夏油は煙が晴れると同時に辺りを見渡した。
そしてその不思議な光景に目を丸くする。
青々とした草原、そこに集まる黒いローブを身に纏った若い男女が数十名、と一人の禿げた中年男性。
驚くべきは若い男女は皆が皆、傍に見たことのない動物たちを従えていた。
——呪霊……いや、式神かッ?
ほぼ全員が式神を従える若者の集団。
何より異質なのが、彼から”呪力”を全く感じないことだ。
式神を従えている以上、彼らは皆術師のはずだ。
でなければ、式神を視認することすら不可能なはず。
いや、夏油は一人だけ心当たりがある。
呪力を全く持たないにも拘らず、人外を従えていた存在。
彼が呪詛師に堕ちた最も大きな要因の一つとも言えるあの男のことを。
夏油はより一層警戒心を強めた。
——まさか彼らは皆フィジカルギフテッド……流石にそれはないか……
不可解な情報といくつもの疑問が彼をより困惑させる。
しかし彼はその豊富な経験から冷静さを失わず、あくまで状況理解に意識を向けた。
周りの若者たちからは嘲笑の声が飛び交っている。
しかしそれは夏油に向けてではなく、どうやら彼の目の前にいる一人の少女に注がれていた。
その少女は桃色の髪を伸ばし、鳶色の瞳が嵌め込まれた幼く整った顔立ち。
周りの者たちと同じ黒いローブを身に纏った小さな体は、夏油の姿を凝視しながらプルプルと震えている。
「あっ、あ、あっ! あんた誰よ!!!」
少女は顔を赤くしながら夏油を指差して叫んだ。
その様子を見下ろしていた彼は気丈な態度で言葉を返す。
「……人に名前を聴く前にまず自分から名乗るべきじゃないか?」
「なっ!!? な、なによ! その態度! あんたどう見ても平民の——」
「ルイズが平民を召喚したぞ!!」
夏油の言葉にさらに顔を赤くした少女の言葉を、外野の誰かか遮った。
それに釣られて嘲笑の声がさらに大きくなる。
「まさか人間を召喚するとはな! しかも平民!!」
「ゼロのルイズにはお似合いの使い魔だな!!」
「ほんとに召喚したのかぁ!? あらかじめ用意してたんじゃないのか!?」
「そこまでするかゼロのルイズゥ!!」
「う! うるさい!!」
桃色髪の少女——ルイズと呼ばれた少女は外野に向かって叫ぶ。
「ミスタ・コルベール! 今のは失敗です!! やり直しを……もう一度チャンスを!!」
「……」
「……ミスタ・コルベール?」
「……あ! ああ、聞こえているよ」
ルイズに呼ばれた禿げた中年の男、コルベールは間の抜けた声で返答した。
しかしその意識は先ほどから絶えず夏油に向けられている。
「残念だがミス・ヴァリエール、それは出来ません」
「そんな!?」
「サモン・サーヴァントは神聖な儀式、一度召喚した以上、その存在を使い魔とするのがルール、例外は認められません」
コルベールの無慈悲な言葉に、ルイズは目尻から涙を浮かべながら項垂れる。
「例外……例外ですか……」
コルベールはそんなそんなルイズを一瞥し、次に夏油の方を見ながら呟く。
それはまるで自分自身に問いかけているようだった。
「少年、名前は……ああ! 私はジャン・コルベールです。ここ、トリステイン王立魔法学院で教師を勤めています」
「……夏油傑です……少年?」
夏油はコルベールの言葉に違和感を感じる。
彼の顔立ちは童顔というわけではなかったはずだが。
ふと彼は自分の服装に目を向けた。
それは見覚えのある、そして懐かしい服装。
彼が今身につけているのは、彼が学生頃に着ていた呪術高等専門学校の制服だった。
「!!」
夏油は思わず自分の顔を撫でる。
そして体を弄り、学ランの内ポケットから手鏡を取り出した。
彼のこだわりの前髪を整えるために昔愛用していた手鏡だ。
「なっ!!?」
夏油は鏡に映った自分の顔に思わず声を荒げた。
そこに見えたのは十代だった頃の自分の姿、丁度高専から抜けたぐらいの頃のものだった。
——若返っている……? 誰かの術式か……!
