俺知ってる。これ勘違いしちゃいけないやつだ! 作:すずまちあめい
「あれ、これって雪ですかね?」
冬は日が落ちるのが早い。勉強会を始めて数日。俺は毎日勉強会が終わり次第、咲ちゃんを家の近くまで送り届けるようにしていた。可愛い女の子に夜道を歩かせるのはちょっと嫌だし。
今日もそのために、一緒に並んで図書館を出たのだが……
「そうだな。この時期に雪なんて久しぶりに見た」
真っ暗な中、街は真っ白に彩られていた。
深く積もって残る訳では無いが、かと言って地面ですぐに溶けてしまうほどでもない。微妙な雪の模様に、隣の行く大人たちは顔をしかめていた。
……わからなくはないよ? 雪ってちょっと鬱陶しいもんね。でもせっかくの雪なんだからさ、もうちょっと……とか思いながら隣を見てみたら、予想以上にきらきらとした目線を向ける咲ちゃんがいた。
「雪が降っている中で街を歩けるなんて、今日も頑張った甲斐ありました!」
図書館入口の階段を下って、屋根の下から飛び出す。そうして上を見上げて、寒さに真っ赤になった頬を見せながら、俺を呼ぶ。
「先輩も来てみてくださいよ!」
濡れている階段を、滑らないようにゆっくりと降りる。やがて屋根がないところでゆっくり上を見上げると、びっくりしたことにあまり雲は出ていなかった。
「星が見えるな。珍しい」
「そうですよね! ふつうなら曇っているはずなのに……多分、あの雲だけが雪雲なんでしょうね」
咲ちゃんが指さした方には、そこそこの大きさの雲らしきものが浮かんでいる。ただ、逆方向にはきれいにベテルギウスが浮かんでいるのだ。初めて見たような珍しい夜空に少し惹かれるような感覚を覚えた。
「雪とオリオン座、なかなか一緒には見られないよなあ」
「……これも、先輩と一緒にお勉強していたからなんですかね」
図書館の前を離れるように歩きだすと、咲ちゃんは俺を追うようにとてとてと小さい歩幅で追いかけて来る。それに少しずつ合わせるように速度を緩めて、隣に並んだ。
ゆっくり、のんびりと。まるで時間を楽しむようにゆっくり二人で歩いていく。咲ちゃんは、色々なところに目移りさせては目を輝かせて報告してくる。
「先輩、こんなところに積もってますよ!」
「あ、一瞬止みましたね」
「あの車、すごく積もってますね……山の方はもっと降っているんでしょうか……?」
ころころと表情を変えながら語りかけてくる咲ちゃんはかわいいし、見てて飽きない。
少し歩いていくと、商店街に入った。冬で外は寒い。だから遠くまで出るのは憚られるからか、そこらより若干温かいアーケードの商店街はそこそこの活気があり、まだ大体の商店が開いていた。
俺は迷わず一直線にとある店に向かう。咲ちゃんはどこに行くのか予想がついたのか若干顔を綻ばせながら、その俺に付いてくる。
「コロッケ、二つください」
「あいよ。いつもありがとな」
肉屋さんのコロッケだ。始めてここに来たときから、俺が一発で気に入ったコロッケ。最近は少し遅くなりがちな勉強会のあとに小腹を満たすために買って二人で食べていたら、いつの間にか咲ちゃんも気に入っていたようで、こうやって肉屋さんに向かっていたら露骨に嬉しそうな表情をするようになった。――もっとも、自分では気づいてないみたいだけれども。
商店街を抜けて、今度は住宅街に入っていく。そろそろ咲ちゃんの家だ。寒いし、早く送り届けてあげなければ。そんな気持ちで、若干歩くスピードを上げると、袖を弱い力で握られた。
「先輩……ちょっと公園に寄ってみません?」
「え? いいのか? 帰りが遅くなるかもしれないけど」
「はい。先輩さえ良ければ、もう少しだけこの景色を見てたいです」
少し微笑んで、俺より少し先に向かった咲ちゃんは、小さな公園の入口の中に入っていった。
後ろを追って中に入るが、あるのは寂しげに佇む遊具と、にこにこと笑みを絶やさない咲ちゃんが座るベンチだけ。
