わたしは、モノづくりをしている人が好きだ。
音楽でもいい。
動画でもいい。
イラストでもいい。
あるいは文章でも、工作でも。
ふつうの人なら注ぎ込まないような時間と情熱とを、モノづくりにかけてしまう人が好きだ。
わたしは、モノが作れない人だ。
デスクトップには、雑多なソフトが並んでいる。
Krita、Blender、Fusion 360。
AviUtl、Unity Hub、Audacity、Cakewalk by BandLab。
Live2D Cubism、OBS Studio、その他もろもろ。
しかし軽量ボディで持ち運びにもおすすめなクリエイター向け14型ノートPCの能力のほとんどは、SNSや動画サイトへのアクセスのために費やされている。
意欲がないわけじゃない。
こういうのを作りたい、と憧れたことがないとは言わない。
でもダウンロードして、チュートリアルを終えて、さあ、となった時には頭が空っぽになってしまう。
たぶん、才能というやつなのだろう。
自分の中にあるものを誰かに伝えたかったりとか。
あるいは褒められて素直に動きだしたりとか。
もう少し変な方向なら、自分の中の満たされないもののかわりを作ろうとしたりとか。
そういうことができる人は、確かにいる。
わたしの衝動は、そんなに長くは保たない。
その間に自分が満足できるほどのモノづくりはできない。
毎回そうやって何も、作れなかったと思うことになる。
色とりどりのアイコンは二カ月に一個ぐらいのペースで増えてゆく。
それでも、だからというか、創作を行っている全ての人をわたしは心の底から妬ましいと思っているし、同じぐらいに好きなのだ。
我慢ができなくなってシャケの切り身みたいなネクタイを取ってしまいたくなるような残暑。
学校にあふれているペンキの匂い。
ああ、ここに入って最初の学園祭が始まるんだ、という気がする。
「ねえ、片岡さん。……これ、来ない?」
髪に隠したイヤホンごしでもひびく声。
きのう投稿された曲をまとめたマイリストを止めて、わたしは顔を上げる。
同級生の黒瀬くんの手にあったのはフライヤーだった。
「体育館でやるやつ?」
彼は軽音部だよな、とわたしは思いだす。
ただ、楽器を演奏しているわけではない。
いろいろと試してみたが、あまりうまくできなかったそうだ。
「そう。その……こういう音楽とか、好きかな、って」
「……好きだよ。オリジナル曲もあるのかな」
コピー用紙らしい紙を受けとり目を通していく。
メジャーなやつもある一方で、ふつうの人は知らないだろうなと思うような曲まで入っている。
もちろん、いくつかは全く心当たりのないものも。
「このバンドの中川さん──ええと、三年生の先輩なんだけど、その人は引退ライブで今まで作ってきたの流すって」
コピーバンドじゃないのか、それはいいな。
「中川さんってロックの人?」
「そう。ロックの人」
この鴻西高校にはいろいろとロックなやつの伝説がある。
元カレを学園祭の舞台で殴り倒したベーシストとか。
美術室を我が物顔で占拠していた天才だとか。
たぶん両方ともなにか元になる話があって、そこに尾ひれがついたものだと思う。
「いいよ、行ってみる。一回本物を見てみたかった」
わたしたちのクラスは展示だから、学園祭の時は一日開いているわけだ。
「よかった」
わかりやすいほど嬉しそうな顔で、彼は言った。
何かを評価する時に、わたしはできるだけ肯定的な言葉を使うようにしている。
つまらないものを作りたくて作っている人はいない。
つまらないと言われて嬉しくなる人はいない。
行動だって同じだ。
できるだけ楽しむことは、みんなの人生を面白いものにする方法の一つだ。
「盛り上がってますかーっ!」
コールに対して、わたしはできるだけ声を上げてレスポンスをして手を振る。
たしかにここは、体育館という音響的にはあまりよくない場所だ。
それでも熱狂の中なら、きっと聞く人にとって特別なものになるのだろう。
ちゃんと練習してきているだけあって、ミスもあまりなく演奏が進んでいく。
曲が終わって、楽器を入れ替えていた黒瀬くんと目があった。
