躁鬱フランドール   作:雷之電

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6 アパシー

 それからのフランドールは落ち着いていた。というよりも、覇気がなかった。いつも自室か図書館にいて、本を読むかソファに大胆に横たわり眠るかしていた。その様子を誰もが見守っていて、わざわざ小悪魔もちょっかいを出さないでいた。

「あなたにしてはおとなしくしているのね」

 フランドールがいないうちに、図書館で私は小悪魔に向かってそう直接尋ねたのだった。

「嫌みのつもりですか? ふふ。あなたの手に及ばない問題だってこと、そろそろ理解した方がいいんではなくて?」

 そんなことはどっくにわかっている。しかしそれを認めたくなかった。フランドールは普遍的な人型をしていて話も通じる。だからまだどこかで彼女が自分の手の届く存在であると信じているのだ。実際、話ができるということは即ち私が彼女に少しでも干渉できるということなのではないのか?

「どういうこと?」

「私もフランドールも、あなたをすっかり超越している。それは肉体的なことだけじゃないわ。あの子の内面にあなたは触れられない。私にはそれができるの……だからあなたは怖いのよ。自分が何をしているのかわかっていないから」

「どんな形であれあなたの行動が治療的に働くとは思えないけど」

「あの子は自分が悪魔だってことを忘れてる。それを思い出させてやらなきゃいけないの。同じ悪魔としてね」

「これ以上あの子を壊してどうするの」

 私が愚かしくもこの悪魔に手をあげないことを誰かに褒めてほしい。彼女の蕩けきった脳みその詰まった頭蓋骨が粉々になるまで頭をこの樫のテーブルに叩きつけてなんとかなるのならそうしている。しかし兎と違い、悪魔や妖怪の類のものはいくら肉体を傷つけたとしても無力化できないのだ。きっと彼女は避けもせず、割れた頭蓋から桃色の脂が飛び散るのを笑いながら見ているだろう。

「私がいなくたってあれはいずれ壊れるでしょう? だから壊し方を変えるのよ」

「あんたの道楽で消費していい命じゃない」

「あなたは道楽でフランドールを消費しなかったの?」

 詭弁が始まるのを悟った。この女に耳を貸すな。自分に言い聞かせる。

「フランドールはあなたになんて言った? 助けてって。あれがあなたを誑していないとしたらなんだっていうの? それにあなたはわざわざ乗ったんでしょう?」

「……」

 小悪魔は眉をひそめ、テーブルに肘をついて身を乗り出した。

「それはなんの沈黙かしら。案外聡いものね……とにかくあなたは彼女を引き上げた。お互いあの子を抱いて、何かを享受したのよ。私は性愛を、あなたは行使できるかさえもわからないちっぽけな正義感をね」

 私と小悪魔は同じことをしたわけではない。フランドールが私を無意識にか誑したとして、私はそれに呼応した。それだけだ。小悪魔のそれは、一方的な搾取である。しかし言わなかった。詭弁に反論したところで、さらなる詭弁を被せてくるだけだ。

 本当に? 彼女を抱いたのは、身の丈に合わない正義感を解消しようとしたからではないのか? その後で自分に降りかかる責任を果たせるかどうかという確証もないまま?

「私は搾取を自覚している。あなたはどう?」

 小悪魔がテーブルの端から立ち上がった。立ち上がるという表現が正しいのかわからない。力を使った形跡がない。座っていた姿勢からいつの間にか重心が移動していて、気がつけば私の方を向いて、こちらへ足を運んでいた。

「来ないで」

「ひどいわ。あなたの話を聞いてあげようとしてるだけなのに」

 声が小さくなった。私の耳の特性を彼女は知っている。大きな音には畳んで閉じられる。小さな声は自動的に拾おうとする。それは反射であって、止められない。

「辛いんでしょう? 自分の問題も解決できないまま人の問題まで背負ってしまって」

 近い。息の湿度がわかる距離まで来ていた。後ずさろうにも背中は本棚だった。いつここまで追い詰められた?

