俺知ってる。これ勘違いしちゃいけないやつだ! 作:すずまちあめい
クリスマスも終わり、その後は新年。普段なら家の近くの神社にでも行って初詣を済ませてしまうところだが、今年は咲ちゃんもいっしょに来ることになったので、せっかくなので少し遠くまで歩いて合格祈願に強い神社に行くことになった。
「おまたせしました……どうです?」
深い深夜の暗闇の中に家の前でぼーっとスマホを眺めながら待っていると、咲ちゃんの声がした。顔をあげると、そこには着物を着て寒さからか少しだけ頬を赤くした咲ちゃんがいた。
「……かわいいなあ」
「ふぇ!? そ、そうですか……正面切って言われると恥ずかしいですね」
えへへ、と照れ隠しの笑みがまた可愛らしい。でも可愛い可愛いとあんまり言いすぎても、「友達の幼馴染み」でしか無い俺が行ってもキモくて怖いだけだろう。自分で考えてて少し悲しくなってきた……
「ひまりちゃんはどうしたんです?」
「ああ、ひまりなら今用意してるよ。あいつも着物だから着付けてやったんだが、それだけじゃだめらしくて小物やら色々用意してる」
ひまりは初詣のたびに着物を着ている。普段でもたまに着て、大きくなったらちゃんと仕立て直している位着物が好きな人間なのだが、なぜか未だに着付けを俺にさせる。それだけ着てるんだからそろそろ自分で着れるようになってほしい。確かに帯とかは面倒ではあるけども、そろそろ一人でできる様になってもいいと思うんだけどな……
確かに長襦袢を着た状態で来るから下着が見えるとかそういうことではないのだが、着付けの時は自然と距離感が近くなるし、体のラインが手元に伝わってくるのだ。
胸があるわけでもないし、ウエストがきゅっと締まっているわけでもない。でも、女の子らしい柔らかい身体の感覚に、ドキッとすることもある。実際今日もさっきまでそうだった。
しかも何がいけないって、こういう時は甘えられるだけ甘えてくるのだ。今日なんて帯まで付けたらもう自分でできるだろうに、羽織を着せてやらないと文句を言うし、着せてやったら俺の胸元に寄りかかってニコニコしてきた。勘違いするからそういうことするのやめろって!
「お兄さんがひまりちゃんの着付けしてるんですか?」
「ああ。振り袖でもないし、そこそこ着慣れてるんだから自分でやればいいのに自分でやろうとしないんだよ」
「そ、それはそれは……」
「勘違いしないでくれよ? もちろん長襦袢は着た状態からの着付けだから」
「そ、それでもちょっとえっちじゃないですか……?」
「は!?」
「だって、着付けの途中に腰回りとか結構触らないといけないじゃないですか……!」
気にしないようにしていたところなのに!
そうだ。着物の着付け、それに女帯を結ぶ時は腰回りや上体を触ったりしないといけない。そのときにひまりはくすぐったそうな声を我慢しながら出すものだからこっちも変な気分になりそうなのを我慢しながら着付けている。
「で、でもひまりがやれって言うから!」
「そ、そうですか」
ちょっと気まずい状態になった。咲ちゃんはいつもと違って少し毛先にかけてゆるくウェーブしたセミロングの髪の毛先を弄りながら、赤い顔でチラチラこちらを見てくる。おそらく自分が着付けされたときに触られたところを思い出して、破廉恥とでも思っているのだろう。恥ずかしいのはこっちもなんだが?
