その最終日の感動を忘れられなくて、簡単に忘れたくなくて、自分のものとして何かで残しておきたくて、書きました。
正直規約とかに触れてそうな気がするので、まずそうなら消します。
元のシナリオ名とかを書けないので防止しにくいですがネタバレ注意です。なのでTRPGやる人は基本見ないでください。
他の誰かに見せるために書いたわけではないので、説明とかなんもしてないです。
相方である祈梨ちゃんを演じた彼に伝われば、それで。
瞼を閉じていると夜ににじんでこの世界が音もなく消えてしまえばいいのにと思ってしまう。
それでも世界は優しいものだから。
切なさも、寂しさも、愛しさも包み込んで朝はやってくる。
一日の始まりだ。
・・・・・・・・・・・
意識が浮上してまず考えたことは、『なんとか生きている』
指の感覚までも失いかけていても、それでも生きている。でも、きっと残された時間はもうわずか。
覚悟していたことだけどやっぱり少し怖い。
今日は祈梨と静かに過ごしたい。ただそれだけを思って目を開ける。
ちゃんと景色を映してくれなくなった私の眼。祈梨の姿だけはぼやけて欲しくなくて、しっかり動けと目をこすってから祈梨の方を向く。
「おはよう、心鶴ちゃん」
あぁ、本当に祈梨の声は暖かい。不安と恐怖で固くなってしまいそうな心を溶かしてくれる。
でも少し、ほんの少し表情が暗いような気がする。
祈梨の病気である記憶喪失。それが起こってしまうのが、一週間の終わり。つまり今日だ。
ここで過ごした一週間を忘れてしまうことに怯えているのだろう。
「おはよう、祈梨」
いつもと変わらないように、気持ちが溢れてしまわないように、簡潔に応える。
いつもより少し暗いように感じる祈梨になんて声をかけようか。
いつものように暖かく晴れやかな、太陽のような笑顔を見せてほしい。
しかし言葉が出てこない。時間が止まったように無言のまま見つめ合う。
耐えきれなくなって口を開く。
「最近、毎日いろいろなことがあって忙しかったから、今日はゆっくりしたいわね」
「うん、そうだね」
「庭のお花とか見たりとか、一緒に静かに過ごしたい」
「じゃあ、まずは朝ごはん食べに行きましょうか」
「うん」
どこかぎこちない二人の会話。ふわふわと浮かぶシャボン玉のよう、きっかけ一つで壊れて消えてしまいそうだ。
動きにくい身体を動かし、朝の支度をする。
身体の花は昨日と変わらないように見える。成長していないのは、きっともう私から吸える生気がほぼないのだろう。
私の命も今日までかな。
ならばせめて、昨日教えてもらった祈梨の病気、記憶のリセットである今日。その最後まで生きたい。
なるべく動かないようにして、夜まで持たせよう。
そう決心して扉を開ける。
「ほら、行きましょ」
「うん」
祈梨に手を伸ばして気づく。やっぱり今日は変だ。
いつもは祈梨が私の前にいて、私に手を伸ばしてくるのに。
今日は私が祈梨の前にいて、祈梨に手を伸ばしている。
なんだか照れ臭くなって下げようとする私の手を、祈梨は捕まえて笑う。
「へへ」
いつもの笑顔だ。この笑顔を見ていたらさっきまで感じていたきまずさも、照れくささも吹き飛んでしまった。
二人手を繋いで廊下に出る。ここ数日で当たり前になった。
感覚がどんどんなくなってきている今は、直接祈梨を感じられる数少ない手段だ。
つい力が入ってしまいそうになる心を抑えて歩きだす。
・・・・・・・・・・・・・
キッチンダイニングに着く。テーブルの花瓶にはいつも誰かが新しい花を生けていた。けれど今日は空っぽだ。
中庭の草花と透き通った半透明の光を見てふと思いつく。
「今日くらい、テラスで食べましょうか」
「いいね!中庭の花を摘み取ってテーブルに置かない?」
