SIDE:宝泉和臣
俺は、ずっと勝ってきた。相手が上級生でも、大人でも、負けたことなんかない。
この力は、天から与えられた才能であり、どんな奴もこの拳の前には屈してきた。
――だが、負けた。
圧倒的だった。まるで、これまで俺が倒してきた相手と同じように、俺は何もさせて貰えずに倒されている。
腕に軽くヒビが入ったってことだったが、それは偶然そうなっただけであり、俺が意図してやったことじゃない。
綾小路清隆――あの男をこの拳で打ち負かし、超えていくことが、俺の新しい目標になった。
しかし、俺だって馬鹿じゃない。今の俺が何度やったってあの男に勝てないというのは、負けた自分が一番よくわかっている。
あの戦い、俺は全力だったが、あいつはまだまだ余力を隠してやがった。むしろ、こちらに下手な怪我をさせないように気遣っていたまである。
つまり、やろうと思えば、もっと早く倒せたってことだ。舐められたもんだぜ。
けど、それは俺が弱いのが悪い。強い奴が正義なんだ。負けた奴は何されたって文句は言えない。
あの男は、俺のことを縛るつもりはないと言っていたが、それでも負けた以上は従うつもりでいる。拳の勝負で負けたんだ、その上約束も破るようなダサい人間にはなりたくない。
とはいえ、いつまでも従っているつもりはねぇ。いつか俺がもっと力を付けたら、もう一度再挑戦するつもりだった。
必ず、あの呑気な面に一発叩き込んでやる――だが、人は見かけにはよらないと良く言うが、やはりあの男も2000万の賞金首になるだけの実力は確かに持っていた。
そんなある日のこと。夏休みに全学年で無人島サバイバル試験という特別試験を行うという話が耳に入ってきた。
もし、俺があの男に負けていなければ、意気揚々と参加して喧嘩を挑んでいただろう。
しかし、俺は既にあの男の力を知っている。あの男は、無人島の誰も居ない場所で奇襲するだとか、疲れて眠っている所を不意打ちするだとか、そんなことで勝てるような奴じゃない。
絶好の機会であることは確かに認めるが、だからといって勝つビジョンも浮かばないのに無駄に挑戦するつもりもなかった。
そして、そんな俺の内心を知ってか知らずか、あの男は俺を呼び出してきた。生徒会室をまるで自分の部屋のように扱いながら、俺に自分と組まないか聞いてくる。
この試験、学年別というのが大きなくくりではあるが、別に同学年で戦ってはいけないというルールがある訳じゃない。どうやら、同じ学年の龍園をネックに考えているようで、俺に排除しろと命令してきた。
まぁ、命令というか、お願いというか――少なくとも、無人島で荷物持ちをさせられるよりは全然マシな内容だ。龍園とは一度やってみたいと思っていたし、今回の試験ではこの男と組んで動くことに決めた。
そこから事態は加速度的に動いていく。
俺は今回の試験が始まる際に、Dクラスの馬鹿共には俺の許可なくグループを作らないことと、カードトレードの禁止を徹底させていた。
あの男に挑戦するつもりはないが、それと特別試験を無視するのは別の話だ。この試験では他の1年を妨害しつつ、俺が上位に入りCPを稼ぐというプランを考えていた。
まぁ、龍園とのバトルが決まった今、そのプランもお蔵入りだが、かといって他の1年に好き勝手させるのも面白くない。
どうも、あいつらは今回の試験が『他学年』との競争である以上、能力的に劣る1年は全員で力を合わせるべきと考えている。だからこそ、Dクラスの協力拒否はかなり効果的に機能していた。
とはいえ、それもそろそろ限界。
7月に入ると状況打開のため、今日の放課後に各クラスの代表が集まることになっていた。
あまり大々的に動くと他の学年に情報がバレるため、来るのはクラスの代表1名のみ。ここで俺が来なければ、流石に3クラスだけで協力する動きにシフトしてしまうだろう。
だからこそ、話し合いには参加する。
協力する気など最初っから欠片もないが、協力する素振りを見せておいた方が他の1年の動きもわかって都合が良い。もしかしたら、龍園と戦うのに都合が良い状況を作ることが出来るかもしれないしな。
そんなこんなで、Aクラスの高橋、Bクラスの八神、Cクラスの宇都宮が集まっている現場へと歩いていく。どうやらオレ以外のメンツは既に来ているようで、この試験のことについていろいろと話をしているようだった。
「無人島での試験は学力以外の要素も問われると言います。Dクラスは学力の部分だけ見ると学年最下位ですが、身体能力という点においては1位と僅差の2位。捨てるには惜しい能力です。それに今回みたいに協力し合う試験が、今後もないとは言い切れません。見放すのはまだ早計かと……」
「でも、陸の言いたいこともわかるぜ。うちのクラスもこの状況には相当苛立ってる」
