また、当品はフィクションでありますので、実在する人物、国家、組織などは無関係です。閲覧時はご了承ください。
ゲルダ・アイヒェンシルトは、ドワーフの牝である。
かつてベレリアント半島には、ドワーフの開発した鉱山があった。鉱脈を発見したファーリン・アイヒェンシルトの名を冠して、『ファーリンの大銅山』と呼ばれた。選鉱所、精錬所、労働者家族の住宅など様々な建物が建ち並び、遠目には山岳城塞都市といった外観であった。山主の娘であったゲルダは、この街で生まれた。
彼女が成長し、ドワーフたちの
エルフィンドに接収された鉱山は、ドワーフの労働者を僅かな手切れ金で次々に解雇した。「あの堤が崩れるはずがない」「深夜に火薬の爆ぜる音を聞いた」といった声を上げた者もいたが、参考人として治安警察に呼ばれた者は戻ってこなかった。そうして家と仕事を失った人々は、モーリアやオルクセンの鉱山、工場へと逃げるように去ったのである。
エルフィンドを逃れてきたファーリンの知人達は、一人娘のゲルダを励まし、モーリアの有力者にも銅山を取り戻すべく働きかけてはくれたものの、エルフィンドは商売の『お得意様』でもあり、最終的には『山主の不手際』で決着しているとして、議会を動かすまでには至らなかったのである。
両親を失ったゲルダであったが、伯母家族に大変愛されて育った。学校を卒業後は、伯母の仕事である醸造所の経営を手伝い、帳簿のつけ方を学んだ。彼女が数字に明るいことがわかったのは、この頃のことであった。
一般的に他種族が思い描くドワーフたちは、山を穿ち、鉱脈を掘り、鉄を鍛えたり、細工物を拵える事に長けている、といったところだ。実際寝食を忘れて没頭する者も居る。だが現実に生きるには、それだけでは足りない。清潔な衣服や寝床、満たされた食事。山がちな土地では食料の生産もままならず、交易で手に入れた布で衣服を作り、穀物でパンを焼き、エールを醸すのも重要な仕事のひとつだ。
伝統的、あるいは古典的なドワーフの家庭では、無愛想な牡が鍛冶や採掘を行い、愛嬌のある牝が家事の傍ら、
後年、彼女たちの役割は家計を預かると言った段階から、
伯母はゲルダに一通りのことを教えると、オルクセン領の傾きかけた醸造所の権利を買い、その経営を任せた。前所有者の温度管理や衛生概念はドワーフから見ればお粗末なものであったため、たちまち歩留まりが向上し、穀物相場を見る目の確かなゲルダの手によって、確実に利益を出すようになっていった。
オルクセンでゲルダが経営を広げはじめた頃、再び不幸が襲う。穀物の大凶作に伴う飢饉、そしてそれを打開するべく起こされた侵攻だ。オークたちはエルフィンドに攻め込み、ロザリンド渓谷で大敗を喫した。そこまでは考えられたことだ。
しかし、エルフたちがドワーフの街であるモーリア市に逆侵攻したのは予想外だった。いや、ゲルダの伯母だけは頭の片隅にあったのかもしれない。ファーリンの大銅山がエルフに奪われたあの日以来、愛する姪をエルフィンドの地から遠ざけるように動いたのは、勘が働いたと言ってもいいだろう。美しい仮面の下に隠された、嫉妬深く、他者を見下す傲慢な本性。その魔手から妹の残した宝を守らなければならぬ、そんな深層心理だっただろう。
ゲルダの伯母の姿は、避難民の中には無かった。
悲しむ合間もなく、食糧難の解決と難民の保護にゲルダは忙殺された。オルクセンの国情が安定してきたのは、新しく王に即位したグスタフがジャガイモの栽培を奨励し、国中に広まってからだ。元々家畜の餌や蒸留酒の材料として細々と栽培されており、彼女の周辺でも栽培のノウハウがあったことから、爆発的な普及をみせた。
その後も食料事情が厳しくなる年もあったが、国王の善政もあって余剰穀物を醸造に回せるようになってくると、ゲルダの醸造所の経営も好転した。同族を救うために拠出した蓄えも、徐々に取り戻すことができたのである。そこでラガービールだけではなく、古くからドワーフたちに愛された濃厚なエールビールの製造拡大も行った。
