた時、お前の未来は愛する一人の女の子と、愛する一人の男の子に守られて、とても幸せなのだと言っていたわ」

 

 愛する女の子とはすぐに会えた。でも、男の子とはまだ出会えていない。

この先も会えるとは思えない。母は私を慰めるためにきっと嘘をついたのだろう。

 

 

 

 私の頭にあの異形の生き物の声が響いたのは半年前。

その生き物は、自分以外の種族は全て勝手に殺して良いと考えている、神をも恐れぬ野蛮な生き物だ。

 

 彼奴らは生き物を殺すのを楽しんでいる。

皮を剥ぎ、“標本”という呼び名の、生きていた時と同じ姿の作り物を並べ、コレクションするため殺し、肉は捨てる。

 

 我らは食べる以外、命を奪うことはしない。それですら、イーラス神に許しを請い、ひとかけらも無駄にせぬよう大事に扱う。命の尊厳とはそういうものだ。

 

 虫や鳥に飽き足らず、ついに我が同族が手にかけられた時、国を挙げての命を賭けた戦いが始まったのだ。

 

 

 

「姫さましっかりしてください! 

許嫁の姫さまが信じなきゃ王子だって力が出ませんよ。

それに彼はイーラス神に祝福された次代の王様なんですよ。

神に守られてるんですから大丈夫ですって」

 

「そうね、悪い方にばかりに考えるのは私の嫌な癖ね」

 ゾーイのなんの根拠もない自信と明るさには、いつも勇気づけられる。

 

 私の母は私が幼い頃に亡くなった。

 乳母だったゾーイの母が私を守り育て、二人は片時も離れず一緒に育ったのだ。

 

 強くて大きくて、黒い男勝りのゾーイ。

 弱くて細くて白い私。

 同い年のゾーイはいつも私を護ってくれる。その辺の男よりずっと強い。

 

「ゾーイは一生姫をお守りします。だって私みたいなブス、嫁にもらってくれる男なんていませんもの。だからずっとお側に置いてくださいね」

 

 違うのに。ゾーイ、貴女に男達の考えていることを見せてやりたい。

 取り繕った外側とどれほどかけ離れた欲が渦巻いているか。

 

 一夫多妻のこの国では、女は男のトロフィーだ。

 男達は女をどう利用すれば得をするか、出世ができるか値踏みする。

 真っ黒な自分勝手な心で、女に突っ込むことばかり考えてる、いきり勃ったペニス!  

 女を“物”としか思ってない。

 

 男達にチヤホヤされる私を見て「姫さまの半分でいいから、白かったら、細かったら……」と悲しむゾーイ。

 そうやって貴女の綺麗な心が萎んでいく。

 

 違う、男達が見てるのは私の外側だけ。私が何を考え、どう感じているかなんてどうでもいいの。

 世界で一番綺麗な心を持ってるのは貴女なのに。

 

 ――そして王子様とお姫様は結婚し、末長く幸せに暮らしました。

 めでたしめでたし――

 

 貴女のお母さんの聞かせてくれた昔話をまだ信じてる。

「いつか王子様が……」

 その夢を捨てきれない、可哀想なゾーイ。

 知っているのは私だけ。

 

 だから戦いの祝福と部族間の協定のため訪れた、サークルク王子を一目見て、貴女は恋をした。

 黒い肌色を薄くするほど、首まで真っ赤になって。

 

 

 彼は確かにハンサムだった。姿も心も、こんな真っ直ぐな男を見た事がない。

 心は国を思う理想で溢れ、そして私の美しさに夢中になっていた。

 

 彼が私に

「第一夫人になってほしい」

と結婚を申し込んだ時、

「おめでとうございます、なんてお似合いのお二人なんでしょう」

 祝福するゾーイの、その黒い肌の中の心が涙でビショビショなのに、私は気付いていた。

 

