とある事情でカエルのリゾットしか食べれなくなった人の最期

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ハーメルンの小説投稿機能の確認用の習作です。
〝美髯公のような力強さ〟と〝生存欲とでもいうべき感情が理性を腰巾着に〟の順番を入れ替えた以外は中三の夏に書いたので読みにくいと思います


ラストリゾット

 正二は悩んでいた。

 彼の目の前には、只一個の食卓と、一皿の料理が一本のスプーンと共に在り、それが彼に困惑を齎している。

 ところで、彼にとって、リゾットにはあまり良い思い出がない。

 初めてリゾットを食べたのは七つの時、風邪で小学校を休んだ日に、普段ベッドから起き上がることの少ない母が父の代わりに態々作ったものだ。

 リゾットは本来米を歯ごたえが残る程度に茹でたもので(アルデンテ、というらしい)、そこに好みに合わせて他の具材を入れるし、入れないのも自由だ。母の作ったそれはリゾットと言うより、おかゆといったほうが正しかった。今にして思えば、当時のこの辺りは未だ西洋のものが珍しく、東京の出だという母の、ちょっとした意味のない見栄だったのではないかと想像できるが、当時の彼は母がリゾットと言い張ったのを信じた。

 結局それは彼が食べた唯一の母の味で在り、同時に唯一のリゾットにまつわる良い思い出となった。

 次に彼がリゾットに出会ったのは、18の夏、地元よりはるかに都会な地方都市の三流大学に入ってから出来た彼女と入ったイタリア料理店だった。別に、でーととしゃれ込んだわけではない。でーとになってしまったのだ。

 そこで出されたのは、少々朧気な記憶にあるものより堅く、そして味付けが大きく違った。別にその料理店が変なものを出したなどと言うことではもちろんなく、むしろ〝正しい〟リゾットだった。只、彼が此まで食べたことのある唯一のリゾットが殆どおかゆといって差し支えないやわやわで出汁の味のするものだっただけなのだ。

 簡潔に言ってしまえば、彼は後頭部をテトラポッドで殴られたかのような(実際にテトラポッドで殴られたなら先ず生きていられるかどうかわからないが)衝撃を受けた。

 恰も母を否定されたかのようなどうしようもないある種の絶望感で頽れないように必死で、彼女とどんな話をしたかもよく覚えていない。

 次の日は早朝から夕方まで講義と部活が在り、とても暇がなかったので、彼はリゾットとのセカンドコンタクトの翌々日、再びあのイタリア料理店に行った。

 味は、一昨日とまるで一緒だった。

 此処までなら、そこまで悪い思い出ではなかった。

 しかし、彼はその日だけは運が悪かった。

 事が起こったのは、リゾットを食べ終え会計を済ませた後、店の出入り口をくぐった時だった。

 いきなり、目の前に蚊男が降り立ったのだ。

 なんだ。幻覚を見ているのか。だとすると先程食べたリゾットに何か入っていたのだろうか。そうか、それだ。それであの〝堅いおかゆ〟をリゾットと錯覚させていたに違いない。母は正しいんだ。

 ぱーっと、そんな了見が頭をめぐり、再び目の前に集中する。

 怖かった。何と言うと、所謂生理的な嫌悪感と生命の危険が混ざり合ったものだろう。いや、怖いのに相違は無いのだろうが、嫌悪感の方が強いかもしれない。

 そのまま見ていると、蚊男がいきなりその口(正確に言えば口では無いのかもしれないが、彼の語彙ではそのようにしか表現できない針状のもの)を彼の首筋にあてがった。

咄嗟のことに体が動かず、蚊男は長い間(と、彼には思えた)その口をあてがっていたが、いきなりぶずりと口を喉仏のあたりに刺し、半秒足らずで抜いた。彼がそれでも猶動かずにいると、蚊男は次のように囁き、跳んで何処かに消えた。