「Dクラスにも使える戦力がいることは認めるが、宝泉のご機嫌を取ってまで要請するほどのものじゃない。協力の必要があるなら3クラスでやれば良い――そろそろ約束の時間だ、3クラスで談合する方向で話を進めて良いな?」
「オイオイ、勝手に話を進めてんじゃねぇよ」
俺は基本的に時間を守るタイプだ。遅刻してきた訳でもないのに、Cクラスの宇都宮の野郎が勝手に話を進めようとしたので、とりあえず話に入っていく。
「で、金を出す気になったか?」
「笑えない冗談だな。お前に出す金など1ポイントもない」
「まぁまぁ、落ち着きましょう。最初から喧嘩腰では話し合いにもなりませんからね」
「んじゃ、全員揃った所で話し合いを始めるとするか。グループの――」
「勝手におっぱじめようとすんじゃねぇよ」
Aクラスの高橋が場を進行させようとした瞬間、その肩を突き飛ばしてやる。同時に、宇都宮が距離を詰めてこちらの腕を掴んできた。
「あ?」
「宝泉、お前の暴力をこの場に持ち込むのはやめて貰おう」
「俺の邪魔をするつもりか?」
「必要ならそうする」
「ハッ、面白ぇ。やれるもんならやってみろよ」
と、言うと、掴んでいた腕に力を込められる。思ったよりも握力が強い。俺じゃなきゃ腕をへし折られてたかもしれないな。
「ほう……? お前とは面白く遊べそうだな」
「暴力を遊びだと考えているのか」
「ああ、遊びだな」
「くだらない……が、お前がそれを望むのであれば、今ここで応えてやってもいい。ただし、二度とクラスメイトに手を出さないという要求を呑むのが条件だ」
「オイオイ、どういう意味だよそりゃ」
あの男にはちょっかいを出したが、それ以外にはまだ大きく動いた覚えはない。
「前回の特別試験……俺はお前が波田野を退学させたと睨んでいる。あいつは安易に不正に手を出すような奴じゃなかった」
「雑魚が退学にビビって自爆しただけだろうが」
「退学が決まった後の波田野の顔は、明らかに誰かにハメられたものだった」
「それが俺だと?」
「貴様以外に誰がいる」
欠片も身に覚えはない――が、こういう疑いをかけられるのは、別に初めてではなかった。
ここは敢えて否定しないでおく。もし、宇都宮と戦うことになれば、この件を上手く利用すれば面白いことになりそうだ。
「待て待て。二人とも落ち着けよ。陸も、不用意に喧嘩腰になったら和臣の思うツボだぞ」
「今重要なのは無人島サバイバルに注力することです。これ以上は時間の無駄ですし、そろそろ始めましょう」
「チッ!」
こちらの手を振り払いながら、仕方ないとばかりに宇都宮は舌打ちをしつつ、Bクラスの八神の方へと向き直っていく。
「オイオイ、誰が話し合いに参加するって言った? 勝手に始めようとするんじゃねぇよ」
だが、限界まで場は荒らさせて貰う。そう簡単に話し合いをして仲良くなりましょうじゃ面白くないからな。
「では、君がここにきた理由は? 単なる暇つぶしですか?」
「そうだと言ったら?」
「残念ながら3クラスで纏まるしかありません。勿論、僕は君がそれほど馬鹿じゃないと思っていますが……」
そう言って、八神はこちらに微笑みかけながら、柔らかい物腰で話を続けてくる。
「無人島でのサバイバル……聞いた話によると、2年生や3年生はそれぞれ一度経験しているそうです。僕たちにはハンディキャップがつくといっても、学力や身体能力ではどうしても不利な状況になるのは避けられない。連携できなければ、一方的に上級生の食い物にされるでしょうね」
「ぬるいことを抜かしてやがんなぁ八神。俺ぁ、2年だろうと3年だろうと潰せる自信があるぜ」
あの男だけは別だけどな。
「個々の才能では上級生に上回っている生徒もいるのは僕も理解しています。でも、総合力で見た時に1年生が劣っているのは隠しようのない事実。誰もが君のように、恵まれた能力を持っている訳じゃないからね」
こちらを評価するフリをして調子に乗せようって腹か。前に見た時も思ったが、こいつは笑ってはいるが腹の中では何を考えているかわからない節がある。
「そこで、僕ら1年生で力を合わせて強力な『4人グループ』を最低でも1つは作る必要があると考えています。今、宝泉くんが言ったように、上級生を相手にしても絶対に負けないという生徒たちを集めてね」
「何で1つなんだ、拓也? もっとたくさん強いグループを作った方がいいんじゃないか?」
「最初から強いグループを多く作ろうとすれば、バランスを取らざるを得なくなる。でも、相手は上級生、簡単に勝たせてくれる相手じゃない。だから、確実に1位を取れる最強の4人グループを意識して作ることが重要だと考えたんです」
「1位さえ取れれば、後は捨てても良いって考え方か」
「つまり、俺たちはこの試験でCPを競い合わないということか? それは、同意しかねる……」
