酒の勢いも相まって職を失った事や妻が寝取られたことを話したカイは男にとある提案を持ち掛れられ、それに同意した。
翌日、途中からの記憶を失った状態で目を覚ましたカイは海賊王“ゴールド・ロジャー”をとらえた英雄となっていた。そして、彼にはロジャーの懸賞金55億6480万ベリーという大金が贈られることとなった。
これは権力も金も名誉も力もないただの男が突如として途方もない大金を手に入れ、望んでもいない争いに巻き込まれていくことになる物語である。
「こんなあり得ない金額を手に入れたやつがいたらどうなるんだろう」
そう思って書いた作品です。完全な見切り発車となっています。ご注意ください
俺の名はカイ。
だが、俺はついさっきこんなただの一般人である俺自身に異名をつけたところだ。それは“世界一不幸な男”。不名誉ともいえるかもしれないが俺はそれだけの不幸をこの一日で体験したんだ。
「このミスをしたのってお前らしいな。クビね」
「ファッ!?」
突然仕事中で上司に呼び出されたかと思ったらそんなことを言われた。ミスがあったという仕事を確認してみれば俺がこの職場で一番仲よくしている同僚が担当していたものだった。自分の仕事場に戻った時に同僚がニヤニヤと笑みを浮かべていたから多分ミスを押し付けられたんだろう。同僚は要領がよくて上司にも気に入られていたからな。
「ただい、ま……」
「あ、貴方!? こ、これは違うの!」
「おっ? 旦那さんのお帰りか」
そして、直ぐに職場を追い出された俺は失意のまま家に帰った。こう見えて俺は2年付き合って去年結婚したばかりだ。これから子供を作り、家族仲良く暮らしていこうという時期に仕事を失ったわけだ。どう妻に言おうか悩みながら部屋に入るとそこには裸になって抱き合う妻と男がいた。妻は慌てながらシーツで体を隠し男の方はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
これはつまり、そういう事だろう。男は俺よりも若そうなチャラい男だ。不良という言葉がぴったりなそいつは慌てる妻とは対照的に落ち着いている。
「な、なんで……」
「あなた、これは違うの……」
「違う? そんなわけないだろ? 俺たちこう見えて3年間付き合っているんだぜ?」
驚いたことに妻とチャラ男の関係は俺よりも長く続いていたようだ。なのに俺と結婚した理由は? 簡単な話だ。俺の金目当てだったんだろう。
「つーわけで邪魔者は消えろ! 家や金目のもんは俺に代わってこいつと結婚した慰謝料という事でもらっていくぜ!」
「ぐあっ!」
「……ごめんなさい」
そして絶望で力が出ない俺はそのままチャラ男に家を追い出されてしまった。家の中からは妻の喘ぎ声が聞こえてくる。口では謝っていたが結局はチャラ男を取るのか。……まぁ、それも仕方ないか。職を失った俺に価値なんてないだろうしな。
親は俺が就職をはたして直ぐに死んでしまった。付き合いのある親戚はおらず妻と出会うまで一人で過ごしてきた。そして家族を手に入れたと思ったらこの仕打ち。“世界一不幸な男”と言っても納得できる境遇だろう。
「畜生……。明日からどうすりゃいいんだよ……!」
そんなわけで俺は現在家からも仕事場からも遠く離れた飲み屋でやけ酒をあおっていた。ここは海軍の基地が近くにあるため治安が良く、飲みすぎて路地裏に寝てても物取りに襲われないほどの場所だ。全てを忘れて酔いたい俺には最高の場所だった。
俺は持っていた財布の中身を気にしないでビールを飲み続ける。幸いにも今月の給料日は数日前だったこともあり懐にはかなりの余裕がある。ひと月分としてみれば微々たるものだが今日だけで考えればこの飲み屋で朝まで飲んでいられるだろう。どうせすべてを失ったんだ。ここで財布の中身も失おうじゃないか。
「おばちゃん! ビールもう一杯!」
「はいよ!」
恰幅のいいおばちゃんにビールのお代わりを頼み、肴で来るまでの時間を潰しているとふと、俺の隣に一人の男が座った。赤いコートを羽織ったその男はまるで歴戦の船長とでもいうべき風格を現していた。しかし、それでいてこの場にいても違和感のないどこか場の雰囲気に溶け込んでいるようにも見えた。
「すまんな。席がここしか開いてなくてな」
「え? ああ、構いませんよ」
周囲を見れば飲み屋の席はどこも埋まっていた。カウンターの一番端という立地で周囲を気にせずに飲んでいたせいだろうか。近くの窓から外を見れば月がてっぺんを過ぎて落ちつつあった。そろそろいい時間という事だろう。
「なんだぁ? 随分としけた面で飲んでるじゃねぇか」
「あ? あんたに関係ないだろ。ただ、“世界一不幸な男”という異名を今日持っちまっただけさ」
「アハハハハハハ! なんだそりゃ! 世界一不幸な男がこんなところで酒を飲んでいられる分けねぇだろ!」
俺の言葉にその男は豪快に笑う。人生のどん底を味わっている俺とは違い、まさに人生の絶頂にありそうなその男に俺はうらやましいという気持ちと共に小さな嫉妬心を生み出していた。
こいつはこんなに楽しそうなのになんで俺はこんなに不幸なんだ。そんな気持ちがあふれ出てくる。
「不幸さ。昼は同僚のミスが俺のせいになっていて仕事をクビになった」
「ほう?」
「んで帰ってみればチャラ男に妻を寝取られた上に財産を全て奪われた」
「……」
「そして俺は残った金でこうしてヤケ酒中ってわけさ。きっと明日には金を使い果たして絶望しているだろうさ」
たいていの奴ならそんなことに金を使わないで今後の為に使うべきだとか言うんだろう。だけどしょうがないじゃないか! 俺にはそんな風に気持ちを切り替える事なんて出来ないし酒の力に頼らないと心を落ち着かせることが出来ない奴なんだから!