故郷の味というのは忘れがたいものである。グスタフ王が郷里のアップルブランデーを思わせるカルヴァドスを愛飲したように、ヴィッセルなどの工員となったドワーフたちも、仕事終わりの一杯には濃厚なエールを求めたのである。たちまち工場周辺の飲食店で評判となり、引きも切らぬ注文に苦慮するほどであった。
ロザリンド会戦から三十年あまり過ぎた頃。ゲルダは、あるコボルトの牝と知り合うことになる。北部地方の軍駐屯地の酒保を経営する小間物商であった彼女は、ゲルダの名前からその身に起こった悲劇を知っているようだった。彼女は連れ合いを亡くした
「私は、愛するもの全てを奪ったエルフが憎い。貴方もそうではなくて? 両親、伯母、そして故郷。奴らは全て奪ったのよ」
ゲルダは自身や同胞を養うことに忙殺されていたが、到底拭い去ることの出来ない心の傷として残っている。だが、一介の商人に何が出来ると言うのだろう。相手は軍隊を持つ国家だ。真相や正義といったものがあったとしても、確実に握りつぶされてしまう。
「エルフたちに一泡吹かせる方法でもあるというの?」
「一泡どころではないわ。全て私たちの物にするの。あの高慢ちきな鼻をへし折ってやるのよ」
「一体どうやって」
コボルトの牝は、耳元にこう囁いた。
「オークをけしかけるのよ」
「彼らは、ロザリンドで負けたわ。今は飢えていないとはいえ、勝てるとは思えない」
「エルフィンドより優れた武器、潤沢な食料があっても?」
「それは……」
「私は、この国を富ませて、エルフィンドを超える軍事力を持たせることを考えてるの。もちろん、分け前も頂くけれど。奴らが下品な種族だと見下しているオークに蹂躙されるなんて、最高の見世物じゃないの」
一介の小間物商は思えない発言に、ゲルダは軽い目眩さえ覚えた。だが、彼女の狂気とも言える強烈な意志は、いつかやり遂げるのではないかと信じさせるほどの熱量を持っていた。
「だけど、私たちの種族も無関係ではいられないでしょうね」
「甘いわね。敵はエルフィンドだけじゃないのよ。人間たちだって何時攻め込んでくるか判らないのだから。オルクセンという『家』を失えば、我々に住むところは無くなるの。それともエルフの奴らの奴隷になりたい?」
「……」
大銅山を奪われた時、同胞がどういう扱いを受けたか。エルフ達がモーリアの街をどうしたか。同じ魔種族とはいえ、寛容で同情的な振る舞いをしてくれるわけがなかった。
「奴らの顔色を伺って生きるなんて、まっぴら御免だわ。貴方もそうでしょう? だから力を貸して欲しいの」
「……私に何が出来るかしら」
「とりあえず、私の商才を信じてもらえる? 西の国で大きな政変があったの。これは大きく稼ぐチャンスに違いないわ!」
グロワールで起こった市民革命。その中で成り上がった軍人出身の皇帝、アルベール・デュートネ。彼が起こした戦争とオルクセンは無関係ではいられなかった。その中で彼女は遠征軍の兵站業務を請け負い、莫大な利益を上げ、軍へのコネを確立した。その原資の一部となったのが、ゲルダの出資だったのである。
黒エルフたちの亡命に始まったベレリアント戦役が終わったあと、モーリア市はドワーフたちの元へ戻った。伯母の亡骸はついに見つからなかったが、集団墓地の一角にその名を刻むことができた。その後に待っていたのは、やはり生まれ故郷であり、父母の眠るファーリンの大銅山に関する結末である。
秘密警察の治安維持隊を引き込んだ人物が判明した。鉱山が国に接収されたのち、管理を任された人物。父に会計事務員として雇われた白エルフだった。秘密警察幹部と同じ氏族出身で、困窮のためドワーフの元で働くしかなかった牝。白エルフ至上主義をこじらせ、拘束された後も、「エルフィンドの大地は我ら白エルフのもの」と言い切った。彼女は、謀殺と囚人虐待、不正蓄財等の罪で絞首刑となった。民族浄化が開始されて以降、事実上の強制労働施設となった銅山は、黒エルフたちを苦しめぬく凄惨な穴蔵となっていたのである。