「月で何があったの。あの子を抱き慣れた手つきだった。死体を運ぶのに慣れているって、レミリアも見抜いていたわ」

 その言葉が私の何を掠めたか、小悪魔にはたぶん見えている。耳が動いた。ほんの僅か、音源に向かって。自分で止められなかった。

「やめて」

「やめない。だってあなたが聞いているもの。選択的注意を私に向けているものね」

 抑えた声は囁きに変わった。つまり私の鼓膜にだけ届く音量に。調べものに没頭しているパチュリーには聞こえない。

「かわいそうに……あなたもフランドールと変わらない。誰かに触れてほしくてたまらないのに、触れられるのが怖いのね」

 心臓を見透かされている。嘘だ。でたらめだ。私もフランドールもそんな即物的な接触を望んでいるわけじゃない。

「嘘じゃないわよ。あの子を抱き上げたとき、あなたは震えていた。いつも怯えながら手を伸ばすの。それがあなたのやり方。月でだってそうだったんでしょう? 介錯しなければ生き延びた命なんじゃないかって……自分が奪った命だったんじゃないかって、確かめようもないことを延々と考えていた」

 知るはずのないことを断定する口調で言われて、身体が強張った。知るはずがない。しかし当たっている。匂いで読んだのか、呼吸の乱れか、心拍か。悪魔がどんな感覚器を持っているのか私は知らない。

「……私のことは関係ない」

「関係あるわ。だってあなたがフランドールに近づく理由はあなた自身の中にある。あの子を救いたいんじゃない。あの子に必要とされたいの。死ななくていいはずの命を今度こそ救いたいの。違う?」

 たった二文字、違うと答えればいいだけの話だった。フランドールを受け止めたのは、ただ目の前で苦しんでいる存在を放っておけなかっただけなのだ。それ以上でも以下でもなかった。きっとそうだ。それでその「放っておけなかった」の内訳を問われることになろう。放っておけなかったのは彼女のためか、自分のためか。ああ、曖昧だった過去の記憶が後になって克明に意味づけられていく。

「あの子をいいように利用なんかしてない」

「利用? 私そんなこと言ってないわ。それはあなたの言葉よ」

 口が迂闊に選んだ語彙だった。否定しようとして、よりによってという単語を自分で召喚してしまった。利用なんかしてない。とっさにこんな言葉が出てくるということは、かつて私がフランドールを自分のために利用することを、今度こそ救えた経験がほしいという自分の問題のために、もっと大きな問題を抱えているフランドールを利用することを、考えたことがあるのだ。あまつさえ実行したのかもしれない。

 やめろ。よく覚えていない動機を今更捏造するな。

「ほら、自分でもわかっているのよ。それを受け入れられないだけ。素直になればいいのに……事実は変えられないのよ」

 小悪魔は私を嗤わなかった。そうしてくれればわかりやすい敵として彼女と対峙できたのに。それなのに彼女は、むしろ目を細め、穏やかに微笑んでいた。

「いいのよ、それで。欲に自覚的であることは悪魔であれあなたであれ、大切なことでしょう」

 惨めな気分だった。そのせいで小悪魔を跳ねっ返す気力がなかった。親を知らない私鈴仙にとって、自分よりもずっと強い誰かにただ慰められた経験はこれが初めてだった。

「少しでも楽になったでしょう。ほんの少し。あなたはあなた自身のあるがままを受け入れるの。私もあなたのあるがままを受け入れる」

 肩の力が抜けたのを彼女は見逃さなかった。いや、そうなることを知っていて、期待して、言葉を選んだのだ。傷を抉り、甘言によって優しく塞ぐ。これは真心ではない。人を籠絡するためのただのテクニックだ。これに堕ちる者がいるのだ。

「あなたには慰めてくれる人がいないのね……あの先生は何でもお見通しだけれど、見透かすだけでしょう? 抱きしめてはくれないもの」

「やめて」

 毅然として言えなかった。出たのは掠れたほとんど吐息のような声だった。

 永琳の腕の中を思い出した。数少ない私の逃げ場だった。暖かかった。しかし永琳の姿かたちはその体温も含めて衆生のための仮初だった。泣き叫ぶ私を抱いたのも、場を収めるためにそれが必要だったからでしかない。私という無尽蔵の玉兎に欠けた愛着を埋めてやれば私が正常に機能するからでしかないのだ。実際はそんな神だ。彼女の行動の何もかも、必要だからただやる。

 親を知らない私のことを、決して母性ある母として抱いてはくれていなかった。そんなことはわかっていて、私もただ抱かれていた。

「触れてほしいんでしょう。でも愛されたら師匠からの愛を信じられなくなる」

 小悪魔の声がまた一段落ちた。もはや息が漏れているかすらも怪しい僅かな呼気が唇の形をとった、残響のようなものだった。聞こえるかどうかという境にある音を、私の耳は必死に追いかけている。鼓膜が彼女に差し出されている。

