『美鈴もパチェの用事で一緒に行くでしょうからついて行ってあげて』
館の吸血鬼はメイドに命じ
『咲夜もレミィの用事で一緒に行くでしょうから護ってあげなさい』
図書館の魔女は門番に頼んだ
『『あそこは物騒だから』』
旧地獄への買い物を
お遣いと浴衣と酒と花火と
*****
【旧都の外れ】
地下に広がるかつての地獄の街、旧都
その外れにある外壁の上方に開いた、地上と通ずる横穴に人影が二つ
「熱いわね」
「暑いですね」
紅魔館のメイド、十六夜咲夜と同じく門番、紅美鈴
これから赴く買い物先を前に一息ついていた
「いやー、しっかし懐かしい雰囲気ですね~」
「…どこが?」
木製の建物がひしめき合い、生活の匂いが熱気に煽られ、妖怪同士が騒がしく接する街を見下ろす
「私が前にいた街もこんな感じでしたから、活気があって」
「ふぅん…」
目敏いメイドは視界の端で酔っ払った妖怪同士が掴み合いの喧嘩をしているのを見つけてしまい、眉を潜めた
「こんなスラム…」
「え?」
「何を買うよう言われたの?」
「ッはいはい、これですね、え~~……」
門番はメモ用紙を取り出して読み上げようとするが笑顔が止まり、無表情になり、難しい顔で唸り出した
「貴女は分からなくていいの」
メモ用紙を取り上げると確かに美鈴には馴染みの無い素材の名前が並んでいた
咲夜にとっては買い出しで何度か見た名前もあるので戸惑わない
「パチュリー様が貴女を遣ったのはその為でしょう?」
「…?」
「私が頭で貴女が身体」
咲夜はメモ用紙を自分の買い物とリストを同じ所に仕舞った
「荷物、任せたわよ」
「あ、咲夜さ~ん…!」
やおら街に飛び降りた咲夜を美鈴も追った
【旧都:大通り】
人間達との共存を拒み、幻想郷のルールも性に合わない妖怪達は地下に潜った
先日の間欠泉騒ぎ以来、比較的弾幕ごっこやスペルカードルール、そして地上との交流は増えたが、依然として地下は地上とは一線を画していた
アウトロー、スラム、溜まり場
外れ者や嫌われ者、極悪人等の逃げ込む場所でもあるが、独自のコミュニティや習わしによって治安は保たれていた
価値観や拘束から解放され、むしろ独特の活気となっていた
それが地獄の都、旧都
「さ、咲夜さん…」
「何?」
沢山並ぶ薬草の壺を咲夜さんはリストと見比べていた
「一つ位…持って下さい…」
既に両手は塞がり、頭の上に重ねた購入品が落ちない様にバランスを取りつつ訴えたが
「嫌」
案の定受け流された
「ほ、ほら! このポシェットなんて咲夜さんに似合」
「お嬢様の御召し物よ」
「ぬうぅ……」
頭上にそびえる荷物の塔の根本がガサゴソガサゴソガサゴソと悶え塔が揺れる
「…これ、二袋お願い」
屋台の妖怪が手慣れた手つきで薬を紙袋に入れ、突き出す
「ありがと」
袋を受け取り、その手に代金を乗せた
「……」
「……」
その際、何とも言い難い暗く、重い視線を向けられた
「ありがとう」
そこは咲夜さん
お手本の様な笑顔でやり過ごす
「咲夜さん」
「何?」
「気付いてると思いまアムッ!?」
「当然よ」
紙袋二つの端を口に入れられた
「予想はしてたけど…結構あからさまに仕掛けてくるのね」
振り向いた先では、旧都の妖怪達が私達を取り囲んでいた
第三者からしてみればメイド゙服とチャイナ服はこの旧都ではかなり浮いていた様だ
やはり、余所者を歓迎するような場所ではなかった
「…何か?」
やはりお手本の笑顔で問い掛ける