小さくわたしに向けて手をふっている。
これはきみの舞台じゃないだろうに、と思いながらもわたしは手を軽くふり返した。
ただ、まわりの騒がしさの中で、どこか心の奥で退屈はしていた。
もっと刺激的なものがいろいろあるのに、こんな場所にいて時間を使ってしまっていいのか、と。
それは、すごい失礼なことだっていうのはわかっている。
心をこめた作品は、誰かの心を動かしていてほしいと思っている。
それでも、そういう願いは、ほとんど叶うことはない。
たとえ高校の三年間をかけたとしても、だ。
それっぽっちで手に入るのは、当人にとっての青春の思い出ぐらいだ。
ただ、ほとんどの人はそれで十分なのだろう。
手元でくしゃくしゃになってしまったフライヤーを見る。
次が彼の言っていたバンドだっけな。
スポットライトに照らされて、ポップで小柄な子がマイクの前に立つ。
「それじゃあ、『フカクテイセイゲンリ』!」
プロジェクターが空気中の
ドラムの人が映像を見上げながらかっこいいカウントを鳴らす。
おお、MV付きかと思ったわたしの目に飛び込んだのは、シンプルな手描きアニメーションだった。
リリックビデオに近い、と言ってもいいだろう。
待て、とわたしの思考が動こうとする前にボーカルの声が響いた。
ゆらされたような感覚と歓声の中、わたしはスクリーンから目が離せなかった。
シンプルなキャラクターを描くのは難しい。
タイミングに合わせて動画を作るのも難しい。
それはたぶんふつうの人が思っているよりも、かなり難易度が高い。
しっかりと時間を注ぎ込んで、努力をしないと手に入らない技術だ。
息を吐く。
楽器の音が聞こえてくる。
ライブの騒ぎの中に自分が戻っていく。
上手とか下手とかいう問題じゃない。
時間と手間がかけられているってことを感じさせてくれるから。
そこにクリエイターの気合が感じられるから。
わたしはこういう、ふつうを超えた熱をもらえるものも好きなのだ。
「……まだいたの?」
片付けの終わった教室で、後夜祭も終わってしばらくした頃。
黒瀬くんはカバンを取りにやってきた。
「それはわたしの言葉だよ、もう帰ったのかと」
「エフェクターの修理してたんだよ」
そう言って、彼はわたしに背を向けて暗い廊下に踏みだした。
「具体的にどうするの?」
黒瀬くんの後ろを小走りで追いながら、わたしは声をかける。
「別に、そう難しいものじゃないよ。壊れたなんて言ってたけど、実際ははんだ付けし直したら動いた」
「それは一般的に壊れたと言っていいのでは?」
エフェクターは入ってきた音の信号を
ノードエディタと近いので、なんとなくであるが理屈はわかる。
ただ、それを修理するとなると話は別だ。
「でも部品を交換するほどじゃなかったよ」
スマートフォンで写真をスワイプしながら彼は言う。
もとに戻すときの参考になるように、作業のたびに撮っているのだろう。
蓋を開けた裏にあったのは、基板にならぶ電子部品。
そこから道具を使って問題のある場所を見つけて、切れかけていた接続を回復させる。
理屈はわかります、なんとか。
できるかは別の問題だけど。
「……なるほどね」
「それで、なんで遅くまでのこってたの? またマイナーな曲でも聞いてたの?」
「いや、ちょっとさっきの映像が気になって」
「映像?」
わたしは自分のスマートフォンを彼に見せる。
ライブで流された「フカクテイセイゲンリ」のミュージックビデオだ。
「これ、いいよね」
嬉しそうに彼は言う。
「手抜きだったよ」
その言葉に、少しむっとしたような表情を黒瀬は向けた。
「……そうなの?」
わたしは無言でアプリを切り替える。
PVにあった名前を調べれば、すぐに狙っていたアカウントは見つかった。
その中でも相対的に再生数の多い動画をタップする。
静かな歌いだし。
ツナギを着た、赤い髪の女性が向かうイーゼル。
盛り上がっていく曲と、変わっていく表情。
「……これ、すごいの?」
「わたしが作り方をすぐに逆算できないぐらいには」
それから会話をすることなく、わたしと黒瀬くんは立ち止まったまま見入っていく。
