――ロビン・フッド。
中世イングランドのアウトロー。
謎に包まれたところも多い男であるが、卓越した弓の腕と仲間たちと共に駆け抜ける。
リトル・ジョン、乙女マリアン、獅子王……。
実は別々の名前のない男たちの伝説をひとつに纏めたのが有名な『ロビン・フッド伝』。
同一人物だとしたらあまりにも各地で、各時代で彼の痕跡があるのはおかしいからだ。
しかし本当の物語は、ひとりの長命なエルフの青年が束ねた物語。
木精ドライアードに番人として選ばれた青年の物語。
*
Library-1
*
「……これが、本当の私の物語になります。貴女に比べればそんなドラマティックなものでもないでしょう。誰もが知る《シンデレラ》がこんな美しい傭兵だなんて」
「いえ、それぞれ別人のお話を編纂したと言われていた《ロビン・フッド》が同一人物で、それもエルフって十分すごいですよ」
「私の母が精霊で、父が人間ですから純血ではないのですが、広義ではそう言えますか。マッチが小人族、リトル・ジョンがドワーフ族、あとはその人はソウルカードになっていませんから知らないでしょうがちゃんとエルフ族もいますね」
午後のお茶会の時間が過ぎていく。
この図書館で様々な《物語》の《ブック》が保管され、闇の軍勢との戦いにおいて拠点となっている。
どんな波乱万丈な物語でも閑話休題はあり、お茶会の時間はいわばヴィランたちの戦記における休みの部分だ。
今日は白いドレスで優雅に紅茶を飲むサンドリヨンと、金髪を揺らしながらイギリス菓子を口に運ぶロビン・シャーウッドの組み合わせ。
そこに図書館の主であるマメール女史が姿を見せる。
「あら、マメールさん」
「ごきげんよう、今日もよい天気ですね」
彼女はブックの管理者であり《キャスト》たちへ指令を出す指導者でもある。
謎の多い女性であるが最前線での指導者としての能力は確かだ。
「サンドリヨンさんはゆっくりしてください、先日の《舞闘会事変》の解決はお疲れ様でした。今日は――ロビン・シャーウッドさん、貴方に」
眼鏡の奥、マメールが目配せをする。
(この場所ではあまり話したくないことだろうか)
意図を悟ったロビンが席を立ち、サンドリヨンに断りを入れて自分のティーカップを片付ける。
「何かあるようですしお茶会はここでお開きにしましょう。サンドリヨンさんは吉備津彦さんの見舞いに今日は早めに向かえばよろしいのでは?」
穏やかな時間が終わりロビンが去るとき、お茶会での柔和な表情とは打って変わって戦士の表情となっていた。
*
険しい表情のマメールに案内されたのは書庫。
戦士である《キャスト》の魂そのものである《ブック》が厳重に保管されている場所だ。
誰もが知っている《シンデレラ》、《桃太郎》、《ピーター・パン》――その原典であり戦記。
汚い文字で描かれた《バゴダの王子》のもある。あまり詳しい内容をロビンは知らない。
そして一冊の《ブック》を渡される。
「私のものですが、これは」
一目で異常なのが分かった。
表紙からしてどす黒い染みが滲んでおり、その染みはまるで生きているように蠢いている。
この本を持つマメールは手袋をしているが、この生きた染みに触れたいとは思えないし当然の扱いだ。
唯一その侵食に犯されてない飾り文字部分には《ロビン・フッド》と浮かんでいる。
「吉備津彦さんが襲われた《舞闘会事変》と同じです。また《キャスト》そのものの存在を書き換えるという形での攻撃です。先に対策も講じてみましたが……また《アナザー・キャスト》の発生にも関わってくる可能性も」
マメールの眉間の皺が深くなる。
「力は強くないようですが時間をかけてでも侵食、攻撃する手をとるヴィランです。元から《ロビン・フッド》の登場人物である貴方しか物語世界で起こされてるこの事変の解消は難しい状態です」
かつて伝説の《神筆使い》が描いた物語が土台になってる《キャスト》たちは『絵にかいた餅』でありながら強固な存在であるが、なるほどそれゆえに、一度侵されるとその修正も簡単ではないのだろう。硬いダイアモンドは、その硬度ゆえに砕かれれば元に戻すことは困難だ。
こくり、と力強く頷く。
「孤立無援でもなんとかしてみせましょう。アウトローゆえ、なに、慣れたことです」
「申し訳ありません」
「それに、私は長命ゆえその物語自体も長いですから。『いつ』に変化を起こされているかを特定するのも他の方では骨が折れることでしょう」
ロビン・フッドにも仲間はいる。しかし桃太郎のお供やシンデレラの魔女のよう、分かりやすく傍らにいる味方というわけでもない。
「推測が正しければ今の《ロビン・フッド》の世界は闇の軍勢が優勢になっている、あなたの知っている世界ではなくなっているはずです。どうかお気をつけて。あと、気になるものがあったのでお渡しします」
そう言って差し出されたのは、一枚の栞。
押し花の栞だ。勿忘草。
こちらはマメールが手袋をしないで触っており、無害なものであるのは調査済みらしい。
「この事変に気づいた時点で《ロビン・フッド》の《ブック》に挟まれていたのですが、覚えはありませんか?」
「懐かしいような、そんな感じはしますが、それもまた不思議な――」