取り巻き達は値踏みする様な、いつでも飛び掛かれそうな殺気に近いものを放っていた
「地上の方ぁ?」
着物を着崩し、口に紅を塗った女郎らしき女が手に煙管をユラユラと近寄って来た
「えぇ」
「そちらの荷物持ちさんは置いといて…」
「ウぇ?」
「あなた、人間じゃなくて?」
咲夜さんの全身を舐める様に眺める
一歩で踏み込める様に気を練ろうとしたが、咲夜さんに背中で止められた
「…えぇ」
「ふぅぅぅん……結構な上玉じゃない」
取り巻き連中からも含み笑いが聞こえる気がする
女郎は煙管をくわえて続けた
「ちょいとウチに来て働いてみないかい?見た所どっかの使用人みたいだけど、そこよりは良い目見させて」
コンッ
「あげ…」
女郎の煙管が木管と金管の境でスッパリと切れていた
「申し訳ありませんが」
…咲夜さんがナイフを太股に戻した
「私の居場所は紅魔館…仕える主はお嬢様だけですので」
取り巻きの熱気が強まった…
「……ほぉ~ん…?」
女郎は半分になった木管を歯と舌で口に収め、ボリボリと噛み砕き、呑み込んだ
「荷物持ち付けてまで人間に、この旧都にお使い頼む世間知らずなお嬢ちゃんにねぇ?」
女郎の絡み付く言葉も咲夜さんは笑顔で切り裂いた
「仕方ありませんよ こんな薄汚い町が存在するなんて、お嬢様の育ちの中では知りようもありませんから」
「はくやひゃん!!」
「美鈴、物をくわえたまま喋らな」
ジャキンッ!!
「……」
女郎の右の袖から鎌が延び、足元を少しえぐった
「…誰の育ちがどうだか知らないけどさぁ…」
女郎は今までにない笑顔
嗚呼、頭に来てるな
「あんたが分かってないのは間違いなさそうだねぇ?」
全方向から物騒な音と息遣いが聞こえる
「ここがどこで、どんな所か」
女郎の目は、狩りをする蟷螂の目だった
「美鈴」
「ふぁい!?」
「ニ秒作って頂戴、逃げるわよ」
「れひたらひかんをほめて…」
「時間を止めたら貴女も動けないでしょ?」
「、」
「貴女が手放した荷物を時間を止めて私が回収、直後に貴女が稼いだニ秒で逃げるわよ」
「……」
「何ブツブツ言って…!」
カコーーーン………!!
「…あん?」
野次馬、取り巻き、女郎、そして私と咲夜さんが音のした方に振り向く
「……」
緑色の髪を頭の両側で纏めた小柄な少女が釣瓶(つるべ)に入っていた
さっきの音は、彼女が地面に着いた時の音だろうか
少女は申し訳なさそうに頭を下げる
自分の胴体程ももある漆塗りの杯を抱えていた
「ぉぃ、あの餓鬼…」
「つぅかあの杯って…」
「…ゥむ?」
急に周りがうろたえ出した
「…けっ」
ジャギっと鎌が袖に引っ込んだ
「興醒めだわ…帰るよ」
落ちた金管を広い、女郎はユラユラと立ち去った
周りの連中もこちらを睨みつつ立ち去って行く
「美鈴」
「?ッはい?」
咲夜さんが口から紙袋を取る
「行くわよ」
「?……は、い…」
擦れ違い様に見えた咲夜さんは笑っている様に見えた
自嘲してる様な、呆れてるような笑顔だった
カコンッ カコンッ カコンッ
「?」
「美…?」
振り返ると、さっきの少女がヒョコヒョコと釣瓶ごと飛び跳ねこっちに近寄って来た
「…?」
杯には紙が一枚
「……」
両手が塞がってて取れない
「何これ?」
咲夜さんが紙を手に取ると…
「…地図みたいですね」
簡単な、手書きの地図
カコンッ カコンッ カコンッ……
「あっ…」
少女はそのまま恥ずかしそうに跳ねて行ってしまった
「何なんでしょう…」
「…行くわよ」
「は、はいっ」
結局荷物は紙袋二つしか減らず両腕と首を酷使して後を追った