今日みたいな朝食は特別だ。時間をかけてゆっくり食べる。生きていることを思うのは、いつだって花をめでるような日曜日。
一晩中ミルクと卵の布団で寝かせたフランスパン、砂糖をまぶしてじっくり焼かれたら、カリっとふんわり。
それだけ贅沢なものだからフレンチトーストというのだろう。
フレンチトーストに味はしない。舌はもう満足に食事を楽しめないようだ。
しかし祈梨と食べているだけで心が満足する。それだけで充分。
色々な話をする。
フレンチトーストの話。庭の草花の話。祈梨が摘み取ってきた花の話。
楽しい。祈梨の笑顔を見て、こちらも自然に笑顔が零れる。
テラスで笑い合う私たちにさす柔らかな陽光、髪をほんの少し弄ぶ春風。
神様なんていないと思っていた。
だけど今は何となく「神様が祝福してくれてるみたい」なんて、考えてしまった。
食事を楽しんでいると、テラスの扉をたたく音がする。
顔を見せたのは白衣の男。
「祈梨ちゃん。診察だよ」
「はい、わかりました」
男は何と言っただろう。少し距離があることと、耳が遠くなってしまったせいでよく聞こえなかった。
祈梨が笑顔を止め、立ち上がった。
診察か何かなのだろう。
祈梨がいなくなってしまう。
私に背を向け、遠ざかろうとする祈梨の手を掴む。
「えっ」
「心鶴ちゃん?」
祈梨が驚いた表情で振り返る。
はっとして手を離す。行き場のなくなった手を引き戻し、振ることで誤魔化す。
「…ゃ、ごめんなさい。いってらっしゃい」
上手く笑えているだろうか。上手く隠せているだろうか。
「ううん、…すぐ戻ってくるから」
「戻ってきたら庭で一緒に散歩しようね」
心配した表情で祈梨は離れていく。
二人が見えなくなり、扉の音が響いた。
風船の空気が抜けるようにため息を漏らしながら、椅子に深くもたれ空を仰ぐ。
やってしまった。心配させてしまうなんて。なにをやっているんだ。
もう私には時間がない。少しでも長く祈梨と過ごしたい。
そんな気持ちが溢れてしまったのだろう。
気を付けなければ。
私にとっても、祈梨にとっても最終日の今日。
祈梨には幸せでいてほしい。ずっと笑っていてほしい。
気持ちの整理を終え、祈梨が戻ってくるまで何をしていようかと暇を持て余していると、
ペネロペが沢山のドライフラワーを、両手いっぱいに抱きかかえて私のもとに来た。
「日曜日って素敵な日でしょ?」
「だから、花冠を作りましょう。誰かにあげたいって、気持ちで作るの!」
咲くように笑う二輪の花から、そう誘われては断れない。
「いいわね、作り方教えてくれる?」
そう答えるとペネロペは笑顔で
「うん!」
と大きく首を振る。
手を引かれながらダイニングへ入る。
テーブルに座るとペネロペは隣に座り、花冠の作り方を教えてくれる。
教えてもらいながら私は作る。
ぼんやりする視界、動きの鈍い指先、それでも作る。
祈梨へ向けて、気持ちを込めて。
「誰にあげようかな」
「お花って枯れても綺麗ね!」
「ふふっ、いい匂い」
ペネロペは思い思いに独り言を言いながら両手を動かしている。
「枯れても綺麗、ね」
ふと独り言が漏れる。ペネロペに影響されてしまったのだろうか。
幸い彼女には聞こえていないようだ。
このドライフラワーは枯れていても綺麗だ。
枯れる前も、きっと綺麗だっただろう。
私は、どうだろう。
花の香りに埋もれながら花冠を完成させる。
出来上がった花冠は、不格好な出来だ。
苦笑いをして自分の作品を見ていると
「あっ、上手にできた?」
ペネロペが聞いてくる。
「えぇ、少し不格好だけど。どうかしら」
「わぁ!それでも十分綺麗だよ!」
あまりに純粋な笑顔に当てられ、こちらも笑ってしまう。
