躁鬱フランドール   作:雷之電

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5 会話

 フランドール自身の部屋で彼女は窓際の椅子に腰掛けて、マグカップを両手で持ちながら中身をすすっている。他のレミリア、永琳、そして私は部屋の中央に置かれたテーブルを囲むようにして座る。

「日に当たって、焼けやしないのかしら」

 永琳の問いにレミリアが答える。

「ここの窓は鉛ガラスなの。直射日光でなければ、湖の照り返しだってどうってことないわ」

 部屋中に立ちこめる錆臭さから察してはいたが、カップの中身は血液だった。

「生き返る…… 生き返ったんだけれどね」

 フランドールの冗談をくすりとも笑う者はいない。生き返ってからの彼女がどういうつもりで発言しているのか、誰もが測りかねている。

「彼女だけ窓際でいいのね? 主役はフランドール自身なんだけど」

「いいの。フランはこんなことどうでもいいって思ってる。他に考えることがあって忙しいみたい」

「先生? あなたに私を"治せる"のかしら。何をどうしたいの?」

 そうでもないとでも言うように、フランドールがすかさず割って入った。永琳はその問いに答えない。フランドールと合わせたその目をじっと細めるだけである。

「フラン。いじわるしないで」

「お姉様だってわかってるんでしょう? お姉様やパチェがどれだけ尽くしても、根本的な解決をもたらす薬なんかできやしなかったんだものね」

「どうして知ってるの」

「私日記つけてたみたい。それだけは大事にしまってあったわ。きっと大事なのよ」

「それを読んでフランは何を思ったの」

「別に。大事なものなんだろうなって。知らなかった過去を知るものよ。きっと前の私もそう思って、"代々"受け継いでいったんだわ…… 今の気分がどうであれ、過去の私の責任を汲み取って実行するのは私の責任」

「えーっと。話を戻すわね。彼女自身の言うとおり、何をどうしたいのかを決められなければ、私も何もできないの。薬…… というのもまあ私にかかれば曖昧になる言葉でして。フランドールの内面をどうしてしまいたいのか、そもそもどうかすべきなのかから決める必要がある」

 永琳の中で何かが繋がったのだろう、フランドールの言葉を聞いて深く頷き、そう切り出した。

「お姉さん。あなたはフランドールをどうしたいの?」

「……なによ、その聞き方」

 あなたはフランドールをどうしたいの。あなたはフランドールの内面をどうしてしまいたいの。人一人の身体をよくわからないままよしなにさせることの意味を、あなたはわかっているの?

「……」

 永琳はその答えをいくらでも待つつもりでいる。フランドールが我関せずとして、ぼんやり外を眺めながらもう一度血をすすった。

「わからない。判断材料がなさすぎる。もう何がなんだかわからないの」

「あなたを糾弾するつもりはないわ。わからないならそれを言えただけで十分…… ひとつ認識を改めなければならないことがある。問題はフランドールではなくて、この館の人間模様、その全てにあるということよ。どなたかが言っていたわね。気がふれているんじゃなくて、誰かが気にさわるって」

 それは小悪魔だけのことではないのだろう。挑発に乗ったフランドールを制止する咲夜やレミリアだって彼女の気にさわっていることは確かだ。

「フランド ールをあなたはなぜ止めるのかしら」

「技が大振りすぎるのよ。館が荒れたら大変」

「一度思いのままに、小悪魔を殺させてみたらどう? 小悪魔自身もそれを受け容れるような言い方をしていたわ。やられたらやり返せばいいって」

 その程度の理由でフランドールは殺されたのだ。ちょっかいをかけている本人である小悪魔が肉塊となったほうがまだ納得がいく。

「……」

「殺すったって、息の根を止められるわけではない。気が済むかどうかはわからないけれど…… 今までで一番試してみる価値のある方策だと思う」

「私にそんな元気ないわ」

 当事者でありながら蚊帳の外にいるかのようになっていたフランドールが口を挟んだ。

「いいえ。そのうちそうも言ってられなくなるの。今まで何度も同じ道を辿っているんでしょう」

 突然レミリアが立ち上がり、部屋を出た。永琳と私が部屋の外までそれを追いかける。いや私はその意図がわからなかった。レミリアのことも、師匠のことも。

「どこへ行くの」

「放っておいて」

「そうもいかないのよ。何が不満?」

 永琳がレミリアの手を取ったので、レミリアはその場にとどまるより他になかった。

「怖いのよ」

「言ってご覧なさい」

「……今までそんなことしたことなかった。いつも暴れ始めたら私が止めて、やりなおしてた。だから…… その先を見るのが怖いの…… あれを放っておいたらもっと悪くなるんじゃないかって…… もう私の知ってるフランじゃなくなるんじゃないかって……」

