人形師は太陽の夢を見る   作:ヤングコーン

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思いもよらない所からヒサシの事を思い出したヒナギク。逃げるヒサシを見失い、残った累にヒナギクはヒサシへの想いを語るが…。


6話 累は夢を見ない

「ぬう…ヒサシの奴、どこへ行った」

 

ヒサシは逃げ出し、ヒナギクは後を追って駆けまわる。しかし土地勘の利もあって彼女はヒサシを見失ってしまった。家に残された累は朝食を皿に盛りつけていた。ヒナギクは渋々と戻って来ると腰を下ろして口を尖らせる。

 

「別に怒らないから正直に答えて欲しいだけなのだが…うむむ。大体、私を知っているならどうして知らないなどと嘯いたのだ。ちょっと悲しいぞ」

 

「そのうちきっと戻って来ますよ」

 

累…いや、ヒサシはそう言って座ると何もない食器で物を食べるフリをする。実は逃げている最中にまた魂が入れ替わってしまったのだ。なので現在ここにいる累は再びヒサシに戻り、外でどうしているか分からないヒサシが累になっている。ヒサシはない心臓がバクバクする感覚に襲われながら必死にすっとぼけていた。

 

おそらく累の事なので雰囲気を読んでどこかに隠れているのだろう。しかしここに累がいなければこの状況はヒサシ自身がどうにかしなければならない。どうしたものかと頭の中で考える。ヒナギクはヒサシの方を向いた。

 

「なあなあ、累は聞いていないのか?ヒサシが累を私に似せた理由」

 

「さ、さあ。私は何も聞かされておりませんが」

 

「で、でもこれは…ひょっとしてひょっとするのか!?」

 

ヒナギクは頬を染めて両頬を両手で抑える。わざわざ口にしなくても何が言いたいのかヒサシにも分かってしまい一緒に赤面する。

 

「む…何故累も赤面する」

 

「…………」

 

座った姿勢から親指を床についてのそのそとヒサシの元に歩み寄るヒナギク。

 

「なあなあ、なあなあ、ひょっとしてヒサシはわたっ私にその…ホの字なのだろうか!?」

 

「わわっ、私に聞かれても知りませんよっ!」

 

ヒサシは我慢できずに部屋の隅に逃げる。しばらく目をキュッと瞑ったまま小さくなっていたが、ふとヒナギクの様子を思い出して何かに気が付く。それからヒサシはヒナギクに思った事を尋ねた。

 

「あの…、ヒ…姉上は、ヒサシの事をどう…思ってます?」

 

ヒナギクは照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「あはは…」

 

それから真剣な表情で頷きまたすぐ傍に寄って来て累の両手を握った。

 

「はっきり言おう!私、ヒサシの事が好きみたいなんだ!…だからその、もしヒサシが私の事を好きなら…両想いかもしれないのだ!」

 

そこまで言ってヒナギクは背中を向けて座る。

 

「…どこの馬の骨かも分からない私を家に泊めてくれて、鬼になった親友を斬った話を親身に聞いてくれて。身分が分かっても気にせずヒナギクって呼んでくれて。…獲物や山菜を持って帰ればニッコリ笑って迎え入れてくれて…」

 

それまで聞いてて嬉し恥ずかしの感情が入り混じるヒサシだったが、1つ気付いてしまった事があった。つい先ほどからヒナギクが好意を抱いているとしている対象がヒサシ、ではなくヒサシの体に宿って累である事だ。どうして喜んでしまっていたのだろう。どうして浮かれていたんだろう。ヒナギクが嬉しそうに語れば語るほどに彼女が遠くなっていくのを感じた。

 

話を途中で切ってヒサシは立ち上がった。ヒナギクは振り返る。

 

「…すみません。朝食が冷えてしまいますから。そろそろヒサシを探してきます。先に食べててください」

 

「累…?」

 

泣く事はない。ガラスの目は潤わない。なのに声は震えて今にも泣きそうだった。それに気付いたヒナギクだったが、走り去るヒサシを止める事ができなかった。

 

 

 

 

「それで逃げて来たんです?」

 

累はヒサシの体で茶屋に寄り、団子を3本食べて煙管を吹かしていた。それからこれまでの経緯を話す。どうやらヒナギクはヒサシの体に宿った累に惚れている事を。そしてそろそろ家に帰って来て欲しい事も。

 

「累がヒナギクに似せて作った事がバレたんです。好意を抱いている事は伝わったんですよ。後は魂が入れ替わってる事を自らお伝えするだけです。どうしてそれができないんですか?」

 

「言える訳がない…。言える訳がないよ。惨めだ。ほんの少しでも太陽に近付けた気がして」

 

「勝手に身を焦がしてしまうとは」

 

ヒサシは地面に両手両足を付けて累に土下座した。

 

「頼む…。僕の代わりにヒナギク様の想いに応えてやってくれ!僕には…できない事だから…」

 

累は乾いた笑いを浮かべるとタバコの葉を灰皿に捨てた。

 

