注:支援会話からの引用あり。
※pixivとAO3にも投稿済み
その日ディール城にて、アカネイアの貴族ミディアと元傭兵隊長アストリアの婚礼が執り行われた。
二度目の戦争が終結して早ふた月が経とうとしていた。ミディアが戦争の爪痕が色濃く残るパレスではなく、暗黒戦争以来戦場となることがなかった彼女の出身地・シャロン家の領地ディールでの挙式を決めたのは当然の選択だった。ミディア自身派手な式は望まず、騎士を辞めていたこともあり、招かれた者も親族とごく親しい友人、そして(招待客のほぼ半分を占める)アストリアの元部下たちだった。招待客の中にはアカネイアの弓騎士ジョルジュと宮廷女官リンダの姿もあった。
城内の祈祷所での厳かな誓いの後、新郎新婦がフラワーシャワーを浴びながら笑顔で退室すると、招待客は宴の準備が整っている広間へと案内された。
「あっ、あれは…」
リンダと偶然会って立ち話をしていたジョルジュは、彼女が声を上げたのに振り返った。彼女の目線の先の壁際に、意外な人物がひっそりと佇んでいた。
――クリス。
アリティアの王子マルスの腹心であり友、彼の勝利を支えた影。ジョルジュは思わず近づき、声を掛けていた。
「クリス!」
「ジョルジュ殿。」
「お前も招待されていたのか。」
「あ、いえ、招待されたわけでは…」
クリスが弱ったような顔で後ろ頭を掻く。
「マルス様に言われてお祝いの品を届けに来ました。俺はすぐにお暇しようとしたのですが、ミディア殿に折角来たのだからぜひ出席してくれと言われて…」
「ああ・・・」
ミディアもアリティアにはただ結婚する旨を伝えたにすぎないのだろうが、先の戦争で国同士が敵対したとは言え、彼女もアストリアもマルスにとって戦友。立場上アカネイア貴族の結婚を公然と祝えずとも腹心の近衛騎士を遣わしたことにマルスの厚意が見て取れた。
「そうか。会えて嬉しい。」
「俺もです。…ところで。この服装、浮いていないでしょうか?」
カーディナルレッドの礼服を着て貴公子然としているジョルジュを見てクリスが不安顔で言うと。
「アリティア騎士の制服だろう?いいと思うが。」
アストリアの元部下である傭兵連中も街人の礼服の域を出るものではなかったし、英雄王マルスの使者が出席しているという事実だけで十分だと思われた。
「よかった…」
「久しぶりね、クリス。」
クリスがほっとして胸を撫で下ろしたとき、ジョルジュの後からやってきたリンダが声を掛けた。
「ご無沙汰してます、リンダ殿。」
淡いピンクのドレスを着ているリンダは普段のローブ姿よりも嫋やかで美しく見えて、クリスは少々目を泳がせながら挨拶を返した。
「立ち話もなんだ。座らないか?」
ジョルジュが言い、二度目の戦争における戦友たちは旧交を温めるべく手近な円テーブルに着いた。
給仕が運んできたワイングラスを合わせて三人で乾杯した後、ジョルジュが慣れたように大皿に盛られた料理を個々の皿へと取り分けていく。
「あ、すみません、俺ときたら気が利かずに…」
「どうということはない。遠路はるばる来たのだろう。ゆっくりしてろ。」
クリスが慌ててジョルジュの持つトングに手を伸ばすが、そう言われて手を引っ込める。
それから、料理と酒をいただきながら互いの近況などを話していたが。
「ニーナ様の行方はまだわからないのか?」
ふいにジョルジュがリンダに訊いた。リンダは彼の問いに緩く首を横に振った。ニーナ王女がアカネイアをマルス王子に託す旨の書置きを残し姿を消して半月になる。そのことはマルスよりクリスも伝え聞いていた。ニーナが消息を絶ってからというもの、リンダを始めとするパレスの多くの者が王女を探していたが、まだ手掛かりさえ掴めていなかった。
「お辛い思いをしていないか心配で…」
リンダが顔を曇らせる。ジョルジュが労わるようにリンダの肩に手を置いた。
「…何かアテがあって行動に移されたのやも知れぬ。あまり心配し過ぎぬようにな。」
「…ええ。」
「ああ、そうだ。アリティアではこれから“おめでた”続きだな?」