受け取る。
「あぁ、これは」
幼いときの記憶が甦る。
「子供のときに記憶があります――釈然としませんが、合点がつきました。私が持っておきましょう」
押し花ということは花を摘んでくることが伴い、ロビンは森を損なう行為は嫌いであるが、森の恵みに感謝しながら授かることもまた必要だと教えられた。
そんな思い出話も誰かにしたくなるが、今はそれどころではない。
「私という《キャスト》が私でなくなる、重大さはそれこそ反転してしまった吉備津彦さんの一件を見れば一目瞭然です。正義を実行できる身で在り続けるためにも、向かいましょう。《ロビン・フッド》の物語世界へ」
《アナザー・キャスト》たちの物語はどれも、どこか残酷で冷たい世界を持っている。
まだロビン自身に侵食の影響は見受けられないが、もしも吉備津彦が闇吉備津に変わったような変化が起こってしまえばどうなってしまうか。
そんな思いを巡らせながらロビン自身が知らない《もうひとつのロビン・フッド物語》の世界へ入りこんでいった。
*
At present time-1
*
生まれ故郷であるシャーウッドの森の景色、むせかえるような生の自然の匂いが染み込む。
点々と立つ樺の木の特徴的なシルエットは図書館の庭にはないものだ。
「ただいま、シャーウッド」
まずは森へと呼びかける。
番人であるロビンを迎えるように一筋の風が通っていった。しかしその匂いには火薬と腐臭が混ざっている。戦争で森の動物の骸を操る術が使われ、それが当時のロビンの怒りに火を付けた。
「『この時間』は戦争が起こってる頃ですから致し方ないことですが、この匂いはやはり不快だ」
神筆使いが描いた《ロビン・フッド》の物語のあらすじはこうだ――闇の軍勢の力を得て謀反を企んだ王弟ジョンを、獅子心王とロビンが討つ。
ならば『獅子王とジョンの戦争の時間』が最も今回の《事変》の中心になっている可能性が高いと踏んだのだが、今のところ元のままにも思える。またあの戦争に加勢して少しでも早く森の破壊を止めたいところだが、そこは今回の本筋ではない。自分の知らないモノ、コトがないかを調査し、原因を排除するのが目的なのだ。
目の前を見据え、一歩踏み出したとき、
カチッ
自然の空間に似つかわしくない起動音が鳴ったと思うと、足元で小規模の爆発が起こる。
「うわっ!?」
咄嗟の判断で顔を腕で多い、爆発による閃光から目を守る。しかし威力に対して音と閃光は強く、聴覚が一時的に機能を失う。
こんなものは以前の森になかった。
これ以上トラップを踏まないよう今踏みしめている足を軸に最小限の動きでクロスボウを構える。
音のない世界でも弦の引き絞られる音が自分で分かる。
調べる間もなかったので古いトラップだったのかつい先程仕掛けられたトラップだったのか判別できないが、狩人の直感はこの使い手が近くにいると告げている。
肌を刺すような空気の揺れ、気配、音に頼らずとも感じ取って首をずらすと、その真横を一本の矢が通りすぎていった。
その一本で相手の位置は読めた。軌道をそのまま逆再生してなぞるかのよう、正確にロビンが反撃の一矢を放つ。
当てた手応えは無かったが、木の影で動くものが見えた。
いきなり本命に当たったとなれば、次のトラップを踏むリスクよりもこれを捕らえたい。不可視の罠を恐れず敢えて一直線に駆け抜ける。また次の爆発が起こり、分かってはいたが視界が白くなる。
承知の上での突撃であり、熟知した景色、先に垣間見た姿、第六感、諸々に頼っていく。
先程までトラップを警戒していたのに踏み込んできたことで、襲撃者が急いで撤退の態勢に入った。
動揺して逃げ出すところを狙う。
「捉えたならば、もはや――ぐぅっ!?」
「……ッ!」
逃げにはいる背中にロビンが矢を撃ち込もうとしたとき、相手もまた『敢えて踏み込んできた』。
右に避けるか左に避けるか、という読みをしていたところへ真正面に当身を入れられ、今度こそロビンは倒れる。
だがゼロ距離まで詰めたことで、おぼろなシルエットであるがその姿を見てとれた。
そいつの姿は《ロビン・シャーウッド》に瓜二つで、長い髪が揺れ、そもそもさっきの閃光と爆音の罠だってロビン自身が使うトラップと酷似していて、弓の使い手で、咄嗟の行動パターンもロビンとよく似ていて。
起き上がった頃にはもうどこかに去っていた。
*
At present time-2
*
辺りを極めて慎重に調べたところ、まだいくつかトラップは設置されていた。
自分が番をつとめる森に異物があることを不快に感じつつ、ひとつひとつ解除していく。ただし全てを処分するわけではなく、ひとつだけは残して構造など調べるために使った。そして確信していた通り、やはりトラップの仕組みもロビンが昔使っていたものによく似ていることが分かった。
殺傷力はほとんどないが閃光と音は派手で、対象の視覚聴覚を奪う。そして位置を狩人に知らせる。ただしその威力は森の動物たちを驚かせ傷つけないぎりぎりの範囲に留めてある。
(何も予備知識がなければ、私自身が設置してそのまま忘れたのだと言われても納得してしまいそうだ)
