変な夢を見た。
自分の知らない犬を散歩に行かせる夢。
どうやら夢の中の自分はその犬、茶色い毛むくじゃらの小型犬のことを大層可愛がっていたようで、非常に楽しみながら散歩に連れて行っていた。玄関のドアを開け、家の階段を淡々と降りる。そして空を見上げれば、どうやら雨が降っていたようだ。
いつの間にか、自身の手には傘が二本握られており、自分用の青い傘と、おもちゃの様な小さなピンクの傘。この小さいのは、犬用だ。
その見知らぬ犬は自分で傘がさせるようであり、大雨の中小ぶりの小さい傘をさしてやれば、柄の所を自分で持って。いや咥えて雨粒から身を守れるようだった。現実で考えれば大変利口な犬であるが、夢の中の自身は何も疑問に思わない。それが当然のようだと考えながら、犬と共に雨の中を歩く。傘のサイズ的に守れるのは頭部だけ、そして途中で飽きてしまうのか何度も落としてしまう犬。その面倒さを愉しみながらも、私は犬の横についてやりながら歩いていた。
散歩を進めて一分もたたないころ、犬が手放してしまった傘が地面に転がり、壊れてしまった。どうやら雨粒を弾く布と、傘の骨を固定する部分が外れてしまったようだった。私は犬にその場に止まるよう指示を出しながら、傘の修理を行う。
修理自体はそう難しいものではなく、すぐに終わった。けれど犬にとっては長い時間であったようで、傘を渡しても再度咥えることはない。興味が薄れてしまったようだ。傘を口からポロリと落とし、その後始末を私に任せるとどんどんと前に進んでいってしまう。
そして犬が進み、自身が走っても追いつけなくなる距離まで離れたころ。
前から現れるのは軽自動車。
起きてから気が付いたことだが、私は犬にリードをしていなかったのだ。散歩に必須のそれを忘れてしまっていた、飼い主として恥ずべきことである。けれど夢の中の私は、それを一切可笑しなことだとは認識していなかった。夢の世界では、傘がリード代わりだったのだろうか。
とにかく、前から車が来たのだ。
小型犬では、対処もできぬ。何も気にせずたったかと前へと走る犬に、前からくる車が危険だと呼び止める私。普段であればリードを引くのだが、夢の私が持つのは傘だけ。追いかけようとも間に合わず、出来ることは何もない。
前からやってくる車はかなりの悪人だったようで、あえて車を蛇のように動かし、私の愛犬を撥ね飛ばしてしまった。右へと吹き飛ばされてしまう私の愛犬。彼か、彼女かはわからずじまいだが、その子は歩道をまっすぐ走っていたのに、轢き飛ばしたのである。犬を轢くためだけに、ハンドルを左に振ったのだ。
横たわる犬に、私の怒りの声を聴き、わざわざ真横に停車する車。
本来ならばすぐさま犬に駆け寄るのが正しい行為なのだろうが、私はその車の主。運転者に罵声を浴びせていた。
軽自動車に乗っていたのは二人の若者。ちゃらちゃらとしており、車の中は小物やゴミで散らかっている。何を言っていたのかは覚えていないが、どうやら自身と愛犬のことを馬鹿にしている様だった。
私はすかさず反論したが、その不埒者からすれば面倒だったのだろう。さらに私を轢いて逃げることにしたようで、いつの間にか車がこちらに向いている。そしてアクセルが踏まれる音。
しかし流石夢の世界なのか、怒り狂った私はその車を受け止めてしまう。両手でしっかりと抑えたソレを少し浮かせたことで。前輪が宙に。動揺した彼らの隙を突くように、すぐさま私は軽自動車をひっくり返してしまった。驚きに染まる若者たちの顔。
彼らが逃げられないようになったことに満足したのだろう。その後私はすぐにその犬に駆け寄り、持ち上げた。
私の大事な茶色い毛むくじゃら。けれどその犬だったはずのものはぼやけてしまっており、何か白いもやもやとしたものの上に、赤い血痕が乗っているような存在に変わってしまっている。けれど私にとってそいつは未だ愛犬だ。病院に連れて行かなければならない。
そんな慌てる私に声を掛けてくるのは、おそらく女性。急に現れた彼女は若く綺麗な存在であったことは覚えているが、すでに顔は靄が掛かっており解らなかった。彼女は私に何か、おそらく「大丈夫か」と問いかける。
自身は「この子を動物病院に連れて行かなければならないため、先ほどひっくり返した男たちの方をどうにかしてくれ」と頼んだ。彼女はそれに頷き、警察を呼ぶと答えてくれた。
私はスマホを取り出し、動物病院に電話しようとした。
けれど人の病院のように、119で救急車が来るわけではない。さらに私は動物病院の電話番号を覚えていなかった。私個人で出来ることは驚くほど少ない、故に助けを求めるため、家に電話することにした。散歩に出てからそこまで時間は経っていない、家は近所。呼べばすぐに助けに来てくれるだろう。
それに、家にいる父なら病院の番号やこの犬の掛かりつけ医を知っているはずだ。それに車も回してくれるはずだ。そう考えた私は、家の電話番号を入力しようとするのだが……。なぜか上手く行かない。通常であれば9つのボタンが並ぶ入力画面であるはずのそれが、スマホの小さなキーボード入力になっている。
操作が難しく、また予測変換が暴走するため、家の番号を入力できない。
それにやきもきしていると……。気が付けば自身の枕の上。
見慣れた寝台がそこに。
夢から覚めてしまった。
もうあの世界がどうなったかは解らないが……。白いマスク、鼻先を当てる針金の部分が赤くなっていた紐なしマスクの様な私の愛犬が、無事であることを祈るとする。まぁ元の姿であったとしても、自身の愛犬とは似ても似つかない存在だったのは、確かなのだが。