暗い話題を忘れるようにジョルジュがクリスの方を見て言う。アリティアで近々、賢者マリクとエリス王女、マルス王子とシーダ王女の婚礼が執り行われることは周知の事実だった。そのとき一瞬リンダの貌が翳ったが――二人は気づかなかった。
「ええ。今、城中は準備に大忙しです。…わっ!?」
笑顔で答えたクリスだったが突如、誰かの腕が肩に廻されて驚き振り向くと、空いた手にグラスを持った新郎アストリアがニヤリと笑っていた。彼はタキシードの上着は着ておらず、蝶ネクタイも外し襟元を寛げた、ややラフな姿をしていた。
「アストリア、殿。驚かさないで下さい。」
「はは、クリス、ジョルジュ、リンダ。久しぶりだな。」
アストリアがクリスの肩に廻していた腕を解いて立つ。戦争後、傭兵隊は解雇されていたので同じアカネイアに居てもジョルジュとリンダに会うのは久方ぶりであった。
「お会いできて嬉しいです。ご結婚おめでとうございます。」
「いい式だった。おめでとう。」
「おめでとう。」
「皆ありがとう。少しの間、俺も混ぜてくれないか?」
三人の祝意に礼を述べるとアストリアは空いていた椅子に座った。そして暫くの間、半分ほど残っていたワイングラスを傾けながら他愛のない話をしていたのだが、ふとジョルジュの方に目を遣ると。
「…ところで。お前は誰かいないのか?お前も結婚を考える歳だろう?」
と言った。その問いが、彼にとってほとんど挨拶代わりの、親友であるが故の気安さから出ているものだとジョルジュは理解している。ミディアも時折、尋ねていた話題だった。
「残念ながら、な。」
自身と婚約するはずだった女性と結婚しておいて“おまいう”と思ったが、ジョルジュはあっさり答えて困ったような顔をしてみせる。いつもはそれで終わるはずが、今日は更に。
「浮き名を流してばかりいないで、いい加減一人に決めたらどうだ。」
アストリアが畳み掛け、ジョルジュは彼の言いように一瞬、息を詰めた。
――浮き名、だと?
今まで交際することもあるにはあったが、価値観の相違や様々な理由で不本意ながら誰とも続かなかったのだ。ジョルジュが言い返そうと口を開きかけた、そのとき。
「アストリア。」
固い声でリンダが口を挟んだ。
「誰もが望めばパートナーを得られるわけではないわ。意中の人がいても想いが叶わぬことも、出会うことさえできぬ者もいるのよ。あなたとミディアのように相思相愛のパートナーと生涯を共にすることを誓い合えるのは、奇跡にも等しいことだと思ってもらわなくては。」
アストリアはリンダの言葉に当惑して、まじまじと彼女を見返したが――やがて俯き小さく溜息を吐くと『無神経だった。許せ。』ともごもご言って去って行った。
「リンダ。さっきはありがとう。アイツに悪気がないのはわかっているが――はっきり言って会う度に訊かれるのにはウンザリしてたんだ。」
アストリアが今度は元部下たちと楽し気に談笑し始めたのを見て、ジョルジュはリンダに向き直り礼を言った。
「どういたしまして。私も言われることあるから。」
「カッコよかったです。」
「ふふ、ありがと。」
クリスが感心したように言うと、リンダは微笑んだ。それから暫く、グラスを傾けながら三人で歓談していたのだが、ふいにジョルジュが改めて居住まいを正した。
「ところで。せっかくこうして会えたんだ。二人の意見を聞きたいことがあるんだが…」
「ええ、俺でよければ。」
「いいわよ。」
「ありがたい。」
快く承諾した二人にジョルジュが顔を綻ばせる。そして一呼吸おくと、話し始めた。
「実は…俺はアカネイア自由騎士団を新たに結成しようと思うのだ。」
「「自由騎士団?」」
「ああ。アカネイアでは皇帝ハーディンを嫌って去って行った者も、戦死した者も多く、騎士団はもはや以前ほどの威容はない。それに加え、ニーナ様までもが姿を消してしまった。守るべき主君さえも今はいないのだ。だから俺は…大陸のあちこちを巡りながら、治安を維持する部隊として再結成しようと考えた。」