当面はあれについて調査することになるだろう。
ロビンの足はすぐに人間たちの街へと向かった。
そいつが《ロビン・シャーウッド》を騙っているのであればかつての自分自身と同じよう、この時期には獅子心王と接触しているはずだ。
それにそもそも、闇の軍勢により今のこの《ブック》は侵食されているはずで、戦争が劣勢になるよう改変されてしまっている可能性すらある。
(まさか自分の生まれ育った世界を二度、旅することになろうとは)
知っているはずの時間に、染みのように違和感が滲んでいる。
しかし森を出てみると、意外なほどに知ったままの景色であった。マメールと懸念していたような戦況の悪化はないし、《ロビン・シャーウッド》に関する足跡はたいして人里では得られない。
カラン、とベルを鳴らし酒場に入る。
昼も夜も男たちが集まる場であり、酒が心の本音を引き出す場だ。どこの時代、場所でも不思議な魅力を持つ空間であり、情報の集まる場所でもある。そこで『もうひとりのロビン』についての話も聞けるであろうと立ち寄った。
数人に話を聞いたところで、むしろ綺麗すぎるくらいに自分自身の軌跡をなぞられており、『自分がロビンだ』と名乗っても皆一切の疑いを挟まず受けいれる。
そもそも『もうひとり』も何も、区別が成されてない。
「おうよ、チビじゃねえぞ、俺はよぉ、なあそうだよなあ?」
「いつもと変わらないですね、リトル・ジョン。昼間から酒はほどほどにしましょう」
時にソウルカードという形を取って手助けしてくれる仲間のひとりであるドワーフの青年だ。
今はあくまで《ロビン・フッド》物語の登場人物としてこの場におり、ロビンにはこのやりとりも昔実際に行ったものそのままだ。自分の思いのままに動ける《キャスト》とは異なり、彼らはあくまで物語の登場人物以上の振る舞いはできない。
「最近なにか変わったことはありませんでしたか?」
些細な変化も見落とさぬよう目を凝らしつつ、ジョン以外の男たちに質問を投げかけていく。
「別にな、それよりもお前さんの方が心配さ」
「このところイライラしていたようだからな、悩みでもあるのか」
身に覚えがない。
この戦争の時期のロビン自身は森の外から現れた脅威に対しての義憤でいっぱいであった。
――やはり、この世界には小さな綻びがいくつもある。
欲しい情報は手に入れたところで銀貨を投げ、さっさと酒場から出た。
自分の知るこの世界とは確かに改変が及んでいる、が、予想していた形とは異なっていることが妙だ。
改変を行ったのは闇の軍勢だ。これは大前提に当たる。その目的となると《キャスト》の無力化だ。『英雄が闇との戦いに打ち勝つ物語』を『敗北の物語』に改変すればその産物である戦士も弱体される。だというのにこの物語世界で戦況が悪化した様子もないし、あのロビンにそっくりな何者かも先のロビンへの攻撃以外に破壊活動の類を行った痕跡がない。
吉備津彦が闇のインクを浴びた結果堕とされ、闇吉備津としてサンドリヨンに襲いかかった事件を思うのならば、あのロビンにそっくりなあれが該当するだろう。だがあれも吉備津彦の強靭な精神あってこそ耐えていたが彼以外であれば闇の手先になっていてもおかしくない状態であり、あれが『闇の手先に堕ちたロビン』だとしてやはりこの世界がまだ――戦争中ではなるが――平穏を保っている点が腑に落ちない。
(欠けた情報があるのかもしれない)
パーツの足りていないパズルが完成しないのは当たり前だ。
懐から一枚の栞を取り出す。
(マメールさんに渡された栞のことも。記憶が確かならば『戦争中の時間』ではこの栞は意味がないはず……)
覚えがあるそれはロビンが子供のときに使っていた栞であり、ある人物から貰ったものであることを思い出した。
「『標的』――もとい『目的』『目標』を確かめるためにも、一度戻りましょうか」
このまま今の状態で放っておけば取り返しのつかないことになるであろうことは分かる。
だがあまりにも滲んでいて、射抜くべきものが見えない。
酒場から出た今も背には見つめる視線が常に張り付いている――あの者が矢をつがえ、狙っている。
あれが《アナザー・ロビン》だとしたら。
お前の正体は、輪郭はどこにあるのか。
*
Library-2
*
「ロビン・シャーウッド。一度帰還いたしました」
物語世界から図書館に戻ったロビンはすぐにマメール女史を訪ね、次第を報告した。
予想と反して元の世界とあまり変わっていないこと、《アナザー・ロビン》らしき者から襲撃を受けたこと、情報不足であることを考えたこと。
「そもそもにして《キャスト》および《物語》自体を改変するという攻撃自体が吉備津彦さまのときしか前例がなく、情報が欠けている可能性も考慮して、このように知恵をお借りしに参りました」
「ふむ、そうですね。これは《アナザー・キャスト》そのものへの見解になっておりますが――」
もうひとつの物語、とはいうが元の設定から明らかに逸脱した存在ではないこと。
白き夜叉となった吉備津彦も、彼が鬼の血を引く皇子だという設定をなぞらえたものであること。
ならば《アナザー・ロビン》についてもロビン自身にそのベースとなる要素があるはずであること。