*****
【従者移動中】
「宿…」
「ですね」
あの後も周りから嫌な視線を投げ掛けられたが、咲夜さんはどこ吹く風と気にせず歩いた
私は荷物を落とさない事に全身全霊を賭していたので気にしている余裕は無かった
そうして辿り着いた地図に指し示された場所は周りと同じ様な木造の宿屋
気付けば大通りからは離れ活気も喧騒も遠くなっている
静かな、ある意味除外された、それすらも情緒の一部になった静かな細道
「……」
「あ、ちょ」
「何?」
「あ ぃぇ、その…もしかして泊まるんですか?」
「?えぇ」
咲夜さんが懐中時計を覗き時間を確認し、パチンと蓋を閉じると急に頭が軽くなった
「お嬢様からは地下の様子を見て来る様言われているわ」
咲夜さんの両手にはその分の荷物があった
「明日は地霊殿のさとり妖怪に会いに行くし、泊まるわよ」
「、はぁ」
暖簾を潜る咲夜さんに続く
潜れるかな…まだ荷物積んであるんだけど
…お、ギリギリ
【宿屋:玄関】
「、いらっしゃい」
玄関の受け付けには誰もいなかったが、出迎えの声は階段の上から聞こえて来た
「一部屋借りたいのですが」
「お邪魔しま~す…」
ギシ… ギシ…
「二人かい」
螺旋状の階段から木の軋む足跡が降りて来る
「はい」
(うおっ)
降りて来た女将は銀髪の初老
黒い着物を着て、落ち着いた佇まいだった
背中の穴から延びた二対の脚は身長の倍はあった
アシナガグモの女将はその脚で玄関まで壁伝いに降りた
「…あんた人間だねぇ?」
番台に着くと、帳簿に何やら書き込んだ
「良く言われました」
「それで生きてここまで来れるんだから大したもんだねぇ? それともお友達に守ってもらったのかい?」
私の方に一度目を向けるが、やはり深入りはしなかった
「助け舟を出して貰いまして」
咲夜さんが用紙を出すと女将さんは顔を動かさず長い脚で紙を引っ掛けて顔の前まで運んだ
「……」
眉一つ動かさない
「釣瓶に入った緑の髪の…」
「あぁ、分かったよ」
…紙を丸めて口に放り込み、モゴモゴと租借した
「風呂は一階で飯は出ない…」
別の脚が壁から簡素な鍵を引っ提げ、咲夜さんに渡した
鍵の札に部屋番号がついている
「部屋に虫は涌かないつもりよ」
笑う所だろうか
「あとは防犯だけど…ここは旧都だしねぇ」
「ありがとうございます、お気遣い無く」
咲夜さんが笑顔でお辞儀をし、階段を上がって行った
私もそれに続く
「あぁ赤毛のお嬢ちゃん」
「?はい?」
「床が抜けたら嫌だから荷物は分けな」
「あ、はい」
両手の荷物を降ろすと確かに怪しい軋み方をした
【宿屋の二階:客室】
「……」
どうにも旧都に入ってから育ち故郷を思わせる雰囲気を感じていたが、古びた宿屋の一室も、やはりと言うか懐かしいものだった
ドアを開けて目に入ったのは狭くも広くもない部屋、独特の匂いを出す畳、足場の無い柵だけのベランダ、間に合わせの様なテーブル
そして、窓から見える景色
旧都は地下の都
当然日光は入らないので朝も昼も夕方も夜も無い
あえて言うなら、暗闇に建物の明かりが灯り、日没直前の祭を思わせた
「……」
本当ならそんな景色に見取れる筈だったが、そうはならない事情があった
「……」
咲夜さんが、窓に向かっていた
私から取った荷物を置く事も忘れ、放つ気配からも普段の警戒心が感じられない
きっと咲夜さんも夜景に見取れているんだろうとニヤケ顔を堪えつつ忍び足で咲夜さんに近寄り、顔を覗いた
(……え…)
