人形師は太陽の夢を見る   作:ヤングコーン

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ヒサシは人形師である。ある日彼の作った人形に魂が宿った。ヒサシはその魂の名前を累と名付けた。彼は片想いの人物、ヒナギクに思いを告げる勇気がないため彼女を象った人形を作った。そこに累を憑依させ共に過ごす事で叶わぬ恋を諦めようと言うのだ。

魔法の本の手続きに従い累の魂を移し換えようとしたがそこで手続きを間違えてしまい、累の体にヒサシの魂が映りヒサシの体に累の魂が宿ってしまった。更にそこに想い人であるヒナギクが尋ねて来る。

ヒサシ…本来累の体になる予定だった体に憑依してしまった。男。
ヒナギク…退魔師。ヒサシの事を覚えていない。女。
累…ヒサシの体に憑依してしまった。女。



1話 運命は戸を叩く

「何て事だ…こんなはずじゃなかった」

 

ヒサシは鏡を見ながらそう呟いた。鏡の向こうには想い人が絶望に打ちひしがれた表情をしている。彼女…いや、彼は振り返るとそこには『ヒサシ』がいた。彼が手に持っていた本を読み返す。ああ、ここだ。ここの手順を間違えたのだ。何という事だ。何という事だ。彼女は頭を掻き毟ってこの事態をどうすべきか考える。

 

人形を作るまでは何とかなる。しかし問題は顧客に会わなければならない事だ。ヒサシは一般的に有名な人形師ではないが、一部の界隈では彼の作品を持つ事が一種のステータスになっていた。彼の作品の人気ぶりから贋作師や作風を似せた人形師も続出しヒサシ本人から見ても遜色ない出来栄えの人形もあったが、どうやらその界隈ではヒサシが作ったかどうかが非常に重要なようで人気は衰えず仕事が減る事もなかった。

 

ヒサシは元々お金持ちの家に生まれたが家の者にはあまり好ましくない存在らしく不自由ない暮らしができる程度の金を握らされ実質的な絶縁をさせられた。山奥で細々と暮らしながら贅沢をせず人形作りに勤しんでいたためお金には困っておらず、相手の身分が何であれ人形を注文を受けても断る事も少なくなかった。元々は名家の産まれな事もありそれなりの教養を身に着けており問題を起こさない様な処世術もできた。

 

元々は仕事量の調整のために程々に断っていたがそれが返って余計に彼の作品へのカルト的な人気を集めてしまった。彼自身の人形の作風や出来が評価されている事も大きいが、客は『ヒサシの作った人形』でなくてはならないのだ。

 

…パチリ。『ヒサシ』が目を覚ました。彼…いや、彼女はヒサシと言う肉体に宿った人形の魂を持つ累である。

 

「おや…」

 

人形の累は、ヒサシの魂を持った人形に目をやる。

 

「それがご主人様のご趣味とあれば私はそれに付き合うのみです」

 

「違う、違うんだ累。これはそうじゃない」

 

「さあヒナギク、私の胸に飛び込んで来なさい」

 

「累。聞け」

 

「はあ。何でしょう」

 

特殊なプレイを始めたと勘違いした累にヒサシは事態を説明する。まず魔法が失敗して本来累が憑依するはずだった人形の体にヒサシが憑依してしまった事。その際に人形の魂に宿っていたはずの累がヒサシの体に憑依してしまった事。魔法の本の手続きを誤ってしまったために不本意の事態になってしまった事。

 

何よりまずいのは魂を安全に移し替えるのには最低7日はかかると言う事だ。その間は累がヒサシに変わって接客を行う必要がある。人形作りの所はそもそも客に見せてないのでヒサシが裏で作ればいい。問題は累は半年とつい最近人形に宿ったばかりの付喪神の魂なので人間としての経験は浅い事だ。ヒサシは何としてもまともに累にまともな演技ができる様に仕込まなくてはならない。

 

「いいか累。これからお前はヒサシとして生きなければならない。ヒサシとして、人間としての生き方は僕が教える。僕の言う事をちゃんと真面目に聞くんだぞ。これから言い間違いのないようにらお前をヒサシと呼ぶ。僕は累と呼べ」

 

「心得ました、累。それは構いませんがあなたも喋り方を変えるべきでしょう。今のあなたの話し方は元のままのヒサシです。不思議に思うに違いありません」

 

「ヒサシ~、私あんみつ食べた~い♪」

 

「殺すぞ」

 

「何で!??」

 

「せっかくヒナギク様の容姿になったのです。ヒナギク様を演じられてはいかがですか?」

 

「そうは言っても僕がヒナギクと直接会ったのは随分と昔で、それからは数回ぐらい遠くから見てただけだからどんな話し方をするのか知らない…」

 

ヒサシは近所の子によくいじめられていた。

 

「記憶を頼りにこれだけ精巧なヒナギクの人形を作りながら話し方の1つも知らんのですか。いる場所を知ってるんでしょう、どうして会って話さないんです?私をヒナギクの代わりにしようってこれだけ姿をデティールに拘りながらどうして肝心な事を知らないんですか?」

