学院長室に通された夏油を待っていたのは、立派な髭を蓄えた老人の学院長だった。
オスマンと名乗る彼は夏油とルイズを客席に座らせ、事の経緯をコルベールから聞かされた。
「ふむ、つまり彼はここにいるミス・ヴァリエールに召喚された……えーとすまんのう、名前をもう一度聞かせてくれんか?」
「夏油傑です」
「おおそうじゃった、長生きすると物覚えが悪くてな。ゲトー・スグル……変わった名前じゃな」
「……ええ、どうやらここは私がいた場所とは文化がかなり違うようです。ですから教えてください、ここが一体どういった場所なのかを」
その言葉を皮切りに、オスマンとコルベール、そしてたまにルイズの横槍が入りながら夏油に対しての説明が始まる。
分かったことは以下の通りだ。
ここはハルケギニア大陸の西方に位置するトリステインという王国。
ここでは魔法が発達し、魔法を使える者をメイジと呼ぶ。
メイジの多く、つまり魔法を扱える者は貴族として敬われ、逆に大半の扱えない者は平民として貴族に従事している。
ここはそういった貴族の子女を預かって魔法を教える魔法学院。
夏油を呼び出したのはトリステイン王国の大貴族、ヴァリエール公爵家の三女ルイズ。
彼女は二年生への進級試験の一環として使い魔召喚の儀を行い、その結果夏油を呼び出した。
契約を終えていない以上儀式はまだ終えておらず、このままではルイズは留年してしまう。
だから夏油にはルイズと契約してほしい。
「要約するとこんな感じで合ってますか?」
「それで概ね問題ない。理解が早くて助かるのぉ」
「……ふむ」
夏油は口元に手を置き、少し考える。
今の説明で確信したこと、それはここが元いた世界とは別世界であること。
トリステイン王国という小国ならともかく、ハルケギニアなどと言う大陸は聞いたこともない。
加えて魔法、そしてメイジの存在。
呪力を持たない人々。
——科学技術や呪術の代わりに魔法が発展した世界……か。いや、この人たちの身嗜みや建造物を見るに、文化レベルは産業革命前の中世ヨーロッパってところか。じゃあ科学の発展はこの後かな。呪術と魔法が入れ替わった世界と考えた方が自然か……そもそもここは本当に異世界か? あの世とかじゃないよな?
夏油は考えを巡らせる。
ふと横で自分の顔を窺っているルイズと目が合った。
彼女は落ち着きがないようにソワソワとしながらスカートの丈を握り締めていた。
「……使い魔というのは何をするんだい?」
「え!? えっ、えっと、大したことじゃないわよ? 秘薬を探したり、私を護衛したり、身の回りの雑用をしたり……」
「要は君のお世話係か」
「……まぁ動物ならともかく人間なら……そういう感じになるのかしら」
「契約期間は?」
「私かあなた、どちらかが死ぬまでよ」
「なるほどね」
つまり一生というわけだ。
夏油は考える。
例え彼がここで契約を断っても、知らない世界で生きていくのは……彼ならば難しくはないだろうが不便なことには変わりない。
一瞬元いた世界に帰ることも考えたが、彼は既に死んだ身。
残してきた家族のことは心配だ。
しかしこの若返った体、それに自分が死んでからどれだけ経ったかも分からない。
どうやらこのルイズという少女はこの国の大貴族らしい。
ならばその側に留まっておくのが今のところ安牌だろう。
「分かった。契約を受けるよ」
「! ほんと!!?」
「あぁ。一応聞いておくけど、さっき言ったこと以外に何か私の縛りになることはないだろうな」
「あるわけないでしょ! それに! 仮にあったとしても使い魔は主人に誠心誠意仕えるのが使命なんだから!」
「はいはい」
「キーッ!! 何よその態度! 平民のくせに!!」
夏油は横で喚くルイズの声を聞き流す。
この様子を見るに、恐らく隠し事が出来るような性格でもないだろう。
目の前の大人二人、特にオスマンは少し胡散臭いが。
「ほら、やるなら早く契約しよう。あの場で順番に儀式を行っていたなら難しい手順ではないんだろう?」