「ふざけるのも大概にする事です。聞けませんよ、そんな頼み」

 

そう言って累は自宅に向かって歩き出した。勘定はもう済ませてあるらしい。それを確認してヒサシは累の後を追う。累はこれまでどんな命令にでも、やや捻くれながらも忠実に従ってきた。そんな彼女が初めてヒサシの頼みを断った。一体どうして…。ヒサシにはわからなかった。

 

ヒサシは頑張って累を説得しようにも累は冷たい眼差しでヒサシを追うばかりでロクに返事もしなかった。

 

「累、何が嫌なんだ。ヒナギク様はちょっとおっちょこちょいな所もあるけど…とても素敵な方だ。どうして…」

 

累は眉間にしわを寄せてヒサシの襟を両手で掴み上げた。ヒサシは累の突然の行動に驚く。

 

「ヒサシ、あなたが人形作りを始めたのは単なる趣味でしたね。それが好きだっただけです。お家から絶縁され、山中で過ごすあなたは別の感情で人形を作っていました。覚えていますか?」

 

「と…友達が、欲しい…」

 

「ええ。あなたは同性の友達が全くできませんでした。どちらかと言えば異性との方が仲良くなれましたね。だから異性の人形を作っていたんです。友達が欲しくて。あなたの願いはかないました。累と言う友達ができたんですよ。どんな気持ちでした?」

 

「嬉しかったさ…。人間慣れしてないからおかしな言動も多かったけど、僕が、遠慮せずに何でも言える友達ができたんだ…」

 

ヒサシは気が付いた。累の瞳に涙が浮かんでいる。

 

「ええ、その通りです。では次の質問です。どうして累の身体をヒナギクに似せた物に移そうとしたんですか?」

 

ヒナギクに告白する勇気がなかった。こんな機会がなければ話そうともしなかった。だから累のその代わりになってもらおうとした。ヒサシは言葉に出せない。

 

「ええ、その通りですよ。私にヒナギクになって欲しかったんですよね?記憶もおぼろげで話し方さえ殆ど覚えてないような女の子のですよ。私は喜んで引き受けましたよ。どうしてだと思います??どうして私はあなたのためにヒナギクになろうとしたと思います??」

 

累は目尻から涙をボロボロとこぼした。その目には怒りと悲しみに満ちている。

 

「ヒサシを愛してたからに決まってるじゃないですか!!人形だからあなたに忠実に従ってると思ったんですか!??そういう風に作られたからだと思ったんですか!??私はあなたが好きですよ!愛してますよ!こんなに、こんなに胸が張り裂けそうなぐらい…」

 

累は膝をついた。そして両手で目を覆って泣く。ヒサシは目の前で泣き続ける累にどうしてあげていいか分からない。昔から何を考えているのか分からない子だった。訳もなく虫を殺して家に持って帰ったり、自分の腕を折ってそれを見せに来たり。人間みたいに物を食べて故障した事もある。ヒサシが直すとその度に嬉しそうにしていた。その翌日には山で行方不明になってヒサシは必死に探し回った。

 

今の累はヒサシが思っている以上に人間に近付いていた。いつまでも分からないままでいた。おそらく、きっとそう言う物だと思って理解しようともしなかった。いつもヒナギクの事ばかり考えていたから…瞳が雲って累が見えなくなっていた。累の本心に触れて涙が出て来る感覚がしたが、累の体では泣けない。涙を堪えたいヒサシには丁度良かった。

 

ヒサシはゆっくり、静かに累を抱きしめた。

 

「…他の誰かを愛せなんて言わないでください。私はヒサシ以外の誰も愛しません。ヒサシがそれで幸せになるのなら、自分以外を愛そうと構わないんです。それが私の幸せですから。でもね、私が愛する人は私が決めます…それはあなたにだって強要できない事なんですよ…」

 

「ごめん…累……」

 

累はヒナギクに会った時、ヒサシが彼女を愛してやまない理由がよく分かった。そして自分には成り替わる事ができないのだと悟った。笑顔1つにしてもそうだ。そうでなければ自身はオリジナルよりも優れているのだと見せつけて適当に追い払おうと考えていた。累自身も心でヒナギクの魅力を理解した。心を捕らえて放さないヒナギクと結ばれなければヒサシは一生心を引きずる事になる。だからヒサシの恋路を応援する事にしたのだ。

 

そのヒサシが累にヒナギクを愛せと言うのだ。これ以上残酷な事はなかった。

 

例え恋敵を応援してでも、それが失恋になる事が分かっていても想い人の幸せを願わずにはいられない。それが累の愛だった。であれば、ヒサシももうこれまでの様に弱いままの自身でいる訳にはいかなかった。

 

「累。僕の恋路がどうなるか僕自身にも分からないが、どうなろうと今後も君は家族だ。ずっと傍にいてくれ」

 

「絶縁されたって地の果てまで追いかけますよ」

 

累は笑った。ヒサシも笑う。そして手を繋いで自宅に向かった。

 

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