 

「ううう…会う勇気がなかったし想いを告げる勇気もなかったからこんな事をしてるんじゃないか。」

 

ドンドンドン、戸を叩く音が聞こえた。

 

「お客さんか。こんな時間に誰だろう」

 

ヒサシはいつものクセで扉を開こうとする。累が止め様とするが間に合わなかった。ガラガラガラ、扉を開けるとそこには…。

 

「ひっ!」

 

「わあっ!!」

 

ヒサシと客人がほぼ同時に尻餅を搗いた。何事かと思って立ち上がった累もそれを見て驚いた。扉の向こうに立っていたのは現在のヒサシが憑依している人形の姿のモデル、ヒナギクだったのだ。何も知らないヒナギクは目の前に自身の生き写しが現れて驚き、ヒサシは目の前に本人が現れて驚いた。

 

しばらくは目をぱちぱちさせながらヒサシを眺めていたヒナギクだったが、身体を起こすとヒサシの傍に寄ってその顔をまじまじと眺める。

 

「私だ…私がいる。世の中には数人ぐらいそっくりな人がいるとは耳にしていたがまさかここまでとは」

 

「は…はひっ」

 

緊張状態でまともに返事ができないヒサシ。累はため息を付いた。

 

「こんばんは、お客人。何かご用ですか?」

 

「あっ、ああ申し訳ない」

 

ヒナギクは立ち上がるとヒサシに手を差し伸べて立ち上がらせた。

 

「夜分遅くに申し訳ない。遠方よりやって来たのだが道に迷ってしまった。土地勘もなくこうも暗くてはとても人里まで辿り着けん。折り入って頼みがあるのだが一晩泊めていただけないか?」

 

「それはそれは。構いませんよ」

 

ヒサシは独り暮らしなので寝具は1つしかなかったはずだった。しかし、人形に宿った魂こと累が生まれてからは寝具が2つに増えた。累は何も食べる必要もなく寝る必要もない。なので不要ではあるのだがヒサシは気持ちの問題だと言って寝具も食器も用意している。累は空の皿で食べるフリをして、寝具で寝たふりをして一晩明かしたりする。

 

その一方、ヒサシはと言うと頻繁に仕事部屋に篭りっぱなしなのでロクに寝具も使わずに寝たりする。風邪を引くと累が注意しても仕事部屋には仕事道具と人形と人形の部品以外は置くスペースがない。つまりヒサシの家は1人暮らしの身にありながらもう1人を招いても問題ない環境が整っている。

 

累は寝具を用意して後は適当に寛いで欲しいと頼む。ヒサシはただただ硬直してヒナギクの方を向いていた。

 

「かたじけない。これ、少ないが…」

 

ヒナギクはそう言って銭を取り出した。ヒサシは首を横に振る。

 

「気持ちだけで結構です。大したもてなしもできませんがどうぞご自由にお寛ぎください」

 

「ありがとう。恩に着る。…ところで、彼女の事なのだが…」

 

「ああ。彼女は累と言います。私の最高傑作の1つで、人形です」

 

ヒナギクは立ち上がるともう一度硬直したままのヒサシに近付きじっくりと眺める。周りをぐるぐる回って髪の毛を少し持ち上げて見たりした。

 

「ふむ…さっきは意識していなかったが確かに改めてこうして近くにいると生きた人間の体臭がしない。あまりに精巧にできているので分からなかった。しかし見れば見るほど私によく似ている…」

 

中に人間の魂が入っているとは思えない程ヒサシの硬直具合は置物の様だった。人形が動く事に驚きはしなかったが中に入っているのが人間の魂である事までは気付かなかった。ヒサシは目で累に助けを訴える。累は目を細めてヒサシの方を向く。

 

現在受けていた注文について確認をしていた累は書類を置いてヒナギクの方へ向かう。

 

「私の作る人形はこの世の物とは思えない程美しいと評価いただいています。しかし、私の作る作品は飽くまでこの世で見た美しい物を頭の中でイメージしそれを形にしているに過ぎません。失礼ながらどこかでお会いしませんでしたか?」

 

ヒナギクの隣でそう言うと彼女はヒサシの方を向く。

 

「……不思議と初対面な気がしないんだ。しかし思い出せない。気のせいかもしれない」

 

「ふふ、私もなんです」

 

そう言うとヒナギクと累は一緒に笑った。一方的にヒナギクを覚えているヒサシはただただ笑ってる2人を見ている事しかできなかった。

 




最近サイバー攻撃の話をよく耳にします。不安は尽きませんがひとまず小説は最終回までちゃんと書きます。投稿は時期を見て少しずつやります。犯人、あるいは犯行グループの犯行目的は一体何なんでしょう…。表現活動を脅かすサイバー攻撃の問題が一刻も早く解決する事を祈ります。

創作活動の場を守ってくださる運営様に深く感謝致します。ささやかながら応援しています。
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