俺知ってる。これ勘違いしちゃいけないやつだ! 作:すずまちあめい
放課後早々に、昨日来たばかりの図書館に足を運ぶ。高校生になってからは、こんな頻度で通ったことはなかったかもしれない。近くの金章学園に思いを馳せながら勉強をしていた中学の頃を少し思い出す。
中に入って、近代文学の棚に目を奪われつつも、奥に進んでいく。カウンターがあって、その先の広い空間には机が並んでいる。
少し見回すと、ぽつぽつとノートを広げている金章学園の生徒の中に、別の制服が見えた。
「先に来てたんだ」
「あ、和人さん」
声をかけると、咲ちゃんは昨日と同じように隣の椅子を下げてくれた
そこに座って、ノートを覗き込む。これも同じ様に数学だ。二日連続で同じ強化をしているあたり、主に教えて欲しいのは数学なのかもしれない。
「数学以外は大丈夫なのか?」
「はい。国語は御存知の通り、自信がありますし……英語もまあ大丈夫です。理科はひまりちゃんには負けますが、まあ自信はあります。社会なんて、国語の次に得意な教科ですよ?」
咲ちゃんは隣に置いていたカバンを開け、模試の結果を取り出すと、それを俺に渡してきた。意外だ。こういうのはあんまり関わりがない人には見せないものだと思っていたが……
「私だって、全然知らない人に見せびらかすのは好きじゃないですけど……もうお兄さんは関わりない人というわけじゃないですよね? なので大丈夫です」
なんて可愛いことを言ってくれるんだ……!
ちなみに、咲ちゃんが国語に自信があるのは、全国模試で一位を取ったことからもわかる。常にひまりたちの学年の総合成績一位はひまりなのだが、国語の単独学年一位は一度たりとも取れたことがないらしい。そう。その代わりに咲ちゃんが頂点に居座っているのだ。だから、もし取れても同点の一位のみ。
ひまりはこれに悔しがり、結構な頻度でうちに乗り込んできて、フラストレーションを完全に発散できるまでべたべたに甘えてきたのでよく覚えている。正直たすかるのでこれからも咲ちゃんは国語を頑張ってほしい。
さて、咲ちゃんの模試の結果だが、国語に関しては結構な点数……というより、金章学園を志望する者の中で一位である。そして、台詞の通り、英語、理科、社会も余裕でボーダー内に入っている。何ならとてつもなく高い順位だ。
だが問題はやはり数学。全受験者の中でも平均を下回っている。おそらく、記念受験を除いた本気で受験してくる層の中では一番低いかもしれないというほど。
もちろんボーダーが高いから低いのであって、決して咲ちゃんが数学が苦手というわけではなさそうだが……それでも難しいものがありそうだ。
他の学校なら、得意なところを更に伸ばすことによって、苦手をフォローするという手が使える。しかし、金章学園ではそうもいかない。
人気があり、また、高難度の国トップクラスの高校なのだ。苦手なものが一教科あるだけで、ほかがトップクラスでも落ちてしまった、なんてことは往々にしてある。
「確かに、これじゃあ厳しいかもね」
「そうですよね。……ちなみに、お兄さんはどんなふうな点数の取り方をされてたんですか?」
「うん? 国語がトップクラスで、その他はボーダーを少し超えるくらいだったな」
小説を読んでいたこともあって、国語だけは得意だった俺は、なんとか他をボーダーに乗せただけで受かった。が、決して咲ちゃん程は国語も高くなかった。
そんな俺でも受かったのだから、咲ちゃんは数学さえ上がれば、トップの成績で受かることだって目指せるポテンシャルがあるのだ。受かるだけなら、あと少し数学が伸びれば、ボーダーに乗らなかったとしても簡単だろう。
「よし。じゃあ、咲ちゃんには数学をメインで教えていくことにする」
「お願いします。そっちのほうが私もありがたいです」
咲ちゃんは模試の結果をバッグに収納すると、さっきまで広げていた数学の道具を広げて、参考書の一部分を指で指した。
「さっそくなんですけど、いいですか? ここなんですけど」
「ああ、なるほど。解法が面倒だからか」
ノートを見ている限り、解法が単純なものであったりとかはほとんど正解している。しかし難しいものも、基礎が解けていたらその発展も正解している。俺が教えるのに苦労しそうな複雑なものもである。
「どこがわからない? 発展型の式の立て方? それとも、省略されてる部分?」
俺の問いに、咲ちゃんはこてんと首をかしげた。
「どうも、そもそもどう解いていけばいいのかがわからないんです」
ん? 複雑なものも正解しているのだから、数学的思考は身についているものと思っていたけど、そうでもないのか?
いや、待てよ。咲ちゃんは俺と同じで、国語が得意な子なんだよな。そして、正解している難問は、基礎もしっかりと正解している物が多い。……もしかして。
「咲ちゃん。この問題は解けるか?」
さっきわからないと言われた問題の、基礎になる簡単な問題を示してみる。
「わからないです。これも後で聞こうと思ってて……」
「じゃあせっかくだし、こっちから解こう」
簡単な問題を、ゆっくり丁寧に教えていく。どうしてそうなるのかが、よく理解できるように、順序立てて。
「……わかったか?」
「はい。つまり――こういうことですよね?」
よく教えた問題を、咲ちゃんは詰まることなく正解して見せる。やっぱり、俺の予想は正しそうだ。
「じゃあ、さっきわからないって言ってた問題もやってみて」
「え? ですから教えてもらわないと分からな……あれ?」
咲ちゃんは問題をじっと見て、言った。
「つまり、さっきの簡単な問題と基本は一緒なんですか?」
「そうだな」
そう返事を返すと、シャーペンを一気に走らせ始めた。詰まることもなく、スラスラと、簡単な問題を解くように。
「どうです?」
「うん、正解だ」
咲ちゃんは、あれだ。どうしてそうなるのかが解れば、すぐに解けるようになってしまうタイプの人だ。
……これって俺、いるの?
「教えて」 と言われた以上はしっかり教えるつもりではあるが、俺のせいで逆に成長が遅くなってしまったらと思うと、少しだけ緊張感が増した気がした。
……これで俺が変に教えなければ受かったとかならないよね?