「………」
咲夜さんは無表情だった
睨んでいる様にも、悲しんでる様にも見えた
思わずうろたえ、後ずさる
「ッ、…美鈴」
畳の擦れる音に咲夜さんは我に帰った
「ごめんなさい、外で何か動いた様な気がしてね」
やれやれと荷物を置く
「、そうでしたか」
私も荷物を置く
「にしても本当に汚いわね…」
欠けた土壁や煤けた襖に紅魔館のメイド長は溜息をつき襖を開けた
「紅魔館と比べたら駄目ですよぉ」
「布団は流石に綺麗にして…あら?」
「?何です?」
「……」
スルスルスル、っと紺色の布が流れ落ちる
「あぁ、浴衣ですね」
「…里の人達が着てる?」
「はい、これは…寝巻ですね」
「…意外と広いのね」
間近に見る浴衣に興味津津な咲夜さん
「後でお風呂入りましょうね、咲夜さん」
「えぇ」
浴衣を衣紋掛け(ハンガー)に掛けシワを延ばす
「……」
「……」
「…美鈴?」
「はい?」
「荷物は?」
「あ そうでした…」
いそいそいそ
【宿屋:玄関口】
「これで最後、っと…」
数回に分けて運んだ荷物も後は軽く抱えられる量だった
「お嬢ちゃん」
「?」
振り返ると、女将さんがヒトの手で野良猫に餌をやりながら、長い蜘蛛の脚で私に酒壺を突き出した
人の胴程はある、酒壺としては大きくも小さくもない酒壺
「…頂けるんですか?」
「久しぶりの新顔さんだからね 私は呑まないし、やるよ」
「…どうも」
蓋をしてるのにいい匂いが漂って来る
「…白い方のお嬢ちゃんは」
「?」
「色々と苦労して来たみたいだねぇ?」
「はぇ?」
白い野良猫は立ち去り、壁を登って行く
「やけに血の臭いが強いし…」
(あー でしょうな)
「あの歳の人間にしちゃ“ここ"の連中みたいな面(ツラ)してたからね」
「……」
女郎達に絡まれた後の咲夜さんの顔を思い出す
「まぁ、幻想郷から来て旧都をほっつき歩く人間がまともな筈無いか」
「……」
「あぁ、風呂ならいつでも入れるよ」
「…分かりました」
残りの荷物と酒壺を抱えまた二階に上がる
*****
【宿屋:女湯】
「……」
「……」
一階の温泉はいわゆる露天風呂ではなく、どこからか引いた温泉を蛇口を捻って湯舟にゴバゴバと流して湯を張る型の温泉である
風呂場には私と咲夜さんだけ(本当にお客さんいないなぁ)
並んで湯に浸かり、水色のタイルの影にに寄り掛かっていた
「んーー~…ふぅ」
「……」
背筋をグッと延ばす私と膝を抱えて天井を見上げる咲夜さん
「…さ~くやさん」
広く、鎮まっていた風呂場に私のくぐもった声が響く
「…ん?」
立ち込める蒸気の中で咲夜さんがピクリと反応した
「どうしたんですかぁ? 宿に来てからボーッとしちゃって」
「……」
「でもいい感じの雰囲気ですからね、咲夜さんもたまの息抜きになって良かったです」
「…ふふっ、そうね」
パチャリ…と肩にお湯を掛ける仕種
(あーあ…)
やっぱり、何かあるのか
都入りして、買い物をして、喧嘩ふっかけて、宿に泊まって
咲夜さんはいつも通りそつなく仕事をこなしていた様に見えたが、今回は違った
感情がこもっていた
仕事中には隠して見せない、私情が
ただ、どんな感情なのかが分からなかった
買い物を楽しむでも喜ぶでもなく、周囲からの嫌がらせを怒るでも、ましてや悲しむ筈もない
ただ、どうにも彼女らしくない消化不良な気配が渦巻いてる
普段から感情の起伏の乏しい彼女が何を考えているか
(分かりっこないか…)
口元まで潜り、ブクブクと息を吐く
