兵士が戦地から帰ると、家は空襲で焼け落ち、迎えてくれる家族は誰もいなかった。ただ庭の隅の宵待草が一輪咲いているだけなのだった……

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宵待草の咲く時

 綺麗な満月が、空襲で焼け落ちた家をくっきりと照らしていた。

 

「なんてことだ。やっと帰ってきたのに……」

 軍服姿の男はがっくりと膝をつく。

 

 

 残っていたのは野菜畑と、家に向かう道の入り口に、ポツンと残った郵便受けだけだった。

 戦争の始まる前は、一面が花で覆われた庭だった。

 食料が不足して、母の大事にしていた牡丹や石楠花の代わりに、さつまいもや、かぼちゃ、大根が植えられたのだ。

 そうまでして戦い続けた挙句がこれなのか?

 

 

「母さん、父さん、姉さん……」

 

 読んでも返事はない。

 水をもらえずに枯れた畑の萎びた菜っ葉が、風にカサカサと鳴るだけだった。

 

 

 ふっと畑の端っこに黄色いものが見えた。宵待草だった。

月の出とともに咲きだす夜の花。姉の好きだった花だ。

 

 

――待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ

 

蕾が小さく身をよじる。ふるり、ぽん。

           ふるり、ぽん。

           ふるり、ぽん。宵待草が花ひらく。

 

男は花に手を伸ばす。

その手が花を突き抜けた。

月が雲に隠れ出す……。

 

――今宵は月も出ぬそうな

 

 

 

 

 朝になった。郵便配達が一通の手紙を持ってやって来た。

 

 家の前に立つと、ちょっと考えてから郵便受けに手紙を入れて帰っていった。

 それは南方に出征していた、この家の長男の戦死を知らせる手紙だった。

 

 

 日が中天に登る頃、宵待草は首を垂れ、静かに花の命を終わらせた。

 

 

 *******               

 

終戦記念日に書きました。宵待草(マツヨイグサ)は、その辺に咲いている雑草ですが、夕暮れになり暗くなると同時に本当にポンと音を立てる気がするほど一瞬で咲き、陽が高くなると萎みます。たった一夜限りの花の儚さは、命の儚さに通じると思い書きました。昔々の20代の頃の「百物語」の一本です。

 

その頃は稲垣足穂に傾倒していて極端に短いものを書いていました。

 

○私が本を閉じた時、影はページをめくっていました。続きが読みたかったようです。

 

○汽車の窓から霞を見ていたら、目の形になって見つめ返してきた。

初めましてと声をかけたが、トンネルに入ってしまったので口の形をして返事をするところは見逃した。

 

 

その中の一本、「赤い靴」これをうっかり書いたために10本もの赤い靴シリーズををかくはめになりました。

赤い靴シリーズの①の原案になります。

 

○あまりに鮮やかな赤に心惹かれて、必要もないのに買った赤い靴。

その鮮血のような赤は、褪せるどころか日増しに鮮やかになっていくように思えます。

ある日思ったのです、この靴は履くものの血を吸って赤いのではないかと。

そういえば昨日、踵に血が滲んでいました。

ただの靴擦れだと分かってはいるのですが……。

 

 


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