累が仕事場に向かうとヒサシは既に人形作りに勤しんでいた。
「精が出ますね累。想い人が近くにいると言うのに人形作りですか」
「しょうがないだろ、これも仕事だから…」
「注文にある仕事はおよその目途が着いてるでしょう。それに言葉遣い」
ヒナギクは足を痛めているのでうっかりすぐ傍に来るなんて事はないが聞こえているかも分からないのだ。できるだけ自然な会話を習慣づける必要がある。累の言う通りなのでヒサシは口を噤んだ。
累は累でいざという時はパフォーマンスとしてお客の前で人形を作らなければならない事もあるかもしれないので良く見て勉強している。
「それはそうと累、魔法の方はどうですか?」
「魔法って?」
「魂を正しい器に移し替える魔法の話ですよ」
「ああ…えっと、ヒナギクがいるまではこのままでいいかなって」
「はあ?」
累は怪訝な顔をしてヒサシの顔を覗き込む。ヒサシはまるで親に隠し事をしている幼子の様な後ろめたさを含んだ表情で顔を逸らす。
「ヒサシはひょっとしてこの千載一遇のチャンスを仮の姿のままでやり過ごす気ですか」
「千載一遇のチャンスだなんて…。僕達は万が一にも結ばれたりしないよ。分不相応だ。だからこのまま、友達としてやり過ごせたならいいかなって。ほら、ヒサシがヒサシのままでいてくれたら僕はキョドらなくていいんだし」
「ヒナギク様は眩しいお方ですものね。いつか相応の方と出会うのでしょう。その人にしか見せない笑顔を独り占めされ、愛し合う様を遠くから指を咥えている事しかできず、片想いを棺桶まで引きずって生きる。それであなたは満足なんでしょう」
「うう、言わないでよ…」
「想像してみてください、お子さんを連れて歩くヒナギク様を。町中で偶然ばったり出会った累はこう言われるんです。『こんな所で会うなんて奇遇だな、ヒサシ!』子供はヒナギク様の後ろに隠れ、彼女の想い人の面影を持つその瞳が見るんです」
「うわーっ!もういい、もういいって…。僕、もう一生ここに引きこもる…」
「はあ。本当にしょうがないお人。その顔を見てヒナギク様を思い出す度に惨めな思いをするがいいですよ」
「泣くぞ…それ以上言うと泣いてやるからな…!!」
「言われて傷つくプライドがまだあるのなら、状況を打破してやろうと言う気概ぐらい持つ事です」
累は累なりにヒサシの恋路を応援している。ヒサシはそれを分かっているが、彼の臆病さは生まれつきで今日まで治そうにも全く効果がなかった。昨日今日、今日明日で治るのであれば彼もヒナギクに似せた人形を作る事もなかった。チャンスが舞い込んで来たと言われても彼にはどうすれば良いかまるで分からなかった。
悩んでいる間にも累は既に人形作りの勉強を始めている。累の人形作りは素人とは思えないほどにセンスがあり造詣への理解が深い。ヒサシが思っている以上に傍にいて彼の仕事を観察していたのだ。累自身も驚いていた。ヒサシは累の仕事を指導する事でまだ居心地のいい仕事場に残ろうと言う考えがどこかにあったが、ヒナギクの元へ戻らなければならなくなった。
ヒサシはやむを得ずとぼとぼとヒナギクの元へ戻る。
「!!」
戻ったヒサシは驚いた。ヒナギクが立って歩いているのである。今にも転んでしまいそうな不安定な足取りだった。ヒサシはすぐに駆け寄って身体を支える。
「まだ無理をしてはいけません、ヒナギク様!足を痛めて治りが遅くなってしまいますよ!」
「ちょっと厠に行っただけだ」
「もし途中で転倒でもなさったら…」
「分かった、分かった。今度からは累に一言言って行く事にするよ」
ヒサシはヒナギクを布団に連れて行くと敷布団の上に彼女を座らせた。彼女は布団を足元に寄せる。暇をしている彼女を何とか楽しませようと何かないか考えるがこの家には人と遊ぶための道具は何もない。彼女も人形作りに興味を示している様なのでヒサシの部屋から簡単な内容の本を持って来てそれを見せたりした。
