アニメで例えるとオープニング曲流れる前くらいまで。
「……メソッド演技」
夜凪景がオーディションをしている最中、星アリサはそう呟いた。
なんとも無愛想な、無表情。
だが、その瞳は見開いていた。
「見つけたわ」
その目はまるで宝石の原石を見つけたような目をしていた。
そして、その場に同席していた黒山墨字も同様である。
対照的に、黒山は獰猛な笑みを浮かべていた。
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原作冒頭のオーディションから全ては始まった。
星アリサは自身の経験から、夜凪景を役者の世界に入れさせないよう画策していた。
その理由はメソッド演技。
役に入り込み、成りきる。
まるで演技ではなく、本当に別人になったかのような演技法。
いきすぎれば、役に入れこみすぎて私生活までその役に侵されてしまう程に。
星アリサはスターズ社の社長だが、過去に女優をしていた経歴がある。
そしてメソッド演技で、自身が壊れてしまった。
そんな悲しい悲劇を繰り返さないよう……という理由で、原作では夜凪景を遠ざけようとした。
まあ、黒山のせいで無駄になったが。
「どうして落とした、俳優発掘オーディションだろ」
スターズの社長室、夜景が一望できる最上階で2人は対峙した。
黒山墨字は飲み終えたコーヒー缶を握りしめながら眼光を飛ばす。
間を置かずに星アリサは答えた。
「ひと目でわかったわ。夜凪景はメソッド演技を極めている、恐らく独学で。……あの子の芝居は危険よ」
「そういう話かよ」
一呼吸してから、星アリサは落ち着いた口調で語りかけた。
「オーディションには落としたけれど、彼女は私がもらう。黒山、アナタには使わせないわ」
「はァ!?」
「後からスカウトする予定だったでしょう?」
淡々と告げる星アリサの言葉に、黒山墨字は思わず呆けた顔でコーヒーの缶を落とした。
戸惑いは一瞬で切り替え、静かに問いただそうとする。
「それ、どういう意味だよ」
「そのまま受け取ってもらって構わない」
その鉄仮面を崩し、星アリサは微笑を浮かべた。
「私が夜凪景のメソッド演技を完成させる。その後は本人の意思次第……」
「あー、くそっ!」
頭をガシガシと掻きむしるが、怒りの感情は未だ向けられたまま。
「それは譲歩じゃなくて驕りだ」
黒山が一歩踏み込む。
お互いに睨み合い、緊迫した空気が張り詰めた。
「私なら夜凪景を壊さずに伸ばせるわ」
「そんなヘマするかよ。それで壊れるならそれまでだ」
「それは許容出来ません」
星アリサは少し考え直した。目の前の男の実力だけは本物であるからだ。
この男は自分の理想の映画が撮りたい、そのために経験を積ませたい。
私は夜凪景にメソッド演技を指導したい。
お互いに譲れないのは、どちらが先かということだ。
黒山墨字の撮りたいものがどんなものかは分からない。だが夜凪景のポテンシャルならば、世界に通用するものが撮れるだろう。
それまでにどれほどの時間がかかるというのか。
それはこちらも同じこと。
「五年だ。それだけの時間が最低限」
「ダメね。十年は必要」
お互い譲り合うつもりなどない。
と、不意に扉が開いた。
「社長、お時間が……」
秘書が顔を覗かせた。
日が落ちた時間だが、重要な会議がスケジューリングされていた。
星アリサは数秒考え込むと、重い口を開いた。
「黒山、スターズに仮入社しなさい。もしくはスタジオ大黒天をスターズの傘下に置きます。彼女をスターズに入れて、アナタと私で指導する。折衷案としては合理的だと思うけど?」
「おいおい、俺がなんで自分の事務所立ち上げたのか分かっての発言か? お断りだよ」
少しの間、沈黙が流れる。
「私の目的はあなたの目的を阻害しないことを確約します」
「ダメだ、話にならん! こうなったら強行突破で――」
「既に彼女の家に部下を向かわせているわ。今頃家の前で待機しているでしょうね」
既に先手を打たれた黒山に為す術なし。
「強引すぎるぞ、星アリサ!」
もはや黒山に拒否権はなかった。
頭を抱えて掻きむしると、切り替えて冷静を保つ。
「入社させてもらうぞ、だがウチのやり方は崩さない」
「良かったわ。貴方が話のわかる人で」
星アリサは急いでその場を去った。
残った黒山も、仕事場であるスタジオ大黒天に戻り計画を練り直す。
その夜はとても綺麗な星が煌めいていた。
夜凪景の演者人生の始まりを祝うかのように。