その微妙な空気に、周囲の家に配慮しつつも元気いっぱいの声が響いた。
「や、おまたせ! 待たせちゃってごめんね!……って、どんな状況?」
ひまりはさっきまで見ていた着物に、普段つけている髪飾りを外して少しだけ印象が違う装いで現れた。可愛さの中に普段より落ち着きが見られてこれはこれで似合っている。
「ひまりちゃんは気にしないで? それより、これで揃ったわけですし、早速行きましょう? 全国的に有名なところではないですけど、このあたりの受験生はみんな行くかもしれないので早くいけば行くほど良いですよ!」
咲ちゃんは恥ずかしさをごまかすためか早口でまくしたてるように言うと、「さあさあ!」と俺とひまりの手を取って引っ張り始めた。
「ちょっとお!? 咲ちゃんどうしたの?」
「いいからっ! 早く行こ?」
かんかんと下駄特有の音が響く。まだまだ明けそうにない夜はまだまだ深いままで、電灯の光だけが俺達を照らした。
暗い夜に目が慣れた色ではなく、電灯から落ちた光に照らされて少し黄色になった二人の顔がこの愛おしい時間を生み出している様に思った。
車の音も全然しない住宅街の中を三人並んで歩く。冬特有の静けさの中に、少し寒そうな吐息が混ざる。隣を見ると、ひまりは俺が着せたから大丈夫だが、咲ちゃんが少し薄手のものにしてしまっていたのか寒そうに手を擦っていた。
「咲ちゃん、もしかして寒い?」
「……はい。でも大丈夫です。歩いてますし、そのうち暖かくなります。それにもっと厚着をしてこなかった私のミスなので」
少し弱ったような作った笑み。これは相当寒いだろうな。こうは言っているが、とても耐えられるように見えない。俺は自分の着ていた脱いで、ジャケットを咲ちゃんに掛けた。
「……え?」
「俺が着てたので申し訳ないけど、多少はマシだと思う」
「いいんです?」
不安そうな目で見てくる咲ちゃん。でも俺は問題ない。寒いだろうと思って厚着や暖かくなるように工夫してきたし、これでも代謝はいい方。すでに少し歩いて体温は上がってきている。
「遠慮しないで。俺は咲ちゃんが風邪を引くほうが嫌だから」
咲ちゃんはもうじき一次試験があるわけで、こんなところで風邪を引かせるわけには行かない。特に最近は咲ちゃんの頑張りを間近で見てきたから特にそう思う。最悪、俺は風邪をひいても問題ないのだ。
「……ふふっ、なんだか前のこと思い出すね」
さっきまで無言で微笑ましそうにこちらを見ていたひまりが唐突に口を開く。
「前のこと?」
「ほら、まだ私があんまり大きくなかった頃、和人さんも私も、どれくらい着物を重ねればどれくらいの体感温度になるかわかってなくて、うすすぎて私が寒がっていたとき……そのときも今回みたいに自分の上着を私に貸してくれたよね」
「ああ、そんなこともあったな」
まだお互い小学生だった時の話だ。あの頃はまだ俺もこういった寒さに強かったわけでもなくて、俺が鬼気分としての意地でひまりに上着を貸してそれで……
「確か、その後風邪をひいたんだよな」
「そうそう。私、あのとき心配したんだよ?」
それがたたってひどい風邪をひいたんだ。初めて見るくらいのひどい風邪で、ひまりは俺の部屋にずっといて泣いたり、「おねがいだからはやくなおって」と願ってきたものだ。ひまりがそういうことにトラウマがあるとわかっていたのにああいうふうに意地を通して悲しませてしまったのは今でも結構な黒歴史だ。
「ふふ……お兄さん、昔からこうやって優しかったんですね」
「そうそう。こういうときに行っておくけど、いっつも和人さんの優しさに助けられてきたんだから」
「ちょっと、恥ずかしいからあんまり言わないでくれ」
突然二人から褒められ、顔が熱くなる。冬で赤くなった顔が目立たないのが不幸中の幸い。でも、それを知ってか知らずか、ひまりはわざわざ俺のとなりに位置を変えて、つんつんと頬を突いてきた。
「あ、熱くなってる。恥ずかしいんだー?」
「もう、勘弁してくれ……」
うなだれると、ひまりは少し笑った。
「さ、からかうのもここまでにしといて、早めに行こっ! 本当に行列ができちゃう!」
でも、これが幸せなんだろうな、だなんて思った。