銅山はオルクセンによって占有されたのち、適切な鉱山会社に払い下げられた。従前の経緯もあって、山主の娘であったゲルダに返還するという話もあったが、山を追われた労働者たちへの保証も考慮した結果、貢献度などに応じて一定の株式を譲渡するという形で決着した。鉱山経営は畑違いでもあったので、ゲルダ自身もこちらのほうが安心できた。
年に一度は伯母と両親の墓に花を供えるのが、今も続くゲルダの習慣となっている。
もうひとつ、盟友となったコボルトの牝とのつきあいは戦後も変わらなかった。
彼女の商いは、最早財閥と言っても過言ではないレベルの大きさとなっていた。東の最果て、道洋の島国にまで商館を構えるという有様だ。対して、ゲルダは商売をあまり広げなかった。あくまで自分の目の届く範囲に留めておくことにしたのだ。オルクセンの飲料メーカーという括りでは、上位三社には入らない規模であり、二人の資産には大きな差があった。それでも酒保に納める企業の選定などでは決して下に見てくることもなかったし、値下げを要求してくることもなかった。
ゲルダのほうも、利益を貪るということはしなかった。軍から支払いは、国民の血税でもある。国を強くするには、一企業が富を独占してもいけないという考えがあったのかもしれない。この友人には、もう少し色をつけるべきだと笑われたが。
二月に行われたオルクセン産業連盟の次期会長選挙で下馬評がひっくり返えった時、ゲルダは彼女をなだめるのに大層苦労した。二人だけの食事会の荒れっぷりといったらなかったのである。
「あーなーたーはーいーわよねぇ! ヒック。モーリアのぉ。ヒック。酒蔵とぉ!」
「ちょっと、ほら、お水を一杯、ね?」
「あたしは! 酔ってなんかぁー! ヒック。きっと、あいつがぁ! そおよ、あのぉ特大生ハム野郎がぁ!」
エルフィンド占領政策に対する意見の齟齬が原因だろうというのは、ゲルダにも何となく理解できた。モーリア市で伯母や同族の醸造所を復旧支援することに尽力していたが、かつての敵国をオルクセンへ組み込むのは違う難しさがあるはずだ。結局、友人は半島北部地域を担当することに決まった。かの地の白エルフは『大ログレス島への航海に参加しなかった氏族』として、主流派からはやや蔑視されおり、エルフィンド政府からも不遇であった。「そういった者たちを富ませれば、差別主義者に臍をかませることができる」と吹き込んだ人物がいたかは定かではないが、そうだとしたら上手いやり方だとゲルダは思った。
以上がエルフィンドの銅山から始まった話の顛末である。このように、ゲルダは異郷で他種族の友人を得た。そして彼女は選民主義と戦う盟友となり、今も夢を語らう親友であった。
最後に、ゲルダが新聞記者に半生を語った記録から、一節を紹介して結びとしよう。
「他人を虐げ、その糧を奪うような者は報いを受けました。オルクセンという家で、家族とともに夕餉の
終
ゲームや物語に登場する異種族って、とても魅力的ですよね?
オルクセン王国史のコミックで女ドワーフ(牝と書くべきか)を見つけた勢いで書いてしまいました。先に書いていたほうは、推敲が行き詰まったので、寝かせてあります。
コボルトの友人の名前は書きませんでしたが、イザベラ・ファーレンス女史です。彼女も女傑と言っていい人物ですが、やはり我らが王には敵わない、掌の上で転がされてる感がありますよね。
ファーリンの大銅山の元ネタは、ファールンの大銅山です。スウェーデンの世界遺産にもなっています。
姓のアイヒェンシルトは、樫の盾、有名なドワーフの二つ名をドイツ語にしただけです。安直に。