「それは素晴らしいお考えだと思います。」
「いいんじゃないかしら?」
「そう思うか?」
「はい。復興には何よりも安全で安心な環境が必要です。治安が良くなれば復興もより一層捗るに違いありません。」
「まだ戦争が終わって日が浅いから、元脱走兵や職にあぶれた傭兵の中に悪さをする者もいると思うの。そんな連中が相手じゃ、街や村の自警団では手に負えないこともある…騎士団が見回るのは有効な手だと思うわ。」
「二人とも賛同してくれて嬉しいよ。」
ジョルジュが二人の好意的な反応にほっとして、いざ自身の計画に前向きになった結果、一つの考えが心を過った。
――孤独な信念というものは、どんなに『自分で決めたことだから。』と自身に言い聞かせたとしても、思いもかけぬ苦難に陥った時、心が折れそうになるものだ。そんな時に気の置けない友がいてくれたら…
ジョルジュは思い切って二人に協力を願ってみることにした。
「…二人とも。軌道に乗るまででいいんだ。自由騎士団を結成した暁には、俺を手伝ってくれないか?」
「…ごめんなさい。私、ゆくゆくはパレスに魔道の教室を開いて後進を育てようと思っているの。あなたを応援はするけれど、協力はできないわ。」
「ああ、いいんだ。夢に向かって頑張ってくれ。応援している。」
済まなそうに告げるリンダにジョルジュは微笑んで返した。
「手伝う…、とは、具体的にどのような?」
とクリス。
「自由騎士団の一人としてともに各地を回ってくれればいいんだ。クリス、お前は二度目の戦争の時も、国や立場の違う者たちを同じ一つの軍として上手く纏め、機能させていたな。行く先々で俺は志願する者を受け入れたり、よい人材がいればスカウトもしたいと思っているから、お前がいてくれれば心強い。」
「…はは、軍として纏まっていたのはマルス様のご人徳だと思いますが…」
クリスが後ろ頭を掻く。
「俺自身としてはジョルジュ殿の志にぜひ、協力させていただきたいと思います。でもその前に…」
「マルス王子の許可が要る、か?」
「ええ。」
「そうだな。ニーナ様はアカネイアの統治をマルス王子に委ねるおつもりだった…。たとえニーナ王女が戻られたとしてもマルス王子がアカネイア軍を管理することになるだろう。…よし。自由騎士団のことと共にお前のこともマルス王子に話すから、そのつもりでいてくれ。」
「わかりました。」
クリスはジョルジュの申し出に快く頷いた。
「こんにちは!」
ほどよく酔いも回ってきた頃、ふいに聞こえた快活な女声に三人は振り向いた。ミディアだった。彼女は落ち着いた碧色のイブニングドレスに着替えており、その深い紺色の髪と瞳に合っていた。
「みんな久しぶりね。私たちの式に来てくれてありがとう。」
ミディアが手に持っていたワインの瓶で皆のグラスに順にワインを注ぎ足していく。
「おめでとう。」
「ミディア、おめでとう。」
「ミディア殿、この度は本当におめでとうございます。」
満たされたグラスを軽く上げて三人が祝意を述べるのに微笑みを返し、ミディアは空いている椅子に腰を下ろした。今、彼女は輝くように幸せそうだった。
ミディアは三人の座るテーブルに留まって暫く他愛のない話をしていたのだが、ふと会話が途切れた時。
「ジョルジュ、あなたも早く恋人ができるといいわね。」
ジョルジュの方を見てにっこりと笑い、言った。ミディアの言葉にジョルジュが一瞬眉を顰める。と同時に招待状の宛名に『ジョルジュとお連れ様へ』と書かれていたことを思い出した。ミディアは今日の婚礼に彼がプラスワン(恋人や友達など同伴者)を連れて来ることを期待していたのだろう。
――一人で出席している時点でパートナーがいないことはバレバレか…。訊かれる度に惨めな気持ちになることにはアストリアもミディアも気づかぬようだ。
「そうだな。」
心の中で嘆息しながら、ジョルジュはそれでもいつものように大人の余裕を顔に刷いて笑みを浮かべてみせる。
「リンダは?誰かいるの?」