 レミリアは静かに泣いていた。フランドールの身を案じてか、それとも怪物が自分の手中を離れることを恐れてか。姉妹の間にそんな邪推をするほど自分がレミリアに対して冷ややかに考えていることに、自分で驚いた。

「"先生"、フランは…… どうなってるの。何が起きてるの」

「いろんな言い方ができるわ。人間の薬師なら『立てば芍薬』、門番風には『気の縺れ』、あなたたちは『呪い』と呼ぶでしょうね」

「はぐらかさないで頂戴」

「はぐらかしてなんかいないわ。どうにでも呼べるし、どうにでも見ることができるのよ」

「立てば芍薬って…… 使ったことがあるけれど、根本的な解決はできなかったわ」

「些細な対症療法にしかならないのよ。言っておくけれど郷の薬であれを鎮めることはできないわ…… ある鉱物から有効な薬を作る技術はすでに郷が持っている。でも肝心の鉱物が、幻想郷にはない」

「あなたのことは知ってる。あなたなら作れるんでしょう」

「作りません。私は幻想郷縁起に記された自分の能力を、人知を超えた絶滅的な事象にしか使わないと決めているの。だから私はただの薬師よ」

 人知を超えた絶滅的な事象。月のいたずらのことだ。月に危機が訪れたとき、地上の破滅をちらつかせて永琳を頼ってくる。品も知性もない奴ら。

「でもあなたは知恵の神だ」

「知恵の神としてできることはやってる。私あなたになんと言ったかしら」

「フラン自身に行動を任せる…… 信じていいのね?」

「説明が必要?」

 肯いて、涙を振り落とした。

「やってやり返されれば、フランドールも小悪魔も痛い目を見る。お互い力量を思い知るし、わきまえるし、何よりフランドールは全てを破壊し尽くした後の想像を絶する虚無感を知ることになるわ…… 小悪魔がからかったりしなければ、どこまでやっていいのかを身体で覚えていくでしょうね」

「……それだけ? 本当に何も介入しないってこと?」

「介入してあの子の記憶を奪っていたから、彼女は学習の機会を得られなかったのよ。先に進めるにはこうするしかないでしょう」

「なにか…… えっと…… 治療でもできるのかと思っていた節があるの」

「治療っていうのはね、なにか間違った状態と正しい状態があって、間違った部分を一つの正しい状態に持っていくことなのよ。水風船の形を矯正したら他のどこかが歪んで膨らむように、そうやって"矯正"すればするほど、別のところが歪むものなの。程度の差はあれどね。……賢いあの子ならできるわ。一人で学んでいくものよ」

 

 

「師匠…… 本当にあれでいいんですか?」

「フランドールにはまだ社会性があるわ。ちょっかいを出す小悪魔もどうせ死にはしないだろうし、一度好きなだけ暴れさせてみるのがいいわよ」

「そういうもんですかね」

 我々がここへ来た意味はないとはいえない。何もしないというのも一応は意思決定だし、私はなぜかフランドールに気に入られてしまった。私の何が彼女の琴線に触れたのかはわからない。もはや恐れるべきことなどなにもないはずなのに、私はそれが少し怖かった。

「そうね、我々ができることといえば…… あの子、閉じた人間関係に依存しきってるみたいだから、適当に遊んであげるといいわ」

「師匠はどうするんです?」

「観察する。この館の人間模様をね」

 

 

 彼女の部屋で。

「ねえ…… ゲーム性ってなんだと思う?」

 フランドールがふと私に問いかけた。

「ランダム性と、場をコントロールできている実感とのバランス?」

「それでいくとカジノのギャンブルってゲームではないわね。バランスもなにもないわ」

「ゲームではないね、あれは」

「でもあれはゲームとして認知されているでしょう。ところで、私達がたった二人でやってるこのババ抜きはゲームかしら」

「なんの駆け引きもしないで単調に相手の手札を抜いていくのは、ゲームじゃなくて作業でしょうね」

「てことは、複数で遊ぶゲームにはなんらかのコミュニケーションが必要なのかしら」

「カジノのゲームをゲームと感じないのは、確率のマイナスサムゲームであることを見越して、自分で何かを操作することに意義を感じず単調に賭けていってしまうからってこと?」

