暗い家の中を、覚束ない足取りで歩いていく。
プラントにも夜はある。そこに生きる人々がいるのだから、昼と夜の概念が作られるのは当たり前であるが、そんな夜の中人が廊下を歩いている。
「行かなくちゃ、皆が…。」
ヨロヨロとしながらも昼間の内にその道取りを、その類稀な頭脳によって覚えている。
一人でこの家を出て、何が出来るのだろうか?
ラクスがひた隠しにしようとしている事を、キラはどうしても我慢ならなかった。
キラを失いたくないと、そう思っているラクスはキラを束縛し、地球に帰ろうとしているのを、妨害しているように昼間は動いている。
だからこそ、彼はこうやって動くしか無いのだ。
だが、この家は誰の家だろうか?
その結論は直ぐに、目の前に現れた。
「おや、キラ・ヤマト君。どこへ行こうというのかな?」
シーゲルは夜中、仕事を片付けつつ飲み物を飲もうと歩いていると、部屋から逃げ出したキラを見つけた。
キラにとっては、最悪の相手だと思うだろう。
一人娘を大事に育てる人間が、娘の願いを叶えようとするのは当たり前だからだ。
「そう警戒することもない、ラクスから逃げているのだろう?」
「……、い、いえ。」
自分が何をしようとしているのか、直ぐに看破された事にキラは冷や汗を流すも、シーゲルは別にそれを咎めようとすることもなく、キラに手招きをした。
「行きたいのだろう?地球へと、助けたいのだろう?友人を。ならば、ついて来たまえ。」
「え…?」
止められるかと思われたが、逆に先導し始めたシーゲルにキラは目を見開いた。
どうしてそんな事をするのだろうかと。
「私はね、悔いているんだ。NJを地球に降下させた時、もっとアレをよく知っていればあんな書面を許可することもなかった。お陰で10億もの無実の民の生命を奪ってしまった。」
先導しながらそう話し始めた彼の後ろを、ゆっくりと着いていくキラはその後姿に哀愁を感じると、目の前の相手に誤解をしていた事に気が付いた。
プラントの最高議長に選出されるほど優秀な人間ならば、自分等とは全く違う人間なのではないかと、内心思っていた自分を馬鹿馬鹿しいと、毒づいた。
目の前にいる大人は、結局自分と同じ様に失敗を悔いるようなそんな普通の人なのだと。
与えられた軍服に身を包み、身分を偽り移動した先に到着するとシーゲルは改めてキラに問うた。
「ここだ、ここに入れば後戻りはできない。それでも、入りたいかね?」
「僕は…、僕は友達を助けたいだけなんです。だから、どうしてもその力が必要なんです!」
それを聞いて満足そうに口元を歪めるシーゲルは、その扉を開くとキラを手招きし入って来いと言う。
「それは世界を変える。そんなものを搭載している。コレをパトリックのような人間に、復讐者に与えてはならない。
君ならば、友人の為に誰かのために戦える君ならば、預ける事は出来るだろう。」
「コレを…僕にですか?」
中にあったものは2機のMS。それも、ストライクやガンダムのような双眼を持ったそれが。
「君ならば、直ぐにコレの意味を理解出来るだろう。」
「ありがとうござ」
「待ってください!」
悲鳴のような言葉が、そこに響き渡る。
そこに現れたのは、血相を変えてキラに近付いていくラクスであった。
「キラ様早くここから出ましょう。」
キラの腕を掴むと、グッと引こうとしてそれが止められたことを理解する。
それを信じられないと目で訴えるも、キラはそれを見て静かに首を横に振った。
「どうして…、何故ですか!そんなにもボロボロなのに、何故貴方がいかなければならないのですか!」
ポロポロと涙を目に浮かべながら、キラにそう言う姿は実に痛々しいものであったが、キラはそれに動じなかった。
「コレが、僕の出来ることだから…。だから、ね?ラクス、行かせてよ。僕は護りたい人たちがいるんだ。」
そう言うと、掴まれていた腕を振り払いパイロットスーツに着替える為に、周囲に現れたシーゲルの協力者達に着いていこうとする。
「その中に!私は…、私はいないのですか!」