「貴方の言葉をそのまま返しますと前例がほとんどないことゆえ、必ずしもこのまま当てはまるとは言えませんが」
「いえ、貴重な意見ありがとうございました」
そう簡単に答えが得られるとも期待はしていなかったので予想の範疇だ。
どうせ現場にまた赴かねばならないと思っていた。
「図書館は幕間と割り切っております、お気にせずに。本編で答えは見つけてゆきましょう」
「旧知の方を尋ねるのも知恵を貰えるかもしれませんよ。先に言ったよう、貴方自身から派生するのが《アナザー・キャスト》ですから。……そもそもロビン・シャーウッドのアナザーである確証もない、ということもお忘れなく」
警告とも助言ともつかない言葉が胸に引っかかる。
「私だけでなく、このケースでしたら吉備津彦さんたちにも会っておいてはいかがでしょう?」
「時間は貴重ですが、そうですね、そのようにさせていただきましょう」
急いては事を仕損じる。
今ロビンが陥ってる状況に先に落とされた経験を持つ彼からまた別の視点が得られるかもしれない。
*
吉備津彦が《舞闘会事変》から復帰したのはつい最近のことだ。
これまでサンドリヨンが甲斐甲斐しく看ていたがやっと他の《キャスト》にも面会許可が出た。その回復力はさすがというもの。
日ノ本式の扉をノックする。フスマ、という紙を貼り付けた扉だ。
「ロビンです」
鍵のないそれを半分だけ開けて中を覗き込む。先にロビン以外の客がいるようでその背が見えた。ヒトらしい血の気のない大きな身体、毛先以外ほとんど粉を浴びせたよう白色(はくしょく)になっている髪。
吉備津彦の《アナザー・キャスト》である闇吉備津であった。奥の寝床に部屋の主である吉備津彦も横になっている。上半身に巻かれた包帯は彼が怪我人であることを示していた。
「おお、ロビンどの。見苦しい姿ですまぬ」
「……我は出ていこう」
用はすでに済んだのか闇吉備津はほとんど目も合わせず部屋から去っていった。日ノ本式である藁を材料にしたタタミをぺた、ぺたと踏む音が妙に高く部屋の音を占める。
ロビンは闇吉備津と一度《舞闘会事変》で共闘をしたことはあったが、この彼はその闇吉備津と同一人物ではないのだ。
無意識に息を詰めてしまう。フスマが閉められ部屋を覆っていた緊張が解けてからやっと言葉が出てきた。
「吉備津彦さまもあれだけのことがあったのですから、今は養生なさってください。……あのとき共闘したときのことなどは、覚えてらっしゃるのですか?」
「ああ。……あのときの俺は俺ではなかったが」
ロビンが《舞闘会事変》共闘した闇吉備津は、目の前で包帯に包まれ休んでいるこの吉備津だ。
――これも神筆のなす奇跡なのか、《桃太郎》の『もうひとつのアナザーストーリー』を執筆し《闇吉備津》という《キャスト》を正式に創ることで、まるで布に落ちた染みを抜くように彼を《吉備津彦》に戻したという。
「不思議なことよな。確かに俺の記憶ではあるが自分のことだという実感が浮かばない。逆にあの闇吉備津にしたら実感はあるが記憶がない、といったところだろう」
「土台になるあった《物語》に加筆することで新しいもうひとりの《キャスト》を創る。理屈は分かりますが目の前で実例を見ることになるとは」
「闇の軍勢が新たな卑怯な手段に出るとなれば、俺たちも今までのままでは対抗しきれないということだろう。俺もまだまだだ、鍛錬は欠かせぬ」
吉備津は包帯で動きがとりにくいはずにも関わらずぶんぶんと素振りのような動きをしている。
「そのためにも早く回復してくださいね。サンドリヨンさんとの手合わせも長くしていないことでしょう」
「そうだ……な」
結局ただの見舞いのようになってしまったが、やはり長く喋っていると体力を消耗しているのが見ていて分かる。手短に礼を言ってからなるべく音を立てないようそっとフスマを開け、部屋から出た。
また書庫へと向かい、《もうひとつのロビン・フッド》の物語世界へ向かわなくてはならない。
*
At present time-3
*
再び、シャーウッドの森。彼にとって始まりはいつだってこの場所だ。
スゥ、と深呼吸をし、すぐに周囲を確かめる。例のトラップはやはり仕掛けられている。あまり長居しない方がいいだろう。
今回は獅子心王の元へと向かう。
城を王弟ジョンに奪われているため今は戦場のキャンプにいるはずだ。
乾いた風が通り抜ける森の端、人間たちが拠点としているそこは森らしからぬ火薬の匂いの中心。
ロビンはここがあまり好きではないが、敵地になれば闇の力を使い動物たちの屍を動かす腐臭も加わる。義を通すための戦いでなければこちらに力を貸すこともなかったかもしれない。
「王、こちらにいらっしゃいますか」
最も大きな天蓋をくぐると、そこには獅子頭の男。獅子心王というのは愛称ではなく、本当に動物の頭をした獣人族にしてこの国の王なのだ。
「ロビンか。森の哨戒はいいのか?」
「ええ、少々伺いたいことができまして……」
話を合わせつつ、切り出そうとしたとき――
「騙されちゃいけない! そいつは『偽物』、森の敵だ!」