「みんなでわいわいやるのがカジノの本質なのかもね」

「何でこんな話を?」

「……パチェの使い魔を殺すことを考えたの」

「小悪魔を? 素直なのね」

「今まで許されていなかったらしいことだからよ。現状を変えるにはそれしかない。それで、喧嘩って最高のゲームなんじゃないかって思って」

「その心は」

「相手の筋が見えればランダム性が減っていく。だんだんその場を手中に収められるようになって、短時間で成長を感じられるでしょう」

「痛いからやだよ」

「それは痛みを受けてでも殺したい相手がいないからよ。きっと私はまたあの悪魔を殺したくなるわ。あいつ自身に唆されてね」

 悪魔が思う命の重みがわからない。死んでしまえばその世界にはいられなくなる。それが怖くないのか? これは死を遠ざけられたアンデッドたるフランドールだけの話ではない。やられたらやり返せばいいと語る小悪魔もだ。

「……私のこと、恐れないのね」

「……」

「怖くないの? 私何をするかわからないわよ」

「バカ言わないで」

「?」

「それあんたの言葉じゃないでしょ。心にもないこと言わないで頂戴」

 本当はまだ怖い。いつか自分がフランドールの気にさわって、飛びかかられるんじゃないかと心のどこかで疑っている。

「もし心からそう言ってるんなら、あんたは外聞に毒されすぎだよ…… 自分のこと本気で制御の効かない怪物だって思ってるの?」

 しかし私は永琳を信じた。フランドールの理性を信じる永琳の判断を信じることにした。少なくとも目の前の彼女は、将来犯すであろう見境ない破壊という過ちから私以上に何かを学ぶくらいの知性を持っているように見える。

「……その言葉、嘘じゃないのね?」

「嘘なもんですか」

 だからこんな嘘をつくことが心苦しくてたまらなかった。

 ババを引いた。

「私…… これから自分がどうなるのか、詳しくは知らないの。私が記録してこなかったから」

「今回こそ記録すればいいじゃない。案外それが自分を正気に係留してくれるかも」

「いいえ。記録するのはいいけれど、それはきっと狂気の歯止めにならないわ。文字を書けているから正気を保っているなんて思ううちに、いつの間にか書くこと自体が目的になってしまう」

「鋭いね」

「狂気を止めるものなんて、自分の内側に…… 誰の内側にだってありゃしないんだわ。自分で狂気を止められるなら誰も狂いやしないもの」

 自らの狂気を測る尺度などどこにもないのだ。他人が測るとしてもそれはあくまで間主観的なものである。……もしかしたら狂っているかどうかということそのものが間主観的であって、絶対的な尺度は世界中どこを探してもないのかもしれない。

「逆に聞くけど、私のことはどう思ってるの」

「……どうしてこんなにも親身になってくれるのかわからない。ここの人ではないんでしょう? なのに、よりにもよって私と関わってくれるなんて」

「……」

 本当に私はババを引いたのか? 自らの意思でも彼女と関わっている気がする。きっと彼女の中に自分と共通した人間性を見出したのだ。あのときだ。拘束衣でがちがちに固められたフランドールが自分を解放するよう懇願したときから、私の心は半分フランドールに奪われていたのだ。

「あなたに惹かれたのよ。きっと」

「私あなたをたぶらかしたっけ? たぶらかした気もする」

 最後までジョーカーが残ったのは私のほうだった。無造作に積み上げられたカードの山を見つめて。

「もっと前の話。初めて会ったとき、そうね…… 他のみんなよりも少しだけ、あなたを理解できた」

「私の苦しみを?」

「狂気。生命の狂い方ってそういくつも種類があるわけじゃないのよ。別にあなたの苦しみを陳腐だといっているわけじゃなくて、単に種類の話。あなたの狂気のたった一部分、私も経験したの」

「ふふ。私がその狂気を憶えていたらよかったんだけれど…… それを私がまた経験するのにどれくらいかかるのかしらね」

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