キラはその言葉を背に受けながら、ゆっくりと振り向く。
「いるよ、だからラクス。もしも、助けが必要なら僕は必ず君を助けに行く。だから、それまで待ってて。」
その言葉を告げると、キラはその場から姿を消し直ぐに赤服のパイロットスーツに身を包んだ彼の姿が現れた。
「シーゲルさん、ありがとうございます。」
シーゲルは首を縦にふると、すぐ近くに来ていたラクスの頭に手を回し静かに胸を貸す。
すると、ラクスは静かに泣き始める。
「必ず生きてラクスを護ってくれ。」
「必ず、約束は守ります。ラクス……、行ってくるよ。」
その言葉とともに、キラは目の前に仁王立ちしているMSの内の一機、フリーダムへと乗り込むと直ぐにコンソールを立ち上げる。
そして、その機体を自由自在に動かすと誰もいなくなっていた、格納庫からコロニーの外側へと機体を向かわせた。
コロニーの外へと出ると、強奪された事を悟った敵の反撃を歯牙にも欠けずに無力化すると、その機体を使って地球へとその足を向けた。
それを見送るシーゲルは、ラクスを伴って何処からか取り出した帽子を目深に被ると、彼女を連れてそこから姿を消した。
二人の逃亡劇が始まったのだ。
……
休暇のような日々が過ぎ去って行き、そろそろ現実が顔をもたげる。
フレイは家の用事を片付けると、やれやれと思いながら自室へと向かっていた。
「何その格好…、似合ってないわよ。」
「付き人であれば、この程度の服装をしなさいと。そう言われました。」
自我の無さそうな顔をして、カタリナがヴィクトリアンスタイルのメイド服を着ていた。
歩き方といい、立ち居振る舞いと言い全く形に嵌まっていない為に、途轍も無い違和感があった。
何より
「アンタは私の部下であってメイドじゃないんだから、そんなの着なくて良いのよ。
それよりも、明日早朝から移動するから準備しなさいよ?」
「はい…、それはもう済んでいます。」
そう言うとフレイの後ろにちゃっかりと着いて歩いていく。
まるで、主人に付き従うメイドのようだが、その歩幅は一定であり見る人が見れば一発で軍人だとわかるだろう。
それに違和感しか感じないフレイは、溜息を付きながら歩みを進めた。
翌朝、二人はアルスター邸を出ると車に揺られベルファストの軍港へとたどり着く。
そこに待っていたのは、ブルーコスモス派閥の軍人達。
それも、所謂アズラエルの腰巾着と言われるような、そんな者達だ。
「ようこそおいでくださいました、アルスター中尉。」
襟首に着いている階級章は大佐を現しているのだが、かなり格の下がるフレイに対して下手に出ている辺り、ブルーコスモスの重鎮であるアズラエルの影響力というものは凄まじいところがあるようだ。
現に、フレイはアズラエルから腹心のような立場と匂わされているようであるからか、丁重なおもてなしをしているというわけだ。
「フレイ・アルスター着任いたします。」
そんな相手の態度が気に食わない彼女は、そうやって遠ざけるように敢えて下手に出る。
厳格な軍人であればこれで良い顔をするだろうが、アズラエルの腰巾着であろうこの男は、なんというか困ったような顔をした。
「……、まあ良い。おい!カタリナ少尉だったな、貴様の事はアズラエル氏から充分聞いている。アルスター中尉とは違い、コーディネイターである貴様には容赦はしない。良いか?」
「はっ!心得ております。」
その言葉の通り、綺麗に敬礼をする彼女はフレイと違い、やはり軍人というものなのだろう。
「さて、積もる話もありますがコレから貴女には我々と共にアフリカへと向かって頂きます。
まずは、貴女に与えられる機体を紹介したく。
おい、技術士官案内しろ。」
「はい、こちらについて来てください。」
10人程の塊となって軍港内を歩いて行くと、そこかしこに見たこともないMSが起立していた。
動きは緩慢であるが、その量はザフトの比ではない。
どれ程の資材がこれだけの為に掻き集められたのか、コレを隠し通すのにどれ程の欺瞞を行っているのだろうか?