凛とした女の声と共に矢が割って入る。
天蓋の布は鋭く裂かれ、ロビンが今しがた立っていた空間を通り抜ける。
一発目が外れたとみるやその者はすぐに立ち去るのが気配で分かる。
これまで息を潜めていた相手を捉える好機を逃すまい。目を白黒させている獅子心王をよそにロビンもすぐさま飛び出した。
「《アナザー・ロビン》……!」
*
「どこだ!」
トラップの仕掛けられたシャーウッドの森に誘い込まれる。
とはいえあると分かっている罠であれば対策も容易い。この森を庭とするのはロビンも同様なのだ。樹の密度の高いところを選び、その枝に足をかける。地面に罠があるのならば地に足を付けなければよい。
返事の代わりにまた一本、矢が飛んでくる。
すぐに樹に身を潜めやりすごす。飛んできた方角に意識を集中させる。
殺気立っているが決定打がないことへの苛立ちも、空気を通じて感じ取れた。今回は互いに様子見では終わら無さそうだ。
わざと罠を起動させ誘い出すことも考えたが、今そんなことをしてはこちらが殺られる。獅子心王との会話に割り込んだ声、放たれた矢、それらにはそう感じさせるだけの苛烈さがあった。
どうしたものか、膠着状態が続いても手段がないのはロビンも同じだ。
ザッ、ザッ、地雷原を走り抜ける音が反対側からした。
「あっちから!?」
「矢の方に気を取られすぎだ!」
焦れている間にも気配を潜めてぎりぎりまで詰めていたのだ、もう数メートルない。
この彼我の距離では足場の不安定な樹の上は格好の的だ、ロビンは飛び降りる。
しかし樹から降りざるをえない状況を作られ、こんな苦肉の策としての行動はとっくに見切られているのは分かっていた。自分だってこの場面、相手の降り立つ場所を待ち構える。
もう弓矢で戦う間合いではなく、腰からナイフを抜き取り膝をたたみ、着地の衝撃を吸収する。
「はああああっ!」
(来る! ナイフはどう振る? どう踏み込む?)
このスキを狙い向かってくる相手を迎え撃つべく、構えたところで――
「!」
初めて遭遇したときのよう、ここで肩からの当身を受ける。
あのときは他に手がないからの行動であったはずで、反応できずに押し倒されてしまう。
散らばるロビン自身の金髪が妙にスローモーションで見えた。
もはやここまでか。
マウントを取られ、下手な抵抗はしないで仰向けに倒された。
「……」
「…………! はぁっ、はぁっ……! あたしは、あたしは……っ!」
ロビン・シャーウッドの《アナザー・キャスト》であるならばこれまでのアナザーたちの例を取っても男であると思っていたが、紛れもなく女、乙女であった。
萌える草のような色の流れる髪、紅い瞳は獲物を逃さぬ狩人に相応しい鋭い光を放っている。
それよりも浅黒い肌と尖った耳の特徴を持つ種族には心当たりがあった。
(エルフ族)
逆光で顔はよく見えないが、紅い瞳の女は記憶にあった。
(乙女)
物語世界でも長いこと会ってなく、ソウルカードとしても選出されなかった《ロビン・フッド》の登場人物。
「乙女――マリアンでは」
今にも殺されそうになっているのに、不思議と平静なままにその名が出てきた。
「その名で呼ぶな!」
語気に熱量があるのならばこのまま消し炭にされてしまいそうな勢いで叫ばれる。
馬乗りになっている彼女の手にあったのは一本の矢であった。
「あたしはシャーウッドの森の守護者、メイド・マリアン! あんたが! あんたのせいで! あたしがロビンの代わりに《ロビン・フッド》を演じなければならなかったんだ! あの日放たれた一本の矢が!!」
その手にある矢は、妙に古ぼけていた。十数年前のもののような。矢じりは赤黒く染まっていた。
「この矢が十年前にロビン・シャーウッドを殺さなければ!!」
ロビンの頬に水滴が降る。
「憎い、憎い、憎い! このときが来るのをどれだけ待ったことか!」
目の前の乙女は泣いていた。
「絶対に仕留める、そう誓ったんだ!」
――この世界でロビンの軌跡が奇妙なほど元のままであったのは当たり前だった。彼女がそのようにしてきたから。
――あまりにも元のままであったからロビン自身も忘れていた。ここは《もうひとつのロビン・フッド》の物語世界。
――異物であるのは自分の方で、ここは『ロビンが殺されたから乙女マリアンが代わりを演じた物語』の世界。
――《アナザー・ロビン》はロビンと同一人物ではなかった。でも紛れもなくもうひとりのロビン。
点が線に繋がり、こんなときだというのに歓喜すら湧いてくる。
「はは、はははは……」
「何が可笑しい!」
喉元にまで迫っている矢じりを掴み、押し返す。
所詮女の力では、ロビンの力に抵抗しきれない。
「どうして、わざわざ殺された人の役目を演じようとしたのでしょう」
上半身を起こす。彼女と視線が合う。
「そ、それは……」
「私は精霊に選ばれた番人ではありましたが、森の守護者は他に遠からず選ばれたことでしょう。わざわざ《ロビン・シャーウッド》を演じる必要はなかったはずです」
この事変を解決するためのキーになる言葉は聞けた。
今はまだ。
「悪しき敵の思惑、防がせて頂こう。……また十年前に、お会いしましょう」
