今回の内容はリムルとリューセーが旅立つ前の話です。
①シュナの嫉妬(?)
街の中心では子供達がスライム型のボールを投げ合い、商店街ではゴブリン商人達が元気よく声を張り上げている。
リムルは国の代表というより『みんなの頼れるスライム』といった雰囲気で、住民達からの人気は相変わらず高かった。
そんな平和の中、隆誠は一日の業務を終え、机の書類を片付けながら軽く伸びをした。仕事は多いが、住民達の協力もあって順調そのもの。
今日も無事に終わったことに、彼は静かに息を吐いた。
そろそろ帰って夕食の準備でもしようと思った矢先に――
「隆誠さん、ちょっと宜しいですか?」
控えめな声が部屋に響く。
隆誠が振り返ると、シュナが静かに立っていた。
いつもの柔らかな微笑みだが、その瞳の奥には、どこか探るような光が宿っている。
「ん? どうかしたか、シュナ」
「ここ最近、リムル様が隆誠さんの家に行く回数が多いような気がするんですが」
その言葉は、まるで恋人を問い詰めるような響きで、隆誠は思わず眉をひそめた。
「そうか?(確かにリムルの奴、ミリムがいなくなってから、今まで出来なかったゲームをやり続けてるからな……)」
曖昧に返すと、シュナはさらに一歩踏み込み、じっと見上げてくる。その距離は、普段の彼女からは考えられないほど近い。
「まさかとは思いますが、リムル様と二人っきりの時に良からぬ事をしていませんよね?」
「良からぬ事って何だよ。ただ単にリムルが好きな料理(+お菓子)を振舞っているだけだ」
「その時点で充分に羨ましいです! 出来れば私と代わってください!」
珍しく語気を強めるシュナ。普段は穏やかで控えめな彼女が、ここまで感情を露わにするのは極めて珍しい。その勢いに、隆誠は思わずたじろいだ。
「いや、そんな嫉妬を俺に向けられても困るんだが……」
苦笑しながら返したその瞬間――
「おーい、リューセー。今日もお前の家に――」
タイミングよく、いや悪く、リムルが部屋へ入ってきた。
手には隆誠から借りたゲーム機を持っている。
スライムになる前からゲーム好きだったが、最近はさらに拍車がかかっていた。
その姿を見たシュナの瞳が、カッと見開かれる。
「リムル様! 今日は私の家に来て下さい!」
「え!? シュナ、いきなりどうした?」
「リムル様が好きな料理をお作りしますので是非とも!」
シュナは珍しく強引だった。その勢いは、まるで『絶対に譲らない!』という意思の塊。
普段とは全く異なる様子にリムルも思わず後ずさる。
「あ、いや、お、俺はリューセーの家に行くって決めててな……(セーブしてるゲームの続きもしたいし)」
「そ、そんな! リムル様は私よりも、隆誠さんの方が良いのですか!?」
シュナの声が震え、目にはうっすら涙まで浮かんでいる。
(俺の思い過ごしだろうか。何かシュナが変な方向に誤解してるような気が……)
隆誠は額を押さえながら、二人の間に割って入るべきか悩む。
しかし、リムルはリムルで困ったように笑い、シュナはシュナで必死にアピールしている。
テンペストの平和は、今日も健在だった。
②日本人の男なら誰でも好きな料理
夕暮れのテンペストは、今日も穏やかな空気に包まれていた。街の灯りがぽつぽつと灯り始め、住民達が食堂へ向かう足音が心地よく響く。
そんな中、夕食の時間となり、リムル達はいつものように食堂へ集まっていた。
「ん? あれ? リューセーはいないのか?」
リムルは席に着きながら周囲を見渡した。今日は隆誠も食堂で食べると言っていたはずなのに、当の本人が見当たらない。
「ああ、アイツでしたら急に自宅で食べると言ってましたよ」
事情を知っていたベニマルが肩をすくめながら答える。その言葉に、リムルは「え?」と首を傾げた。