「……っ」

 何かが触れた。首筋に当たる彼女の僅かな鼻息ではない。耳でもない。まだどこかの肌にすら届いていない距離、立ち上がった薄い体毛が辛うじて検知するかというところ、まさに紙一重。あるいは体表と空気の温度差か。小悪魔が何をしたのかはわからない。自分の身体が、その何かに向かって傾いた。ほんの数ミリ。頭が刺激を知るより先に筋肉がそのようにして動いていた。

「ふふ。素直な身体」

 籠絡されていることはわかっている。しかし小悪魔は声を通して、耳から脊髄へと入り込み、その神経を束として掴んでいた。自分の意志では身体がここから剥がれない。磔にされている。

「怯えないで、誰にも言わないわ。あなたの弱さ、渇望するもの……」

 愛おしそうに私の右頬を片手で撫でる。両目が合った。お互い似た色をしている。彼女のほうが暗かった。

「こあ。四九九番の本全部持ってきて。今すぐ」

 やっとパチュリーが割り込んでくれた。

「……ふふ……続きは後でね」

 

 

 フランドールは自室に籠もりきりだった。それも起きている時間はほとんどなく、ベッドの上で起きているのか眠っているのかもわからない状態で時の過ぐるのを待っていた。

 それで、ようやく永琳がフランドールと直接まともに会話することになった。私はメモを取ることを禁じられていた。少しでもフランドールに親身な態度を見せるために。

「少なくとも気分は良くはなさそうね」

 ベッドで仰向けになったまま、こちらを一瞥してすぐに視線を戻す。それからしばらくの間沈黙が続いた。永琳はじっと待つ。

「いいえ。私今とっても穏やか」

 いつになく低い声。感情を乗せる気のない、肺から空気を押し出して喉を震わすだけで精一杯で他のことに気を遣う余裕がないという声。

「それは健全な穏やかさではないわ。気力と感性を失っているだけ」

「私自身ではないのにどうして私のことを私以上にわかっていらっしゃるの」

「人の狂い方ってあまり多様ではないのよ。あなたのそれは普遍的に見られる防衛機制の一種」

 会話のたびに沈黙が入る。あくまでも呼吸のペースを乱さず、吐くタイミングでついでに声を出すといった感じ。

「月にもいたし、里にもいる。外の世界にはもっとたくさんいるわ。数え上げてももう意味はないけれど、両手の指じゃどう数えても足りないくらいよ」

 フランドールは一瞬、乾いた目を強く閉じた。しばらくして開け、レースの天蓋を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。

「そう。特別なものではないのね」

「特別に感じるなら特別よ。その感覚を憶えておきなさい」

「こうなるまでの道のりは私だけの苦しみだと思ってた……自分しか経験し得ない苦しみだと思ってある意味心を外界から隔離して……安心したかったの」

「そうする必要はもうないわ。理解者はここに二人もいる……けれどその苦しみをあなたに植え付けた実際の出来事はあなただけではなくて私たちにとっても特別。話してくださらないかしら」

「こうなった原因? 取るに足りないことだわ。過ぎたことなんだもの。今更覆せない。それとも過去に向き合えるだけの自我を、精神分析という屏風から出してくださるの? 先生?」

 こんな状態でも彼女はたまに挑発的な態度を取る。これは悪魔として健全な反応なのかもしれない。小悪魔とあんなことがあった後で、私ははそう思った。

「では現在の話をしましょう。日記は書いているの?」

「書いてない。いつからかもわからない」

 ときどき彼女はこちらの質問を一歩先回りして答える。私たちは彼女の知性についていくつも見誤っているかもしれない。フランドールはただ数世紀生きただけの吸血鬼ではない。

「書くことを明示的にやめたのではなくて、いつの間にか書かなくなった。そうね?」

「……たぶん」

「あれだけ大事にしていた日記の習慣を手放してしまったのね。今は日記のことをどれだけ重要だと思っているの?」

「重要よ。けれど前に書いたことをまた書くなんてばかばかしいわ。書くならただ一言書けばいいだけ。『気力なし』って……同じことを書いて同じ結果を生む。今までに書いたことはなんの手がかりにもならなかった。だから百八回死んだ」

 永琳が脚を組み替え、少し前傾姿勢をとった。

「いい? 気力が少しでも戻ったらそれまでのことを記録すること。今の状態では何を考えても無意味に感じるでしょうね。けれどそれはあなたの考えや感性ではない。今や必要のない防衛機制が自動的にそう感じさせているだけなのよ。もうあなたにその防衛機制を強いるような環境はないわ」