ミディアが次にリンダに話題を振ると、彼女は微かに強張った笑みを浮かべた。
「あはっ…私、失恋したばかりで。今はとても誰かと出会いたい、なんて気にはなれないのよ。」
「まあ。そうなの?」
ミディアが『それは初耳だわ。』という顔をする。
「ええ。陳腐な言い方をすると『前に進む準備ができるまで、もう少し時間が必要なの。』って感じかしら?」
「そうなのね。あなたが早く『前に進む準備ができる』のを祈っているわ。」
「ありがとう。」
とリンダはぎこちない笑みを返した。次いでミディアはクリスに目を向けた。
「クリス、あなたは?」
「え…と俺、そういうの苦手で…」
「あら。あなた、二度目の戦争のとき、けっこうモテていたみたいだったけれど…」
「さ、さあ…?」
「クリス。あなた、カタリナとは結婚しないの?」
言葉に詰まるクリスにリンダが訊く。
「え…カタリナ?い、いえ。というか、付き合ってさえ…」
「あら、意外ね。彼女のこと、好きなんでしょう?」
「そうなの?」
ミディアも興味津々で訊いて来たのでクリスは内心焦りながら。
「ど、どうして俺がカタリナを好きだと?」
「それは…アリティア奪還後にカタリナたち暗殺集団が襲撃してきた時あなた、何度攻撃されても彼女の説得を諦めなかった、って聞いたから。カタリナのこと、命を懸けても救いたいほど好きなんだと思っていたわ。」
「え、…っと、」
――そんな風に思われていたのか?
二人の女性に追い詰められた体のクリスをジョルジュが興味深そうに見守る。やがてクリスは戸惑いながら口を開いた。
「マルス様も彼女を救ってやって欲しいと仰っていたし、俺も元仲間を見捨てたくはなかった、から…?」
あのときは自分も使命感で熱くなっていて、いざ説得に成功して我に返ると自身の酷いケガに『ホントに死ぬとこだったかも…』と青くなったのを覚えている。
「ほう?」
ジョルジュが頬杖を付き、面白そうにクリスを見遣った。
「お前はカタリナが好き、というわけではないんだな?」
「え、ええ…」
如何にもこういった話題が苦手だと言うようにクリスは目を逸らし、俯く。
「気持ちを自覚するのに時間がかかることもあるわよね。」
ミディアが温かい目でクリスを見ると、立ち上がった。
「さて、と。私はそろそろ行くわね。皆がパートナーを見つけられるように願っているわ。」
邪気なく微笑み、ミディアは去って行った。
◇
やがて。陽気な笑い声と祝福ムードの中、広間ではダンスが始まった。新郎新婦を始め、大勢の人が音楽に合わせて踊り出す。
明らかに男性の人数が多い会場でリンダは数多の誘いを断り切れず、貴族らしき若者と踊り始めた。アストリアの元部下の傭兵たちも仲間同士ペアになり、酔っているせいかゲラゲラ笑いながら覚束ない足取りでステップらしきものを踏んでいる。そしてクリスはというと――
「わっ、わっ!?」
「違う。足はそちらだ、クリス。」
片隅でジョルジュとペアになり、ほとんど振り回されるようにして彼のリードで踊っていた。
「べ、別に無理に踊らずとも…」
懸命に脚を動かしながら言うが。
「祝いの席でただ座っているだけなんて無粋なものだ。見てみろ。誰もが皆、踊っているではないか。」
「そ、そうは言っても…わ、わあっ!」
踊っている最中、クリスは足が縺れてよろめき、ジョルジュの肩口にぶつかってしまう。
「おっと。大丈夫か?」
細身ながら力強い腕で咄嗟にクリスを抱き留めたジョルジュが彼の肩を抱き起して顔を覗き込み――ほとんど至近距離で見つめ合う形になり数瞬、二人とも言葉を失った。
「あ…」
先に我に返ったクリスがバッとジョルジュの肩を押して離れ、火照る顔を隠すように俯く。
「俺、やっぱり、踊れません。…ダンスが終わるまで出ています。」
そう言って足早に手近なドアから広間の外へと出て行った。それをポカンとした顔で見ていたジョルジュだったが、すぐに追いかけるべきだと気づき、クリスに続いて広間を出た。左右を素早く見て通路の向こうに遠ざかろうとする背中を見とめ、駆け出す。