NewとOutputの頭文字って重ねると否定になるよな、なんてわたしは見直しながら思う。
意図されてはいないだろうけど、こういう見方もできはする。
クリエイターからは嫌われるかもしれないけどね。
小さな画面の中の動画が終わる。
かけられていた労力には、たぶん差がある。
それがいいとか悪いとかは言わない。
わたしはあの熱狂の中で見たMVも、もちろん好きだ。
「……これ、さっきのと同じ人だとしたら、作ったのは中川さんの同級生のはず」
「高校生が?」
わたしはてっきりOBかOGの繋がりを使って、美術系の専門学校とか大学の学生が作ったのだと考えていた。
投稿日は去年だから、これをその人は高校二年生の時に作ったことになる。
「……バケモンがよ」
そう言うことしか、わたしにはできなかった。
たぶんまだ、ライブの時に受けた熱が残っているのだろう。
日付が変わっても、わたしはブラウザのタブを増やしつづけていた。
MVを作った人──Akanataについて。
最初の動画は荒削りな実写PVだが、その後は一気に腕を上げている。
SNSを見るに、使っているメインツールはBlender。
オリジナルキャラクターを設計できて、モーションも自分で作れているのだろうか。
依頼だとわかるのは「フカクテイセイゲンリ」ぐらいだった。
音楽を作った人──Yu Orieについて。
百を超える自作曲を投稿しているミュージシャン。
たぶんシンガーソングライター。
逆算すれば大学時代を音楽活動に捧げたはずだが、思ったよりは伸びていない。
ただ、今度名前の聞いたことのある音楽フェスに出るらしい。
14インチの画面では収まらなかった。
ノートを取りだして、気がついたことを書き留めていく。
使われる演出はどのように増えていったか。
曲のモチーフはどのように変わっていったか。
それらがどう組み合わさって、あのMVにまでたどり着いたか。
ページをめくる。
ここからは、わたしの妄想に過ぎない。
「……これが投稿されてから、互いに影響を受けている?」
箇条書きされた年表から見える転換点は、去年の夏だった。
投稿されているMVは、それ以降一気に質を上げている。
もちろん、それまでのレベルも高いのだが。
いろいろと構図や光を使いこなせるようになっているというか。
特にキャラクターの表情の演出は、吹っ切れたように鋭くなっている。
曲の投稿は、MVのもとになった曲からしばらく空白がある。
その後に投稿されたものは、ポップス寄りでメッセージが薄れている気がする。
いや違うな。それまでがかなり直球だったと言うべきだろう。
わたしとしては、どちらも好きだ。
もちろん、モノからクリエイターの変化を探るというのはあまりいい行為ではない。
恋をしていなくても、ラブソングは作れる。
見たことのない景色を、描くことだってできる。
モノづくりというのは、そういう嘘をつける場所だ。
ただ、どうしてもモノづくりはクリエイターの経験を反映してしまう。
わたしの見る限り、二人ともかなり自分の感情を込めるタイプだ。
「……だとしたら、解釈が変わる」
MV制作者として、あれだけの手間をかけずにはいられなかったのだとしたら。
ミュージシャンとして、100曲目というのが特別な意味を持っていたとしたら。
SNSでの検索期間を絞る。
投稿されていた感想は少ないから、それはすぐに見つかった。
── 引退は残念だけど、MVは見てみようかな
あるインディーズバンドのファンらしい女性のアカウント。
お気に入りも拡散もされてない投稿。
だけど、これのおかげでわたしの中には一つストーリーができた。
「そんなことはないと思うよ」
よく寝てから考えれば、教室で黒瀬くんにそう言われても当然の内容だった。
「まず根拠がない。曲や動画が変化したって考えてるけど、本当にそうなの?」
「……たぶん」
「勝手に妄想で固めているだけじゃないの?」
「……そうかも」
どうしたのだろう、今日の黒瀬くんはちょっと言葉がきつめだ。
「僕は片岡さんの書く紹介が好きだよ」
意外なことを言われて、わたしは背筋を伸ばした。