時には練習用の模型を持って来て仕組みについて説明したりする。ヒサシも熱が入って話していたがヒナギクは飽きもせずうんうんと穏やかな表情で聞いていた。一端話を終えるとヒナギクは目を伏せがちにヒサシの、累の髪の毛に触れる。
「…ヒサシは累を最高傑作だと言っていた。こんなにも似ている事、本当にただの偶然なのか疑問に思う」
ヒサシはドキッとして固まる。
「なあ、累。私はヒサシを確かにどこかで会った事がある気がするんだ。ヒサシは、本当に私とどこかで会った記憶がないのだろうか?」
無いはずの鼓動が高まる感覚がする。これまでずっと想いを寄せていた。思い焦がれるばかりに、網膜に焼き付いたそれを作るに至った。そしたら本物が現れて戸惑っている。そんな事が言えるはずがない。
ヒナギクはヒサシは自身の事を覚えていてとぼけているのではないかと考えていた。だからその事を累に尋ねる。彼女であればヒサシから何かを聞いているのではないか。そんな風に考えたのだ。
「私は…何も聞いていません…」
「そうか…」
それ以上ヒナギクがヒサシについて尋ねる事はなかった。
「見ていろ、累。こうだぞこう」
ヒナギクはヒサシに薪割りのやり方を教えていた。顔は同じだがその声の元気の良さや顔つき、身のこなしが全く違う。傍から見れば姉妹に見えた事だろう。ヒナギクは累の事を妹の様に可愛がっていた。ヒサシは姿勢が違う、握り方が駄目だと言われては腕や手や指先まで細かく密着して正そうとするので気が気でならず薪割りどころではなかった。
玄関の傍で累が2人を眺めていた。ヒナギクの治りの早さはヒサシも累も驚いていた。完治とまではいかないがもう殆ど自由に動き回る事が出来た。そうなるとじっとはしていられないと言い出して家の手伝いを始めた。ヒサシも累もお客人に仕事はさせられないと断ったがヒナギクも食い下がって仕事をしようとした。
その結果が今に至る訳である。
「累は下手だなあ。とっても教え甲斐があるぞ」
「どうしてそんなに嬉しそうなんですか…」
「私の周りの退魔師は皆優秀だった。大変教え甲斐がない。何より年上ばかりだ。私はお前ぐらい不器用な子を教えるのが好きなんだ!もっと言えば一人っ子で年下の弟妹が欲しかったんだ~」
そう言ってヒナギクはヒサシに頬ずりをする。ヒサシは助けを求める様に累の方を見る。
「おやおやまあまあ、まるで本当の姉妹の様ですね。ヒナギク様、あまり妹を虐めないでやってください」
累の言葉を聞いてヒナギクはピタリと止まる。
「ヒナギクだ、ヒサシ」
はあ、だからそうお呼びしましたが。累はそう言いたげだった。しかし無礼だろうと思い言葉を飲み込んで首を傾げるにとどめた。ヒナギクはずんずんと累の元へやってくると目を輝かせてヒサシの目を見る。
「ヒナギクだ。言ってみろ。ヒナギク」
「はい、ヒナギク様」
「ヒナギクだ」
「あの晩の事はご容赦ください。私もあまり人付き合いに慣れていないのでつい呼び捨てになってしまったのです。無礼は詫びます」
「ヒナギクだ」
「…ヒナギク」
「よおし。それじゃヒサシ、ちょっと狩りに出かけて来るよ」
「滅茶苦茶なお方だ。いや、ホントに」
自身の名前を呼び捨てにする様に累に頼むヒナギク。それに応じる累。ヒサシは困惑しながら2人を見比べていた。ヒナギクは家にあった弓矢を持ち出すと上機嫌でヒサシの手首を掴むと一緒に森の中に入って行く。道中で狩りはやった事があるかどうか、得意かどうかについて尋ねられた。馬鹿にしているのではない、弓が綺麗で使い込まれていなかったからだ。
ヒサシは狩りが非常に不得意だ。買ったのはいいが滅多に使う事はない。改めてヒナギクは弓矢の使い方についてレクチャーする。
「…あの、ヒナギク様。1つお聞きしたい事が」
「うむ。なんだ?」
「どうしてヒサシに呼び捨てで呼ぶようにいったんですか?」
