「謝罪文か……ふん、確かにそれは考えていなかったよ。君が口にする謝罪文をね」
「……」
ギーシュは前髪をわざとらしくたなびかせ、夏油を見下しながら言った。
「礼節も学もない平民の君のために、それぐらいは考えて来てやるべきだったよ。いやぁ、気が利かなくてすまないね。……こんなのはどうだろう、君は頭を下げてこう言うんだ、この度は平民である私如きが高潔な貴族であるミスタ・グラモンに大変ご無礼を——」
「よく喋るな」
自信満々に話すギーシュの言葉が遮られた。
遮った当人は両手をポケットに入れ、顎を上げて見下ろしながら鼻で笑った。
「ビビってる?」
「ッ……!!」
ギーシュの顔からは笑みが消え、手に持った杖を高らかに掲げて叫んだ。
「いいだろう! 君には謝罪を述べる余力もないほどに制裁を加えてやろう!! 君の頭は僕自らが地面に擦りつけてやる!!」
ギーシュはそう言いながら掲げた杖を振り下ろした。
薔薇の形を模した杖、その花弁が一枚宙を舞い、地面に落ちた。
その瞬間、そこから青い鎧を身に纏った女騎士の人形が姿を現す。
「ほぉ……」
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、この青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手しよう!」
自慢げに語るギーシュ、一方の夏油も初めて見る戦闘向きの魔法を興味深く観察していた。
——さっき授業でやってた『錬金』の応用かな? あんな一瞬で脳筋学長の呪骸みたいな物を作り出せるのか。聞くところによるとギーシュはメイジの中で最低位のドット、やっぱり魔法の汎用性は呪術のそれの比じゃないな
魔法に感心していた夏油の様子を戦意喪失したと思ったギーシュは、また髪をたなびかせながら言った。
「どうした、あれだけ大口を叩いて、いざ魔法を目の前にしたら怖気付いたかい? まぁ無理もないさ、所詮は平民、貴族との間には埋めようのない力の差が——」
「なぁに、少し感心していたんだ。そのお礼として、私はコイツらで君らの相手をしよう」
夏油は手を前に突き出してそう言った。
すると彼とワルキューレの間に一つの影が現れる。
そしてそこから一匹の黒い魚が現れて空中を漂い始めた。
大きさは人の頭程度、口先はカジキマグロのように鋭く、目玉はデメキンのように飛び出している。
そんな突然現れた奇妙な魚……呪霊に、周りの生徒たちはざわつきだす。
そしてそれは主人であるルイズも同様だった。
「なっ、なに……あれ?」
「魚……? でも今の現れ方普通じゃないわよ。使い魔? でもそれって」
「……」
ルイズとキュルケが驚きの言葉を口にする中、タバサもまた突如出現した奇妙な魚に目を奪われていた。
——使い魔……じゃあ教室で見せたあの傘のようなもの……? つまり彼は複数の使い魔を使役している?