 だから私はこう言った。

「お受けします。ただ、一緒にゾーイも娶って下さい。

 貴女には世継ぎが必要です、でも私は細すぎて子供は望めません。

 代わりにゾーイに元気な子供を産んでもらいます。

 子を産む以外のことでしたら、私は貴女のご期待に添えると思います」

 

 サークルク王子は一瞬凍りついた。それほどゾーイは男の目には醜く見えるのだ。

 彼の中で天秤が揺れた。

 

『生まれるのが男なら強い子になる。一晩我慢すりゃ良いんだ』

 利益が出る方を選び、「承知いたしました」と王子は答えてくれた。

 

「ひ、姫さまなんて事を」

 

 真っ赤になってガタガタ震えるゾーイに、

「私の本当の気持ちよ。ゾーイ、貴女は私のためなら何だってしてくれる。

 私も貴方のためならなんだって出来るの。二人で彼の子供を育てましょうね」

 

 彼は戦が終わり次第、結婚式をあげようと言って戦の最前線に旅立っていった。

 ――ほんのひと月前の事。

 

「オルシア姫!」

 

 突然頭の中に、サークルク王子の断末魔の悲鳴が鳴り響いた。

 敵の稲光の鞭に絡め取られ、倒れる王子の姿。総崩れになる同胞達。

 

「敵がこっちに向かってる!」

 私の悲鳴に、薄々戦況を察していたゾーイが叫ぶ。

 

「逃げるんです、そしてサークルク王子が助けに来るのを信じて待ちましょう!」

 

「ええ、そうねゾーイ」

 彼は死んだと言えぬまま、彼女に導かれ、森を丸一日逃げた。

 

 

 ――オイ見ロヨ、凄ク綺麗ナ白イノガ一匹イルゾ。必ズ仕留メヨウゼ――

 

 侵略者の声が頭の中に響く。後ろに敵が乗った動く入れ物が迫ってきた。

「畜生! 侵略者どもめ、姫さまもっと早く走って」

 

「もうダメ。彼奴らの目的は私よ、ゾーイだけでも逃げて」

 私は諦めてその場に座り込んだ。

 

「ダメです! 必ず王子様が助けに来てくれますから」

 可愛いゾーイ悲しいゾーイ、まだおとぎ話を信じてる。王子様は来ないのよ。

 

 敵の稲妻の鞭が走る。ゾーイが私の前に立ち塞がった。

 

「姫さまに触るな!」

 ゾーイの一声の衝撃で、周りの木々がはじけちった。

 

 全身を覆う黒い鱗が棘のように逆立っていた。

額に生えた二本の角で敵に突進し、ドアをへし折った。

敵の乗った動く入れ物が斜めに傾ぐ。

男をも凌ぐゾーイの力、そうやって悪いものを私に近づけないよういつも護って来た。

 今まで彼女の爪と牙で退けられないものなどなかったのだ。

 彼女の翼が羽ばたき、竜巻を起こす。さしもの侵略者もジリジリ後退しだした。

 

 その時横から稲妻が走る。光る鞭がゾーイの翼に巻きつく。

 

 一本、二本、敵の援軍が現れたのだ。ゾーイの凄まじい咆哮とあがき。

 

「姫さま逃げて!」

 

「ゾーイ!」

 光る鞭が私の首に巻きついた。稲妻に打たれ、私の意識が遠のく。

 

 

 気がついた時、彼奴らが“檻”と呼ぶ柵の中にいた。彼奴らの声が頭に響く。

 

 ――ドウダ、デカクテ立派ナ雄ダロウ。博物館ノ奴ラ、幾ラ出スカナ。

 

 ――マッタクダ、コンナ辺境デ“伝説ノどらごん”ソックリノ生キ物ニ出会ウトハ、ツイテタナ。雌ノ標本モ、今日捕マエタデカイ方デ作ルノカ?

