「凄いな…」
ヒナギクはそれを見て驚いていた。彼女の突然の言い出しでヒサシと累は退魔師の適性を試す事になっていた。要は単なる遊びだった。特殊な御神酒を入れた盃に浮かべた物から浮き出るビジョン。それがその者の霊力。刀や鹿や毬、浮かぶものはそれぞれだ。ヒナギクは大きな桜の木が生えた。
累は大きな梅の木が生え、ヒサシは盃から白い大蛇が生えて空に向かって飛んでいる。一体どれほど長いのかまだ胴体は盃から出続けている。どちらも退魔師としての適性は非常に高い。
「やってみる物だなぁ」
「ひひ、ヒナギク!怖い!助けて!」
「いや大丈夫だ。そのうち尻尾が出るだろう」
ヒナギクの予想通りやがて尻尾がヌルッと出た。大蛇は空中で美しい曲線を描いてうねって消えた。何事かと騒ぎになった。とにかくせっかく適性があるのでヒサシと累にも退魔師としての訓練を受けてもらう事になった。ここにいればいつ何時と妖怪に襲われるかも分からない。身を守る術を身につけておいても損はないとの事だ。
累の扱う退魔術は極めて粗っぽく精度がイマイチだった。しかし放つ気の火力は高く身体能力もヒサシの力に依存して増すためヒサシが魔法や退魔術への理解を深めれば深めるほどに高くなっていった。
ヒサシは逆に退魔師としては腕力も体力も不充分だったが、退魔術の威力や精度は群を抜いて高かった。邪悪な妖怪のみ払う気を風の様に放ったりと規格は人間のそれではない。しかし援護がなければ1人で戦うのは厳しいほど隙だらけだった。
飽くまで身を守るための力を身に着けてもらうつもりだったヒナギクだが、彼女の父親は本職にしたがっている様子だ。実際に町に百鬼夜行が訪れ危険が迫った際には他の退魔師と一緒に出撃して特にこの3人が大活躍を見せた。
優秀な退魔師の家族が出来て大喜びの両親を見てヒナギクは複雑な心境だった。
「全く、父上はあれからまた妖怪退治の依頼を安請け合いしておられる。ヒサシや累が危険な目にあったらどうするつもりなのだ…。大体母上も母上だ」
ヒナギクは2人に対してやや過保護になっていた。この間はヒサシが怪我をしたと当人以上に大慌てだった。両親と違って本格的に退魔師にするのは反対な立場を取っているので何かを呼ばれているのも快く思っていなかった。口を尖らせているヒナギクの元に累が音もたてずに忍び寄り、その背中をつーっと指でなぞった。「はひっ」と珍妙な声を出して跳び上がるヒナギク。
そして累から距離を取って地団駄して累を指差して怒るヒナギク。
「累!それをやめろと言うに!」
「そんな事を言って、本当はもっとやって欲しいんじゃありません?」
「言ったな累!今度という今度は許さないぞ!」
逃げる累。追いかけるヒナギク。それを笑顔で見守るヒサシ。いつもの光景なのだが、今度は違った。ヒナギクがフェイントをかけて逃げ先を捉え、累を捉えたのだ。ヒナギクは累の背後を取ってその背中をなぞる。
「ほ~れほれほれ。どうよ累」
累には感覚に訴えた攻めは効かない。気持ち程度の感覚はあっても傷みさえ鈍感なのだ。…かに思われたが、累はヒナギク以上に悩ましい声を上げて身を捩る。ヒナギクは驚いて彼女を放した。困惑しているのはヒナギクだけではない、累もヒサシもそうだった。
「ヒサシ…またですか!!」
顔を赤くした累がヒサシに怒る。ヒサシの力は退魔術を学ぶ事でより高質な物に練り上げられて行っている。その度に累の力は増すが、同時に良くも悪くも人間らしさも増す事もあった。驚く事に累は夜に眠くなって寝る。もうすぐ食事さえできてしまいそうだった。今までヒナギクは良いからかい対象だったが、弱点が増えればヒナギクに容易く反撃されるようになってしまう。それをヒサシに怒っているのである。理不尽だった。
ヒナギクは薄ら笑いを浮かべて手をワキワキさせて累の方に近寄る。
「もっとして欲しいんだろう?ほれほれ」
累はばたばたと逃げるとヒサシの後ろに隠れる。
「う~~っ…」
子犬の様な声で唸る累。慣れない感覚に戸惑っている様だ。人間の真似ばかりではなく感覚を通して正確に人間の感覚を理解する累。そんな成長と2人のやり取りをヒサシは微笑んで眺めた。
それからヒナギクの父は相変わらず退魔師を遠方にやるもので地元の強力な妖怪はしばしば3人で対処する事になった。相変わらずヒサシは人形を作り続けたが世間から見れば彼も立派な退魔師である。母も同様の扱いをして予定を立てるものでヒナギクも彼らをそう認めざるを得なくなった。
累は悪戯好きが収まる事はなくヒナギクの変装をしてはおかしな事をしたり、その仕返しにヒナギクが累に変装しておかしな事をしたり、ヒサシは自身に似せて作った人形を操って2人を驚かせたり、退魔術を使ったおかしな遊びをするものでそれが度々噂になった。そうした噂が原因で退魔師を希望する人も増え、御殿の退魔師の平均年齢は低くなった。立派な職業ではあるもののいつも争ったり、厳しい修行ばかりしているイメージが改善されたのである。
せっかく弟子が増えてもヒサシも累も退魔術を教えるのは非常に苦手だったためヒナギクの仕事が増えた。しかし元より才能がない年下を教えるのが好きだったヒナギクとしても満更ではない様だった。
御殿はいつでも、いつまでも笑いが絶えなかった。
…終わり
ご愛読ありがとうございました!またどこかでお会いしましょう!