ルイズの錬金失敗騒動の後、教室とシュヴルーズの惨状から授業は中止となった。
ルイズには己の不始末の責任として教室の片付けを命じられ、使い魔の夏油もその手伝いとして付き添っている。
瓦礫を退けて椅子と机を並び直している夏油を他所に、ルイズは俯きながら箒で床に散らばった破片を掃いていた。
「ねぇ、なんで何も言わないの?」
掃除の手を止めてルイズが夏油に問う。
「ん?……あぁ、すごいじゃないか。君がここまで出来るとは思わなかったよ。反応から見るに、メイジ全員がこうできるわけじゃないんだろ」
夏油はあくまで失敗したこと自体には触れずにルイズを褒めた。
しかし彼女はそれを嫌味と捉え、激昂する。
「うるさい!! これでわかったでしょ? 私の二つ名の意味!! 何度魔法を使っても失敗ばかり! 誰よりも勉強して! 何度も何度も練習しても爆発ばかり! 成功率ゼロ! これが私の二つ名の由来よ!!!」
ルイズはそう言って手に持った箒を床に投げ捨てた。
目を潤ませながら夏油に詰め寄り、小さな体で夏油の体を叩く。
何回かポスポスと自分を殴るルイズを、夏油はただ無抵抗に眺めていた。
彼女の手が止まり、少しの沈黙の後に自傷気味な笑いが溢れた。
「ハハハ……笑っちゃうわよね……魔法も満足に使えないくせに偉そうにして……私なんてメイジでも貴族でもなんでもないわ……あんたも笑いたいなら笑いなさいよ……」
ひとしきり感情の吐露を終えたルイズは、使い魔からの嘲笑の言葉を待った。
しかしそんな彼女の微かに震えた頭を、夏油はポンポンと静かに撫でた。
「……? なによ」
「君は自分が置いて行かれるのが怖いんだね」
「! 誰だってそうでしょ!」
「ああ、そうさ。……私もそうだった」
ルイズは夏油の言葉で顔をあげ、彼の顔を見た。
そこには寂しそうな、そしてどこか懐かしむような表情があった。
「……あんたも?」
「ああ……昔のことなんだがね」
夏油もまた、対等だと信じていた親友に置いて行かれた。
自分たちの……自分の力を過信して、失敗し、気が付けば埋まりようのない差が彼と自分の間に存在していた。
親友は自分を対等だと思っていてくれていても、積もり積もった劣等感と猜疑心、擦り減っていく尊厳が彼を狂わせた。
結果的に、彼は自ら親友の元を去っていった、ともに歩むのを諦めたのだ。
「でも君は違うだろう?」
夏油は姿勢を低くしてルイズと目線を合わせた。
「君がどれだけ努力しているかは私には分からないけど……でも君はまだめげずに進み続けている。その証拠に」
夏油は自身の左手甲のルーンをルイズに見せた。
「君はもうゼロじゃない」
「!!」
夏油の言葉にルイズはハッと気付いた。
そうだ、目の前の存在こそ、彼女が『サモン・サーヴァント』を成功させた証なのだ。
一度でも魔法を成功させた以上、彼女はもう成功率ゼロではない。
ルイズはそのことに気づくと、目尻に溜めた涙を拭う。
「……そうか……私、もうゼロじゃないのね」
「その通りだ」
その時は、ルイズは自分の体が少し軽くなったように感じた。
自分がまだ置いて行かれていることには変わりないけれど、ゼロという蔑称が自分に相応しくないことに気付くことができたからだ。
「アンタも追いつけたの?」
「いや、私は別方向に歩いちゃったからね。その選択自体に後悔はないけど」
夏油は笑いながら最後の椅子と机を並べ終えた。
手をパンパンと叩いて、廊下の方へと歩く。
「あ! ちょっと! まだ掃除は終わって——」
「もう終わってるよ」
ルイズはそう言われて教室を見渡した。
夏油の言うとおり、周囲に飛び立った破片や瓦礫はすっかりなくなっていた。
「いつのまに……」
「それじゃ、私は昼食を食べてくるよ。また後で合流しよう」
夏油はそう言って手を振りながら教室を出て行った。
ルイズは一瞬彼の足元を何かが通り過ぎたような気がしたが、気の所為だと考えて彼を見送った。
「……ありがと……スグル」
ルイズは彼が遠くに行くのを待つと、小さな声でポツリと呟いた。
「やれやれ、悟、何度も思うが君の言った通りだ」
教室を出た夏油は歩きながらそう呟く。
肩には黄色の体に翼と手足を生やし、タコのような口をした呪霊が張り付いていた。
その呪霊の口元にはガラス片がくっついており、腹は何かを吸い込んだかのように膨らんでいた。
「子供の相手は疲れるよ」
夏油はそう言いながら肩の呪霊を身に納めた。
十年前の護衛対象、そして十年間育てた二人の少女のことを思い出しながら、厨房の方へと向かった。