 破壊的な出来事を継続的に経験すると、脳は自らの感性を死なせる。出来事に対して毎回感性を働かせていると耐えられないのだ。馴化できない刺激に対する別の防衛的な反応である。

「前のあなたの責任を日記から汲み取って実行するのは自分の責任だって、あなたは言ったわ」

「言ったかしら」

「責めているわけじゃあないの。ただあなたが今立っている場所を確認しなければ、どこへも歩き出せないでしょう?」

「立ってすらいないわ。寝てるもの」

「ふふ。言葉遊びができるくらいにはなったかしら」

 永琳が微かに口元を緩めた。フランドールの冗談に義務的に反応して見せたのだ。それ以上は笑わない。

「……」

「何か言いたげね」

「正真正銘私の考えなのに、脳がそうさせているだけだって言われるの、なんか嫌」

「別の説明が必要?」

 その言い方にもフランドールは納得していないようである。私も少しわかる。永琳はまず結論を持っていて、それに対する様々な説明を、ただ説得のためだけに即興で用意する。全てを見透かす月の頭脳にとって説明が必要ない当然の論理を、うすのろの衆生のためにわざわざ説明してあげている、という感じもする。

「脳って一貫していないの。その時の状況や気分によってまったく違う判断をしてしまう。けれどそれでも一つ確かなことがある……悲観的な考えは全てを台無しにするということ。だから悲観的になっているときはあれこれ考えるのをやめて、休むだけでいい。ほとんどの人にとってはそれが難しいのだけれど」

「悲観的なんじゃない。ただ無意味なのよ。私の書いてきたことは」

「現状を打破するには手がかりが少ないのかもしれないわね。日記を読んで何を感じたの? 感じたなら教えて頂戴」

 そろそろ疲れてきたようだ。フランドールの返事がさらに遅くなってきている。

「別に……人の日記を盗み読みしてるみたいだったわ。だって私はそこに書かれてることを経験してないんだもの……だから書くのも嫌。どうせ次の私にも届きっこない」

「次はないかもしれないのよ。つまりこれからやり直すこともなくなって、また自分の人生を生きられるかもしれない……そうなったときの、ただの他と変わらない日記としては効果を持つと思わない? 書くべきよ」

 ここまで執拗に日記を勧められても、フランドールは苛つくことさえしなかった。これがアパシー、病的に感性を失った状態である。その代わりに疲れ果て、とうとう返事をしなくなった。見ると目を閉じて、穏やかに息をしていた。

「もう少しだけ聞きたいことがあったんだけどね……仕方ないわ」

 しかし永琳は席を立たなかった。フランドールは寝ているわけではない。ただ疲れたのだ。疲れたから休憩する、とその一言でさえ言えないほどに疲れたのだ。

 永琳には……師匠には何が見えているのだろうか。もしかしたら全てを見通した上で、予定調和的に必要なことを淡々とこなしているだけなのではないのか。結末は決まっていて、永琳にとってはただ時間を進めるだけのこと。何千年生きている神と我々衆生では時の流れが違うのだと、ときどき考える。

 必要だと判断したことをただやる。抱かれる私には抱擁から愛を感じられなかったのだが、そもそも衆生の愛し方が違うのかもしれない。愛してはいる。しかしそれはただ愛おしい衆生たちのうち一つでしかない。アガペー的なものだ。

「……先生?」

 瞼を閉じたままフランドールが口を開いた。動かない二人にやきもきしてきたところである。肺の底に僅かに残った空気を唇の隙間から逃がすように、呟いた。

「次はないかもしれないって、どうして希望を持てるの」

「希望を持ちたいのね?」

「わからない。でも気になったから」

「そうね……今だからこそあなたが冷静に理想論やべき論を語れると信じているから聞くのだけれど、あなたは吸血鬼として、悪魔として、本来どうあるべきだと思う?」

 尋ね返されるとは思っていなかったらしく、また長い沈黙を置いた。

「……悪魔然といようだなんて思わないわ……その上で、欲のままに生きて、人の欲を利用する」

 それは小悪魔の行動と一致していた。やはり悪魔はそうなのだ。

「思わないけれど、本来そうあるべき?」

「ええ。どんなときにそうなりたくなるのかはわからない。今はなりたくないというか……どうでもいい」

「なぜかしら」

 わかりきっているが、永琳はフランドール本人に言わせたいらしい。

「欲を感じないのよ。全てに対して意欲が湧かない」

「湧けば変わると思う?」

「わからない」

 これ以上何も引き出せないだろう。彼女は明らかに疲れている。

「ありがとう。様子が変わったらまた来るわ」

 