公園の入口には、自販機があった。そこにお金をいれて、『あたたかい』と示されている商品の中から、ココアを二つ買った。こういうときに買うココアはなんだか普通と違う気がしておいしい。
咲ちゃんの隣に座って、さっき買ったコロッケを取り出す。
すでに少し冷え気味のコロッケだが、これでも問題なく美味しいのだから全く期待は冷めない。コロッケを手渡すと、咲ちゃんは「ありがとうございます」と言って、包みを開けた。
「ほら、ココア。コロッケとは合わないかもしれないけど、寒いから」
「何から何まで、ありがとうございます。嬉しいです」
俺もコロッケの包みを開け、一口食べる。コロッケ特有のジューシーな甘さがやみつきになる味だ。ひまりともよく行くが、全く飽きる気配がない。
咲ちゃんも、ゆっくり慎重に食べていっている。
「おいしー……」
小さく呟いた。
前を向いてみる。冬らしく静かな夜の中に、ふわふわと弱くなった雪が舞う。幻想的な光景だ。
「わあ……きれいですね」
「そうだな……一緒に見るのが俺で申し訳ないくらいだ」
うん。これだけきれいな景色なら、年頃の女の子は好きな男とでも見たいものなのだろうな、もしくは友達。とそう思いながら、意味なく呟いた一言。それに、不思議そうな咲ちゃんがこちらを覗き込んできた。
「……なんで申し訳ないんです?」
「ん? 俺は冴えない男だし、こんなにきれいな景色なら、好きでもない関わりの薄い男と一緒だなんて、と思って」
「ふーん……なるほど。これがひまりちゃんが言ってた……」
何かを呟いた咲ちゃんは、俺の方をしっかり向いて言った。
「いいですか? 先輩。私は先輩と見られてよかったと思ってますよ?」
無邪気な笑顔に、思わず顔が熱くなってしまった。
なんで最近の子達はこうも勘違いするようなことを……!
「あ、顔赤くなってますね。かわいい」
明らかにひまりの影響を感じるにやーっとした笑みを浮かべながら、つんつんと頬を突っついてくる。
「あ、あんまりからかうなよ……」
「やーです。ほら、勉強がつかれたので、あんまり理性が働いてないんですよ〜。だから、私がしたいことしちゃいます」
理性が働かなくなるほど疲れてるなら早く帰ったほうがいいのでは……? とも思うけど、楽しそうな咲ちゃんを見てたらそんなことをいう気も起きない。それなら今はお姫様のわがままに付き合ってあげるのもいいかな。
俺は空いている方の手を握った。
「はへぇ……?」
「ん?」
こっちのことをからかってきてたから、年上彼氏ごっこでもしたいのかと思ってたのに、全然思ってたのとは違う反応。咲ちゃんはただでさえ寒くて赤くなった顔をさらに真っ赤にして固まった。
……あれ? これミスった? もしかしてセクハラ……?
や、やらかした〜! ひまりならこれでテンション上がるから勘違いしてたけど、よくよく思えばこれセクハラじゃん! 勝手に手を握ってとか! しかも勉強を教えてる立場という拒否しにくい立場の俺がやるなんてもう役満だろ!
俺はぱっと手を離して謝った。こういうのは謝意が大切なのだ。だから訴えないで……?
「ご、ごめん! 勝手に握ったりなんかして……!」
「へ!? い、いやいや! ぜんぜん! 何ならちょっと嬉しかったくらいで……」
「な、なんて?」
後半が聞き取れなかった。まさか訴えるけどねとか言ってないよね? そういう子じゃないとはわかってるけど俺が相当キモかったらあり得る!
「え、ええ!? さすがにもう一回言うのは恥ずかしい……も、もう知りません! わ、私帰ります!」
咲ちゃんはコロッケの最後のひとくちを大きく食べて、ココアを持つと、カバンを取って急いで駆け出した。
「えちょ!」
止めようとした俺の手が空回りして宙を掻く。咲ちゃんは走って公園から出ようとして……そして出口で立ち止まってこちらを振り向いた。
「そうだ、あ、明日もよろしくお願いします! じゃまた!」