「クリス!待ってくれ!」
幸いにも、ジョルジュの声にクリスは足を止めて振り返ってくれた。
「ジョルジュ殿…俺、ダンスは…」
「ああ、連れ戻そうと思って追ってきたのではないんだ。その…」
そこで何と言うべきか迷ったが。
「…少し、酔いを覚ますのに付き合ってくれないか?」
そう言って微笑った。
ジョルジュは家同士の付き合いで何度か訪れたことのあるディール城の間取りを思い出しながら、庭園に面した回廊にクリスを導いた。明るいうちに始まった婚礼も今ではすっかり日が暮れて辺りは暗くなっていた。静寂の中で夜風は肌に心地よく、庭園に咲く花々の仄かな香りを運んでいた。
ジョルジュは足を止めると等間隔に立ち並ぶ幅広の角柱の一つに背を預け寄り掛かった。騎士である彼は普段なら姿勢よく立つところだが、今は多少酔いが回っていたためだった。
クリスもジョルジュの向かいの壁に同じように背を預け、彼を見るともなしに見た。左右の壁掛け松明の灯りが彼の麗姿を浮かび上がらせている。炎の影しか動くもののない静寂の中でクリスは徐々に普段の冷静さを取り戻した。
――酔い覚ましというのは建前で、本当は俺を気遣って追いかけてきたに違いないのに。何やってんだ、俺は?
自嘲気味に考える。
「…すみません。」
「何?」
「俺が踊れないばっかりに、あなたまで広間に居づらくさせてしまって。」
「ああ、そんなことか。気にするな。」
暫しの沈黙。――それから。ジョルジュは逡巡した後、静かに話し始めた。
「…俺とミディアは、所謂”幼馴染”というヤツだ。家同士の繋がり故に、幼い頃から会う機会があった。とは言え、それほど話したこともなかったし、ただ存在を知っていただけだった。そして…彼女が騎士になるために軍に入った時から、同じ軍人として関わることが増え…俺と彼女は何時しか友と呼べるような関係になっていった。その頃からだ。親族連中が彼女を俺の結婚相手としてまことしやかに囁くようになったのは。」
ジョルジュは一度言葉を切った。
「ミディアはニーナ様への忠誠心も篤く、心根も真っすぐだ。恋愛感情じゃなくても、友として彼女を尊敬し愛していた。もし本当に…彼女を伴侶とできるのなら、この上なく幸運なことだと思った。…つまり早い話、周囲が勝手に言っているに過ぎないことで、俺はいつの間にか”その気”になっていたのさ。彼女と生きるこの先の人生を夢見ていた。だが…」
「アストリア殿、ですか?」
クリスが漸く口を挟んだ。ジョルジュが自嘲気味に笑う。
「ああ。いつの間にかアストリアとミディアは恋愛関係になっていて…剰え相思相愛の仲になった。…それから二度の戦争を経て…遂に今日の良き日を迎えたわけだ。二人の友である俺も嬉しいよ。」
「ジョルジュ殿…」
どこか寂し気に微笑うジョルジュをクリスが痛まし気に見遣る。ジョルジュは続けた。
「…二人の仲を知ったとき俺は自分でも驚くほど…衝撃を受けてな。急に自分が孤独になったように感じた。それを”心にポッカリ穴が開いたよう”とでもいうのか?そしてそのとき初めて…傍に居てくれる誰かが欲しいと思った。…まあ、そのときの俺は少し…”ヤケ”になっていたのかもな。それからと言うもの、所謂”恋愛”に積極的になってみたのだが…これがなかなか上手くいかなくてな。」
ジョルジュは肩を竦め小さく溜息を吐いた。
「交際した人はそれなりの数いたが、大抵『長く続く関係は望んでいない。』とか『楽しかった。』と言われて破局した。すれ違いや…裏切りもあったな。…ははっ。何にせよ、そんなことが続いた結果、交際して別れた数が俺の“浮き名”として噂されるようになった。…そしてその“浮き名”のせいで真面目で真剣な告白も信じてもらえない、という悪循環に陥っている。」
視線を上げ、クリスの目をじっと見ながらジョルジュは言った。クリスは彼の話に同情の念が湧き起こるが――ふと、クリスの胸に彼がなぜ長々とこんな話を自分にしたのか、という疑問が湧く。
――誰かに聞いて欲しかった?