「う! それは……」
ルイズは契約手段について聞かれた瞬間に顔を歪め、頬を赤くする。
しかしすぐき決心したように顔をあげ、椅子から立ち上がった。
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
そう言いながらルイズは夏油の方へと一歩一歩近づく。
「……?」
「……」
「……」
「……あの、ミスタ・コルベール、オールド・オスマン、向こうを向いていて貰えませんか」
「あ! これは失礼!」
「ほっほっ! 若いおなごはウブじゃのう」
そう言って男二人はルイズたちから顔を背けた。
なんのことか分からない夏油を他所に、ルイズは杖を取り出して呪文の詠唱を始める。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
そしてその杖を夏油の頬に当て……
「ん」
「ん?」
夏油の口元にキスをした。
すると夏油は自分の左手の甲に激しい痛みを感じる。
何かと思って見てみると、そこには象形文字のような紋様が刻まれ始めていた。
文字が刻み終わると、すぐに左手の痛みも治った。
「ふぅ……契約完了よ……うぅ……」
キスを終えたルイズは顔を赤らめながら項垂れる。
「終わりましたか……おや? これはまた珍しいルーンですね。スケッチさせてください」
コルベールは夏油の左手に刻まれた紋様……ルーンと呼ばれるものを興味津々に紙に描き写している。
夏油もまた己に刻まれたルーンを観察していた。
——契約者の証としての紋章か……主従関係が口付けとはまたベタだね
「うぅ……私のファーストキスがぁ……」
「気にする必要はない、あくまで儀式の手順の一つだ。応急処置の人工呼吸みたいに思えばいい」
「そんな簡単に割り切れないわよ……というか! あんたが特に気にしていないのもムカつくッ!!」
この子はずっと怒っているな、夏油はそんなことを考えた時、ふと昔の任務の護衛対象の少女を思い出した。
見た目は似ても似つかないが、どことなく勝ち気なところがその少女と重なったのだ。
——また護るのか……堕ちるまで堕ちた私が……
「行ったかのぅ?」
あの後、すぐにルイズと夏油は学院長室を出た。
残された大人二人は彼らが部屋から遠ざかったことを確認すると、真剣な顔を話し出す。
「それで、お主はあの青年の何を気にかけておる? 言ってはなんだが、わざわざここに連れてこなくともその場で契約を結ばせることもできたであろう」
「学院長は彼に対してなんとも思わなかったのですか」
「うぅむ……おなごならいくらでも感想を捻り出せるのだが……確かに若い割に毅然とした態度で食えない雰囲気はあったが、それだけだろう。お主は彼に何を感じた?」
「何……と言われれば具体的には言えないのですが……なんというか彼から、いや彼もそうなのですが彼の内側から何か……負のオーラとでも言ったらいいのか、こう、嫌な感じがしまして」
「要領を得んな」
「申し訳ありません……本能的な嫌悪感とでも言いましょうか。とにかくそんな感じがしました。立ち居振る舞いを見るに、彼自身の実力も只者ではありません」
「ただの平民ではない、と。炎蛇としての勘か?」
「そうかもしれません」
「ふむ」
オスマンは考える仕草をしながらパイプを咥える。
「ま、少なくとも見た感じは悪意のない青年じゃった。今は見守るとしよう」
「そうですか」
「うむ、お主さっきルーンを写しておっただろう。その辺から徐々に調べていけばよい」
「はぁ……」
コルベールはまだ何か言いたそうだったが、今は事を荒立たせる必要もないと考え直すとオスマンの指示に従った。
「ヴァリエール家の使い魔か」
オスマンはパイプを蒸しながらそう呟き、窓の外から昼空に薄らと見える双月を仰ぎ見た。
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