 

 ――イヤ、白イ方ニスル。デカイ方ハ、繁殖用ニ連レテ行コウ。コッチノデカイ雄カラ、タップリ精子ヲ絞ッテオイタ。卵ヲ沢山産マセテ、金持チニ高ク売ロウ。

 

 ――オイオイ、コイツラ胎生ダゾ。デカイ乳房ガアッタジャナイカ。

 

 ――ソウダッタ。アレミテ初メテ雌ダッテ分カッタンダ。アンマリ暴レテ鱗ガ剥ガレタカラ、標本ニ出来ナクナッチマッタンダ。チェッ。

 

 ――白イノヲカバッテ、必死ダッタヨナ。姉妹ダッタノカナ。

 

 ――マサカ、全然似テナイゼ。白イ方モ、ソロソロがす入レテ始末シテオコウ。明日ニハ出発シテ、仕上ゲハ帰リノ船ノ中デヤロウゼ。

 

  

 ガスで始末して……? 意味がわからない。

 痺れる頭を振って薄眼を開けた時、檻の隙間から見えたのは

 翼を広げ、黒い鱗を光らせて堂々と立つサークルク王子の“標本”だった。

 

 檻の前のシャッターが閉まり、シューシューと空気の漏れるような音がして、イヤな臭いが立ち込めた。

 息が苦しい。そうか、私も標本にされて王子の隣に並べられるのだ。

 お似合いの二人だと、見るものは言うだろうきっと。

 私の気持ちなどお構いなしに。

 

 ああゾーイ。私達、お伽話のように“めでたしめでたし”には、なれなかったわね。

 でも、貴女の恋は実った。愛しい男の子供が産める。

 一緒に育てられなくてごめんね。もう息が出来ない、何も見えない‥‥。

 

 

「姫さま〜!」

 激しい爆発音と熱風で意識が戻った。今のは…… ゾーイの声?

 

「良かった、姫さま生きててくれたんですね」

 

 檻をへし曲げ、ゾーイが立っていた。周りは火の海、ゾーイが火を吹いていた。

 火を吹けるのは、ドラゴン族の男だけなのに!

 

「ゾーイどうして?」

 

「喋ってる暇はないですよ、逃げるんです」

 ゾーイは、鋭い両足の爪で私を掴むと飛び立った。

 激しい熱から逃れて風が、心地よい空気が、肺の中に流れ込む。

 

「私生きてるんだわ」

 彼奴らの燃えさかる“船”が遠く眼下に消えていく。突然ゾーイが泣き出した。

 

「姫さま……彼奴ら、ひ、ひどいんです。彼奴らの雷に打たれて私、気を失っちゃって。

 気がついたら両足ロープで縛られて、大股開きにされてたんです。

 その上女の子の大事なとこに、何か冷たい棒みたいなものをつっこんできて。

 ――結婚するまで大事に取っておいたのに!――

 私カッとなって、大声で叫んだら、何故か火が吹けたんです。

 周り中火の海になってロープも切れたから、彼奴ら踏み潰してやった。

 火を吐きながら姫さま探し回ってたら、そうしたら……

 姫さま、サークルク王子が、皮だけにされて、標本にされてて……

 うわあああああー」

 

「ゾーイ、ゾーイ、可哀想に」

 不意に、ゾーイのお腹の中から声がした。

 

「可哀想じゃない。お母さんは僕が守るから大丈夫。

 母さんが火を吹けたのは、僕が神様に願ったから。

 僕の未来の力を少しだけお母さんに分けてくださいって。

 姫さまも僕が守るよ。だって僕はあなたの愛する男の子だもの。

 僕が大人になるまで、もうすこし待っててくださいね」

 

 初めて胎児の声を聞いた、未来をイーラス神から授かった声。

 ああ母の言った事は正しかったのだ。

 

「あは、あはははははは」

 笑いが込み上げてきた。

 

「なんです? 私がこんなに悲しんでるのに姫さまったら酷い!」

 珍しくゾーイが怒った。

 

「違うのよゾーイ、説明したげる。あのね……」

 気持ちのいい風が吹いている。わたしたちふたりの未来に向かって。

 

                   

 

 

 

 

 

 

 

 


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