それをヒサシが尋ねるとヒナギクは照れくさそうに笑った。
「自分で言うのも何だが私も名のある家の生まれでなあ。そうでなくとも退魔師としても地位があるものでどいつもこいつも畏まって『ヒナギク様』って呼ぶのだ。畏敬の念を抱かれるのは悪い気持ちしないが少し寂しかったのだ」
狩り場に向かうまでの間、ヒナギクはヒサシに自身の産まれについて話した。自身の祖先は城主お抱えの退魔師であった事。今でもお払いの儀を行っている事。いずれは親の代を継がなければならない事。下々が身分などなく仲良くしている様を見るとそれを羨ましく思う事。竹馬の友が鬼になり、それを斬らねばならなかった事。悩みなどないなどと思っていた訳ではないがその笑顔の裏に想像以上の悩みを抱えていた事にヒサシは驚いていたが、それを話してくれたことが嬉しかった。
それからつい最近の累とのやり取りについてもヒサシに話した。自身を慰める時に誤って敬称をつけ忘れていた事。そこそこ大きな失敗だがヒサシは累を責める気にはなれなかった。取り繕う事を覚えてくれた累だが彼女は本来人間の身分とやらが何なのかイマイチ理解していない節がある。彼女なりに頑張ってくれているのだ。
「うちのヒサシが大変失礼しました」
「お、おう。まるで累がヒサシの主人みたいな言い方だな」
ヒサシを累と言い間違えなかっただけマシだがつい素が出た。
「あ、主の無礼は私の無礼も同然ですから!」
「ま、まあそれもそう…か…?」
狩り場に到着すると早速と狩りの仕方について累に教えるヒナギク。ヒサシは言われた通りに頑張るものの、どうしても矢は狙った所へ飛ばない。ヒナギクも一生懸命教えるが中々上手く行かず狩り以前に弓の使い方を教えるべきな事が分かった。手ぶらで帰る訳にも行かないのでひとまずはヒナギクが小動物と鳥を狩って後日弓の使い方をヒサシに教える事になった。
ヒサシは大変落ち込んでいたがヒナギクは上機嫌だった。
「ううう…本当すみません…」
「謝るな累。誰だって最初は上手く行かない物だ」
「ヒナギク様も最初は上手くなかったんですか?」
「お、おお!それはもう下手だったぞ!弓を引けば矢が真後ろに飛んで行くもので先生をよく困らせたものだ!わっはっは!」
「ヒナギク様は嘘が下手ですね」
「…今度嘘の付き方を私に教えてくれないか」
大変落ち込んだ様子でそう言った。気にしているらしい。おそらく嘘の付き方なら累に習った方が良いと思ったヒサシだったが、今のままの彼女でいて欲しいので黙って置く事にした。
「ところで、ヒナギク様…」
「ヒナギクでいい。堅苦しくてならん」
「ヒ、ヒナ…ヒヒヒナナナ…無理ですよ…」
「そうか…じゃあ呼びやすい様に呼んでくれればそれでいい」
ヒナギクは落ち込んだ顔をする。ヒサシは一生懸命ヒナギクの名前を呼ぼうとするが上手く呼べない。
「あ、あ…姉上!」
それを聞いた途端にヒナギクが倒れた。驚いて横たわる彼女の体を揺さぶる。ヒナギクは弓と獲物を手放してガバッと勢いよく起き上がり、でことでこがぶつかりそうなほど間近に顔を寄せヒサシの両肩を掴んだ。
「もう一度、もう一度言ってくれ!」
「え?」
「さっきの姉上って奴だ!もう一回!」
「あ…姉上」
ヒナギクは自身の事を妹みたいだと言っていた。敬称を付けずに呼べないならせめて他に願いを叶える形で呼べないかと考えた結果が姉上だった。ヒナギクの喜びようと言ったらその場で飛び跳ねるほどでヒサシも驚いていた。
ヒナギクは人懐こい笑顔を浮かべると弓と獲物を持ち上げて歩き出した。
「姉上か…私が。……なあ累、私がヒサシと結婚したらお前は私の義理妹になるのかな」
「え…ええっ!???」
「冗談だ」
その後、家に帰るとヒナギクもヒサシもおかしなテンションなもので累は非常に困惑していた。まあ何はともあれ仲良くなれたのだろう。彼女はそう判断する事にした。
納豆うめえ…