人形師は太陽の夢を見る   作:ヤングコーン

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7話 約束

自宅の近くになるとヒサシの足取りはまるで悪鬼を討たんとする勇者の如く勇ましい物になった。累は心配してヒサシの後を歩く。ヒサシは家に戻ると、朝ごはんの前で座って待つヒナギクの方を向いた。

 

「おお、累。ヒサシは見つかったか?」とヒナギクが言おうとする前にヒサシは意気揚々と声を上げる。

 

「ヒナギク、好きです!愛してます!!」

 

あまりに唐突な事でヒナギクは目を白黒させた。どうしていいか分からず慌てる。遅れてやって来た累がヒサシの肩を叩いた。

 

「落ち着いてくださいヒサシ。今のあなたは累です」

 

「あっ」

 

「え、えっと…そうか。累はその…私が好きか」

 

唐突に事故ってしまった割にヒナギクの顔はあまり満更ではなさそうだった。とにかくヒサシは誤解を解くために累と一緒に全てを洗いざらい話した。出会った頃からずっと恋心を抱いて生きて来た事。その思いを告げる勇気がないから累にヒナギクの代わりになってもらおうと彼女を模した人形を作った事。累に魂を入れる際にちょっとした手違いで今は身体が入れ替わった状態にある事。今まで正直に思いを告げる勇気がなくて忘れていたフリをしていた事。

 

途中で魂が元に戻ったりした事もあったのでその変についても話した。時々混乱しそうになりながらもヒナギクはちゃんと話を聞いてくれた。

 

「ふうむ…そうなのか。不思議な事もあるものだ」

 

「何というか…本当に色々とすみません」

 

ヒサシは深々と頭を下げる。

 

「まあそう畏まるな。さっきも言ったが私は怒っていない」

 

そう言ってヒナギクはヒサシの元に寄るとその髪の毛に触れる。

 

「細部までのこだわりを感じる。本物の私より些かしおらしい気がするが、お前は私を遠くから見るだけでここまで再現してみせたのだ。想いは今正しく伝わったぞ」

 

「…僕は破門された身です。元の家の名を背負っているならまだしも、今の僕ではあなたとは釣り合わない。それを踏まえた上で告白しました。…お気持ちを、聞かせてください…」

 

勢いを無くしたヒサシは累の想いのためにも必死に勇気を出して、消え入りそうな声で必死にヒナギクの想いを確かめる。彼女は笑うと目をきゅっと瞑ったままのヒサシの唇にキスをした。ヒサシが驚いて離そうとするのも、ヒナギクはその体を抱きしめて自身の方に寄せる。やがてヒサシもそれを受け入れ長らく唇を重ねていた。

 

「不器用だなヒサシは。そんな不器用さが愛おしい。…家族を説得するのは時間がかかるだろうが何年かけてでもお前を婿にもらう。それがお前の告白に対する私の答えだ」

 

無事に2人の恋が成就して累はホッと一息ついて微笑んだ。

 

その時、人形の製作の依頼人が現れた。ヒサシは累にこっそり渡す人形の番号を教えた。彼女は仕事場までそれを取りに行く。依頼人はまるで姉妹の様な美しい2人を不思議そうに眺めていた。

 

ヒナギクはすっかり冷えてしまった朝ごはんを食べ始める。ヒサシは食器を握り朝ごはんを食べるフリをする。

 

「…私が休暇を貰ったのは1週間だ。余裕を持って明後日の朝には家に帰る。退魔師の仕事や家族の説得にも時間はかかるし、しばらくは会えない。悔いのない1日にしたい」

 

「明日は町に出かけましょう。そこで皆で思い出を作るのです。会えない間辛くない様に」

 

「良案だ。そうしよう」

 

取り引きを終えて戻って来た累にも話をした。町には滅多に行かないので累も嬉しそうだ。

 

「それならば累も行きたい所があります」

 

その日はもう遅かったので、翌日どうするか。どこへ行くか。そんな話を夜までしていた。行く場所について熱心にあれこれ意見を言っていたヒナギクが真っ先に寝息を立てて眠ってしまうので2人共笑ってしまった。

 

しかし累も瞼が重そうだ。ヒサシは気遣ってそろそろ眠る様に言う。彼女もその意見に賛成して仕事場の方へ向かう。ヒサシは彼女を引き留めた。

 