「知らないゲームとか小説とか、イラストレーターとか曲だって、片岡さんがおすすめしてみるなら見てみようってなるもの」
「……ありがと」
「でも、今の内容をそのまま伝えても、面白さは届かないと思う」
わたしは、それに何も言い返せなくなってしまった。
「……ごめん、言い過ぎた」
「いや、その指摘は正しいと思う」
わたしはなんとか、自分の中で言葉を見つけて口にだそうとする。
「面白い人が作っているから見ようって書き方、わたしはあまりしてこなかったかも」
そこはいつも、超えないラインだった気がした。
じゃあなんで今回は、となったらたぶんその人が、実際にいるからかもしれない。
わたしたちと同じ、ストライプの入った赤いネクタイをつけている人。
三年生の教室で授業を受けているような高校生。
そういうリアリティをもとにしながらも、きれいな物語を作れてしまったから。
「……あとそうだ」
「なに?」
「前に、先輩の曲についたMVが手抜きだって言ってたよね」
「……言ったね」
確かにフル3DCGで反射やパーティクルの乗った作品と、2Dベースのリリックビデオでは違いがある。
「でも、いつもの片岡さんならそういうこと言わないと思って」
思い返せばたしかにそうだ、否定的な表現だった。
じゃあなんで、あの時のわたしはそういうことを言ったんだろう。
「……ごめん、少し考えさせて」
「わかった」
それからしばらく休み時間が終わるまで、黒瀬くんは黙っていたわたしをじっと見ていた。
考えてみれば、わたしの行動は思ったよりシンプルな理由によるものだった。
どうやって作ったのかわかる作品だから、その価値を見誤った。
それだけで、そうじゃない作品と違うと決めつけた。
労力と情熱と作品としての意味というぜんぜん違うはずのものを、ごちゃまぜにしていた。
動画サイトの映像をコマ送りにしながら、やっと自分の中の問題に決着をつけることができた。
あのMVに、わたしは心を動かされすぎてしまったのだろう。
一気に受け取ったものに縛られてしまっていた。
ただ、創作に限らず、誰かに何かを伝えたいというのはそういうリスクを持つと思う。
込めたものが届かかないことがある。
意図していないものを受け取ってしまうことがある。
それは熱のこもった作品ほど起こりやすいものだけど、そうでなくても生まれる。
「さて、書くか」
SNSのアカウントを開いて、投稿画面にカーソルを合わせる。
つかみになる導入。
自分のエピソード。
関連する、みんなが知っているような他の作品。
フォロワーが1000人ぐらい。
その中で、どれだけの人に届くだろうか。
その中に、モノづくりをしている人がどれだけいるだろうか。
何が好きになったかを書いていく。
スクリーンショットを添えて、イメージがつきやすいようにする。
リンクも忘れないで。
一つの投稿に入る情報を、わかりやすい範囲で制限する。
感想を書くようになったのは、それが他人を動かせるからと気がついたからだ。
わたしは、クリエイターのように
でも特定の狙った相手なら、背中ぐらいなら刺せるんじゃないかと思って。
歌詞から拾った言葉を、こっそりと散りばめていく。
演出の時に気を使ったであろうことを、さり気なく評価していく。
自分の作った物語を、かすかに示すように置いていく。
わたしの感想に返信をくれた作者がいた。
コメントに評価をくれた投稿者がいた。
拡散をしてくれた公式アカウントがあった。
それが嬉しかった。
感想は自分の中のものを吐きだすためじゃなくなった。
誰かに自分の感動を伝えるためでもなくなった。
きっとこれは、歪んだものなのだろう。
わたしの書く感想の第一目標は、クリエイターだ。
だから、わたしが書いているモノはきっとその人に向けたエールじゃなくて、呪いだと思う。
もっと作りつづけてくれと。もっと苦しんでくれと。
そういうものを意識して送っている以上、わたしはもうあちら側には行けないだろう。
ただそれでも、言葉を送れば、少しだけ星が灯りつづけてくれるのだ。
Thanks:
映画「数分間のエールを」の関係者の皆様
私に小説執筆という呪いをかけてくれた人