タバサが考察する間も、他の生徒たちもまた目の前の存在に好き勝手に意見をこぼし合う。
「なんだあのキモい魚?」
「使い魔か? じゃああの平民はもしかしてメイジか?」
「いや、ただの魚だろ!」
「でも宙に浮いてるぞ! 現れ方もおかしかった!」
「でも奴は杖を持っていなかったぞ」
「まさか先住魔法か!? じゃああの男はエルフ!?」
「確かによく見ると耳の形が変だぞ!」
「前髪も変じゃ!」
「手品だよただの手品!!」
「……」
夏油はざわつく生徒たちをざっと見回した。
そしてあることに確信すると、すぐにギーシュの方へと向き直る。
彼も突然現れた魚に困惑しているものの、まだ余裕の態度を浮かべていた。
「ふん、まさか君がメイジだったとはね」
「メイジじゃないよ、術師だ」
「なんでもいいさ。しかし見たところ杖を持っていないね。今突然それが現れたのは使い魔の能力かい? それとも君は本当にエルフなのかい?」
「こっちで言うエルフがどう言った者を指すか分からないけど、私は君たちと同じ人間のつもりだ」
「……そうか」
その言葉を聞いて、ギーシュは少し安堵した。
ハルケギニアの人間にとって、エルフとは恐怖の対象だ。
目の前の男がそれでないことを知ると、ギーシュはいつも通りの大袈裟な仕草で杖を振るった。
「では決闘を再開しよう! 行け、ワルキューレ!」
ギーシュはそう言ってワルキューレを呪霊目掛けて走らせる
夏油も無言で呪霊に指示を出し、呪霊は迎え撃つように前進した。
ワルキューレは拳を振り上げ、そして呪霊目掛けて突き出した。
ボコッ、という音ともに、青銅の拳は呪霊の体にめり込む。
呪霊はそのまま地面に叩きつけられ、ピクピクと痙攣した後に形が崩れ、チリとなって消えた。
その一連の流れ、夏油は無言で見ていた。
「……」
「ハッハッハッハッ! なんと呆気ない! さあ! お次は君の番だ!」
「いいや」
夏油は笑みを浮かべながら指をワルキューレに突き出す。
すると彼の周りからまたさっきのような影が、それも複数現れた。
「まだだよ」
「ッ!」
次の瞬間、さっきの魚と同じ姿をした呪霊が十体ほど空中に出現する。
「ずるいよママ……お兄ちゃんの方が多いよ」
「いいじゃん、ダブりは交換しよう」
「金木犀の香りだぁ」
「迷子のお知らせです」
「使い魔を複数……!? なんなんだこいつらは……!?」
「スグル……アンタ……!」
複数の使い魔らしき存在……それも人語のような鳴き声を発する呪霊たちにギーシュは勿論、ルイズを含めた周りの生徒たちもさらに困惑し、動揺した。
そんなことはお構いなしに夏油は呪霊たちに命令を下す。
「逝け」
「みんなで渡ればぁ……怖くなぁい!!」
「クッ!! ワルキューレ!!」
群がる呪霊たち、それを迎え撃つワルキューレ。
振り上げられた青銅の塊が、一匹、また一匹と呪霊たちを散らしていく。
それもその筈だ、夏油が繰り出したのは群体型の低級呪霊。
一体一体はせいぜい四級かそれにも満たない蝿頭。
人に辛うじて危害を加えられる程度、呪力のない攻撃が通用すると仮定するなら、木製バットで十分の強さだ。
例え群がったとしても、全身が青銅で出来たワルキューレの攻撃が通るなら、一方的に祓われるのは当然だろう。
そう、今目の前では呪力を持たないはずの人形の攻撃が、問題なく呪霊に通用している。
——しっかりと祓われている……まぁ、予想通りかな
目の前の戦力が潰されていくにも関わらず、夏油は涼しい表情でそれを見ていた。
やがて、最後の呪霊がワルキューレに地面に叩きつけられ、踏み潰されてチリとなって消えた。
「数だけ揃っても大したことないね。さぁ、悪足掻きもここまでだ」
「……」
「今度こそ戦意喪失かい? それとも反骨精神か、いいだろう。慈悲深い僕は君にチャンスをあげよう」
そう言うギーシュは夏油の足元に杖を向ける。
するとそこから一本の大剣が地面に突き刺さった状態で現れた。
「僕に誠心誠意謝罪するのなら、今ならまだ許してやろう。もしまだ向かってくると言うのなら、その剣を手に取るといい」