事変の起点は獅子王とジョンの戦争の時期ではなかった。
まだロビンが幼かった頃、この時点から十年前。
この世界で自分が殺された時間。
*
At past time-1
*
あの彼女と同じように時間を歩めたらどんなに素晴らしいことだったか。
だが本の読み聞かせでお気に入りの場面をせがむ子供のように、今の自分はこの長い物語の特定のページだけを開くことができてしまう。
向かうは子供時代。
*
「……この日の私は、一人で狩りの練習をしていましたね」
記憶を頼りに昔の自分の元へと行く。
この世界で自分は殺されることになっているが慌てる必要は全くなかった。
ロビン自身がかつて未来の自分に助けられた子供時代の記憶を持っているから。
「全く《キャスト》というのはどこまでもご都合主義的存在であり、こういう部分は便利でもあり、不便でもあります」
マメールに渡された栞を取り出す。
《ロビン・シャーウッド》の《ブック》が闇により汚染された後に現れたという栞。
敵は『ロビン・シャーウッドが殺された物語』に改変することで彼の存在をなかったことにする狙いだったはずだったのだろう。しかし栞に触れた時点でそのロビン自身が『殺されそうになったところを未来の自身に救われた』という記憶を持った『そういうもの』に書き換えられた。
(子供時代の記憶が封印された『ということになっている』ものの……では闇の軍勢の攻撃が起こる前はいかに? 最初からそのような設定が《ロビン・フッド》に付与されてるのは無理がある、が)
それは登場人物たるロビンには知覚できない《後付け設定》なのであろう、と自分で納得している。
物語の中に描かれた少女が哲学を通して自分が物語の中の実在しない人物かどうか空想する本がノルウェイ発として図書館に収められていたか。
頭を使うことは嫌いではないが、今はそのときではない。
(さて、私はこの日この場所で、私は私に助けられる)
どういう理屈なのか説明できない部分はあれど、己は演者、《キャスト》。
この物語を正義が勝つ結末へ導くための台本を演じていくのみ。
幼い自分が兎を追っている。
それを狙う闇が、《ロビン・シャーウッド》の姿形を模したヴィランがそばにいるのを見逃さない。
ここで逃してしまっては狩人の名が廃れる。
呼吸を整え、狙いを定め。
風を切る音と共に、一矢。
どす、という音だけがいやに生々しく響き、
「ワタシガ……ヤブ……レルトハ……イッタ……イ……………」
今まさに黒い矢を放とうとしていた闇は、黒いインクを散らしてその場で消える。
クロノダイルやフロスティのような戦闘力は持たないが厄介さで言えば劣らぬヴィランであった。
「悪しき存在は去ったようです」
「だれです?」
まだ半人前とはいえこの場で成された殺気のやりとりに子供時代の彼が気づいた。
青年が優雅に金髪を揺らしながら姿を見せ、微笑みかける。
「少年ロビン、今それを知っても貴方は忘れなくてはならない」
「…………」
「もっとこれから多角的な物の見方を覚えていくのです。今追っていたウサギもそう、狩りをただの殺生だけにとどめず森の恵みに感謝しながら授かることもまた必要なことです」
かつての自分に言われた言葉をそのまま投げかけつつ。
青い花の栞を手に持たせ、
「さあ、ゆっくり目を閉じて……十を数えるのです。そうしたら今のことをもう忘れてしまうでしょう。そういうことになっていますから」
青年ロビンはまたその栞を手に、ゆっくりと立ち去っていった。
自分が覚えているのは、ここまで。
*
At past time-2
*
「あんたは何なの?」
ロビンが覚えているのはここまでのことで、思いもよらぬ人物から誰何される。
声がしたのは少し高くなっている石造りのものみの塔からだ。
そこにいたのは上質な白い衣装を身にまとったエルフの娘――ロビンは十年後の彼女を知っている――であった。
もっとも、長命なエルフは十年程度ではさして見た目が変わるものでもないのだが。
「メイド・マリアン」
「なにそれ。あたしはマリアンだけども王女マリアン。エルフの姫のことも知らないの」
子供時代にロビンはエルフの城で一目マリアンを見たことはあったが、彼女にしてみれば当時のロビンはただの半人間半精霊の子であるし、何より大人の姿だ。
端正な顔が訝しげな表情になる。
ゆっくりと石の塔から彼女は降りてくる。
紅い瞳は煌々とした煌きを放つ。
「見たわよ。黒い男を射る姿」
「それは……」
傍から見れば罪もない人間を射殺したととられてもおかしくない。森の中で目撃者がいたのは予想外のことであった。
言葉に詰まっていたところを、マリアンは端正な唇から紡ぎ続ける。
「森の敵でしょう、あの闇は。でもあんたは何なの? ついさっきまで森にいなかったはずのものなのに、森の敵じゃないのは分かる。それに……」
語りながらもう目の前にまでマリアンは降りてきた。しかし自信たっぷりにロビンを見据えていた視線がぶれる。
「王女?」
「……あたしのこと、おかしいとか気が違ったとか言うんじゃないわよ……あの闇は今代のシャーウッドの番人を殺すはずだった、そういうことになってるはずだったのに、どうしてあの子は生きているの」