誰でもよかったが偶々この場にいたのが自分だった。だがそう考えても何かもの言いたげに自身を見つめるジョルジュにそれだけではない、と直感が囁く。ふいにクリスは居心地の悪さを感じ目を逸らした。
「…もうダンスも終わる頃かも。広間に戻りませんか?」
「…クリス。二度目の戦争の最中に俺が言ったことを憶えているか?」
クリスが提案するが、ジョルジュはそれには答えず、訊いた。
「ええと…?」
――どの会話を指して言っているのだろう?
「『クリス、お前は死ぬな。時には逃げても構わん、だから・・・必ず生き延びて欲しい。』…と。」
「…ああ。そう言えばそんなことも…」
そこでクリスはハッとする。
――その後、俺は…確か…
クリスの表情から彼がそのときの会話を思い出したことを察して、ジョルジュは思わず微笑んだ。
「俺はお前に『何故俺にそこまで…?』と問われて『お前に好意を持っているから…と言ったら信じるか?』と言った。」
「そう…ですね。」
クリスは落ち着きなく視線を彷徨わせた。
「だが…お前は信じなかった。」
「…ええ。俺は『ジョルジュ殿のことですから、きっと何かお考えが…』と。」
そのとき既に目の前の男の数々の浮名を聞き及んでいたクリスは欠片ほどもジョルジュの言葉を信じなかったのだ。ジョルジュが目を伏せる。
「俺はただ…俺のことをお前の心の片隅にでも憶えておいてほしかっただけだ。だから気持ちを伝えた。…あのとき。俺はリンダと同じく、お前がカタリナを好きだと思っていたからな。…だが今日、そうではなかったことを知った。」
ジョルジュが目を上げて真っすぐにクリスを見た。
「…クリス。今一度、お前に問う。俺がお前に好意を持っている…と言ったら信じるか?」
「……」
クリスはまるで懇願するような、必死さを湛えた弓騎士の美しい双眸を見つめた。
――本気、なのか?この人のこの美貌で、こんな目で見つめられたら…信じてしまいたくなる。
だが、とクリスの冷静な部分が問いかける。
――先ほどの話が本当だという証左はない。相手をオとすための作り話でないと、言えるのか?
それでも。ジョルジュが二度目の戦争で長く共に戦ってきた仲間を弄ぶとは思えなかった。少なくともそれだけの信頼は築けているという自負があった。クリスは迷った末に、自身の判断に従うことにした。そして…
「…信じます。」
はっきりと、言った。その瞬間、ジョルジュの美しい貌が歪み、ツ、と涙が二筋、頬を伝った。クリスは彼の涙を目の当たりにして思わず目を瞠る。
――何故あの時、信じてあげなかったんだろう。
激しい後悔の念が湧き起こるが。
――大丈夫。時間はかかってしまったけれど、まだ十分に間に合う。
クリスは意を決し、壁から身を起こしてジョルジュに近づき、彼の濡れた頬を指の甲でそっと拭った。
二人は間近で見つめ合って、どちらのものともわからない微かな吐息が零れたのを合図に唇を重ねる。掌や指先で髪や頬、首に触れながら口づけを深めると、先ほどまで飲んでいたワインの味が仄かにした。お互い夢中で相手を味わって、触れて。
「…はぁっ、ジョル、ジュ…」
「クリス…」
漸く離れたのも束の間、ジョルジュはクリスを強く抱き締めた。
――やっと、俺の気持ちをクリスに信じてもらえた。
胸を熱く震わせながら思う。が、ふいに一抹の不安が頭を擡げる。
「クリス。」
「うん?」
「俺は長く続く関係を望んでいて、ただ楽しむだけの関係は望んでいない。お前は、その…」
消え入るようなジョルジュの声に、彼が今までの相手のように扱われることを心配しているのだとわかって、クリスは軽く笑った。
「俺も、そうだ。」
「そうか。よかった。」
ジョルジュは微笑んでクリスの肩口に顔を埋め、愛しい温もりに目を閉じた。
読んでくれてありがとう!