 

 フランドールの部屋を出て、客間に戻るまでの廊下を二人で歩いた。永琳は何も言わない。私も何も言わない。妖精メイドの一人とすれ違った。彼女は私たちを見ると足を止め、ぎこちなく会釈して去っていった。この館の住人にとって、我々はまだ異物なのだ。

 客間のドアを閉めて、永琳がソファに腰を下ろした。私はそのまま立っていた。座れなかった。

「師匠」

「ん」

「……報告があります」

 尋常でないトーンの声を永琳はきちんと受け取ってくれた。ソファに沈みかけた身体を起こしてこちらを見つめてくる。

「あの悪魔に……やられかけました」

「怪我はない?」

「ありません」

「心は」

 正直に言うと怖かった。明確なトラウマとして残るようなことではなかったが、師匠への不信という時限爆弾を仕掛けられた。そしてよりによって私の相談相手は永琳しかいない。

「……わからない。でも傷つくしかなくなったんです」

「自力で対処できそうにないから私に打ち明けてくれたのよね?」

 そう言ったのが永琳でなければ純粋な優しさとして受け取れた。しかし永琳は必要に駆られてそうしている。

「師匠……その……どうしても、人の行動の動機が気になるんです。人がどれだけ親身に接してくれても、ただそれが必要だから行われているに過ぎないんじゃないかって」

 言ってしまった。本人に向かって吐き出してしまった。自分のことを言っているのだと永琳が気づかないはずがない。

「真心からの親切もね、心から親切を働いた方が生存確率が高かったから人の心に残っただだけなのよ。必要だからする親切っていうのは、親切の全てよ。それに自覚的であるかどうかの違いでしかないわ」

「……師匠っていっつもそうだ。私が真っ剣に悩んでるのに全部一言で片付ける」

「うどんげ。小悪魔に何をされたの」

「人の気も知らないでよく言いますね! これはもう私じゃ……私達じゃどうしようもないんですよ!」

 一度立ち止まって考えるべきだ。小悪魔に何かされたせいで心の安寧が崩れているのだという建前を永琳は作ってくれている。なのに口が止まらない。

「話してくれないと私でもわからないわ。私が淡々としすぎているのは悪かった。でもそれだけじゃないんでしょう」

 私は永琳を過大評価していた。いくら神といえどできないことはある。何もかも見通すことはできやしないのだ。頭を冷やせ鈴仙。

「……言った手前悪いですけど、師匠に相談したって意味がないんです」

「言葉とは裏腹に、聞いてほしそうだけど」

 なんだって永琳に相談するのが一番早い。それがたとえ彼女への不信についてだったとしても。しかし私にそんな勇気はなかった。あれで精一杯だった。

「あなたは小悪魔との接触でしっかり傷ついているわ。ナラティブは薬じゃどうにもならないけれど、私にもできることがあるはずよ。話して頂戴」

 必要だから抱きしめる。必要だから話を聞く。永琳の全ては必要に起因する。では今この瞬間もまた例外ではないのか? 私の傷を心配するのではなく、彼女の何か目的のために私の機能不全を治す必要があるから話を聞いてくれるのか?

「……どういうつもりで私にそんな親身になってくれるんですか」

「心配だから」

「私として? それとも愛すべき衆生のうちの一羽としてですか?」

「私があなたを目にかけていることはわかっているでしょう」

「衆生の管理者としてあるまじき失態です」

「ええ。力を持つ者として特定の弱者を贔屓するべきではない。けれど私は目の前のあなたをただの衆生として突き放せなかった。個人的に愛してしまったのよ。……小悪魔があなたにつけた傷はメタ的ね。きっと私の今の話さえ信じられないんじゃないかしら。ええ、だいたい見えたわ。小悪魔に何をされたのか」

 小悪魔は、永琳は私を愛してくれないと私に吹き込んだ。永琳は、全ての親切は遺伝子による打算だと語った。それでも私を愛しているとも言った。

 打算に自覚的であるかどうか。それだけが永琳とその他との違いだった。

「……もう考えたくない」

 全ての愛打算である。その上で彼女は私を愛している。つまり衆生同士の愛と何ら変わらない、普遍的な愛を私に持っていると告白した。永琳が私を愛しているとして、私は彼女の抱擁に心から応えられるだろうか? それを確かめる術はひとつしかない。

 私はソファに座る永琳の肩に倒れ込んだ。

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