宇都宮が非難の声を上げた。あいつのクラスはただでさえ、前回の波田野退学のペナルティでCPを大きく減らしている。確かに、仮に勝てたとしても、他のクラスと差が生まれないのであればメリットがあまりにもなさすぎた。
「残り時間が少ない上級生たちは、この特別試験での損失を受け入れにくいかもしれない。でも、ボクたちにはまだ2年以上の時間が残されている。上級生に食い物にされるデメリットを回避するためにも、ここは敢えてCPのことは捨てるべきだ」
「それはCPに余裕があるAクラスやBクラスだからこそ言えることだろう。試験である以上、1年の中でも優劣をつけるのは当然のことだ」
「そうやって、戦うためにバラバラになったら上級生に勝てないから協力しようという話をしているんだよ。他のクラスを無視して、自分たちだけで強いグループを作るというのは、他の学年と同じやり方だ。僕たち1年生にだけ与えられた『4人までの小グループ』作り。これを最大限生かすには、1年全体で団結して戦う必要があると僕は思っている」
雑魚からすれば、貴重なハンデを捨てるのは惜しいってことだろう。宇都宮も、八神に説得される形で矛を引いていく。
仮にここで協力を拒否すれば、当然1年生間でも争いになり、各クラスが妨害に動いてくる。そうなれば、もう1位を狙う所ではない。4クラスで完全協力体制にする方が、結果的にメリットが多い――宇都宮もそうやって自分を納得させたのだろう。
「宝泉くん。君だけでも十分先輩たちと戦えることを理解した上で、手を貸して欲しい」
「いいぜ、協力してやっても」
そう快諾してやると、宇都宮が怪訝そうな顔で「……どういうつもりだ宝泉」と、訝しむ声を上げる。
確かに、この二週間以上、話し合いすら拒絶してきた俺が協力を快諾したんだ。何かしら裏があるとしか思えないだろう。
「勿論、条件はある。空いた枠にはDクラスの生徒を入れること。これが絶対条件だ」
「ふざけるな宝泉」
「ふざけてねぇよ。気に入らねぇならテメェが抜けろ」
「貴様……」
「落ち着いてください宇都宮くん。僕はその条件でいいと思っています」
「ごね得を許せば、今後もこいつはつけ上がる」
「今度の試験は、1年生が勝つことこそが重要なモノです。それ以外は存在に当たりません」
「俺も賛成だぜ、陸。気持ちはわかるが、まずは1年で協力しないとな」
「チッ、それ以上の要求は無しだ。これ以上、ごねるならCクラスは抜ける」
宇都宮はわかってねぇみたいだが、八神と高橋は気付いたようだな。この試験で大グループを作るには男女の比率を半々にする必要がある。
つまり、空いた2枠に女子を入れるにしても、男子4人で小グループを組めば大グループを作ることは出来ない。だからこそ、八神も『4人グループ』を強調していた。
だからこそ、俺の要求を通すにはどうしたってこいつら3人で小グループを作り、こちらの女子で作った小グループと合流させる以外に手はない。つまり、学年で最強のグループを作るのは結構なことだが、そのグループに俺は入るつもりはないということだ。
八神や高橋は、ここで最強グループを作ることに固執するよりも、俺の要求を呑んで協力関係を作る方が大事だと判断してこちらの要求を受け入れた。その証拠に、「ただし、こちらに合流させる生徒はDクラスでも上位の能力を持っていることが条件です」と、釘を刺してきている。
そこは受け入れるしかない――が、3人もDクラスの生徒をねじ込めれば、万が一こいつらが上位に入った時に、大きなリターンが期待できるので悪いことでもなかった。
「では、最後にもう一つ、僕ら1年で団結しておくべきものがあります。報酬アイテムは揉めないように学年全体で微調整し、最大の効果を発揮できるように統一させましょう。それにも承諾いただけますよね? 宝泉くん」
「好きにしな」
もう話すべきことは何もない。あの3人はまだ何か話しているようだが、背を向けてこの場を去っていく。
俺のグループは事前に考えていたように、天沢と七瀬の2人にするつもりだ。あの2人はここいるカス共と違って、底の知れない部分を持っている。
八神流に言うのであれば、あの2人と組むことこそが俺の考える強力なグループってやつだ。こいつらのいう最強グループよりも利用価値が高く、上手くすれば普通に上位を狙うことだって不可能じゃない。
とはいえ、途中で龍園と戦うことになっている以上、上位に入れるかどうかは運が絡んでくる。やはり、八神や宇都宮たちのグループに保険を仕掛けておいたのも正解だったな。
ハッ、つまらないと思っていた無人島試験だが、なかなか面白くなってきたじゃねぇか。
時系列的には♯24で宇都宮が合流する前のお話。最初は八神とか宇都宮視点で書こうと思ったけど、宇都宮は情報不足でキャラが掴めず八神は次に話があるので宝泉視点にしてみた。