夏油は体の調子を再度確かめた。
しかし何かに干渉されたような違和感は感じない。
「どういうことだ……これはあなたが?」
「? いえ、あなたをここに呼び出したのは私ではなく、あそこにいる少女、ミス・ヴァリエールです。あなたは彼女に使い魔として召喚されたのですよ」
「召喚……使い魔……」
微妙に話が噛み合っていないが、今までのやりとりでいくつかわかったことがある。
ここはトリステイン王立魔法学院という場所であること。
目の前の禿げ上がったコルベールという男はここの教師、他の者たちは学生であること。
彼らからは特別夏油に対する敵対心はないということ。
彼らは夏油が若返っていることに関与していない。
夏油はあそこで未だ頭を抱えて唸っている少女に使い魔(式神みたいなものか?)として召喚されたこと。
——ということは彼らのそばにいる動物たちも使い魔か……何かしらの召喚の儀を行えるということはやはり皆術師か? いや、やはり断定はできないか。改めて確認しても彼らから呪力は感じないし、非術師でも手順さえ守れば儀式自体は行える。そもそも……
夏油が耳を疑ったのコルベールが発したこの学舎の名前だ。
トリステイン王立魔法学院?
魔法というのは呪術の他国での違った文化による呼び名か、王立というからにはかなりの規模の施設のはずだが夏油はそれを聞いたこともない。
彼も呪いや術師を集めるために海外を渡り歩いた経験があるのだが。
——なぞがなぞを呼ぶね……
とにかくこれ以上はさらに詳しく事情を聞くしかない。
夏油はそう思ってこの場の責任者であろうコルベールに質問を投げかけようとした。
しかしその時、彼らの間に意を決した表情のルイズが割って入った。
「こうなった以上仕方ないわ、契約よ! 私はあんたと契約するわ!」
「ミス・ヴァリエール……」
「契約……それは私と主従契約を結ぶということかい?」
「そうよ!! 私がご主人様で、あんたが下僕よ!!」
「そうか、断る」
「なっ!!?」
「急に自分を呼び出した知らない子と簡単に契約するわけないだろう」
「こっこっこっこんの……ッ!! 平民の癖にッッ!!!!」
「おい! ゼロのルイズが使い魔に契約を断られたぞ!!」
「これ以上俺たちを笑わせて窒息死させるつもりか!!?」
「!! あっあんたのせいよ!!」
周囲の学生たちに嘲笑され、激昂したルイズは手に持った杖を夏油に向ける。
夏油もまたそれを見て直ちに戦闘態勢に入るつもりだった。
しかし二人の間にコルベールが慌てて割って入る。
「待ちなさいミス・ヴァリエール、流石に今回は例外中の例外です! 私だけでは判断できかねますので、一旦学院に戻って、学院長に指示を仰ぎましょう!」
コルベールがルイズにそう捲し上げた。
彼とてルイズが呼び出したのがただの平民ならばそのまま二人に契約をさせていただろう。
しかし彼は目の前の夏油傑という平民から、ただならぬ気配を感じ取っていた。
身のこなしや立ち居振る舞いから、彼が戦闘能力に長けていることは薄々感じていたが、それより気になったのは彼の内側だ。
何かとてつもない、嫌悪感といえばいいのか、とにかく得体の知れない何かを彼が孕んでいるという予感がコルベールにはあった。
まず彼が、生徒にとっての害の有無を確かめなければならない。
「さぁ! あなたたちも学院に戻りなさい! これにて解散です!」
コルベールが生徒たちにそう告げると皆は次々と懐から杖を取り出し、何かを唱えた。
すると彼らの体は突然宙に浮かびだし、そして学院へと戻っていく。
——空中浮遊……全員が同じ生得術式……いや、違うなあれは
当たり前のように空を飛ぶ生徒たちを夏油は内心驚きながらも観察していた。
彼のいた場所では、空を飛べる術師は限られている。
にも関わらずここにいる全員がそれを扱えることに驚愕せざるを得ない。
何より、やはり術式を使用したであろうにも拘らず、呪力の起こりはおろか気配すら感じ取れない。
夏油は彼らの使う術が夏油の知る呪術とは全く別のものであることに勘付き始めた。
「ルイズ、お前は歩いて帰れよ!」
「『フライ』はおろか『レビテーション』すらまともにできないんだぜ!!」
そんな捨て台詞を吐いて去っていく彼らを、ルイズは悔しそうに睨みつけていた。
「では、私たちは歩いて戻りましょうか」
残された夏油、コルベール、ルイズの三人は、学院の方へと歩き始める。
その時、ふと夏油はある違和感に気づいて足を止めた。
それに気づいてルイズが振り返る。
「何してるの? さっさといくわよ」
「……ああ、今行くよ」
「……まったく、なんでこんな」
ブツブツと独り言を呟くルイズと、その前を歩くコルベールの背中を足早に追いかけた。
夏油は感じた違和感の正体が確信に変わる。
——なぜ、私の中にまだ呪霊が残っている?
そんな疑問を浮かべながら夏油たちはこの学院の学院長のもとへと向かった。