 ーーお前の体はもうカエルのリゾットしか消化できんぞ。精々食べろ。それと、林檎は毒だ

 頚椎まで刺されたと思った傷からは全く血が噴き出なかった。やっと体が動くようになった後、手で触ってみると、傷の跡さえわからなかった。

 この、到底非現実的な出来事は、悲しいことに現実だった。

 それによって引き起こされた地獄のような日々により、彼にとって〝リゾット〟はいつの間にやらろくでもない出来事の象徴となっていた。

 改めて周囲を確認する。と言っても、枷でもはめられているわけでは無いのに何故か首が動かせないため、目が動く範囲内だ。

 〝そこ〟は真っ白い空間で、直方体のような形をしているように見えた。左側には〝窓〟があり、真っ白なレースがハタハタ風に煽られているような挙動をしている先はただ明るいとだけしか認識できない。空間の中にはただ、彼と、彼の座る椅子、そして冒頭で述べたように一個の食卓と、一皿の料理が一本のスプーンと共に在るのみだ。

 その料理こそ、リゾットだった。

 此又真っ白い、只のリゾット。そう断定しかけて、彼はリゾットの中に異物があることに気がつく。

 それは林檎だった。

 林檎である。あの、赤くてまあるくて、甘いと評判の瑞々しい果実、林檎である。それも、八等分くらいにしたものをさらに細かく横に切っていく、所謂いちょう切りではなく、一個丸ごと。ヘタまで付いている。

 此を作った人は正気だったのだろうか?

 そう思いながらも、気づけばリゾットの一番林檎から遠いところを口に運んでいた。

 柔らかかった。

 温かかった。

 出汁の味がした。

 優しかった。

 そこからは速かった。火がついたような勢いでリゾットのみを食べ出した彼は、一心不乱にリゾットを口に運び続け、気づけば米粒の一かけすらも皿の上にはなかった。

 彼は満足感、それも只食欲に関する満足感だけではなく、もっと違う方向の満足感にも満たされ、久方ぶりに心の底から安堵していた。然し、皿の上には未だ最後の関門が残っていた。林檎だ。〝窓〟からの光を受け、燦然とさも美味しそうに輝く様は、まるで林檎自ら食べろ食べろと誘なっているかのようだ。思わず左手が伸びるが、引き戻す。彼は子供の頃、父が嫌いなせいで一度も林檎を食べたことがなく、大学に入ってからも幾度と買い忘れ、仕舞いには蚊男に何やらされて終ぞ口にできなかった為、その輝きに背中を押され、食べてしまいたいと言う気持ちも赤兎馬の如く存在する。だがそれを生存欲とでも言うべき感情が理性を腰巾着に、美髯公の如き力強さで抑えていた。

 しかし何故、林檎なのだろう。

 ふっと湧いて出た疑問から、思考が逸れていく。

 リゾットの具といえばベーコン、きのこ辺りであり、果実といった選択肢は彼の中に存在しない。そも、リゾットは主菜であって、副菜にはなりにくいし、デザートという可能性など毫も存在し得ない。存在が赦されない。一歩譲って果実を投入するにしても、林檎以外の選択肢もあったはずである。バナナとか、いやないな。

 まあ良い、食べてみよう。

 それまでの苦悩や思索はそんな呆気ないひとことで一旦棚に上げられる。

 いざ、手に取り資金で見てみると先ほどより美味しそうに見えて、堪らず赤兎馬が美髯公を振り切って林檎に齧り付く。しゃくりと音を立て、甘みが口に広がる。

 こりゃ面白い、ラストリゾットという訳か。

 齧ったところからは、刳り抜かれた空間に詰められたリゾットが覗いていて、林檎の匂いに混じってふんわりと出汁の香りがした。

 ーーーー此はリゾットよ、正二。決して、決してお粥なんかではないわ




転写してる際文字数がどんどん増えていって謎の焦燥感のようなものに襲われた。
2000字以上行くとは思わなかった

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