とある喫茶店をたまり場にするJKと、その店のマスターの話。
双葉(2+e) 様(@riserein8)が開催された企画の短編になります。
企画テーマは「若さ」
「はい、お待たせ」
「お! 来た来た~!」
錆びれた喫茶店の中から聞こえるのは、若い女性の楽しそうな声。中を覗いてみれば近くの高校の学生服に身を包んだ少女が、カウンター席で高さ10㎝以上のパフェと相対している。早速それまで触っていたものをカバンの中に放り込み、スマホで写真を数枚。満足いくものが表示されればソレを机に置く。
それと同時に配膳されるのは、紙ナプキンの上に置かれた柄が長く先端の小さなスプーン。いつの間にか現れていたそれを手に取れば、パフェの頂点に輝いていたクリームがどんどん消えていく。十分に口に放り込んだのだろう、リスのように膨らました口の中を一気に飲み込み、そして思わずため息をついてしまう彼女。
「はぁ~、やっぱ美味いわマスター。いっつも思うけど、マジでコレタダでいいの?」
「もちろん。新メニューの試作品だからね。それにおじさん年でさ。甘いモノとか無理なのよ。特にクリーム系がね、もう胃がもたれて……」
「ほ~ん」
興味のなさそうに相槌を打つ彼女、その眼前でグラスを磨くのは顎髭を整えた男性。どうやらこのカフェのマスターの様でゆっくりと店の雑務を熟している様だった。カウンターの代によって彼女からは見えないが、彼の視線の先には様々な器具が並んでいる。
満足できるまで磨けたのであろうグラスを置いた彼は、後ろの棚に置いてあったコーヒー豆の袋を取り出し、豆を挽く用意に入っていく。その様子を見ずとも、マスターが背を見せようとした瞬間に何かを察し、顔を顰める彼女。そんな彼女の顔を知ってか知らずか、何度目か解らない言葉を紡ぎ出す彼。
「最初店を出した時は“コーヒー”1本でやってたんだけどね。今じゃマンネリ化を防ぐためにパフェの新開発。ここ始めたころの僕に言っても信じてくれないだろうし。……人生解らないモノだよねぇ」
「そんなもんなんですねぇ。……まぁマスターの“コーヒー”クソまずいし。そもそもコーヒーだけってどんだけ昔の話だよ、って感じじゃないの? 今時そんなの全然見ないしさ。……だからまぁそっちで売らなくて正解だとは思うよ」
「あ、相変わらず手厳しいね~。まぁおじさんもう全然最近のこと解んないからさ、そういうの教えてくれるのはほんと助かる」
いいって~、なんて言いながら豆挽きの作業を眺める彼女。
その視線は少し遠く、過去のことを思い浮かべていた。
思初めてここに来た時、店主のおすすめだと言われて出された“コーヒー”。値段は優しく香りも見た目もいい、彼女自身ソレにそこまで造詣が深いわけではなかったが、最初は非常に期待して口に運んだのだが……。結果は大外れ。これを呑むくらいなら泥水を啜った方がましかと思えるような出来。口直しとして出された洋菓子類がなければ二度とこない様な場所が、ここだった。
“値段”だけは他に比べて各段にいいし、“サービス”も満点。けれど“喫茶店”として肝心な“コーヒー”だけが各段に不味い。そんな場所が、彼女が自身のたまり場とする場所だった。
「というかマスター新商品とか作ってる余裕あんの? 今日もお客私だけじゃん」
「あ、あはは……」
彼女の言う通り、この店にいる客は一人だけ。そしてここの所、平日はほぼ毎日ここに来ているのだが、誰も他の客を見たことがない。
マスターの人柄は好みだし、出てくるパフェも美味い。でも肝心のお客が全くいない。来るのは“豆の配送業者”ぐらいで、それ以外はサッパリ。彼女はもし自分がバイトとして入ればせめてコーヒーぐらいは改善してあげられるのに、と思っていたのだが……。どうやらマスターは全て一人で済ましたいタイプの様だった。
まぁ彼女にも情くらいはある。来るたびに気が付いたことを何度も忠告してあげているのだが……、一向に直る兆しがない。宣伝とか、集客とか、もっといろいろ出来ることがあるのにな、といつも考えてしまう。
そんな不満そうな表情を見ながら笑みを浮かべるマスター。心配しなくてもいいよ、という笑みを返しながら、言葉を紡いでいく。
「まぁぼちぼち、何とかなってるからね。ほら君が学校に行っている時間帯に一応お客さんが来てるのよ。もしくは夜とかね? 常連さんってやつさ。だからおじさんまだまだ大丈夫ですとも」