「そうなのか。今日はゴブイチの料理食べるって言ってたのに」
リムルの反応は、どこか拗ねた子供のようだった。その様子にソウエイが静かに口を開く。
「そう言えば、隆誠が家に戻るのを見かけましたが、随分と機嫌が良さそうでした」
「機嫌が良い? どういう事だ?」
リムルは意味が分からず眉をひそめる。ソウエイは淡々と、妙に印象に残った光景を思い出しながら続けた。
「ゴブイチから質の良い牛鹿の肉を貰ったのか、『今日は牛丼だ~』とか言ってました」
「!?」
リムルは椅子からずり落ちそうなほど目を見開いた。その反応は、まるで聞き捨てならないという感情がそのまま形になったようだった。
「ギュウドン? 何だそれは?」
「俺が知る訳無いだろう」
ベニマルが首を傾げ、ソウエイも同じく首を振る。
魔物である彼らが知らないのは当然だが、リムルの反応は明らかに異常だった。
「それでリムル様、ギュウドンとは一体何なのですか?」
ソウエイが問うと、リムルは一瞬だけ沈黙し――
「…………すまん。ちょっと急用が出来た」
そう言い残して席を立ち、すたすたと食堂を後にした。
その背中は、明らかに牛丼に釣られた者のそれだった。
その頃、隆誠は自宅の台所で料理を仕上げていた。
甘辛い香りが部屋中に広がり、思わず鼻がくすぐられる。
「……よし、牛丼もとい
薄く切った牛鹿肉とタマネギを醤油ベースで煮込み、白米の上にたっぷりと乗せた一品。
日本人として転生した隆誠にとって、この香りは故郷そのものだった。
――この世界でまた食べられるとは思わなかった。
そんな想いを胸に、丼をリビングへ運び、いざ食べようとしたその瞬間。
コンコンッ!
玄関の扉が勢いよく叩かれた。
「誰だよ、こんな時間に……」
せっかくの牛鹿丼を前にしての来客に、隆誠は少しだけ不満を抱きつつ玄関へ向かう。
「はいどなた……って、リムルじゃないか。急にどうした?」
扉を開けると、そこには少し不機嫌そうなリムルが立っていた。
「おいリューセー、元社会人の俺を差し置いて牛丼食おうとしてたな……!」
「……何で知ってるの?」
「ソウエイが家に帰るお前を見て『牛丼』って呟いてたのを聞いたんだよ!」
リムルは完全に『怒っている』というより『羨ましさで爆発寸前』の顔だった。
「………もしかして、貴方も牛丼好きだったりする?」
「当たり前だ! 俺も牛丼食べたいんだよ!」
リムルの叫びは、ほぼ『何で俺を呼ばなかった!?』という感情そのものだった。
「分かった分かった。まだ残ってるから、すぐに用意するよ」
隆誠は苦笑しながら台所へ戻る。
本当は明日の昼飯に取っておくつもりだったが、今日はリムルと二人で牛鹿丼を食べることになった。
一方その頃、食堂では――
「あれ? お兄様、リムル様はどうされたのですか?」
「急遽用事が出来たと言って、隆誠の家に行ったぞ」
少し遅れてきたシュナは、リムルがいないと知った瞬間、表情が曇った。
「むぅ……。やはりリムル様は、隆誠さんの家に行きすぎな気がします」
以前の出来事を引きずっているのか、シュナの不満は再び膨らんでいく。
そんな中――
「あれ? リムル様がいませんね。折角今日は私の手料理を食べてもらおうと作ってきたんですが」
シオンが鍋を抱えて食堂へ入ってきた。鍋の中には、紫色に輝く『何か』がぐつぐつと煮えている。
ベニマル達はその光景を見た瞬間、顔を青ざめさせた。
「……おい、急いで食べろ。退避だ」
「了解」
彼らは残った料理を高速でかき込み、シオンの鍋がテーブルに置かれる前に食堂から逃げ出した。
テンペストの夜は、今日も平和で――そして騒がしかった。
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