「ワハハ!!! そりゃ確かに不幸だ! ここまで運がねぇやつもそうそういねぇだろうな!」
「そういうあんたはとても楽しそうだな。良い事でもあったのか?」
今さらだがこいつの見た目からどうも堅気ではなさそうだ。海賊、にしては風格がある。まるで
「……そうだな。いや、俺は今人生で最高の瞬間を終えたところさ」
「そうなのか? 全然そういう風には見えんが……」
「なに、今はその余韻に浸り、最後の時を待っている状態だ」
……こいつが何をしてきたのか知らないが本当にやりたいことをやりきったという事だけは分かる。成程、つまりこいつは俺とは真逆の位置にいるってわけだな。やっぱり嫉妬心があふれてくるやつだ。
「おばちゃん! 酒をもっとくれ!」
こんな時は酒を飲むに限る。ついでにこいつの分の酒を頼んで共に飲む。恐らくだがこいつとはもう二度と会わないような気がする。だけどこれを逃してはいけない、そう感じるのだ。
「ほら! 飲め!」
「お? いいのか?」
「当り前だろ! お前は人生最高の瞬間を、俺は人生最悪の瞬間を迎えた! こんな偶然は二度とねぇ! お前は祝い酒! 俺はヤケ酒で乾杯しようじゃねぇか!」
「そりゃぁいい! よし! 今日は飲むぞ! 店ン中の酒全部飲み干すぞぉ!」
そこからは店の中の客も巻き込んだ大宴会が始まった。顔が真っ赤になりながら酒を浴びるように飲み、最終的には樽事飲み始めていた。酒は結構強い方でよかった。でなけりゃ開始早々にぶっ倒れていただろう。
「んでよ! あのビッチよくよく考えりゃ……!」
「ハハハハハ!!! 気付かねぇとか中々……!」
「だからな? ……で、……よ!」
「……! ……? ……!!!」
最後らへんはほとんど覚えてないがひたすら愚痴を聞いてもらっていた感じがする。だけど、最後の最後の会話だけは何故か覚えているんだ。
「そうだ! ちょうどいい! 俺ぁこれから海軍基地に用事があるんだがお前も来い!」
「あ? なんでだよ」
「なぁに。海軍への、ガープやセンゴクへの嫌がらせだ。それに一緒にくりゃお前の人生は立て直せるだろうぜ」
「んー? まぁ、どうせ何もねぇしいっちょつきやってやっか!」
「そうこなくっちゃな! よし行くぞ!」
「おおー!!!」
それが昨日の、というか数日前の記憶だ。俺はその後、あいつと一緒に海軍基地に行き、急性アルコール中毒でぶっ倒れたらしい。それでそこから数日間海軍にお世話になってしまったらしい。
そして男についてだが実は海賊で海軍に自首して俺が目覚める前日に故郷で処刑されたらしい。海賊とは思えない程陽気で豪快な奴だっただけに少し衝撃を受けたがあの晩のおかげで俺はすっきりとした気持ちで人生をやり直せそうなんだ。感謝しないといけないな。
……と、まぁ。ここまでならただの不幸な男の一夜の物語で終わるんだが実際はそうではない。確かにあいつは海賊で処刑された。そのことに変わりはない。
だが、あいつが“海賊王”ゴールド・ロジャーで俺がそのロジャーを捕まえてきたっていう事になってさえいなければの話だ。
そう、俺は懸賞金55億越えの男を
よって、完治した俺は海軍将校を名乗る人物から不思議そうな、訝しむような視線を受けながら55億6480万という途方もない金を手に入れてしまったんだ。
ほんとあの野郎、確かにこれで人生を立て直せるだろうよ。だけどさ、これはいくら何でもやりすぎだろうがよ……。