「今日の接客、凄く上手かったぞ。成長したな」

 

「…ヒサシの真似が上手くなっただけですよ。あなたならこんな風な事を言うだろうなって思った事をそのまま話したまでです」

 

彼女は微笑んで仕事場に向かう。ヒサシはまだ引き留める。

 

「もうお互いの関係を偽っていないんだ。累だってここで眠ればいいのに」

 

「…まあ、私の事はお気になさらず」

 

先程の穏やかな微笑みとは違い今度は含みある笑顔を見せて仕事場へ向かった。独りが好きなんだろうか。ヒサシは不思議に思いつつ眠りもせずにただ夜明けを待つ人形的な眠りについた。もう幾度となく過ごした人形としての夜。やがてこの経験も貴重になる。

 

長い夜はヒサシに色んな考え事をさせた。今日は特に考えごとが多い。しかし彼の心はいつもと違って山奥の湖の様に穏やかだった。

 

「…ふふっ」

 

ヒナギクと両想い。その事を考えるたびに笑いがこぼれた。累が見たら呆れそうだが、今はだれの目も気にしなくていい。だからヒサシは嬉しくなるたびに笑った。

 

「…ヒサシ、苦しゅうない、もっと近う寄れ」

 

寝ぼけたヒナギクがヒサシの腕を掴んだ。

 

「ひ、ヒナギク…?」

 

「可愛い奴め~放さんぞ」

 

そう言ってヒサシを横にするとぎゅっと抱き着く。ヒサシはふと先程の累の含みある笑みを思い出した。なるほど、と心の中で納得した。ヒサシはドキドキしながらも両腕をヒナギクの背中に回して抱きしめ返した。それから寝ぼけるヒナギクに囁く。

 

「愛してますよ、ヒナギク」

 

「私もだ」

 

それまでのだらしない様子とは一変し真剣な声で言う。ヒサシは笑った。

 

 

 

 

翌朝になるとヒサシの家に何者かがやって来た。相手は大変慌てた様子だ。何でもヒナギクを探し回っていたと言う。本来ゆっくりしているはずの町におらず大変苦労したそうだ。彼もまた退魔師だった。ヒナギクを呼びに来たらしい。累はまだ寝ているヒサシとヒナギクを起こした。

 

ヒナギクは退魔師の所へ行くと要件を尋ねる。

 

「それが…また鬼が出たのです!イの3です!!」

 

イの3は妖怪の強さを大雑把に分けた退魔師が使う用語である。妖怪は上から順にイ、ロ、ハの順で強く、更にその中から1、2、3と分かれている。

 

「それで私に休日返上しろと。あのなあ、イ3ぐらい弟子の退魔師ならなんとかなるだろう?」

 

「それがその…えへへ」

 

使いの退魔師は困った顔で笑う。話を聞くと遠方で出た妖怪退治のためにヒナギクの父が熟達の退魔師を出しているのだと言う。それを聞いてヒナギクは腕をわなわなと震わせた。

 

「ち・ち・う・え~!家には3人は必ず残しておけと毎回言っておるに!!ぐぬぬぬぬ…」

 

ヒナギクのお家の退魔師は非常に良心的な価格で雇える。なので近所の退魔師に頼らずわざわざヒナギクの所の流派の退魔師を遠方から頼る人は少なくない。しかしそのお手軽さゆえに大変な妖怪退治に呼ばれる事もあれば台所に出た無害な妖怪の対処に呼ばれたりする。それだけでも苦労が絶えないのに他の退魔師からその低価格に関して不当廉売だと白い目で見られている。何かとどんぶり勘定しがちな彼女の父には母も胃を傷めている様だ。

 

地元でも妖怪は度々出るのでヒナギクは父に3人は熟達の退魔師を残しておくようにと言っているのだが遠方で手に負えない妖怪が出たとあればすぐに出してしまう。結果的に地元で何かあればすぐにヒナギクが駆けつけなければならなくなる。彼女の父も戦えるが全盛期ほどの力は出ず体にはガタが来ている。

 

「はあ…」

 

ヒナギクは肩を落とした。こうなってはもうこうしてはいられない。

 

「…残念です。でも、そっちの町に行く時は顔ぐらい見せますよ」

 