そうしていると扉の開く音がする。祈梨が帰ってきたのかとそちらを見る。
良かった。変わらない笑顔でそこにいる。
「祈梨。おかえりなさい」
「うんただいま、心鶴ちゃん」
笑顔を交わした後、テーブルに乗ったドライフラワーを見て祈梨が尋ねてくる。
「これ、なにしてるの?」
「今はね、ペネロペと一緒に花冠を作っていたの」
「へぇ!そうなんだ」
「心鶴ちゃんも作ったの?」
「えぇ、少し、不格好になってしまったけど」
「…よかったらもらってくれる?」
なるべく笑顔を見せながら、祈梨へ花冠を差し出す。
受け取ってくれるだろうか。指先が少し冷たくなるように感じる。
「え!いいの?」
「全然不格好なんかじゃないよ!」
「すっごく綺麗!」
そう言って花冠を手にする祈梨を見て、ほっとした。
祈梨は受け取った花冠を自分の頭に乗せ、大きな笑顔を見せる。
こちらもつい、笑みがこぼれる。
「私からも、はいこれ」
「二人にとってもよく似合ってる」
ペネロペは私と祈梨の頭に花冠を乗せて無邪気に笑った。
そしていつも以上にぎゅっとハグをすると
「リィにもあげてくる!」
と駆け出してしまう。
はらりと揺れ落ちる花びらと私たちを残して。
「そうだ、私も心鶴ちゃんに作ってあげたいな」
祈梨が私に作ろうとしてくれることに、とてもうれしく思う。
だけどそれを何だか知られたくなくて
「祈梨にできるかしら」
と軽口をたたいてしまう。
「もぉー、見ててよ」
そう言って祈梨は作り出す。私の隣に座って。
先に作っていてよかった。祈梨が作っている間、私は見ていられる。
「できた!」
祈梨の指先、変化する表情、前のめりになる姿勢。
それらを見ているうちにあっという間に時間がたっていたのだろう。
気が付くと祈梨は出来上がった王冠を空へ掲げていた。
「ほら、すっごく可愛いでしょ?」
「えぇ、とっても綺麗ね」
「着けてあげる」
「いいの?ありがとう」
首を少し倒して迎える。
祈梨は優しく、優しく私の頭に花冠を置く。
「うん、すっごく似合ってる」
そう私の眼をまっすぐ見て言い放つ祈梨の言葉。
嬉しいような、気恥ずかしいような、いろんな感情が溢れてくる。
耐えられなくなって笑ってしまった。
それを見て
「もー、なんで笑うの?」
祈梨も笑う。
お互い、少し笑い合った後
「あーあ、こんな楽しい時間ずっと続けばいいのにね」
「このお花、永遠っていうくらいなんだからさ」
このドライフラワーはムギワラギク。
花言葉は『永遠の思い出』
私たちの時間は止まらないけれど、きっと私たちの頭に乗っているこの花はこの時間の中で止まってくれる。
「そうね」
気持ちが溢れそうで、一息で済ませる。
「私、さっき先生の所に診察に行ったでしょ?」
「そこで、改めて私の病気のこと教えてもらったの」
「やっぱり私の記憶は一週間ごとになくなっちゃう」
「日曜日の今日、なくなっちゃうんだって」
「私、心鶴ちゃんのこと忘れたくないなぁ」
祈梨が一つ一つ感情を吐き出すように零していく。
『私のことを忘れたくない』
その言葉に揺れそうになる。その言い方では私が祈梨にとって特別みたいではないか。
しかし思い直す。心優しい祈梨のことだ。
ここで過ごし、仲良くなった私もそうだが、サナトリウムみんなのことを含めて言っているのだろう。
そうに決まっている。そうでなくてはならない。
祈梨がこんな私のことを特別に思ってくれる。
なんて都合のいい想像なのだろう。
言葉に詰まり、茫然としている私を見て、祈梨は話題を変えてくる。
「そだ、この後どうしようか」
「またオルゴールの所行く?」
気を使わせてしまった。しかし今はその気遣いが染みる。
オルゴールのあるあの家には私も行きたいと思った。