暫く歩くと一つの倉庫に辿り着く、そこにはグリーンシートに包まれた一機のMSが横たわっていた。
「では説明を始めていきます。」
開発を担当したのであろう技術次官が、それを淡々とだが興奮するように、その機体の紹介を始めるとフレイはその機体がどういったものであるのか、なんとなく理解することができた。
いや、寧ろそんな話を聞かなくとも目の前にいる機体に触ることができれば、きっと大体の事がわかるのだろう。
『装甲も攻撃力も標準的だな、後は後ろの重りがAMBACにどれだけ響くかと言ったところだな。使いようによっては、良い動きをするが。』
『要するに私の腕次第って事よね、PSが無いから油断してるとそのまま撃墜されるかもってところも。』
「装甲材は、従来のそれとは違いアズラエル理事の発掘作業により得られた情報から、チタンとセラミックを中心とした複合材装甲とすることとなり、ダガー系列を倍する強度を誇ります。
また、装甲重量は従来の3分の2に抑えられたことにより、装甲表面にはアークエンジェル級と同様の発電システムを、より小型化したもの取り付けております。その為、継戦能力は従来機を倍するものとなる試算です。」
ペラペラと話を進めているのだが、フレイはそれを話半分に聞いている。
「ねぇ…、乗ってみて良い?」
「え…?シミュレーションをしないのですか?操縦系統は、従来機とは少し違いますが…。」
否定されない、ならばと勝手にコックピットがあるであろう場所へと行くと、セキュリティがかけられているそれを、まるでセキュリティを知っているかのようにロックを解除して、スルリとコックピットへと降りる。
コックピットの形状は、ガンダムやストライクのような所謂
周囲一体が映像として出力される。
「ふぅん、これね。」
と言うと、いきなりコンソールが立ち上がり機体に火が灯る。
双眼が緑に光ると、ゆっくりとそれはシートをずらしながら立ち上がる。
後方に着けられ、横に畳まれていたウィングユニットが、機体バランスを取るために後ろに向くと、その機体は直立した。
非PS装甲機である証の塗装が施された機体。
『リニアシートを真似たのかな?だが、これではあまり効果は無いが。』
『リニアシートが何なのか分かんないけど、そんなに良いのなら欲しいわよねぇ。』
『コックピットシートの後に、俺を入れる場所がある。出撃の時には入れてくれよ?』
『わかってるわよ。』
誰にも聞かれない、自分達だけの会話はほんの一瞬の出来事だがそんな彼女とは裏腹に、何も教えていない機体をいとも簡単に操縦した事に彼等は興奮していた。
武装を前にして、改めてこの機体がどういったものなのかフレイは理解した。今までの機体で、足りないものを創り出したのだと。
……
他人の家で寛ぐような事は慣れている。
他人の土俵を荒らすことなど、日常茶飯事でありそのまま自分の領域に引きずり込むのもお手の物、アズラエルはそう言う事を得意としていた。
得意としていたのだが…
「いやぁ…、久し振りに冷や汗を掻きましたよ。」
プライベートジェットに乗り込みながら、一人そう口に出す。仕事も一段落し、また別の物事をやらなければならない。
この男は、戦争が始まってからというもの休んだ試しがないのだ。
休むとすれば毎回このような移動時間位なもので、それ以外は寝ても叩き起こされ、起きていても様々な物を処理しなければならない。
そして、今回のアルスター家の件もまた彼なりに仕事の一環であった。
「まさか、アレに気が付くとは思いませんでした。いやはや、小娘だと侮っては行けませんね。カエルの子はカエルと言いましょうか…。」
彼が何故冷や汗を掻いたのか、それは彼がアルスター邸でフレイと一対一で話をしたところから始まった。
他愛のない、ビジネスの話や株の値動きの予想。
部下への接し方等々、フレイに少し教えても良いかもしれないという、同業者としてのよしみでの馴れ合いのつもりでいた。
年相応の知識しか持たない彼女からすれば、アズラエルはとても大きな存在であるにも関わらず、彼女はアズラエルの意図した事をたった一言聞いただけで理解する。
まるで自分の心を読まれているような錯覚すら、この時のアズラエルは覚えていた。
だが、それよりも厄介なことがあった。
「最後に一つ聴いてもいいかしら?」
フレイは、そう言って努めて冷静に切り出した。
「なんですか?僕に答えられることなら何でも良いですよ?」
この時のアズラエルは、面白い相手を見つけたところでニコニコとしていた。
「アンタ、オーブに来た時AAのスタッフに賄賂渡したのよね?」
アズラエルはギョッとした。
そんな事、見られていなければわからない事なのだが、何故彼女がそれを知っているのかを。
「キラの機体、ストライクの挙動が少しおかしかったわ。多分担当整備員の誰かよね、それでキラが触れないハード面を攻めたのよね?」
「何のことだか、さっぱりわかりませんね。」
アズラエルはそれに白を切り通した。
そうして、今に至る。
「いや、全く驚異的な人物ですよ…。これなら、アルスター家は安泰なんでしょうかね?よろしければもう少しお淑やかなら良かったんですがね…。」
そう言うと彼はシートを後ろに倒し、そのままベッドへと装置を切り替えて眠りについた。