「……!」
今度は別の意味で言葉が出ない。
何故、物語の登場人物でありながら物語の外の視点を持てているのか。
「エルフには世界を俯瞰する立場が与えられる。その王族の血には未来すら見通す力がある。あたしは見たんだ、あの子が殺されて、森が黒いやつらに覆い尽くされる未来を。だから――」
だから『ロビン・シャーウッドが殺された世界』で彼女は《もうひとりのロビン》として戦っていたのか。
だから《ロビン・シャーウッドを模した闇》と同じ姿をしたロビンに、あそこまで憎しみをぶつけてきたのか。
だから闇の悪意に晒されても、《もうひとつのロビン・フッド物語》は大筋を変えないでいられたのか。
「マリアン!!」
「な、なにするんだい……!」
今の彼女には分かるまい感情の奔流に、ロビンは抱きしめずにはいられなかった。
誰よりも気高く、健気で、強い乙女。
《ロビン・シャーウッド》と同一人物でないとしても、《アナザー・ロビン》に相応しい。
腕の中の乙女はしなやかな身体で、でもその腕から放たれる矢の鋭さを知っている。
「無礼をお許しください、王女マリアン」
戸惑う淑女を抱き続けるのは紳士らしくない、とすぐに離れた。
ただし手は握ったまま。
「このたびのことは今の貴女には忘れるべき出来事ですが……メイド・マリアン、どうか」
握った手にはあの栞。
闇の軍勢にせよ《キャスト》にせよ、それらの行動は本来は物語の筋になかったもの。その介入によるパラドックス、ストーリーの変化は最小限にしなければならない。
だから子供のロビンにも王女マリアンにも見たものを忘れてもらう必要があった。
この出来事は今は自分の胸だけに。
忘れられない物語に。
所詮ロビンは登場人物で、記憶も確かに改竄されて、でもこの想いは書き換えたものだとして、その嘘がなんだというのだろう?
もう原本なんて残ってないか残っていてもごく一握りの人間しか見たことのないあらゆる《童話》は全世界で人々の心に受け入れられていて、作り物であるかどうかなんて大した問題ではないのだ。
*
Epilogue
*
目の前にあるのはもう闇の侵食から解放されたロビンの《ブック》。
生理的嫌悪感を起こさせた蠢く染みは薄くなっていた。
「……以上のようなことが《もうひとつのロビン・フッド》の物語世界で起こっていたことです。闇により確かに冒されていたものの、マリアンが戦っていた事実とあの不思議な栞の力によって大事に至らなかったようです」
「報告ありがとうございます。後処理の方は《キャスト》ではなく神筆使いの領分ですから、ゆっくり休んでください」
マメール女史は丁寧に《ブック》を棚に戻し、書庫から去っていく。
まるで長い小説を一気読みしたよう、どっと精神的な疲れがロビンにのしかかってきた。
その疲れ以上に、この旅で出会った彼女のことが心を占めていた。
《ロビン・シャーウッド》たる自分の記憶にある乙女マリアンは、幼い日にエルフの城でちらりと姿を見て、その姿に憧れ、それで終わった。あらすじだけならそれだけだ――後世における《ロビン・フッド》物語における乙女マリアンの扱いは差が大きいのは有名なところでありそもそも登場すらしない版もあるのだ。
でも自分の実体験として、《メイド・マリアン》は確かに戦って、確かな実感として在るのだ。改変に改変を重ね、『何もなかった世界の乙女マリアン』『ロビンが死んだ世界のメイド・マリアン』『修正された世界の王女マリアン』そのどれもがロビンにとっての彼女なのだ。
もし、記憶以外で残るとしたら、記されることで――
*
「物語は常にひとつの形を取っているわけではありません。原典が人々にとって拠り所として讃えられるのは分かりますが、私たちとしては読み手たちの新たな解釈、《もうひとつの物語》だけと言わず、多数の、無限の可能性、それらに秘められている力こそが闇を祓う強さになると……思っております」
「だから、《四創生》以外の新たな神筆使いの成長を促すのです」
「新たな物語、新たな力を描き出すように……」
*
午後のお茶会の時間が過ぎていく。
この図書館で様々な《物語》のブックが保管され、闇の軍勢との戦いにおいて拠点となっている。
どんな波乱万丈な物語でも閑話休題はあり、お茶会の時間はいわばヴィランたちの戦記における休みの部分だ。
ロビンの部屋の扉がノックされる。きっとお茶会へ誘いに来たサンドリヨンだろう。
(……今日も欠席させていただこう……)
この一週間ロビンはずっと誰かと会うことを避けてきていた。自室で横になっているか修練場で腕が使い物にならなくなるまで矢を撃っているかだ。
仲間と話すと日常に戻ってきたと実感してしまいそうで、するとあの彼女への実感としての体験が過去のものになってしまいそうで、女々しいと言われようがロビンの本音であった。
読みかけの本に栞を挟み、一旦閉じる。次に読むときはここから再開だ。
(現実の世界に生きる人々はこんな、誰も保証してくれることのない記憶を寄る辺にして生きているというのですか)