しかし今の私の身体を考えると、歩いたり、ボートに乗ったりは出来ない。
出来ても、私の身体の不調を祈梨に気付かれてしまいかねない。
「それもいいけど、今日はあまり出歩かないで、ゆっくり過ごしましょう?」
「そうだね、わかった」
何をしようか、祈梨の意見を蹴ってしまったし、私が何か案を出さなければ。
そう周りを見渡すとテラスが見える。
いつもあそこでティーカップを傾けていた少女のことを思い出す。
「そうだ、ケイトがしていたみたいに、テラスで紅茶を楽しみながらお話ししましょう?」
「いいね、そうしよっ」
二人でキッチンに向かう。ポットとティーカップを探し、お湯を沸かす。
茶葉は二人で決めた。
他より多く減っている茶葉があって、きっとそれは彼女が好きだったものだと思ったから、それを。
お茶菓子はクッキー。双子が無邪気な笑顔でぱくついている姿が想像できる。
そうして出来上がったティーセット。二人で運び合い静かなパーティーの始まりだ。
二人で色んな話をした。
ここに来てからの話。庭の花の話。ここで一緒にした小さな冒険の話。オルゴールのあった家の話。みんなの話。
色々。
あっという間にお昼になった。けどお腹はすいてなくて、祈梨に聞くと
「私もクッキー食べ過ぎちゃってすいてないや!」
また笑いあった。
その後も、なくなったらお茶のお代わりを、違う茶葉で作りながら時間を過ごした。
「そうだ、庭のお手入れとかしてみる?」
「あら、ニコみたいなこというのね」
「じゃあ私はケイトみたいにここで見ていようかしら」
「もぉ、一緒にやろうよ」
そんなやり取りもしながら、時間は進む。
止まってしまえと願いながらも、永遠に続けと願う。
そんな矛盾を嘲笑うように時間は進む。
・・・・・・・・・・・・
二人で廊下を歩く。
もう外は暗い、のだろう。
あまりよく分からない。もう私の身体は私のものではないかのように感覚が薄れてきている。
なんとか歩いて部屋につく。
着替えもせずベッドに倒れこむ。
なんとか夜まで持ったようだ。
ここまで来たのならあともう少し、もう少しだけ頑張って、私の身体。
祈梨はまだ話し足りないようで、私に話しかけてきている。
しかし、もうほとんど聞こえない。
そんなまっくらな現実を受け入れたくなくて、私の中の祈梨が擦れて薄れていく気がして、手を伸ばす。
闇の中を、光に向けて。
光が私の手を柔らかく包む。
闇が、晴れた気がした。
ううん、たとえ晴れていなくても大丈夫。
だって祈梨がここにいるから。
私はもうこれで、十分。
明日へ進める。
ふと、気になった。
この子には選択肢が二つある。
どちらを選ぶのだろう。
「ねぇ、祈梨」
「なに?心鶴ちゃん」
「あの、記憶を保持できるようになるっていう呪文」
「使おうと思ってるの?」
「ううん、使わないよ」
「だって、私の記憶があっても、心鶴ちゃんやペネロペやリィに私の病気が行っちゃったら嫌だもん」
「確かに心鶴ちゃんと過ごしたこの記憶は、すっごく大切なものだけど」
「でも心鶴ちゃんやサナトリウムのみんながもっと大切だから」
「だからね、私はあの呪文を使う気はないよ」
なんと言ったのだろう。一言一句も聞き逃したくないのに。
私の耳は、上手く祈梨の言葉を受け取ってくれない。
でもきっと、祈梨は優しい子だから。
『使わない』と言ったのだろう。
明日になれば祈梨は記憶を失い、新しい一日を始めるのだろう。
そこに私はいない。とても悲しいけど。
私がいなくても、きっと祈梨は幸せに生きていてくれる。
あの子が幸せでいてくれる。ただそれだけが私の最後の願い。
「そう」
「祈梨」
「おやすみなさい」
さようなら
「おやすみ、明日も、その次も、よろしくね」
「心鶴ちゃん」