ヒサシがヒナギクを気遣ってそう言った。ヒナギクはヒサシを抱きしめ頭を撫でた。

 

「そうしてくれ。私は言う事を聞かない父上をとことん詰めてヒサシとの結婚の許可をいただこう。母はいつも私の味方だ。期待して待ってていい」

 

そう言ってヒサシと握手した。使いの退魔師が先に帰路を歩き出す。ヒナギクは累の所にもやってきて握手を求める。彼女は微笑んでその手を差し出した。

 

「ヒサシを婿に迎える時はお前も一緒だ、累」

 

「良かった。でなければ夜這いして許可を頂けるまで耳輪と耳裏を舐めてやろうかと考えていました」

 

「やめてくれ」

 

そうして2人はその背中が見えなくなるまで見送った。ヒナギクも後ろ髪引かれる思いで何度もヒサシ達を振り返っていた。別れを惜しむ気持ちはお互いにある。いつかはこんな気持ちも久しくなるほどずっといられるんだろう。ヒサシはぼんやりそんな事を考えていた。

 

その背中が見えなくなるとヒサシは両頬を叩いて家に戻る。累はヒサシと一緒について来る。

 

「ヒサシ、ひょっとしたら私もヒナギクが好きかもしれません」

 

「ええっ!?」

 

「あんなにからかい甲斐がある人は初めてですからね」

 

累がニタ~と笑う。ヒサシの顔での笑顔な事もあって余計に不気味だった。些か歪ながら累にとってもヒナギクは単なる嫉妬の対象ではなくなってきている様だった。ヒサシは外出の支度をする。累は不思議に思って首を傾げた。

 

「おや、仕事場に篭るのでは?」

 

「町に遊びに行くぞ、累」

 

「人形作りは?」

 

「次の次の依頼まで終わってるんだ。取り掛かるのは今夜からでもいいよ。それより累は行かないのか」

 

「行かないとは言ってないでしょう」

 

そう言うと累も急いで外出の準備をする。ヒナギクがいなくなって外出は中止になった物だと思っていた。玄関で待っているヒサシの所に累が追いつく。

 

「ふふふ。罪な人ですねヒサシ。ヒナギクと言う者がありながら私と遊びに出かけるとは」

 

「何を言っている。もう食材が家にあまりないんだ。僕の体を借りてる以上は沢山持ってもらうぞ」

 

「ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

「…もちろん茶屋に寄るぞ」

 

「ヒサシ~、私あんみつ食べた~い♪」

 

「その顔と声で言うのやめてくれ」

 

そんなやり取りをしながら町へ出て行った。もちろん買い出しの事もあったがそれだけではない。ヒサシなりに面白い催し事があればそっちに寄ったりして累に楽しんでもらった。それに茶屋ではあんみつを食べた。ヒサシは食べられないが、甘いものを食べている時の累はとてもいい表情をする。顔はヒサシだが。ヒサシは何とか累の体に物を食べられるような改造を施せない物か…なんて事を考えていた。

 

そして僅か一か月後、本当にヒナギクは退魔師を連れてヒサシ達を迎えに来た。そろそろ顔を見せに行こうかと考えていたその時である。まだ傷心中だと思い後ろめたい気持ちのあった父にヒナギクは一気にヒサシとの結婚を頼み込んだのだ。今まで恋愛のれの文字もなかったヒナギクが唐突に結婚したいと言い出すので父は引っくり返った。運命を感じたとまで言われてはもう止めようがなく、彼女の母からの後押しもあってすんなり許可が取れた。

 

引っ越しや結婚まであまりに忙しくヒサシも累も何が起きたのかあまり覚えていない。ちゃんと覚えている事と言えば幸せそうなヒナギクの笑顔だけだった。退魔師の次期頭領と、人形師と、人形。この3人の奇妙な間柄は町で噂になった。3人の愛はいつまでも冷める事がなかったと言う。

 

 

 

…終わり。

 




後1話後日談があります。TS百合物としてどうオチを付けるべきか結構悩んだんですが、ひとまずの区切りはここかと思い最終話にしました。後日談ではヒサシも累も元の体に戻っています。

ならいいか、という方はここまでご愛読ありがとうございました!
せっかくだから、最後まで付き合うぜと言う方、また来週よろしくお願いします!
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