「だと良いけど……。嫌だよ、急に『来月閉店する』とか聞くのは」
「そうならないように頑張るしかないねぇ。……ところでさっきのパフェ、どうだった?」
「あー、うんとねぇ」
頭をまわしながら、感想を纏めようとする彼女。
けれどその口から言葉が吐き出されるよりも先に、出入り口に取り付けられたベルが、鳴る。
扉が開かれる前に聞こえたのは、少し緊張を孕む足音。そしてそれまで少し左に傾いていた重心が、一気に右へと傾いた。けれど体の芯はブレてない。“扱い”に関する訓練は詰んでいるようだったが、歴戦の猛者という感じではない。まぁつまり、そこまで警戒しなくてもいい相手だ。
彼女がここで仕事を取るようになってから、何度も見た“豆の配達業者”。お仕事の結果に気に入らなかったり、難癖付けたり、勘違いして歯向かってきたり。早い話、厄介ごとのお客さん。わざわざ彼女がいる時間帯にやって来たと言うことは、そういうこと。
やっぱりそっちだったじゃん、と考える彼女。
振り向かず、脇の下からワンクリック。店内に響くのは一発だけ、サイレンサーが施された銃独特の発砲音。
入店者が倒れ伏す音と共に、引き金から指を離した彼女が、少し芝居がかった動きで立ち上る硝煙を吹き消した。
「もー。マスターまためんどい奴だったじゃん。私“コーヒー”嫌いって何回言ったらわかるの?」
「いやはや、ほんとにごめんね。乗り込んでくるとは思わなくて……。にしても、やっぱり若いってすごいねぇ。照準を合わされる前に脳天一発。いい腕してるよ」
(……よく言うよ、ほんと)
そう言いながら、カウンターから出て死体の処理に向かうマスター。口では『自分にはもう前に出て仕事は無理だねぇ』なんて言ってる彼だったが、彼女はその耳で“自分よりも早く”マスターが得物に手を伸ばし、“自分よりも早く”その照準を定めていた。
実際に構えてはいなかったが……、どう考えても速かったのはマスターの方。それでも彼が行動を起こさなかったと言うことは、譲ってもらったということに他ならない。
「はぁ……。まぁいいや、マスタ~、それ終わったらお代わり頂戴」
「あぁ、もちろん。実は他にも色々“新商品”を考えていてね? もちろん全てパフェ系統だ」
いずれ追い抜いてやると考えながら、ため息と共に新しい注文をする彼女。いつの間にかマスターは死体の処理を終わらせており、黒いごみ袋が一つ増えていた。それを全く気にしないように片手で持ちあげた彼は、裏にそれを運びながら注文を聞く。
「いや、今日はそう言うのじゃなくてさ。私が今欲しいのは、“コーヒー”」
「! 良いのかい? 嫌いだったんじゃ……」
「いいの。どうせマスター1人で処理してるんでしょ? 私だっていつまでもお守りにだっこじゃ笑われちゃうからね。ちゃんと階段上んなきゃ。……あ、でも。やっぱ“ミルク”とか“砂糖”とか入れてくれると助かる」
「はは。なるほど。じゃあちょうど、とっておきの豆があるんだ。けど少し量が多い上に質が良い豆でね。……少し待っていてくれ。店じまいをしなくちゃならない」
そう言いながら一度外に出て、Openの立札をClauseに変えるマスター。そしてしっかりと鍵を掛けた後……。照明横のスイッチを入れる。照明が切り替わり、彼と彼女が纏う雰囲気も変わる。そしてカウンターに移動したマスターがさらにスイッチを入れると……、彼の後ろにあった棚。カップや豆などが置かれていた棚が一気に裏へと沈んでいき、代わりに出てくるのは様々な銃器たち。
全てマスターによって丁寧に整備された、至極の一杯たちだ。
「わぉ。これ出すの久しぶりに見た。貸してくれるんだよね? となると……、かなり大がかり?」
「正解だ。“取引先”がかなりの大物でね。お相手も少々数が多い」
そう言いながら、彼女の目の前に何枚かの紙を並べていくマスター。今回のターゲットに、それを守る護衛達。詳細なスケジュールと、逃走経路まで書かれた周辺のマップ。もちろん最後に、取り分の金額が掛かれた小切手を一枚。彼女にとっては少々アナログすぎるやり取りであったが……、これにはこれの利点がある。
「あはは、やっぱこういうの好みだわ。お値段も相変わらずいい感じだし……、いいね、やりがいありそ」
「気に入ってくれたようで何より。では、詳細を詰めていこう。今日は“ミルク”も“砂糖”も制限なしだからね、好きなだけ付き合うよ」