闇の軍勢によって都合よく書き換えられそうになった《もうひとつのロビン・フッド》物語は今回の戦いを通して『なかったこと』となった。これで《キャスト》としてのロビンの身への脅威は去った。
戦いに赴いたのがロビン単身であったから詳細を記憶しているのは自分ひとり。その自分が忘れてしまえば今度こそ『完全になかったこと』も同然になる。
晴れない気分でいると太陽光もやけに鬱陶しく、滲む汗で湿気る肌着が不愉快であった。心身ともに見えない蛆が這うような不快感に耐えられず起き上がり、部屋から出た。
長い図書館の廊下をひとり視線を斜め下に向けながら、歩く。
向こう側に誰かが歩いていた。近くに他の部屋もない一本道だからすれ違うことだろう。
「失礼」
あまり相手の顔も見ず、自分が脇に避けて道を譲る。
――ふわりと、懐かしいシャーウッドの森の匂い。
「!!」
顔を上げる。
たった今すれ違ったその背には長い優雅な髪、何本も矢が収められた矢筒。妙な話であるがまるで自分自身の後ろ姿のよう。自分の後ろ姿など鏡を使ってもそう見るものでもないのだが。
「貴女は――」
呼ばれ、そのひとが振り返る。
「あたしを呼んだのはあんたかい?」
忘れるはずのない、一週間前に殺しあったばかりの間柄の顔。
物語世界の外にあるはずのこの図書館にマリアン、そのひとがいた。
「《キャスト》として喚ばれたのはいいんだけどさ、道に迷っちまったよ。案内してくれないかい?」
そうはいってもここはまっすぐな廊下で、要するにだいぶ前から道を間違えているらしい。長い長い通路、どこに行くでもないロビンが目的地まで付いていくことになった。
「世界を守るための架空の戦士、人間って面白いことを思いつくものだよね。あたしの他にも《キャスト》がいるってはマメールって女から聞いていたけど」
「ええ」
「エルフなのに他の連中より後輩扱いなのは気に食わないけどさ、これまで敵とどう戦ったかとか教えてくれよ」
「……いいでしょう」
「ちょっと、男なんでしょ? もっとハキハキなさいよ!」
「……マリアンは昔から強気でしたね」
「そんなこと言ったってねえ、ってあれ? そういえばあたし名乗ったかい?」
全身からほのかに香る森の香りが混ざりあう。図書館の庭の匂いとは違う。
彼女の方も何か思うところができたのだろう、その場で足を止めた。
ロビンは懐から勿忘草の栞を取り出す。
「この栞。実は《ロビン・フッド》の《ブック》に挟まれていたのですが、覚えはありませんか?」
紅玉のような瞳に栞が映る。じっと見つめて考えているようであった。
「見覚えがあるような、ないような」
目を細め、長い指が栞へと伸びる。
これでいいはずだ、これでいいはずだ、これですべてが解決するはずだ。
ロビンは確信を抱いていた。
「あ……あぁ……これ、は」
接した指先を通して電流が走ったかのようマリアンが震え、膝から崩れそうになる。
この衝撃をロビンはつい先週体験したばかりで、だから彼女が倒れそうになるのも予想できて支えてやれた。
「あたしは、メイド・マリアン……」
震える唇からゆっくりと言葉が紡がれる、不器用にキィキィと鳴る糸車のように。
「乙女として生まれ、狩人として殺しあって、そして……」
目が見開かれる。その瞳いっぱいにロビンが映っている。
「あんたをあの日《視ていた》わ!」
ばらばらの糸になっていた記憶が束ねられる。
抱擁。
「本当に、本当に《キャスト》というのはどこまでもご都合主義的存在です……たった一枚の栞を通して、記憶を封じ、こうして統合して、『そういうもの』になってしまえる……」
リトル・ジョンや獅子心王と同じく『ただの登場人物』にすぎなかったはずの乙女マリアンが《キャスト》に昇格し、物語の外側から観測する力を得た。誰が――こんなことができるのは四創生くらいだろうが――生んだのか、彼女を描いてくれたのかはロビンにとって大した問題ではない。
汚染された吉備津が《吉備津彦》と《闇吉備津》の別々の独立した存在に変えられたよう、彼女は逆にあらゆるの可能性を収束させた《メイド・マリアン》という存在になるのだ。
「あたし、ある物語ではいなかったし、ある物語では王女だったし、ある物語では……あんたの代わりに狩人を務めた。《ロビン・シャーウッド》の《アナザー・キャスト》、それがあたし……」
一気に雪崩込んできた記憶が整理されてきたのだろう、足取りがしっかりとしてきた。
「あのときもあのときも意味深なことばっかり言いやがって。やっと全部分かった。一体どういう経緯であたしが生まれたのかも」
もうロビンの助けがなくてもまっすぐ背筋を伸ばして彼女は立つ。
マリアンは女性としては長身だがさすがに横に並ぶとロビンの方が頭一つ背が高かった。
「あのときは対等な時間に生きていなかったから、逃げられたけど」
にぃ、と唇の端が上がる。
「もう、どこにいようが何をしようが、逃さないわ」
「悪しき存在は去り……これからは、貴女と共に戦いましょう」
ふたりの《ロビン・フッド》の放つ軌跡は重なり合う、束ね折れることのない二本の矢(ダブル・ショット)として――。
FIN
pixiv版からの避難用です。昔に紙の同人誌にもしました。