「あ! スグルさん、いらっしゃい!」
厨房に入った夏油を、シエスタは笑顔で迎え入れた。
しかしどうやら今は忙しいそうだ。
「すまないな、甘えてしまって。タイミングが悪かったかな?」
「いえいえ! スグルさんならみんなも大歓迎ですよ! ただ確かに今は少し手が離せないですね。もう少し待ってもらってもいいですか?」
シエスタはそう言いながら台車にそそくさとデザートを乗せて行った。
それを見て夏油は彼女の元へと近づく。
「そんな、悪いですよ」
「いや、私も世話になってばかりだと気が引けるんだ。やらせてくれないか?」
「そういうことなら……じゃあお願いしちゃいましょうか」
シエスタは夏油の申し出を承諾すると、予備のエプロンを持ってきて夏油に差し出した。
夏油はエプロンを腰に巻くと、台車いっぱいにデザートの皿を乗せて食堂に出る。
そしてシエスタに指示された列を通り、生徒たちの前に順番にデザートを差し出していく。
メイドでもない平民に皿を配られて少し不満を感じる者、気にしない者、中には夏油に皿を配られて満更でもなさそうな者……主に女子生徒もいたが、なんとか滞りなく滑車上の皿を配り終えた。
夏油は一息吐くと、台車を押して厨房の方へと戻ろうとしたその時。
「申し訳ありません……! ミスタ・グラモン!」
聞き覚えのある声の謝罪が後方から響いた。
振り返るとそこには顔を青くしたシエスタが目の前の金髪の少年に必死に頭を下げていた。
夏油は足早にその場へと向かう。
「ふん、まぁいい。今後はこういったことのないように気をつけ——」
「どうした? 何があった?」
震えるシエスタの前に夏油が割って入る。
「君は……確かゼロのルイズが呼び出した平民の……何、君には関係のない話だ。ただこの気の使えないメイドのおかげで二人の女性が心に傷を負ったのさ」
話を聞くところによると、どうやらシエスタがこの少年……ギーシュが落とした香水瓶を拾ってしまい、その結果彼の二股がバレてしまったらしい。
事情を聞いた夏油は呆れた表情を浮かべるが、後ろで怯えるシエスタの為になんとか穏便にこの場を収めようと口を開いた。
「確かにシエスタも間が悪かったかもしれない。でも元はと言えば君の節操の無さが原因だ。彼女も謝っているし、ここはお互い様ということでお開きとしよう」
「本当に申し訳ありませんでした!」
「よし! 一件落着だね。それじゃシエスタ、私たちは厨房へ戻ろう。私もそろそろお腹が空いたよ」
「待ちたまえ!」
夏油はシエスタの背中を押してその場を去ろうとするが、ギーシュがそれを制止する。
「まだ君との話は終わっていない!!」
「いいや、終わったよ。そもそもよっぽど器用でもないのに複数の女性に手を出した君が悪いんだ。これ以上恥の上塗りはやめよう」
「そうだぞギーシュ、その平民の言う通りだ! お前が悪い!」
ギーシュの取り巻きたちが夏油の言葉に同調し、ふざけて茶々を入れ始める。
すでにプライドを傷つけられていたギーシュは更に激昂し、顔を真っ赤に染めて体を震わせている。
どうやら怒りすぎて言葉がなかなか出てこないらしい。
「ちょっとちょっと! あんたたち何してるのよ!!」
するとそこへ騒ぎを聞きつけたルイズが慌てて走り寄ってくる。
すぐに取り巻きから事情を聞いて、状況を把握した。
その間にギーシュは幾分か落ち着きを取り戻し、怒りの矛先をルイズへと向ける。
「ルイズ、君は使い魔に貴族に対する口の利き方も教育していないのか」
「うるさいわね! ほら、あんたも早く謝りなさい!」
「私の主人は浮気するような男の肩を持つのかい?」
「そりゃそんな奴女の敵だけど、とりあえず形だけでも謝っておけばいいのよ! そうすれば明日には忘れてるんだから」
「確かにそれもそうだね。すまなかった。私が悪かった」
「よし! これで許してくれるわよね!」
「許すかぁ!!!!」
ついに我慢の限界を超えたギーシュが顔を歪ませて叫んだ。
薔薇の形をした杖を取り出し、その先を夏油に向ける。
「このギーシュ・ド・グラモンが貴族に対する礼儀をその体に叩き込んでやる!! “決闘”だ!!!」
「ちょっ!?」
「そんな……!」
「……へぇ」
決闘、その言葉を聞いた瞬間、ルイズとシエスタは顔を青ざめる。
一方夏油は冷静な態度を崩さず、それどころか口元に笑みを浮かべていた。
呪術廻戦のキャラってナチュラル煽ってくる奴らばかりですよね。
ちなみに途中の呪霊はゼロ巻で夏油が金森さんを殺す時に使った呪霊です。