「汚いからやめなさい」
「はーい」
と、行儀に細かく指摘も入れる
ホント、いつも通り
(無意識の内に、か…)
そう言えば地霊殿の主の妹は無意識がどーたらこーたら と、関係のない事を考え始めた時
「先に揚がるわね」
「え? あ、はいはい」
濡れたタオルを体に張り付かせ咲夜さんが湯を分け入って行く
綺麗な背面の色と形を見送っていると、ふと“見返り美人"と言う単語が頭に浮かんだ
「咲夜さん、浴衣の着方は…」
「『割と簡単に着れる筈』、でしょ?」
入浴前に咲夜さんには浴衣の着方を教えたが、その時の私の台詞を返された
実際浴衣は簡単に着れる筈
それが咲夜さんならあの説明で充分だろう
細い背中は振り返らずに戸を開き、閉じる
「……」
この温泉の湯は人間には少し熱過ぎたかも
私はまだ余裕だけど
て言うか、こんなにのんびりダラダラとお風呂に入れるのも久しぶりだなぁ
そんな事をボンヤリと湯に浮かべナイフの飛んで来る心配も無く温泉を堪能していたが、いつの間にやら入っていた金髪の鬼に睨まれてる気がして私も慌てて揚がった
*****
【宿屋:玄関口】
「むっ」
浴衣を着て髪を拭きつつ二階へ上がろうと、玄関口を通った時だった
「よっ」
女将さんと何か話していた人がこっちに手を挙げた
金色の長髪に両腕の手枷、額には一角を有した鬼(さっきのとは別人)である
「さっきは災難だったね」
笑いながら漆塗りの杯に酒を注ぎ、豪快に煽った
…あの杯
「さっきの…」
「あぁ、私の横槍だよ」
女将さんは黙ってお茶を飲んでいた
「余所の喧嘩なんて私はどうでもよかったんだけど、キスメが止めさせたいって言うからさ、ちょいと手助けした」
…杯一つでか
紅魔館の名前を出してもなんら反応が無かった事を思い出すと何とも居心地が悪い
(「地下の様子を見て来い」ってそう言う事なのかなぁ)
確かに、名前さえも知られてないと言うのは不味いのだろう
あのお嬢様としては
「…この宿への地図を渡したのは?」
「知り合いの宿屋さ、人間でも何でも金さえ払えば客として泊めてくれる貴重な宿だよ」
女将さんを見ると「晩飯の時間か」と言って奥に行ってしまった
「あんたも呑む?」
「いえ、まだ揚がったばかりですし」
「あっそ…じゃ、冷めたらゆっくり呑みな」
「?」
「女将さんから貰ったんだろ? 受け取って無いのかい?」
「いえ、頂きました」
あの時の酒壺がそうだろう
「でもどうして私達に…」
「どうしてだと思う?」
んー… 酒を送る…
喧嘩を止められた後で…
「…何かの勧誘ならお断りですよ?」
拳法家の私とは違った、荒っぽい殴り方で出来る拳のタコを盗み見ながら苦い顔で断る
「っはっは、そんなヤクザ者じゃないんだから」
杯一つで余所者を助けた鬼が心底可笑しそうに笑った
「まぁ…興味はあるけどね」
「はい?」
「相方のお人形さんだよ」
相方のお人形…あぁ、咲夜さんか
服装的にも、雰囲気的にも
「上品な育ちのつまんなそうな女だと思ったんだけどさぁ…」
酒の表面を揺らして眺める
「結構場慣れしてそうな雰囲気だったからさ、少し気になった」
「……」
「心当たりがありそうだね?」
「…こっちに来てから、普段と違う気はしてました」
場慣れしてる それは感じた
だが、昔紅魔館に来た時点で彼女は(流石に妖怪には及ばないが)人間らしからぬ戦闘力を既に有していた
何かしら荒っぽい事をやり慣れていたのは感じた
でもそこじゃない
私が気になったのは…
「おっと、私に聞くなよ?」