「ふざけないで!」
すると後ろで観戦していたルイズが間に割って入る。
「夏油、もういいでしょ? あなたが普通の平民じゃないことはもう分かったから! だから——」
そこまで言ったルイズの頭を、夏油はポンポンと撫でて言葉を遮った。
「大丈夫さ」
そうしてルイズを優しく脇に寄せると、目の前に突き刺された剣の柄を掴んだ。
そしてそのまま一気に引き抜く。
「なんで抜いちゃうのよぉ!」
「最も愚かな選択をしたね。いいだろう、では望み通り君の身体に力の差をたっぷり叩き込んで——」
夏油はそうして引き抜いた剣を、乱暴に地面に叩きつけた。
「ダサいからいらないかな」
「……君の愚かさを見誤っていたよ……! いけ! ワルキューレ!!」
ギーシュは杖を突き出し、ワルキューレに命令を下した。
ワルキューレは勢いよく駆け出し、夏油の頭部向けて拳を突き出した。
拳が到達するまでの僅かな時間で、夏油は今までの情報を整理する。
——呪霊の特性の一つ……呪力で形作られた奴らは呪力を持たない非術師には見えない。しかしこれは個人差がある。呪力が無くても見える奴はいるし、特別な状況下では誰にでも視認することが出来る場合もある
だから夏油はここに来る途中、メイジであるルイズと平民のシエスタに呪霊を見せた。
結果はどちらも呪霊を見ることができていた。
しかし先の例外のように、二人だけではサンプリングとしてまだ不十分だ。
特に主人のルイズに至っては例外になり得る。
そこでこの大勢が観戦する場での呪霊の披露だ。
結果は見たところ全員が呪霊を視認出来ていた。
つまりこの世界では全員が呪霊を見ることができる。
重要なのは次だ。
——呪霊のもう一つの特性。呪霊……呪いは呪いでなければ祓えない
そう、夏油の元いた世界でも例外の存在する一つ目と違い、この特性について元の世界でも例外がない。
呪力を持たなければ例えそれが核弾頭であろうと呪霊にダメージを与えることすら出来ない。
これは呪力という理から逸脱した天与の暴君、伏黒甚爾ですら例外ではない。
——だがこの世界では違う。魔法で形作られたとはいえ、無機質のあの人形が問題なく呪霊を祓ってみせた。教室でのルイズの爆風や瓦礫でも呪霊はダメージを受けていた。つまり……
この世界では呪霊は誰にでも見え、誰にでも祓える存在ということだ。
そう、夏油にとってこの決闘はいわば実験だ。
メイジの実力を確認するとともに、自分が持つここでの戦力の再確認。
そして今——
バコォンッ!!!
青銅と肉体のぶつかる音が広場に響いた。
ルイズとシエスタ、そして何人かの生徒は思わず顔を逸らしていた。
「うぅ……」
「ル、ルイズ……あれ……」
顔を伏せていたルイズの肩をキュルケが軽く叩いた。
ルイズは顔を上げ、キュルケが呆けながら指差した方を見た。
そこには顔面に拳を叩きつけられたにも拘らず微動だにせず立っている夏油と、それとは反面に叩きつけた拳がぐちゃぐちゃにひしゃげたワルキューレの姿があった。
「え……」
そのありえない光景にルイズは思わず声が漏れる。
次の瞬間、夏油の拳がワルキューレの頭部に直撃し、頭部は粉々に砕け散った。
「……は?」
その光景を見ていたギーシュも思わず声を漏らした。
あまりのありえない光景に辺りは静まり返った。
笑みを浮かべているのは夏油ただ一人だけだ。
実験は終わった。
あとは幕を下ろすだけだ。
テンポが悪いと感じる方は申し訳ないです……!
ギーシュ戦はゼロ魔クロスのチュートリアルであるとともに、独自設定の開示の場でもあるため丁寧に描写したいのが個人的なお気持ちです。
呪術は設定がややこしいので他作品との擦り合わせが難しいんですよねぇ。
あと呼び出した低級呪霊は0巻で狗巻に祓われた商店街の呪霊です。
あれは夏油によるものと明言されていなかった気がしますが、都合がいいので出させてもらいました。
追加
呪霊の台詞は分かりやすいよに太めにしてみました。