鬼が立ち上がり杯と酒瓶を担ぐ
「今日初めて会った余所者の事なんて知らないし詮索もするつもりはない」
それでも何やら楽しそうに笑っている
「ま、酒でも呑ませて吐かせちまうこったね」
そう言うと奥の女将さんにも一声掛け、鬼は下駄をカランコロンと鳴らして暖簾を潜った
(…酒で酔わせて、かぁ)
それこそ咲夜さんには通用しなさそうだなぁ と、ワインの一、二杯なら行儀作法の一つとして涼しい顔で呑む瀟洒な従者を思い出す
そして、それ以降酔うまで呑むなんて事はないだろう
(…そう言えば)
酒壺の事、咲夜さんに教えてなかったな
まぁ咲夜さんは見知らぬ物に口は付けないし、大丈夫だろう
…見知ら飲み物を勝手に受け取った事は咎められそうだ
湯に火照る体を階段に向ける
*****
【二階:客室】
あれ?と思ったのは、私達の部屋の扉をノックしても返事が無かったからである
それ自体は不思議ではない
単純に咲夜さんが中にいないだけだろうから
ただ、そう思えないのは部屋の鍵が掛かっていないからである
見知らぬ、咲夜さんから見て明らかに不穏なこの街で部屋に居ようと居まいと咲夜さんなら鍵を掛けておく筈
そしてそれは住み処である紅魔館でも揺るがなかった生活リズムである
彼女には珍しく、無用心である
「咲夜さぁん?いないんですかぁ?」
再度確認 返事無し
「…入りますよぉ?」
少なくとも替えを覗く様な失態はしないだろう、と扉を開けた
窓際の風鈴が鳴る
「……」
「……美鈴」
咲夜さんは、いた
いたが、それが咲夜さんなのか一瞬迷った
解いた髪は湯を含んで緩み、火照った体を包むのは普段のメイド服ではなく浴衣
それだけなら、単純に綺麗だの何だので片付く
が、それだけではない
畳に置かれているのは女将さんから貰った酒壺とそれを塞いでいた栓、酒を汲み取る小さな杓
そして、今日買ったばかりの
小さなおちょこ
完璧で瀟洒な従者には決してありえない、許されない筈の立て膝をついた座り方
浴衣の襟や裾も少し乱れ、頬は紅く、目も潤んでいた
普段見る事の無い風情ある美しい雰囲気と酔った荒くれ者の態度が同居した
それが“十六夜咲夜らしさ"を隠し、誰なのか分からなくしていた
窓際の風鈴が鳴る
「咲夜、さん?」
「……」
無視 と言うより聞こえていないのか
膝の上に寝かせた腕がおちょこを指先だけで摘みフラフラと揺れる
「咲夜さん?」
「…なに?」
「…お酒、飲まれました?」
「……」
間が開く
酒の為か温泉の為かあるいは両方の為か、熱っぽい体が深い呼吸をつき揺れる
「リストに無かった、から…貴女、が 部屋に持ち込んだお酒だったかと…自分で買ったと…」
寝言のように理由のような何かを呟き、荒っぽく手櫛で髪を掻き上げる
(あちゃ~…)
私が持ち込んだのだから大丈夫だろう、か
信用されていた様だが、素直に喜べない
「……」
逆に私も『咲夜さんなら勝手に、それも人の酒を呑んだりしないだろう』と思い込んでいた部分はあったが…
(て言うか実際そうでしょう)
宿についたとは言え、お使いや探索を命じられた以上は常に勤務時間 ……と、普段の咲夜さんならピリピリしてたろうに
本当に、今日はどうしたんだろう
「ちょっと失礼…」
酒壺の淵についた酒を指で取り舐める
「…ぅわッ」
小さく焦る
飲み応え自体は問題無い
が、胃に落ちてからジワジワと確実に、強い酔いが回るのを感じる
鬼が呑む酒である
自分は妖怪で、一掬い舐めただけなので平気だが、人間の咲夜さんが(見た所)おちょこで何杯も呑んでいる
「…ぁ……」
おちょこを取り落とすが、拾う気力は無さそうだ
(…しかし…これは…)
髪をゆったり解いてるだけでも中々見掛けないのに、加えて風呂上がりで酒に酔っていて着崩れかけてると言う何とまぁ珍しくも魅力的な光景である
「……」
(っと、いかんいかん…)
既に咲夜さんは言葉も発せず廃人の様に虚ろな目でジッと座ったままだ
妖怪をも酔わせる酒を呑んだとなれば、酔うだけでは済まず胃や喉が焼けるかも知れない
文字通りの意味で
とりあえず常に持ち歩いてる漢方薬を飲ませ、布団を二組敷く
最早目を開けたまま夢見心地の咲夜さんに粉薬を飲ませるのは骨が折れたが、何とか出来た
「咲夜さん立てます?お布団で寝ないと…」
「……」
案の定、動かない
(抱え上げるか…)
腕を通そうと屈み込んだ時
何か細い音が聞こえ、反射的に窓の外を見る
驚いた事に、その反応は咲夜さんの方が早かった
ヒュ~~~………
ドォン…………
花火だ
それなりに離れた場所で花火が打ち上げられ、地下の壁や天井を照らしていた
街の方でも歓声が上がり、そこかしこで宴会の声が上がる
やけに出店が多いと思ったが丁度お祭りの時期だったのかも知れない
地上の幻想郷ですらそうそう見ない光景に私も見取れていた
咲夜さんが立ち上がるまでは
「……」
「さ、くやさん!?」
いきなり歩き出したのだ フラフラと、遠くないベランダに向け
しかしあの歩調ではベランダから外に飛び出す勢いである
「危な…!!」
慌てて細い手を引いたが、想像以上にあっさりと胸にポスンと収まり、逆に反動で後ろに尻餅をついてしまった
「ってて…大丈夫ですか?」
ベランダから反対側の壁に寄り掛かる様に座り、脚の間に咲夜さんが収まっている
「……」
「……?」
正面から抱き留める形だが、首を動かして窓の外を見ようとしている
「…花火、ですか?」
両手を離してお手上げ
すると咲夜さんは身をよじり花火が見やすい姿勢に
……って
( )
正座した私の膝に抱き着く様に俯せにもたれ掛かり、腕で枕を作ってそこに顔を埋めた
顔と目は窓の外に向けて
…膝枕である
(……ん~~~…)
投げ出された白い両足が、襟から覗く綺麗な胸元が、太股に乗る柔らかさと体温が、夜風に乗った髪の香りが、全体的に華奢な骨格が
(…悩ましいですね)
同性でも意識してしまう、儚げな魅力である
元の素材が良いだけに酔いと浴衣姿が加わってそれはもう
テシッ
「?」
テシッ
テシッ
「…咲夜さん?」
「……」
テシッ
テシッ
咲夜さんは窓側の手を解き持ち上げては畳に落とす動作を繰り返していた
「…あ」
ヒュ~…
ドォン テシッ
ヒュ~…
ドォン テシッ
花火が上がる軌道を追う様に手を持ち上げ、咲き乱れた火薬の花を掴もうとするが叶う筈もなく、残念そうに力無く畳に落ちる
そんな不毛な、子供の様な事を咲夜さんは繰り返した
何度も 何度も 何度も
子供の様な無邪気な顔で
大人の様な疲れた顔で
誰かは分からないが、やるせない顔で
テシッ
テシッ
テシッ
そうしてしばらくした後、花火は止んだ
お祭り騒ぎはまだ遠くから聞こえるが、通りから外れたこの宿周辺は静かなものだ
「…咲夜さん」
「……」
咲夜さんは、花火を探していた
上げた手を持ち上げ続け畳に落ちまいと探し続けている
花火を見つけても、掴める事はないのに
「咲夜さん」
腕が疲れるだろう、と手を取り肩も支えて仰向けにした
「……」
何も見てない、もしかしたら眠っているかも知れない瞳が素直に天井に向いた
「……」
いや
ゆっくりと、私に向いた
(ッ……)
…怖じけづいた
泥酔した筈の瞳はとても睡魔に煽られてる様に見えなかった
見つめている様にも、睨んでいる様にも見えた
渾身の思いを込めてる様にも、脱力してる様にも見えた
「……」
握った彼女の手を自分の頬にもって行き触れさせる
細くて温かい、なのに陶器の様な白さと固さを一瞬感じたが、当然ながら人間の肉だった
湯に火照り、酒に酔い、浴衣を着崩し、髪を解いた咲夜さんが、どこかを見ている
頬に触れた手はそのまま私の顎、首、胸と引っ掛かりながら何の意思も無く自由落下し、咲夜さんの胸にポトッと落ちた
「……」
「……」
少しの間を置いて、彼女は体を横向きにしてまた窓の方に体を向けた
枕になる腕を延ばし、しな垂れ掛かる様に
窓の向こうでは家々の温かそうな明かりと宴会の楽しそうな笑い声が自由に揺れていた
「 」
「え?」
「……」
「……」
何か言われた気がしたが、背中を向ける咲夜さんに確認出来る筈も無く
「……」
私も夜の旧都を眺めた
咲夜さんがこの旧都に何を見たのかは知りようもなく、探るつもりも無い
それでも自分の中で反駁してしまうのは見逃して欲しい
旧都に懐かしさを感じたのか、何か嫌な事を思い出したのか
喧嘩をふっかけあう荒くれ者達やぶっきらぼうな女将さんに何を思ったのか
荒っぽい輩や古びた宿屋、畳の部屋や熱い温泉や強い酒、掴める筈も無い打ち上げ花火に何を感じたのか
花火を掴めたら、それをどうしたかったのか
何をしたかったのか
何が欲しかったのか
咲夜さんの頭を撫でる
髪はおおむね乾き、サラサラとそよ風の様に指の間を抜ける
背中を向けた咲夜さんはもう寝てしまったのか
又はまだ目を開けているのか
それすらも分からない
自分の膝の上の事すら分からないと言うのに、人の心の奥の事が分かる筈も
ない
ただ
「明日は、地霊殿に行くんですよね」
もう寝付いたであろう友人に話し掛ける
朝起きたら、今日の酒が残ってるだろうからまた温泉に入ろう
その時に今夜の話をしてもきっと覚えていない気がする
そして、多分これで咲夜さんもまたいつも通りになる気がする
そうして地霊殿に行こう
そこには読心術?を使う主や熔鉱炉を管理する八咫烏、死体を運ぶ猫又がいてまた一悶着ありそうだけど、まぁ大丈夫だろう
その後は、もし時間があれば、また旧都の屋台を巡ろう
多分咲夜さんは反対するだろうけど、押しまくればきっと折れてくれる
そうして美味しいものや面白そうなものを買っていこう
紅魔館に帰ったら帰りが遅かったのを咎められてお説教やらお仕置きやらを沢山受けるだろうけど、それはさて置きお土産や土産話(咲夜さんは報告か)であのお嬢様も少しは機嫌を良くするだろう
そうしてまた私は門番に、
咲夜さんはメイド長に戻る
いつもの世界に、
いつもの暮らしに
ふわっ、と、窓から風が入り込む
咲夜さんが寝返りを打ってから十分と経っていないだろう
熱気と喧騒と、僅かな火薬の燃えカスの匂いが髪を揺らし浴衣の繊維越しに体を撫でる
(…このまま、寝ちゃいますかね…)
一舐めしただけの鬼の酒は体と瞼を重くしていた
流石に脚は痺れるだろうがどうせすぐ鎮められる
彼女を膝枕出来る機会はそうそう無い
最後にもう一度髪と頬を撫でて紅美鈴は目を閉じた
窓際の風鈴が、鳴る
御読了ありがとうございました
以下、コメント返信